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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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15:荒波の大捕物

 ひゅう、と風を切る音が響き、数本の銛が闇夜を貫いて海中に潜っていく。

 いくつもの漁船から放たれた銛の数々は水飛沫を立て、荒れる流れの奥底で根を張る何十もの獲物の同に突き刺さっていった。


「次ぃ、銛投げぇ‼︎」


 暗い海の底で蠢く相手に刃を突き立てると、タツキの号令でまたさらに銛を用意し、一斉に投げ飛ばす。

 銛の端にくくりつけられた縄が蜘蛛の巣のように絡まり、銛同士を固定して強固な網となる。海上に出てのたうっていた無数の触手もそれによって封じられ、海底に棲む魔物は身動きが取れなくなっていった。


「おぉらぁ‼︎」

「食らいやがれこの化け物がぁ‼︎」


 かすかな気配を頼りに、漁船の上の漁師たちが怒号とともに銛を投げ落とし、違うことなく魔物の肉体を貫き捕える。その声には明らかに、募りに募った彼らの不満や苛立ちが混じっていた。

 一方あちらこちらからの襲撃を受けた磯巾着の魔物は、悲しげな咆哮を海中に響かせて触手を蠢かせた。


「き、効いてる…! 効いてるぞ…!」

「畜生め! 銛の当たらねぇ亡霊だと思ってたから手ぇださなかったのに、ただのデケェ磯巾着(ワケ)じゃねぇか‼︎ 騙しやがって!」

「この恥は何倍にでもして返してやるぞ、おらぁ‼︎」


 得体の知れないもの、自分の力ではどうにもならないとてつもない相手だと思い込み、泣き寝入りをするしかなかったライデリカの漁師達。

 しかし、自分達が怯え続けてきた相手の正体が実際はそう珍しくもない海の生物を基にした存在で、しかも仲の悪い隣国の息のかかった連中による悪戯だったと知らされ、男達の怒りは爆発していた。

 この借り返さずに入られるか、そんな鬼気迫る様子で、男達は渾身の力で銛を落としまくった。


「……呆れた」


 そこら中から聞こえてくる耳障りな野太い怒号に、アザミは船の残骸の上であきれた様子で立ち尽くす。

 その場から見える、漁船に乗っている漁師の顔を見渡してみると、どいつもこいつもアザミが日中に訪ね、情報収集を断った連中ばかり。

 そんな連中が鬼のような形相で魔物を狩っている姿は、ある意味滑稽だった。


「……こんだけ集められるんなら最初からそうしなさいよ…って、あいつまさか」


 援軍が見込めないならばと、それなりに覚悟と準備を整えてきたのに、これだけ大勢で押しかけてくるなら自分入らなかったのでは。

 そう考えたアザミは、ふと思い浮かんだ可能性に眉間にしわを寄せ、厳しい表情で一隻の一際立派な漁船の上、そこに立つタツキの方を睨みつけた。


「……この展開に持って行くために私をけしかけたんじゃないでしょうね」

「ははは! どうじゃ先生! 余計な世話じゃあないじゃろう!」


 ボソリとこぼれたアザミのつぶやきは荒波の音にかき消され、肝心の女商人の元には届かない。

 もし考えた通り、漁師達をけしかけるためにアザミ一人に対処に向かわせ、苦戦している姿を見せつけたのだとすれば、色々と文句と制裁を加えなければならぬと、アザミは気だるげにため息をついた。


「ちっ…重てぇな! 無駄にでかい図体しやがって!」

「だがまだ軽いわ! 海の男を舐められてたまるか!」


 魔物の肉に銛を突き刺し、引っ張り上げようと悪戦苦闘する漁師達だが、恐ろしく肥え太った魔物の体は重く、海水の浮力があってもそう簡単には持ち上がりそうにない。

 だが、ただ獲物がでかいというだけで諦めるほど、ライデリカの男達の執念と根性は脆くはなかった。


「そうじゃあ! こんな連中海から引っ張り出しゃあこっちのもんじゃ! とっとと始末する(しかべる)ぜよ!」

「おおおおお‼︎」


 タツキが漁師達を鼓舞し、同じ船に乗る見習いらしき少年が旗を振るって、士気を上げさせる。

 途端に漁師達はやる気をさらに燃え上がらせ、磯巾着ごときに好き勝手された屈辱を燃料に縄を引く手に力を込めた。


「そぉら、引けぇ‼︎」


 メキメキと屈強な男達の筋肉が盛り上がり、縄をきしませて引っ張り上げる。凄まじい抵抗が両腕に襲いかかるが、構わず男たちは筋繊維の一本一本を縮めようと集中し続ける。

 肉体が奮えるたびに大量の汗がほとばしり、波しぶきと混ざって雨のようにあたりに撒き散らされていた。


 その奮闘は徐々に実を結び始め、海中に潜んでいた触手の持ち主がゴボリゴボリと気泡を吐いて浮上してくる。海中では深く貼られた根が無理やり引きちぎられ、痛覚があるのかどうかは知らないが、魔物が耳障りな悲鳴をあげ出した。


「ーーーーーーーー‼︎」

「ようやっとその面、見せよったの……ちゅうてもどこが面かは知らんがな」


 狂ったように、せめてもの抵抗として触手を無茶苦茶に振り回す魔物の動きが、次第に衰えていく。

 網に絡まっていた触手がその力を失っていくと、漁師達にハッパをかけ船を操っていたタツキは、思わずニヤリと笑みをこぼした。


「野朗共ぉ! ここが漢の見せ所じゃぁ‼︎ 引けぇ、引けぇ‼︎」

「荒れる波にぃすかして笑いぃ! 銛をぉ投げるぅ漢のぉ背中ぁ! 俺達ゃ不屈のぉ海人よぉ! そいやっ! そいやっ!」

「そいやっ! そいやぁっ!」


 獲物を引きずり出すための怒号の中、誰かが力の限り歌い始めると、伝染したように周りの漁師達も歌い出す。野太い男達の声が重なり、波の音さえもかき消す騒音が辺りに充満し始めた。

 魔物の放つ断末魔の悲鳴さえも漁師達の合唱にかき消され、次第に小さくなっていった。


「ーーーー…‼︎」

「ほたえな……そげにおよけん(気持ちの悪い)声出しよって、往生際の悪いやつぜよ」


 魔物の悲鳴が、どこか除名を懇願するような情けないものに聞こえてきて、耳にしたタツキが鬱陶しそうに目を細め、吐き捨てる。

 どこかのだれかに無理矢理連れてこられた憐れな存在といえど、国の縄張りを荒らした害獣を放置できるはずもない。むしろ此の期に及んで命乞いをする魔物など、見苦しいことこの上なかった。


「さぁて嬢ちゃん、出番じゃあ!」


 もはや魔物にほとんど抵抗する力など残されてはいまい、そう判断したタツキは、漁師達に混じって連れてきたもう一人の助っ人を呼ぶ。

 タツキの声が響いた瞬間、漁船の後方部から小柄な人影が飛び出し、金色の目を輝かせて釣り上げられた魔物の群れを鋭く睨みつけた。


「よくも……やってくれたなゼラチンもどきども」


 漁船の舳先に飛び移った少女、シオンはふつふつと湧き上がる怒りを燃料にし、己の魔力を炎として周囲に顕現させる。

 未だ制御の儘ならぬシオンの膨大な魔力だが、現時点において彼女がそれを加減する必要は微塵もない。漁船同士と魔物の距離が十分にとられ、標的が一箇所に集められた今、ありったけの魔力を炎として噴出させようと何の問題もなかった。


「完膚なきまでに燃やす…燃やし尽くす!」


 シオンが掲げた掌の上で、人頭大の炎の塊が出現し、追加された魔力によってさらに膨れ上がっていく。

 シオンはそれを頭上に持ち上げ、両手で大岩でも抱えているかのように支えると、魔物の群れの間に向けて思い切り投げ飛ばした。

 放たれた炎は海面に衝突すると、圧縮されていた熱を一気に解放し爆ぜる。波飛沫の大半を蒸発させ、シオンの炎は魔物の群れを跡形もなく呑み込んでしまった。


「……あの子のあれは完全に八つ当たりね。怯えまくって震えてたのはどこのどいつよ」


 アザミはその場に座り込み、頬杖をついて自重を捨てた弟子の暴走を見やり、深いため息をつく。

 多すぎる力を制御することが課題のはずなのに、それを完全に放棄して思い切り出しきってどうするのか、と弟子の未熟さに呆れ果てる。

 どう矯正したものか、と考え込んでいたアザミの耳に、小さな悲鳴が背後から届いた。


「ひぇぇ…なんだ、あのガキ…! あんな馬鹿すげぇ炎を出して暴れてやがる…!」

「おっかねぇ…あの化け物を一方的に焼き殺してやがる…!」


 アザミの背後に庇われる形となっている、幽霊騒ぎの犯人達が青い顔でシオンを凝視し、口々に怯えた声を上げている。

 己の行いを棚に上げ、弟子を貶めるようなことを呟き始めている彼らを横目で見やったアザミは、その表情を完全なる無に変え、無言のままその場で膝を立てた。


「まるで化け物じゃねぇか……ヒッ⁉︎」


 思わず口にし、シオンに対し嫌悪の混じった視線を向けていた男の一人が、不意に小さく悲鳴をあげて顔をひきつらせる。

 首元にいきなり突き出された刃を凝視した彼は、ガタガタと身を震わせて鋭く睨みつけてくる眼帯の魔女に気づき、滝のような冷や汗を流して息を飲んだ。


「その汚ねぇ口を今すぐに閉じろ下郎共……それ以上あの子を侮辱するのであれば、予定していたものよりはるかに凄惨な地獄を見せることになるぞ」


 先ほど聞いた、正体不明の謎の声に変わった魔女の宣告に、口を滑らせた男だけでなく他の者もこくこくと頷く。

 決して逆らってはならない存在が苛立っていると気づかされ、男達は哀れなほどに怯え、身を縮こませるばかりだった。


「そぉら、引けぇ! どんどん引けぇ! 獲物はまだまだおるぜよぉ!」


 下手人達から目を離したアザミは、タツキ達の大捕物の方もかなり状況が進んでいることが声でわかり、やれやれと肩をすくめる。

 海面を埋め尽くさんばかりに生えていた触手も、本体である魔物達が次々に釣り上げられ、仕留められたことで急速にその数を減らしつつある。漁師達が引きずり出した獲物をシオンが片っ端から燃やし、あっという間に半透明の残骸へと成り果てていた。

 もはや手を出すまでもない進捗具合だが、よく見てみればまだ漁師達の釣りの手をまぬがれた個体がいることにアザミは気づき、小さく舌打ちをした。


「……このまま見てるだけでも片がつきそうだけど、全部を持っていかれるのも癪ね。しょうがない…」


 アザミは億劫そうに立ち上がると、杖の先端を海面に突き立て、冷気を杖の直線上に発生させて海水を細い糸のように凍らせていく。

 細く長く伸びていく糸は、銛の切っ先を免れたまだ育ちきっていない比較的小さいイソギンチャクの幼体を狙って伸びていく。

 その間に、タツキ達は一体を残した全ての魔物を駆除することに成功していた。


「そぉら、最後の一つじゃあ! 気合入れぇ!」

「おおおおおおおおおお‼︎」


 最後の一体、これまで釣り上げてきた中で特に大きな魔物を取り囲み、漁師達が絡めた縄を引き上げる。

 かつてない抵抗に苦戦しながらも、漁師たちは捕らえた怪物磯巾着を渾身の力で引きずり出し、少女が待つ処刑場へと連れ出していった。


「これで……終わり!」

「ーーーーーーーーーー‼︎」


 待ち構えていたシオンが特大の炎を両手の上で顕現させ、両足で踏ん張って思いっきり投げつける。

 最大級の爆発を食らった魔物は空気を震わせる絶叫を上げ、触手の全てを焼き焦がされながら、やがて炭の塊となって沈黙する。

 ぼちゃん、と残った触手が垂れ下がった瞬間、漁師たちは完成をあげて拳を天に突き上げた。


「よ…よっしゃあああ‼︎」

「見たかワケごときが!」

「漁師を舐めやがって!」


 長かった戦いがようやく終わるのだと、漁師たちは各々が乗る漁船の上で互いに抱きつき、健闘を励まし合う。

 それ絵お暑苦しそうに見やっていたアザミは、海面に残った氷の浮島を伝って近づいてくるシオンに目を向け、どこか誇らしげな彼女に細目を向けた。


「師匠、遅れた」

「……あんたはもう今日は来ないと思ってたわ。漁夫の利でも狙ってたのかしら?」

「素手で触れて殴れる奴が正体なら、私はそうそう負けない」

「……あっそう」


 どうだ、と言わんばかりのシオンの頭に手刀を乗せ、アザミは海面に漂う磯巾着の無数の残骸を見下ろす。

 ほんの僅かだが、追っていた獲物の全てを駆除し終えた魔女の表情にも、満足げな色が浮かんでいることに気づき、シオンは珍しさに思わず見惚れてしまう。


 そこへ、散々騒いで気の住んだ漁師たちのうち、たつきの乗る漁船が代表して近づいてきた。

 彼らの視線が集中しているにはもちろん、今回の面倒ごとを引き起こしてくれた黒ずくめの隣国の集団で、それぞれが眉間にしわを刻んで睨みつけていた。


「おう、先生とやら! そいつらかい? あの化け物をウチの海に連れて来やがったふてぇ野朗共は!」

「……ええ、そうよ。岸に戻ったらゆっくり尋問するつもり」


 色々と問いただせねばならない情報があると、アザミは魔物の残骸にちらりと視線を向けて答える。

 黒ずくめの男たちはといえば、自分たちが用意してきた魔物が全て駆逐され、地震らへの脅威もなくなったことで平静を取り戻したのか、ふてぶてしい顔でそっぽを向いている。

 その態度が、今までずっと我慢を強いられ続けてきた漁師たちの怒りを買ったようだった。


「尋問だぁ? そんなもんじゃちっとぬるいぜ、姐さん! 俺達ゃこいつらのせいでどれだけ迷惑かけられたと思ってるんでぃ!」

「そうじゃあ! 泣いて詫びるくらいの罰を受けにゃあ気が済まねぇっての!」

「皮が剥がれるまで塩水でいたぶってやろうぜ!」


 悪びれる様子もなく視線をそらす隣国の男たちを囲み、考えつくだけの制裁を叫ぶ漁師たちを、アザミは冷めた目で見やる。

 そして一人だけ、その様子を苦笑を浮かべて眺めているタツキの方に近寄り、面倒臭そうに口を寄せて話しかけた。


「……あんた、後でこの阿呆共どうにか落ち着かせておきなさいよ」

「はははは……保証はできんの。何せこやつら血の気が多い」

「……まぁ、こっちは情報さえ手に入れられればそれでいいんだけどね」


 特に手を出すつもりがない、漁師たちの気の向くままに任せようとしていることを察し、アザミはまた嘆息して肩を落とす。

 アザミとしても今後黒ずくめの男達がどのような目に遭わされようと知ったことではない。だが自分が望む情報を得られないまま、物言わぬ骸にでもなられると困ると、アザミは騒がしい包囲を無視し、男たちの目前にしゃがみこんだ。


「……答えなさい、あんた達はあれをどこで手に入れたの。知っていることを全て吐きなさい」


 魔女が追い続けている、忌々しい相手の手がかりを何か一つでも得たい、そう思ってアザミはきつい口調で男たちに問いかける。

 しかし、男たちはなぜか戸惑ったように険しい表情でアザミからも目をそらし、落ち着かない様子を見せ始める。

 訝しげに首を傾げたアザミは、不意にくつくつと肩を揺らす始めた一人、この中で最も細身で背筋の曲がった男の変化に、眉を寄せて睨みつけた。


「く、くくくく……」

「……何がおかしいの」

「ヒヒ…知ってるぜぇ、魔女様よ。あんた何十年も何百年もあの方の遺品を追ってるらしいじゃねぇか。ご苦労なこったなぁ…ひひひひ」

「お、おい…?」


 不気味に笑い始めた男の一人に、アザミやシオンだけでなくタツキや漁師たち、他の黒ずくめの男たちもざわざわと困惑の声をあげ始める。

 細身の男はニタリと気味の悪い笑みをアザミに見せると、挑発するような猫なで声で語りかけ、濁った目で魔女を見上げた。


「あの方も随分ご立腹だったぜぇ……主人の偉大な功績をいくつも壊されて、あんたを殺したいほど憎んでるってよ」

「……お前、何を知っている」

「いぃのかなぁ?」


 確実に、この男は何かを知っている。

 そう確信したアザミが是が非でも情報を引きずり出そうと一歩踏み出した時。

 男の笑みが、さらに醜悪に歪んだ。


「アレを放っておいたら……みんな死ぬぞ?」


 その言葉が響いた直後、アザミたちの背後、ちょうどシオンが何発何十発も火炎を投げ込んだ、無数の魔物の残骸が散らばっていた海面のあたりから、大きな水柱が立ち上った。

 そして水しぶきが収まった後に現れた影を目の当たりにし、タツキたちは思わず漁船の上で立ち尽くしてしまった。


「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー‼︎」


 太さも、長さも全てが異様なほどの、先ほどの魔物のものとほとんど同じ触手を備えた何かが、雷のような低い唸り声をあげてその姿を現したからだ。

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