6:眼帯の魔女
そこには、悲惨な光景が広がっていた。
手入れが行き届いていたはずの青々とした校庭は焼けただれて焦げた地面がむき出しになり、美しかった花壇は燃やされてただの粉塵へとなり下がり、芸術品のようだった噴水は砕かれて水飛沫が吹き荒れている。重い火傷のように広がった黒々とした焦げ跡が痛々しさを感じさせ、いまだに燃え広がろうとしている炎によって、清純な風を生み出していた空気までもが汚れていた。
頭上を飛び交う火炎が芝生の上に落下し、大きく燃え上がったかと思うと泡のようにはじけ、辺りに高熱の欠片がまき散らされていく。そんなことが何度も続き、広大な校庭をあっという間に焦げ跡で侵食する。
希望と期待と不安を胸に試験を待っていた受験者たちは惨事に巻き込まれ、悲鳴を上げてあちこちに散らばっていく。火炎に直接巻き込まれたか、煙に飲まれたのかその服は黒く変色してしまい、中にはあまりの恐怖に大きな声で泣きじゃくる少女の姿もあった。
その少女に、まるで自ら邪悪な意思を持っている本物の蛇のようにのたうつ炎の塊が迫っていた。シューシューと炎の息を吐き、口先からちろちろと舌をのぞかせるそれは、無垢な命を食らおうと鎌首をもたげ、轟々と大気を灼く音を聞かせながら少女に向かって襲い掛かった。
「………! ふっ!」
しかしその寸前に、小型の杖を構えたシオンが割って入り、小声で短くつぶやいたかと思うと炎の蛇に向かって杖を構えた。
鴉を模った先端のそれは炎を前にするとカッと赤く目を光らせ、白い魔方陣を空中に展開させる。0.5秒という早業で展開された方陣は半球状に変形し、魔力を障壁状に構成して少女とシオンの盾となった。
しかしその盾は炎の蛇の突進を真正面から受け止めると、次の瞬間には頭がつぶれた蛇とともに砕け散ってしまう。そのうえ激突による衝撃がシオンに襲い掛かり、小柄な彼女は背後に庇った少女を巻き込んでゴロゴロと吹き飛ばされていった。
少女を抱えながら体勢を立て直したシオンだが、起き上がる間もなく次々に炎の蛇が向かってくる様を目にし、舌打ちしながら走り出した。幸い炎の蛇は巻き込まれた少女には見向きもしておらず、シオンは少女をその場に放置したまま走り回る。
「ハハハハハハハ! なんだその無様な様は‼ あれだけの大口をたたいておいてこの程度の相手もできないのか? 笑わせる‼」
そう嘲笑と侮蔑の声を上げているのは、学校の制服を纏った男子生徒だった。
年齢は十代後半から二十代前半くらい、肩口で切りそろえられたサラサラの金髪と高い鼻の整った顔立ち、洗い立てのように皴一つない制服は高貴な立場を思わせるが、下品な笑い声をあげるその表情が内面の醜さを表していた。切れ長の目はいやらしく細められ、青い瞳は嗜虐心に燃えてぎらぎらと粘つき、薄い唇は耳まで裂けそうなほど歪められている。
その手が備えているのは枝に巻き付いた毒蛇の装飾が施された、彼の身の丈ほどはあろう大きな杖。毒々しい、血のように真っ赤な宝玉を咥える三角形の頭の蛇が鋭く眼光を向けるたびに、空中で空気が膨張して熱が発生し、大気を揺らめかせる炎の蛇が生み出され続ける。男子生徒は大きく杖を振るい、生み出した蛇たちを操ってシオンに向かわせていた。
「ほら、もっと踊れよ! もっと無様に! もっと滑稽に! 僕に恥をかかせた罪をその身で贖えよ‼ ハハハハハハハ‼」
「っ……罪なのは、お前の方……‼」
十数匹にまで増えた炎の蛇を群れを必死に躱しながら、シオンは鋭い視線を男子生徒に向ける。怒りに燃えるその目は殺気を纏い、むき出しにした犬歯が彼女の激情を表す。
しかし何度も蛇の襲撃を躱し続け、障壁で防ぎ続けていたシオンの表情に焦りが生じ始める。
鴉の杖が発する光が徐々に弱まり、展開される障壁も徐々にその硬度を低下させ始めた。シオンが杖に送る魔力の量が底をつき始めたのだ。本来は鉄球が激突しても耐えきるはずの障壁がいとも簡単に砕けたのはそのせいで、もはや少しの時間稼ぎにもならなっていた。
持ち前の運動能力と併用させて何とかしのいで入るが、今もなお数を増やし続けている炎の蛇に囲まれて、シオンは確実に追い詰められようとしていた。
「ハハハハ‼ 貧乏人は辛いな、そんな安物の杖しか持てないなんて‼ それに比べてこのアスクレピオス・シリーズは素晴らしいな‼ これだけの魔法を放っているのにただでさえ豊潤な僕の魔力がほとんど減っていないじゃないか‼」
次々に炎の蛇を生み出しながら、男子生徒はうっとりと自分の杖を眺め、その表面を指でなでていく。膨大な金額を投資した芸術品をめでるような、もしくはそれ自身を己の力のように感じて悦に浸っているかのような、とにかく傍からは精神的危うさを感じさせる横顔だ。
特に男子生徒の持つ杖、アスクレピオスⅢは大手軍事企業の魔術道具部門が技術の粋を結集して作り上げた最高傑作といわれる代物。並の魔術道具とは比較にならないほど高性能で、ラルフィント王国の裕福な軍人はほぼ全員が使っているというほど評価が高かった。
足してシオンが使っているものは魔術道具の中小企業が一般向けに販売している平凡な性能の杖。画期的な性能こそはないが誰でもその機能を完全に使いこなせるというのが売りの、スタンダードな大量生産品であった。
もちろん術者の技量によって、魔術媒介の性能が劣っていても結果を好転させることはできるが、この場合は明らかに相手が悪すぎた。
この二つで勝負をすることは例えて言うなら、電卓でパソコンに計算で勝つようなものである。
「薄汚い亜人にはわかるまい! 豊潤な魔力と高貴な血、選ばれた種族である僕にしか使いこなせないこの杖の輝きが‼」
「成、金のっ、考えることっ! は、知らない‼」
「まだ言うかゴミクズが‼」
ケタケタと気味の悪い笑みを浮かべる男子生徒の放った炎の蛇が、今度は空中を泳ぐように放たれた。これまで狙いが適当だった中で正確に放たれた一撃はシオンの意識をすり抜け、胸に衝突して大きな爆裂を引き起こした。
「きゃうっ⁉」
紅蓮の炎に包まれたシオンは大きく吹き飛ばされながら悲鳴を上げ、地面を数回バウンドしながら土埃に汚れていく。
何度も地面に叩きつけられ、ゴロゴロと転がっていった少女は途中で杖を手放し、数メートル離れた場所でようやく止まった。熱で彼女の衣服は胸を中心に焼け焦げ、白い肌のあちこちに痛々しく擦り傷や火傷が痕を作っていた。分厚い素材と重ね着のおかげでそこまでの負傷ではなかったが、炎の爆発による衝撃はかなりのものだったようだ。
仰向けになったシオンは薄目を開けて男子生徒を睨むが、その目に先ほどまで向けていた視線ほどの強さはなかった。
「なんだ、もう終わりかい? せっかくノッてきたのにつまらないじゃないか」
「く……うっ……」
「ほら、もっと聞かせろよ。散々僕に生意気な口をきいていたじゃないか。なぁおい……どうした、さっさと立てよ。せめて僕のオモチャとして最後まで役に立てよ‼ 亜人の雌がぁ‼」
叩きつけられた時に脳を揺らされたのか、シオンはぐったりとしたまま顔を上げることすらできずにいた。
同時に、焦げ付き、燃えた胸元からはシオンの胸の膨らみが覗き、荒い呼吸に合わせて大きな揺れが主張していた。年齢にあわない豊かな白い双丘が揺れで零れそうになるが、意識の混濁の中にあるシオンはそれを隠すことができず、睨む程度の抵抗しかかなわない。
それを見た男子生徒の目に、さらなる嗜虐心の火が灯った。にやりと笑みを浮かべ、無防備な姿をさらしている少女のもとに迫っていった。
「たかが獣が服なんか着てるんじゃねぇよ! ……そうだ、僕が直々にお前にふさわしい格好にしてやるよ‼ ハハハハハハハハハハ‼」
醜悪な笑みを浮かべた男子生徒の杖から、さらに二匹の炎の蛇が鎌首をもたげた。
抵抗もできない少女に、さらに大の大人がしつこく追い打ちをかけようとしている光景に周囲から悲鳴と抗議の声が上がるが、なぜか止めに入るようなものはいない。
ただ自らの手で辱めるのではなく、炎で衣服を燃やして肌をさらしてやろうという魂胆か、さっきからシオンの胸元に対する情欲の視線が凄まじい。ギラギラと嫌悪感を抱かせる醜い笑みを浮かべた男子生徒は、シオンに向けて容赦なく杖の先端を振り下ろした。
最悪の光景を予感し、周囲の受験者や生徒たちが悲鳴とともに視界を外し、耳をふさぐその時だった。
「……耳障りな雑音まき散らしてるんじゃないわよ」
命令を受けた蛇が大きく咢を開き、仰向けのままのシオンに食らいつこうとしたその瞬間。けだるげな声が響くとともに、首を伸ばしていた炎の蛇が大きく膨れ上がり、ボフッと内側からはじけるようにして霧散した。
「……は?」
呆けた声を漏らし、杖を振り下ろした体勢のまま固まる男子生徒。先ほどまで無敵を誇っていた自慢の蛇が何の前触れもなく消滅し、痛めつけてやろうとしていたはずの亜人の少女が無事でいるという状況に、理解が追い付いていないようだった。
男子生徒が固まっている間に、ひんやりとした空気が頬を撫でた。ぶるりと背筋を震わせた男子生徒の視界のうちに、奇妙な光景が映っていた。
焼け焦げ、炎が踊っていた芝生や花壇に薄い氷が張り巡らされ、見る見るうちに覆っていく。猛っていた大きな炎までもが沈静化されていき、轟々という風の音も大気が焼け焦げる匂いも、何もかもが氷の中に閉じ込められていくのだ。
受験者やけが人には全く触れることはなく、正確に炎が取り憑いていた場所だけを覆っていき、黒い煙があっという間に白い冷気にとってかわられていた。
「な、なんだ……?」
呆然とその現象を凝視する男子生徒の隣を、ザクザクと凍った芝生を踏みつぶして通り抜けていく影があった。
惨状の下手人である男子生徒のことなど一瞥もくれず、ボロボロになって倒れている少女の方へまっすぐに向かっていく女性の姿に、その場にいた全員がハッと息をのんだ。
それは、散々痛めつけられて動けなくなっていたシオンも同じだった。
「師、匠……?」
「……案の定、巻き込まれてるし。あんたは何? トラブルメーカーなの? 巻き込まれ体質なの?」
ぐぐぐ、と力の入らない体に叱咤して起き上がろうとするシオンに、いつもの手間のかかる弟子に対する調子で声をかけるアザミの姿に、誰もが言葉を失う。負傷した弟子に優しく声をかけるわけでもなく、かといって無様な様をさらしたことを叱るわけでもない。
しかしそんな言葉を受けても、シオンはさして傷ついた様子はなかった。
「ごめん、師匠……しくじった」
「……気にしないの。むしろあの杖でよくここまで耐えたもんだわ。えらいえらい」
「…それ、ほんとに褒めてる?」
「……いいえ、あんたに対する皮肉」
「…やっぱりスパルタ」
どしゃあ、と限界を迎えて背中から倒れたシオンに、アザミは面倒くさそうに深いため息をつく。
そんな二人の会話に、ずけずけと割り込む命知らずな愚者がいた。
「失礼……貴女がかの眼帯の魔女として知られる、アザミ女史で間違いないだろうか?」
蛇の杖を背に庇い、貴族らしい型にはまった礼を見せた男子生徒が、立ち去ろうとしていたアザミを呼び止める。先ほどシオンに向けていた狂気的な凶暴な笑みは鳴りを潜め、好青年へと変わった男子生徒は、それでも傲慢気な笑みを浮かべてアザミに話しかけた。
「……何かしら」
「失礼。僕はフロイド・ディスクリム。高名な女史の名を穢した薄汚い野良猫を排除しようとしていたところでして……恐れながら、貴女ほどのお方がそのような野良猫に触れるのはいかがなものでしょうか? その亜人は恐れ多くも貴女の弟子を名乗り、由緒正しき名門の出である僕を侮辱した罪深いケダモノです。それ以上関われば、貴女の経歴にも傷が入りますよ?」
口先は丁寧に美辞麗句を並べながら、言葉の全体から傲慢さが浮き出ている男子生徒・フロイドの言葉にアザミは目を細めて口を閉ざす。
忠臣でも気取っているかのような気遣いの言葉のようだが、自分の交友関係を他人に指図されているかのような不快さを感じ、ピクリと彼女の頬に痙攣が走る。
「貴女は亜人や獣人など相手にする必要などありません。その素晴らしい頭脳と知識は選ばれしわれらにこそ振舞われるべきです。下等種族に英知を施したところで返ってくるものはない、どぶに宝石を捨てるようなものです。……さぁ、そんな小汚い野良猫は棄てましょう」
シオンがアザミの足元からムッとした視線を向けるのに気づくと、汚らわしいものを見たように表情を歪めて舌打ちし、アザミの視線を受けてすぐに笑顔を取り繕う。
周囲の生徒からもフロイドのあまりの差別的発言に厳しく咎めるような目が向けられるが、誰一人としてそれを口にする者はいない。フロイドが視線を向けるだけで、表情を歪めていたものは視線をそらし、物陰に隠れてしまった。
「貴方はもっとふさわしい資質を持った者を弟子にするべきです。そう例えば……家柄にも素質にもあふれた有望な若者、私のような者をね」
アザミが否定しないことをいいことに、フロイドはなおも言い募る。先ほどからアザミを褒め称えているように見えるが、その実彼は自分のことしか考えていないことは確かだった。単に、アザミの名を自分の価値を高めるものとしか認識しておらず、箔をつけるために自分の名を売り込んでいるだけに過ぎない。
しかしそこまで失礼で不躾なことを言われても、アザミに一切の反応はなかった。ただじっとフロイドの方を見つめ、一言も返事を返そうとはしなかった。
一言も反応を示さないアザミに焦れたのか、フロイドはややその表情に不快げなしわを刻み始める。何とか我慢して笑顔を保ってはいるが、苛々とした様子は魔術道具である杖に現れていて、先ほどから杖の周囲に陽炎のような空気の揺らぎが発生している。子供が癇癪を起こす寸前のような不穏さだ。
「そもそも魔法は、とるに足らない平民などが気軽に使えるから間違いが起きるのです。然るべき人種が、然るべき知識と力を有するからこそ発展するものであって―――」
「……あんた、馬鹿よね」
饒舌に語っていたフロイドの声が、不意に途切れた。
ざわッと周囲の人間からどよめきの声が上がり、顔を真っ青にしてアザミの方に向けられた。
これまでの会話でわかるとおりフロイドはやんごとなき血筋に位置する嫡男で、虚栄心と自尊心の塊のような男だ。加えて自分の種族以外の存在を亜人・獣人と呼ぶ差別主義者で、それが公共の場であろうとなかろうと自分の領域に入り込むことを絶対によしとはしない。
それが、同種族であるアザミに自分の言葉を否定されたとき、いったいどういう反応を返すだろうか。
「きっ、貴様! ぼ、ぼ、僕を今っ、馬鹿と⁉ 馬鹿だと⁉」
「……さっきから聞いていれば、あんたの言っていることは一から十まで単なる妄想で一片の事実も含まれてないじゃないの。正直、ドが付く素人の戯言なんて聞くに値しないからさっさとどいてほしいんだけど」
「しっ、素人だと⁉」
顔を真っ赤にしたフロイドが、がたがたと杖を振るわせながら声を裏返して喚く。血管が額に浮き出て、今にもはち切れそうなほどに膨張する。瞼は目玉が飛び出そうなほどに見開かれ、眼球には血圧が上昇して血走り、先ほどまでの好青年の仮面が一瞬で砕け散る。
アザミはフロイドをほぼ人として認識していなかった。ただ自分の歩く道で妨害して、聞くに堪えない戯言を垂れ流す異常者にしか見えない。自分ではまともなことを言っている、自分だけが正しいと認識している時点で、手遅れとしか言いようがなかったのだ。だから、何も言わなかったのだ。
なにより彼女には、フロイドを一発で見限る理由があった。
「……魔術を魔法と勘違いしてる馬鹿を、他にどう表現すればいいのよ?」
「き、ききき貴様ぁ! たかが一魔術師の分際でこの僕をっ! この僕を馬鹿にしやがって‼」
魔術の権威にまで馬鹿にされたと怒りが頂点に達したのか、フロイドはすでに十分な魔力が充填されていた杖をアザミに向かって振り下ろした。杖の術式の中で過剰に圧縮されていた膨大な魔力が炎となって噴き出し、体長10メートルはあろう巨大な蛇へと姿を変えた。
人一人を余裕で呑み込めそうなほどに大きく、轟々と先ほど以上の高熱で渦巻く真っ赤な炎。チリチリと周囲数メートルにも熱気が届くような高熱は、先ほど凍り付いた芝生を再び燃え上がらせ、辺りを焦げ臭さと黒い煙で充満させようとしていた。
「うわぁああ!」
「だ、誰か止めろよ‼」
普通の蛇サイズで相当な爆発を引き起こしたのだ。その数十倍から数百倍の巨大さを誇る魔術が爆ぜようものなら、このあたり一帯は確実に吹っ飛ぶことは予想できた。その未来を思い描いた生徒たちや受験者たちは我先にとその場から逃げ出し、悲鳴が遠くなっていく。
「死ねぇぇぇぇ―――――‼」
だが、血が頭に上って常識さえ飛んだフロイドが彼らを気遣うはずもなく、狂気的な笑みを浮かべた彼の手からついに巨大な炎の蛇が解き放たれた。蛇にはないはずの野太い咆哮を轟かせ、凶悪な眼光を光らせる紅蓮の大蛇が、シオンもろともアザミを呑み込もうとした。
「―――うるせぇ」
だが、予想していたような結末は訪れなかった。
あれほど圧倒的な存在感を向けていた蛇が、まるで先ほどの再現のように、一瞬にして霞のように四散して消滅してしまったのだ。
いや、同じではなかった。
フロイドが暴走によって引き起こした熱気が消え去り、今度は極寒の氷の中のような冷気に包まれていた。芝生は少し触れただけで粉々に砕け散るほど、空気は吐く息が一瞬で凝結するほど、そして、動きを止めた瞬間身体機能が低下していくほどの、凄まじい冷気の中に。
一瞬にして校庭から極地に移ってしまったかのように変わり果ててしまった光景を前に、フロイドは笑みを凍り付かせて立ち尽くしていた。
理解が追い付かない。意味が分からない。攻撃したのは自分で、抵抗などできるはずもない。だから、こんな状況はあり得ない。
思考までもが凍り付いてしまったフロイドのもとへ、冷たい声が響き渡った。
「脳味噌の足りない糞餓鬼とこれ以上語るつもりはない……失せろ」
フロイドは氷結を纏った魔女を前にひくひくと頬を痙攣させ、やがて全身を大きくガタガタと震わせ始める。寒さゆえか、恐怖ゆえか、よろよろと後ずさると、青年は速足でその場を離れていった。
フ―ッと白い息を吐き、アザミは殺気を収めていく。つい苛立って魔力がこもり、余計な威力の魔術を発動してしまったが、気分的にはすっきりしていた。
トンと靴の踵で地面を蹴ると、そこを中心に凍り付いた芝生が砕けていく。パリン、と粉微塵に砕けた氷の粒がキラキラと光を反射させ、幻想的な光景が作り出される中で、アザミはシオンの方に視線を戻した。
もうだいぶ回復したのか、起き上がってぺたんと座り込む弟子に、アザミは咎めるような目を向けた。
「……で、あんたは何やっちゃったの?」
シオンは無言で、がっくりと項垂れた。
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