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三色ルール  作者: sanstar
3/15

3 緑園

教室から出ていった太一と紗奈は、紗奈の教室に楽器などを取りに行った後、太一の案内で部室を目指していた。


多少の無理をしたが、希望通り太一と部活見学に行けることになった紗南は、満面の笑みを浮かべながら歩いている。


「緑園・・・」


「なんです? 先輩」


「離れろ。歩きにくい」


「嫌ですか?」


紗奈は太一と腕を組む姿勢を取っており、いわゆる当ててんのよ状態になっている。明らかに太一にアピールをしているのだが、肝心の太一は複雑そうな表情を見せている。


「嫌・・・ではないが、お前な。気のない男にそういう事をすると誤解されるから注意しろ」


そう言って、太一は強引に腕を振りほどいた。


「はぁ・・・まぁ、確かに誤解は多いですけどね。挨拶するだけの人に告白されたことありますし、ガンガン好きですオーラ飛ばしてる人には無視されるし・・・」


紗奈がボソボソと呟き、太一はそうだろうなと頷きを返す。


「話聞いてます? もういいです。てか、太一先輩、また呼び方変わってるんですけどー?」


紗奈が不満そうな顔で頬を膨らませる。


「緑園の方がしっくり来る。いいじゃないか。呼び方なんか気にするな」


「うー・・・でも、千尋先輩のことは千尋って呼んでるじゃないですか」


「千尋は・・・確かに千尋は下の名前で呼んでるな。だが、千尋は千尋だ。緑園は緑園」


「ずるい! じゃあ、一緒に住んでいる女の人のことはなんて呼んでるんですか?」


「麗華さんだな」


「やっぱり名前! じゃあ、私だけじゃないですか。苗字呼びなの!」


千尋だけでなく麗華も名前で呼ばれている事を知り、紗奈が悲痛な叫びを上げる。


「いや、待て。緑園。別にお前以外にも苗字呼びのやつはいっぱいいるぞ。平沢とか姫川とか。田中もそうだな」


「そういう意味じゃないです! あと、最後の人男だし!?」


こいつ何もわかってねぇという顔で紗奈が突っ込みを入れる。そして、紗南の見立て通り何もわかっていない太一は無邪気に質問を続ける。


「じゃあ、どういう意味なんだ?」


「乙女の秘密です! 知ってますか。先輩。おと・・・」


「乙女の秘密を探る男は嫌われるだろ? 知ってるよ」


「そうです! どうでもいい話だけ察しがいいですね。もう!」


「まぁ、待て待て、緑園。落ち着け。お前が苗字呼びか名前呼びかにこだわっていることは理解した。ただ、麗華さんは違うんだ」


肩で息をする紗奈を宥めつつ、太一は弁解を試みる。紗南も興味がある話題なのか、ひとまず太一への追求をやめて、話を聞く姿勢を見せた。


「何が違うんですか?」


「下の名前で呼んでくれと、頼まれたんだ」


「だから、私も頼んで・・・」


「麗華さんの頼みは断れん。なぜなら、家主だからだ。俺は居候。上下関係は明白だろ? まぁ、緑園にはまだ難しい話かもしれないが」


「子供扱いしないでください。じゃあ、麗華さん呼びは太一さん的にはしっくり来てないんですか?」


「まぁ、強い違和感があるほどではないが、前の呼び方の方がしっくり来る」


「前の呼び方? 確か、青井さんでしたよね。青井さんって呼んでたんじゃないんですか?」


「いや・・・」


太一が珍しく言葉を濁す。当然紗奈は気になるのか、さらに追求する。


「ここまで話したんだから教えてくださいよ」


「わかった。でも、他の人に言うなよ? 青井・・・お姉ちゃんだ」


「青井お姉ちゃん!?」


「復唱するな。まぁ、最初に会ったのは中1だったからな」


「なるほどーお姉ちゃんですか。ふむ・・・」


紗奈が手を顔に添えて考え込む。


「どうした?」


「いや、そう言えば私お兄ちゃん欲しかったんですよね」


「そうか。残念だったな。お前に姉がいれば、俺が結婚してやるんだが」


「そのクソ面白くない冗談、不愉快なんで二度と言わないでください」


「お、おう・・・」


太一の迂闊な発言に絶対零度の突っ込みを入れた紗南は、元の話題に軌道修正する。


「全くもう・・・それで太一先輩、お兄ちゃんって呼んでもいいですか?」


「却下」


「えー、いいじゃないですか。いいじゃないですか。決めました。これからは太一お兄ちゃんって呼びます」


「勘弁してくれ・・・」


「大丈夫です。TPOは弁えますから。太一お兄ちゃん。今の路線じゃ、厳しそうなので作戦変更です」


これまでの付き合いから紗奈の気が変わらなさそうなことを理解した太一は深いため息をつく。


「あ、お兄ちゃん、職員室着きましたよ。鍵借りるんですよね?」


「やっぱりマジでヤバイぞ。その呼び方」


「あー、もうわかりましたから太一先輩。職員室の中では先輩って呼びますから。ほら早く早く! お疲れさまでーす!」


早く部室に行きたいのか、紗奈は太一をぐいぐいと引っ張って、職員室に入る。


「はい。お疲れさま。1年だな? 元気がいいじゃないか。ん? 黒岩もいるのか。新しい彼女か?」


「彼女いませんって。前の中学の部活の後輩ですよ。始業式なのに楽器を吹きたいとせがまれまして・・・鍵借りていきますね」


「1年2組の緑園紗奈です。よろしくお願いします! あの・・・私たち付き合ってるように見えますか?」


紗奈が上目遣いで質問すると、その先生は一瞬キョトンとした顔をした後、大笑いしながら答える。


「面白い子だな。何事にも熱心な生徒には好感が持てる。黒岩、大事にしてやれよ。ちなみに鍵は無いぞ。さっきお前のとこの部長が借りていった」


「ほんとですか。流石、部長・・・じゃあ、行ってみるか。緑園、直接部室に行こう。失礼します」


「はーい。了解です。失礼しました!」


職員室を出た太一と紗奈はそのまま部室へと向かう。


太一は吹奏楽部に所属しており、部室は学校の音楽室である。通常は各部に専用の部室が割り当てられるが、吹奏楽部には楽器をしまうスペースが必要なため、それなりに広く、また合奏練習ができる音楽室が部室として与えられている。


「ここだ」


「おぉー」


太一が音楽室の前で立ち止まって、紗奈に案内する。


「でも、音聞こえませんね」


「そうだな。まぁ、片付けしてるのかもしれん」


「ちなみに、部長って、もしかして・・・」


紗奈が恐る恐る太一に質問する。


「ん? あぁ、そうだな。速水先輩だ」


「うわぁ。まじですか・・・」


「なんだ。その反応。あの人には、だいぶ世話になっただろう?」


「まぁ、そうですけど。苦手なんですよあの人。なんか・・・見透かされてるみたいで」


「いいから入るぞ。お疲れさまです!」


「わわ・・・ちょっと太一先輩、待ってください! お疲れさまでーす!」


太一達二人が入ると、一人の女性が棚の前で楽譜を見ている。眼鏡を掛けた髪の長い女性だ。


「おや。黒岩じゃないか。お疲れさま。もう一人は・・・緑園か。久しぶりだな。入学おめでとう。元気にしていたか?」


女性は太一以外に紗南を見つけると、わずかに驚いたように目を細めたが、あまり態度には出さず、淡々と話を続ける。


「あはは・・・それなりに。ありがとうございます。速水先輩はご機嫌いかがですか?」


「悪くないよ。始業式から君がここに来てくれたんだからな。ところで、黒岩。今日は休みだぞ?」


「あ、はい。こいつに楽器が吹きたいとせがまれまして。いいですか?」


「なるほど。緑園?」


「は、はい!」


「入部してくれるのか?」


「と・・・思ってます。ダメですか?」


紗奈がチラチラと速水を見ながら質問する。


「君は素晴らしい戦力になるし、そうでなくとも我が部は広く人を募集している。歓迎するよ。しかし、君は能力以外は問題児だからな・・・なぁ、黒岩?」


「部長・・・何考えてます?」


「当ててみろ」


太一が嫌そうな顔で答える。


「緑園係はもう嫌ですからね」


「頼んだ」


「勘弁してくださいよ・・・」


「緑園が入部するなら決定事項だ。緑園もそれでいいだろ?」


嫌がる太一の反応には気を止めず、速水が紗奈に話を振ると、紗奈は当然とばかりに首を縦に振る。


「もちろんです! あ、係の名前は紗南係でもいいですよ?」


「だそうだが?」


「ちょっと待ってください。緑園にはもうそんなフォローいらないはずです。俺が卒業した後もちゃんとやってたんだろ?」


「えへへ・・・」


呼び方関連の話題を蒸し返した紗南の目論見は無視し、太一は係自体の撤回を求めた。


「それまでに積み上げてきたものがあったからだ。最高学年になれば、発言力も出てくる。少なくとも様子は見る必要がある。部長としてはな」


抗議を続ける太一であったが、速水は冷静な表情を崩さず、取り合う様子はない。


「まぁまぁ、いいじゃないですか〜緑園係、よろしくお願いしますね。太一お兄ちゃん」


「あ、ば、馬鹿お前!」


バサバサッ・・・


突然のお兄ちゃん発言に速水が手から楽譜を落とす。


「部長・・・違います。これは違うんです。聞いてください」


「・・・わかった。説明を聞こうか。太一お兄ちゃん」


「これはですね、さっき・・・」


というところまで話したところで、太一は太一お兄ちゃんと呼ばれるに至った経緯を話すには、自分が同居人を青井お姉ちゃんと呼んでいた事実を話さないといけないことに気づく。


「あーこれはですね・・・」


「太一お兄ちゃん?」


「お兄ちゃん?」


「と、というか! なんですか部長まで太一お兄ちゃんって!? からかわないでください!」


「珍しい。誤魔化すのか? 構わんが、しかし、今、私目線で言うと、お前は血縁関係にない自分の後輩、しかも上下関係の強い元部活の後輩にお兄ちゃんと呼ばせて喜んでいる特殊性癖の持ち主だ。こうでもしていないと自分が何をするかわからない」


速水がスマホを取り出しながら言う。太一と紗南からは見えないが、おそらく画面には110が表示されている。


「太一お兄ちゃんー私、そろそろ楽器吹いていいですか? お弁当は練習終わった後でいいですよね」


紗奈が空気を読まず、太一に抱きついて質問する。太一は額に手を当て、深いため息をついて答える。


「好きにしろ・・・」


「あ、その前に・・・」


うんざりしたように、まだあるのかと言う太一に実験ですと笑いながら紗奈が頷く。そして、紗奈は、そのまま太一の体に抱きついて上目遣いの甘えた声で呼びかける。


「太一先輩」


「・・・」


「太一お兄ちゃん」


「・・・・・・聞いていいか?」


「はい!」


太一は、とりあえず、離れろと言って紗奈の肩を押しながら質問する。


「何をしている?」


「先輩呼びとお兄ちゃん呼びの時の太一先輩の反応を見てました。やはりお兄ちゃん呼びの方が反応が良さそうなので、このままいきますね」


「太一お兄ちゃん・・・」


「緑園、お前ってやつは・・・あと、部長、お兄ちゃん呼びをやめてください!」


太一の悲痛な叫びを聞いて、速水は大声で笑い出した。


「悪い悪い。この辺りにしておこう。しかし、黒岩をここまで動揺させられるなんて、大したものだ。まぁ、緑園、頑張るんだな。部活も、それも」


「はい。欲しいものを手に入れるためには何でもやります! 私、欲張りなんです」


そう言ってニッコリと笑う紗奈。


「明日から練習があるので、参加するように。詳細は黒岩から聞いてくれ。入部届けはもう少し先になると思うが、クラスで説明があると思うから、その通りに対応してもらえればいい」


「はい!」


「あと、黒岩」


「はい・・・」


「声が小さい!」


「はい!」


「お前を緑園お兄ちゃん係に任命する。明日から1週間程度の予定を連携してやってくれ」


「予定の連携は了解です。あと、部長、お願いだから、係名は何とかしてください。緑園係でもなんでもやりますから」


「紗南係・・・」


「話がややこしくなるからお前は黙ってろ」


「相変わらず仲がいいな。じゃあ、そうだな・・・緑園係に任命する」


先輩と後輩から攻められる太一を流石に気の毒に思ったのか、速水は係名だけは太一の要望通りにすることにした。結局、太一はあんなに嫌がっていた緑園係を自らお願いするかたちで始めることになるという結果で、話が一段落したところで速水が改めて、紗奈の方を向き、紗奈の目の前に立つ。


「えっと・・・速水・・・部長?」


紗奈が不安そうな顔で問いかける。速水は紗奈を安心させるために柔らかく微笑んで、紗奈の頭を撫でてから、優しく抱きしめた。


「あ・・・」


「緑園紗奈、改めて、入部ありがとう。また選んでくれて嬉しいよ。中学の時は気づいてやれず、すまなかったな。まぁ、知った顔もあるだろうから大丈夫だと思うが、何かあれば、太一か私に相談してくれ」


「速水部長・・・ありがとうございます。私、頑張ります!」


紗奈は感激したという顔で心からの笑顔を返し、速水のことを抱きしめる。


「うむ。よろしく頼む」


速水は伝えたいことを伝えて満足したのか、紗奈から体を離す。太一もその光景を笑顔で眺めていた。


「しかし、黒岩・・・」


「なんですか。部長?」


「お前、あんなものを押しつけられて平然とした顔をしていたのか? 流石に思春期の男子として、どうかと思うぞ」


「は?」


「そう! そうなんですよ! 速水部長、良く言ってくださいました!! 私、もう自信無くしちゃいそうで・・・」


「緑園、気にするな。太一がおかしいだけだ。同性の私から見ても、お前の持っているものは正直妬ましいくらいだ・・・」


「速水部長! 一生ついていきます!」


「もういい加減にしてください! 緑園はさっさと練習始めろ! 部長も作業があるなら手伝いますから。大体適当に後輩に声かけりゃいいのに、なんで一人でやってるんですか」


キリがないと考えたのか、太一は強引に話を打ち切る。その後、1時間程度で練習を終えた紗奈と、部長の手伝いを終えた太一は一緒に弁当を食べて、音楽室を後にした。

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