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陸のくじら侍  作者: 陸 理明
第一話 「くじら侍と青碕伯之進」
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真相



「この破落戸どもを放ったのは廻船問屋の古西屋で間違いないでしょう。店主は古西屋六兵衛。大阪の出身です」

「―――なぜ、廻船問屋が奉行所の同心の命を狙わせる? それ相応の理由がなければならんぞ」

「答えは簡単です。私が古西屋の飼っている盗賊どもの尻尾をつかんだと気が付いたからでしょう」

「盗賊だと?」

「はい」


 伯之進は、伊佐馬の投げた棒に胸を抉られて気絶した男を十手の先で検分してみた。

 口の端から大量の泡を吹いているのは、肺にアバラが折れるほどの強撃を受けたためだろう。

 先端が尖っていないせいで刺さりこそしなかったが、青黒くなった痣がある場所には拳大の陥没ができていた。

 良く生きているものだ、と伯之進は思った。

 狙いすました箇所に棒の先端を命中させる技術もさることながら、投げた力がそもそも強過ぎる。

 釣り侍の発達した背中の筋肉もいかり肩もこういう用途のために使うものだったのか。


「私と同僚たちはここしばらく四ツ谷、市ヶ谷方面の大店を襲う盗賊どもの探索をしておりました。ただ、その盗賊どもは神出鬼没でまったく姿を現さないのです。十人近い数で、しかも千両箱ごと盗みだすという荒っぽいことをしていながら、逃げるところを目撃したものさえ見つからないという有様でした。今の今まで、私たちの探索は完全に行き詰っていました」


 十手を腰に差す。

 この男はしばらく目を覚まさないだろうし、気が付いたとしても胸の痛みのためにまともには動けまい。


「大川に水死人があがったという報告を受け、たまたまそばを通りかかったもので小者ばかりに任せすぎるのも同心としてはお役目怠慢だと思い、顔ぐらいはだしておこうと行きました。そこに、権藤どのがおられたという訳です」

「……ああ、わしの独り言を聞きだしたのか。耳がいいのお」

「あなたはあの時、「海から運んできた」と言いました。徳一はそれを気にしなかったようですが、私には重要な示唆にとんだ言葉のように感じ取れました。勘でしたが、喉元に刺身でとりそこねた鱗がくっついたような、気持ちの悪い感触でした。そこで、権藤どのを探して話を聞いてみようと思い立ったわけです」


 それだけ聞くと、伊佐馬は渋い顔をした。

 いかにも余計なことをしてしまったという感じであった。

 事実、やっかいごとに巻き込まれてしまっている。

 年がら年中釣りをしているだけの暇人の浪人にとって、町方の役目など面倒ごと以外のなにものでもない。


「……それでわしに死んだ船頭の死因についてきいてきたのか。余計なことをしたわ。で、わいつはそれから何を知ったのだ」

「盗賊どもがどうやって姿を隠して移動していたのかを。……私は神田川を四ツ谷に行くためにわざわざ舟に乗って確信しました。これが奴らの足なのだと」

「―――盗賊が舟か」

「ええ。船頭は盗賊どものために舟をこぐ仕事をしていたのでしょう。やつらは大川から両国で神田川に入り、川伝いに押し込みを続けていたのです。それならばいかに夜回りをしていてもなかなか尻尾を捕まえられないはずです。長助というのは腕のいい船頭でもあったそうですから、きっと町方に怪しまれない隠れ方も使っていたはずです」

「だが、なぜ殺されたのだ?」

「それはわかりません。外傷がなかったようですから、もしかしたら本当に事故だったおそれはあります。ただ、盗賊どもにとっては誤算でした。船頭はやつらの稼業にとっては無くてはならない存在。それが死んでしまってはこれ以上の働きはできない。加えて、大川の渡りをしている船頭が海で溺れ死んだとなると、万が一でも奉行所に目をつけられると厄介です。だから、死体をわざわざ浅草まで運んだという訳です。これで私たちの目をごまかして時間を稼げると思ったのでしょう。実際、私も権藤どのの指摘がなければそんなことには気が付かず、奴らを逃がしてしまうところでした」

「逃げるとは、どういうことだ」


 伯之進は、伊佐馬の足下で気絶している男の髷を掴んだ。

 顔を月明かりに晒す。

 逃げようとするところを力任せに拳骨でぶん殴ったものだから、初めて顔を間近に見ることになった。

 見覚えのある壮年の男だった。


「―――この間の浅草の親分ではないか。確か、源三とかいった」

「ええ。浅草あたりを縄張りにしている岡っ引きです。やはりあのとき、権藤さまの言葉を聞いて探りを入れてきていたようですね。あなたと私が接触したことを知り、ついに私を始末することにしたようです。まあ、これも時間稼ぎなのでしょうが」

「つまり、やがらも盗賊の一味であったということか」

「ええ、正確に言うのならば廻船問屋小西屋の手先ということですが」


 岡っ引きの頭を大雑把で乱暴に地面に落とすと、月の下、冴え冴えとした美貌が冷たく映える。

 公儀への裏切りに対してやや腹が立っているようであった。


「十手を預かる身でありながら、なんということを……それに」


 それから、源三の顔を草履で踏みつける。


「私をたかだか破落戸の集まりごときで殺せると侮るなんて……許せません」


 一瞬、白目がひっくり返り意識を取り戻したように見えたが、伯之進が上下の歯が砕けるほどに力任せに踏みつけたせいで再び気絶してしまう。

 自分がしたことに興味はないのか、美しい同心は何もなかったかのように伊佐馬と向きあった。


「こいつらが根城としているのは沖に浮かんだ古西屋の樽廻船のはずです。古西屋の主人である古西屋六兵衛も今頃江戸から脱出するための準備のために乗り込んでいるかもしれません。それなりの大店ですから、すぐさま何事もなかったかのように逃げ出すのは難しいはずですから」

「どこに逃げるのだ」

「故郷の大阪でしょうね。古西屋は大阪から江戸へと酒を運ぶ商いをしていましたから、水夫もその航路について熟知しているはずです」

「なるほど、沖に根城があったから海に町方の眼が注がれるのを嫌がっていたという訳か。で、船頭の水死体についてわしが気付いたことでお主が推理を巡らせて、自分たちに辿り着いたのではないかと睨んだから闇討ちしたと」

「いいえ」


 伯之進は歩き出した。

 仕方なく後に続く。

 約定を交した以上、武士として伊佐馬は最後まで付き合うしかない。


「どうして、いいえなんだね?」

「源三は私が真相に辿り着いたと確信していました。だからこそ、私を襲うなどという愚行をしなければならなかったのです」

「なんと。理由は?」

「私は人並み外れているので。―――ふふふ、冗談でございますよ。船頭の死が怪しいとわかったら、あとはそのものと特に懇意にしていた海に関するものを当たればいいのです。残った家族に訊ねたところ、長助は以前からよく夜釣りの客のために舟を出していたそうで、その客というのがすべて古西屋とその知己ということでした。そこまで探り出してしまえば、あとは古西屋を探るだけで終わります」


 なんとも不遜な台詞をなんの衒いもなく言い放つ、赤い色気すら漂う唇。

 絶対の自信に目を丸くするのはやや伊佐馬らしくなかったが、この時代の武士でここまで高い自意識を堂々と言い放つものは少なかったので当然と言えば当然である。

 とはいえ、それを否定する気にはならない。

 伊佐馬自身、面倒ごとに巻き込まれているといえ自ら飛び込んでいった風もある。

 それはこの若者の態度に魅かれたというところもあろう。

 美しさゆえ幼くも見えるが、実際に口を利けば慇懃無礼なところもあり、それでいて年長者よりも強い風格も備える。

 江戸はおろか、伊佐馬の故郷にもいなかった型の男だ。

 それに好奇心をそそられたということもあった。

 釣り以外にやることもない身にとって、滅多にない面白いできごとにのってみたくもなったのである。


「あまり急ぐでない。わしは陸岸おかをいくのはあまり得意ではないのだ」

「時間がないのですが……。先ほど、徳一に訊ねたところ、やはり両国にある古西屋が主人の法事とやらで店を閉めているようです。となると、やつらが尻尾をまくるのは今日か明日のことでしょう。だからこそ、奉行所の同心である私にまで手を出そうとした訳ですからね。そのまえに古西屋の伝馬船を探し出して連絡をとるのを防がないと………」


 伝馬船というのは、大型船と岸の間を行き来するための小舟である。

 港につけることができない大型船は沖に停泊しなければならないので、その乗員や荷物を渡すために用いられる。古西屋は廻船問屋である以上、伝馬船も数艘は抱え込んでいるはずであった。

 伯之進はそれを手に入れようとしていたのだ。

 源三のしくじりが船に届いて盗賊どもに逃げられたらたまらない。

 赤銅色に日焼けした肌と恵まれた体格を持つ大男は、ちょいちょいと手招きをした。


「廻船問屋の伝馬船を探すよりももっとてっとりばやいやり方がある。こっちだ」


 と今度は自分がさっさと歩きだしていく。

 呆気にとられる同心の都合など気にも留めない。

 伯之進はやれやれと肩をすくめる。


「はよおせい、八丁堀」

「はいはい、すぐに行きます。勝手な人ですね、もう」


 ―――どちらも勝手だと、空の月だけが思っていたかもしれない。




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