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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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5:学び生きる者

「―――魔術なんてものは、結局のところはマッチやらナイフやらと大して変わらないの」


 教壇の上に立ったアザミが、食い入るように熱心に視線を向けてくる多くの視線を受け止めながらそう言った。向けられている視線の数は百対ではおそらく足りず、席に座れず後方で立っている者や廊下から覗き込んでいる者を含めると数倍にも及ぶことだろう。

 段状に据え付けられた席で必死にメモを取る多種多様な種族の生徒たちが、アザミの言葉の意味を測ろうとしていることを確認してから、自身がその結論に至った理由を続ける。


「小さな棒の先端に発火性の混合物を塗布して、こするだけで火をともしたり、金属を研いで切れ味を高めたり、人間が自分で作って使える便利な道具と大した変わりはないわ。魔術は必要な道具とそれを使うための知識さえあれば、だれでも簡単に使えるもの。神秘だとか奇跡だとか言われた時代もあったけど、現代の技術の主流となっている科学と大した差はないわ」


 教科書も何もなしに解説を続ける魔女に、生徒たちの六割はなるほどといった感じに、一割はわかったようなわからないような表情を、残りの三割は納得できないのか難しい表情を浮かべている。

 六割はおそらく、名のある魔術師が言うことなのだからそうなのだろうとわかったふりをしているか、何となく自身もそんな気がしたという曖昧な感想を抱いているだけ。一割は経験の少なさから魔女の結論に共感しかねていて、三割は自分なりの考えに反しているか、別のものから教えられた事実と違うことに納得しかねている者だろう。

 あくまでアザミ自身の感想だったが、六割の生徒は平凡と呼ぶにふさわしい反応を示していた。与えられる知識はすべて正しいと検証を放棄し、ただ受け入れるだけの一般的な反応だ。三割は少し問題がある。自分の意見が正しく他は間違っているという無自覚な傲慢さが混じっていて、自分の意に反する考えを受け入れない狭量さが混じってしまっている。

 アザミがわずかながらも好感を覚えるのは、残りの一割の反応を示した生徒だけだった。自分の経験や知識が不足していることを曖昧ながら理解していて、なおかつ与えられる知識が本当に正しいかどうか疑う探求心がある。柔軟な思考を持っているという意味で、アザミには将来が有望に思えた。


「現在の魔術師が使用している杖や術式を付与した剣などの媒介の多くは、備わっている魔力を通す金属類に魔法陣なんかの溝を刻み、使用者が自分の意思で魔力を流し込む、または魔力を蓄えた結晶や石を繋ぐことで発動するもの。魔術と科学、二種類の電灯の内部構造を比べてみれば近似していると思うはずよ」


 そう言われ、生徒の何人かが室内に備わっている光源に目をやった。あるのが当たり前になっているほど日常的に使われている道具だが、言われてみると改めて内部構造が気になったようだ。実に単純な反応である。


「道具によってはできることとできないことがあるのも似た特徴かしらね。刻んだ術式に可能な範囲であれば様々な現象を発現できるけど、術式の範囲外の現象を起こすことはできないわ。『火を灯す』術式だけを刻んだ魔術道具に、『切れ味を増す』ことはできないようにね」


 当たり前だろう、と何人かの生徒はアザミの講義に不満げな眼差しを送っているが、この当たり前を作っているのは魔術師を志した者たちが何十年も、そして何度も次へ託してきたがために存在しているものだ。

『火を灯す』術式を開発するだけで、『熱を集めて発火させる』・『常に発火させ続ける』・『火の勢いを一定に保ち続ける』などの段階が必要となり、それらすべてを完全に制御しきって始めて魔術は完成したといえるのだ。

 一度その立場になってみれば否応なく知ることになるだろう。成功とは、幾十幾百もの挑戦と失敗の果てに成り立つものであるということを。そしてそれは、先人たちが何千年もかけて積み重ねてきた知識と経験の上に成り立っているということを。


「魔力の量は生まれ持って決まるものだし、その扱いも人によって向き不向きがあるけど、日用品のような簡単な魔術道具であれば起きる現象に差は出ないわ。ランプに光を灯すだけで、使用者の魔力が丸ごと持ってかれたり、光が強すぎて近づくこともできなくなったら問題だものね……気を付けなければいけないのは、単純な動作でも込める魔力や技量によっておこる現象に差が出るもの」


 ここでアザミは、わざと声のトーンを下げて鋭く生徒たちを一瞥する。

 かすかに混ざった殺気に気づいたのか、ほぼ全員の生徒たちが顔色を変えてアザミに注目した。聞き逃したらただでは済まさないとでもいうような重圧がのしかかり、ごくりとつばを飲み込む声があちこちから聞こえてきた。


「現在、国の兵士や傭兵、冒険者が使っている武器や道具がその例よ。加減さえできているなら剣は対象を昏倒・気絶させて無力化できるし、災害時には瓦礫や障害物を撤去するのに大いに役立つわ。……ただ、この加減ができていないものが魔術道具を手にし、対象に向けて魔術を使用した場合どうなることか」


 誰にというわけではないが、わざとらしく聞かせるように魔女は呟く。ここにはいない誰か、あるいは今後この中から現れるかもしれない未熟者に向けて、憂いに満ちた声色でこぼしていた。


「最近の例で言ったら、ある新人魔術士が配給された剣を暴発させて、同僚の腕を切り落としてしまった事件や、喧嘩で武器を抜いた連中が双方に重傷を負わせる、あるいは自分で負うなんて事件が多発しているわ。残念ながら、これは魔術が開発されたばかりの大昔じゃなくてつい数か月前のことよ」


 本気で先が思いやられる、というように眉間にしわを寄せ、アザミは生徒たちを見渡していく。

 視線を受けた生徒たちは何割かが視線の鋭さにうっと息を詰まらせ、何割かが心配そうに隣の生徒と顔を見合わせ、何割かは自分には関係がないというように小さく小ばかにしたような笑みを浮かべている。最後の連中は、最初にアザミが告げた結論に難色を示していたものがほとんどだった。


「もちろん、新人が加減を誤って起こす事件ばかりじゃなく、ベテランの魔術師が誤って事故を引き起こすこともあるわ。昨今はむしろ、平均寿命が延びたせいか高齢者による事故が多発しているぐらいね……つまりこれは新人にもベテランにも起こりえる、自分は優れた使い手だから事故なんてありえないという慢心から起こった事件」


 慢心する連中に注意を促すように言うと、案の定ばつが悪そうに顔をしかめてアザミから視線を逸らす。が、頭から未熟者呼ばわりされてムッとしているのか、ちらりと向けてくる視線には反抗的な気の強さがうかがえた。

 あえて真っ向から注意するつもりはないが、その傲慢さに自覚がない分厄介な相手だと、アザミはさらなる落胆を禁じえなかった。


「あなたたちに覚えていてほしいのは、あなたたちが学んでいるものは便利な道具であるという以上に、誰にでも使えるどんな結果をも引き起こしかねない力だということよ。確実に安全で、完全に制御しきれるものなんかじゃない。あなたたちにはいずれ、試験という形でその資格が問われることになるわ」


 今まさに自分の弟子が試練に挑んでいることを思い浮かべ、魔女は自分の胃が痛むのを感じた。胃痛など感じるはずはないのだが、とにかくあの弟子のことを考えると心配で心配で仕方がなかった。

 しかし弟子には、いま生徒たちに言っていることを常々厳しく教えてある。耳にタコができるほど、いつでも一字一句間違わずに思い出せるほどに、性根が曲がらないように叩き込んである。大きな不安要素があるだけで、弟子を信用していないわけではないのだ。


「自分の身を守りたい者も、新たな可能性を探求したい者も、誰かの暮らしを守りたい者も、そして誰かに褒められたい、認められたい者も……ゆめゆめそのことを忘れないで」


 最も伝えたい、覚えていてほしいことをすべて伝えたアザミはそう締めくくると、生徒たちの顔を一人ずつしっかりと見まわし、意識が自分に集中していることを確認していく。

 強いまなざしを受けた生徒たちは全員が息をのみ、やがてまばらに拍手が上がったかと思うと、最後には盛大な拍手へと変わって眼帯の魔女に称賛を送った。純粋な尊敬と畏怖、感嘆、義務感といろいろな感情が混ざってはいたものの、少なくとも知識として今回の話は伝わったことを察し、アザミは生徒たちに礼を返したのだった。


     ◇ ◆ ◇


「アザミ先生! 俺の式を見てもらえませんか⁉」

「学生時代のこと、教えていただけませんか⁉」

「せ、先生は一体、どなたに教えを受けたんですか⁉」

「アザミ様‼ どうか、どうかわたしを弟子にしてください‼」

「おい、抜け駆けするなよ‼」

「さっ、サイン! サインください‼」


 講義を終え、教室から退出しようとしたアザミだったが、その前に待ち構えていた生徒たちに取り囲まれて動けなくなってしまっていた。

 普通に抗議に関する質問や反論がある分はいい。しかし高名な魔術師に自分の成果を見てもらいたい、評価してほしいという学問に熱心な生徒による暑苦しいアプローチもあれば、有名人についての知識を得て自慢にしたいというような俗な質問やら魔女の弟子というブランド名が欲しいという欲を持つ者、あるいはその美貌に引かれてかかわりを持とうとする下半身に素直な者までいる始末で、アザミの周囲数メートルは非常に喧しく鬱陶しい有様になっていた。

 そんな耳障りな連中に囲まれているアザミは、心底気怠そうな表情を微塵も隠そうとはしていなかった。


(……あー、めんどくさい)


 熱心にかかわりを持とうとしている彼らだが、実のところ彼らはアザミのことをほとんど見ていない。高名な魔術師という肩書につられてあやかろうという心理が働いているだけで、本当の意味でアザミについて知ろうとしている者はまずいなかった。

 学校からの紹介で一度だけ講義をすることになっただけなので仕方がないことだが、浅く安っぽい研究意欲しか持ち合わせていないものとの会話はするに値しないと感じていた。

 そんな時、生徒たちの壁を無理矢理かき分けるようにして、一人の小柄な男子生徒が顔を出した。


「し、質問、よろしいですか! アザミせん……女史!」


 茶色や黒が混じった鳥の羽毛の髪を生やした、混血らしい犬耳の少年が興奮気味に声をかけてくる。

 アザミは教員免許を持っていない、ゆえに先生という呼び方を避けた彼は正しい、と好感を持ったアザミは視線を向け、純粋な疑問を持ち込んできたらしいキラキラした犬人(キャニ・サピエンス)の少年の目を見つめ返した。


「……なぁに?」

「そ、その……えっと……」


 つい尋ね方が優しくなったが、そのせいか少年は顔を真っ赤にしてうつむいてしまった。間近で魔女の整った顔立ちを目の当たりにした上に、思っていたよりも優しく受け止められたせいで急に恥ずかしくなってしまったらしい。寸前で言葉がのどにつっかえてしまっていた。

 ほかの生徒たちも、一人で乗り込んできた小柄な少年に興味を抱いたらしく、それまでの騒がしさが嘘のように鎮まり、わずかなざわめきのみが残った。

 急に注目を浴びた少年はより一層真っ赤になりながら、あ、う、とどもりながら必死に言葉を探り、何度も深呼吸をしてようやくアザミに視線を合わせなおした。


「そ、〝創世の賢者〟という人物は、実在するのでしょうか……⁉」


 シン、と。

 その場にいたすべての人間が言葉を失い、完全な静寂がその場を支配した。


「…………」

「おい、おまっ……お前! なにバカなこと質問してんだよ‼」


 思わぬ質問にアザミまでもが言葉を失う中、少年の知り合いらしき虎人(ティグル・サピエンス)の少年が犬人の少年の肩をつかみ、その場から引きはがした。

 アザミを取り囲んでいた人の輪の中から無理矢理引っ張り出すと、愛想笑いのようなぎこちない笑顔で会釈してから、犬人の少年の首に腕を回して小声で叱り始めた。なぜか彼自身も真っ赤になっている。


「こんなところでそんなこと聞くなんて馬鹿かよ! ピュアすぎんだろお前!」

「だ、だって……」

「だってじゃねぇ‼」


 ごにょごにょと周りに聞こえないように押し殺しながら話しているが、最初から耳をそばだてられていては丸聞こえである。次第に彼らに向けて、くすくすとこらえきれなかったものからの忍び笑いが発せられ始めた。

 中には、少年たちに対するあからさまな嘲笑さえも混じっていた。


 少年たちの言う、創世の賢者。

 それはあらゆる言い伝えや伝説に登場する、最も有名な偶像(キャラクター)である。

 最古の歴史を誇る帝国の歴史書にすら最初の章に名前が載っており、探せば世界中のすべての国の伝承や言い伝え、古文書にその存在が謳われているという凄まじい知名度を誇る。

 その功績は名の通り、魔法という力を示し、その手で世界を創造したといわれる神の所業である。争いの絶えなかった人間の間に立ち、その力をもって荒ぶる魂をなだめ、和の心を繋いだという神話から、人を憎み喰らい破壊する恐ろしき怪物を鎮め、その魂を救ったというおとぎ話まで及ぶ、いわゆる英雄の一つだ。

 しかし、彼の実在は歴史学に精通しているほとんどの者が疑っている。というか信じられていない。

 文献によっては登場する時代がまちまちであったり、存在したという時期が明らかにほかの地域と被っていたり、文献ごとに大きな矛盾があったりと、存在を否定する証拠が多く残っている。なによりいずれもまともな文献が残っていないほど大昔の情報であり、当時に栄えていた都市や国の遺跡なども眉唾物として扱われるほど古いため検証すること自体不可能だった。

 その最たるものというのが、彼が行ったという所業の数々、とくに魔法の創造というものだ。さきほどアザミが言ったように、現代における魔術は科学とほぼ変わらない技術であるという認識があるために、奇跡と神秘の象徴である魔法は次第に存在が不安定になり、現代では完全に幻想のものとして扱われている。そんなものを扱う人物など、ますます実在するとは思われない。憧れることはあろうとも、本気でその背中を追うようなものはいない。

 つまり混血の少年の先ほどの発言は、思春期男子に特有の症状のようにかなり痛々しい発言であるということだ。


「世界で最初に魔法を生み出した賢人なんて、そんな奴が実在するわけないだろう……! 神話と歴史をごっちゃに考えてる痛い人間のセリフだぞ、それ! 大体魔法なんてものは、大昔の人間が自然現象とかの偶然を勘違いしたものだっていうのが、現代の暗黙の了解ってやつだろうが!」

「で、でも……いろんな国の歴史に出てくるし、英雄譚にだって名前が出てくるくらいだし、もしかしたらって……」

「だから! 大昔から伝わってるからいろんな国に伝わってるだけで、本当はいない人物なんだって! いい歳してガキに笑われるぞ! やめろ、ていうかやめてくれ。俺が一番恥ずかしい」


 犬人の少年とそれなりに仲が良かったらしく、嘲笑が自分に向けられていても虎人の少年は犬人の少年から離れようとはしなかった。かなり友達想いというか、義理堅い性格のようだ。

 それでも犬人の少年は引かない。おそらくは自分が魔術師を志すきっかけになったものが、彼の賢者にかかわる何かなのだろう、その実在を全否定されることが、どうしても認められなかったのだろう。

 だが、アザミはそれを笑わなかった。


「……さぁ、それはどうでしょうね」


 思わぬ人からの援護に、虎人の少年は犬人の少年をつかんだまま「へ?」と間抜けな声を漏らして振り返った。

 周りの生徒たちがぎょっと驚きの視線を向ける中、アザミは全く気にせずに腕を組み、犬人の少年をじっと見下ろした。豊かな胸がむにゅっと強調され、そちらに視線が集中していたが気にしない。そんな奴らは会話する必要すらない。


「……魔術の発祥はあなたたちの言う魔法を人間の手で再現するために生み出された、なんて説もあるぐらいだしね。それに少なくとも、その賢人にだってのちに伝えられるモデルとなった人物がいた可能性は否定しきれないわ」

「ほ……ほら見ろ!」

「……ただし……」


 自分の考えが正しい、というかまともに聞いてそのうえ疑問に答えてもらったことに歓喜した少年が友人に肩をたたくが、アザミは先にくぎを刺しておくことにした。


「……本当にそのモデルが実在したとして、それが賢者と同等の存在といえるかは謎よね」

「ど……どうしてですか?」

「……火のない所に煙は立たぬとは言うけど、その火が真実を表している可能性は極めて低いわ。煙だけ立派で、ただのぼやかもしれないわ……噂であっても伝説であっても、どこかで尾鰭だけじゃなくて胸鰭やら背鰭やらも伝わっているかもしれない。それにね…………困った人のところに現れて颯爽と助けてくれる万能の賢者様なんて、果たして存在するのかしらね?」


 困惑気味に見つめてくる少年に、アザミはやや冷たい目を見せる。その様は少年を見下しているわけではない、少年の中で過大評価されているかの英雄自身を見下しているように見えた。


「……私はそんな奴、物語に都合のいい、登場させやすい登場人物(キャラクター)にしか思えないのよね。憧れるにはちょっと、胡散臭いというか」


 少年は自分の憧れの人物を否定され、目に見えて落ち込み始めた。やや持ち上げられた感がある分、後になって落とされた分の精神的なダメージが大きかったようだ。

 周りで笑っていた連中も、少年が予想以上に落ち込んでいることに罪悪感を抱いたのか頬を引きつらせて目をそらしだした。えぐられた傷口に塩を塗り込むほど性根の腐ったものはさすがにこの中にはいなかったようだ。

 虎陣の少年も友人を慰めようとはしていたが、自分で少年の理想を否定した分下手に慰めても説得力に欠けるため、ただ無言で彼の肩をポンポンと叩いてやるぐらいしかできていない。

 当の原因であるアザミは一切の表情を変えず、まともな反論を返せずに撃沈した少年に落胆のため息をついた。


「……子供の夢を壊すようで悪いけど、あんまり過度な期待はしないほうがいいわよ。もしいつか、その賢者の実在が確認されて歴史が暴かれたりして、幻滅する羽目になったら目も当てられないわよ」


 しっかりととどめを刺され、少年の負のオーラがひときわ膨れ上がった。

 周囲にまで感染するのか、顔色を悪くする生徒が多発する中、アザミはこれ幸いとまばらになった生徒たちの輪を知らん顔で抜け、シオンたち受験者たちがいるはずの校庭方面に向かって歩き出した。少年へのメンタルケアは、面倒さが勝ったらしい。


 その時、アザミが歩く廊下の反対側から一人の女性教師が駆け込んでくるのが見えた。

 湾曲した角を頭蓋の左右から生やした、もこもこした質感が目立つ髪の彼女がまっすぐに自分のほうに向かってきていることに気づき、アザミは訝し気に眉をひそめた。


「アザミ女史! 大変です!」

「……なに、まさかとは思うけど、うちの弟子がなんかやらかしたわけ?」

「い、いえいえ! お嬢様が特に何かしたというわけではなく……ああもう、とにかくすぐに来てください‼」


 時々感じた嫌な予感はこれか、と頭を抱えるアザミに女性教師は慌てたように首を振った。

 明らかに狼狽し、非常に困窮している様子の女性教師にそこはかとなく嫌な予感がしたアザミは、誘われるままに歩く速度を上げ、ためらいなく大きなため息をついた。彼女の様子から察するにシオンが何かのトラブルを持ってきたわけではなく、トラブルの方からシオンに近づいて問題が生じてしまったのだろう。

 シオン自身に気を付けるように言い聞かせはしたが、トラブルには近づくなとは言っていなかったことを思い出し、アザミの表情は非常に渋いものに変わっていた。

 どうせ、ろくな目に巻き込まれていない。


「……本当に人間って、めんどくさいわ」


 これも、あの少年に意地悪なことを言った罰か。

 こんな羽目になるなら、あの生徒たちの質問攻めに対処していたほうがもっと楽だったと、激しく後悔しながら。

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