13:亡霊の素顔
黒雲に覆われた夜空の下、強い風が吹き続ける不気味な大気の中、その島は海のど真ん中に静かに鎮座していた。
外周は1km足らず、周囲に切り立った人の背丈ほどの高さの崖が続くだけの、何の変哲もない小さな島である。丘のように盛り上がった陸地には多種多様の草木が生えているが、そのどれもこれもが特に珍しくもないものでしかない。
だがそんな島を訪れる者達がいた。
その者達は全身を黒い衣服に身を包み、顔の半分を覆う覆面のような眼鏡をかけ、短剣のように小さなスコップで地面を掘り、一心不乱に這い回っていた。
鬱蒼と茂った草木の間をかき分け、地を這いただひたすらに何かを探して地面を掘り返す不審な者達の姿は、まるで餌を求めて駆けずり回る獣のようだ。
「…なぁ、本当にこんなところに財宝があるのか?」
暗闇の中でも物が見えると言う、特殊な光を察知できる眼鏡を外した不審者の一人が、近くにいる同じ格好の大柄な男に尋ねた。
声は明らかにやる気を損なっており、長時間、そして長期間に及び続けられている作業にうんざりしていることが伺える。何度繰り返せど一向に手がかりさえ見つからない探し物に、飽きが来てしまったようだ。
「ここまできて疑ってんのか? 確かだっていう情報があるんだ…あとは黙って根気強く探しゃいいんだよ」
「でも…なんか有名な冒険者が動き出したっていうし、俺達の国も疑われてるみたいだしよ、いつここに俺達がいるってバレるか」
「そうなる前にトンズラしちまえばいいだけだって…なに、お宝が見つかろうが見つかるまいが、あとでたんまり褒賞がもらえんだ。ついでに土産を増やしたいとは思わねぇのか?」
覆面の下で下卑た笑みを浮かべ、やる気をなくしている相棒にそう促すと、大柄な男はまた地面を貼って掘り返す作業に集中する。
弱音を吐いた男はそれにため息をつき、仕方がないと言った様子で自分も同じ作業を続けた。
ちらりと横目を向ければ、同じ格好の同志達が数人、地面を這って探索を続けている。だが、こうも長い間同じ作業を続けるのはやはりしんどいのか、徐々にペースを落とし始めていた。
「海賊のお宝ってのは確かに心惹かれるけどよ……本当にこの島にあるんだろうな。ここまでやらねぇといけねぇもんか?」
「しょうがねぇだろ。この辺りの島はみんな国のもんだってんで、勝手に入りゃ問答無用で捕まっちまう。だったらこの辺りの海全体に人が近づかなくするしかねぇだろ」
大柄な男の言葉に、相棒や他の者は心底面倒臭そうな表情を浮かべる。一体、すでに眉唾物に思えてきた儲け話のために、ここまでやる必要があったのかなかったのか、と。
彼らが語り合うように、男達が探しているのはライデリカの海に古くから伝わる海賊が残したとされる宝。かつてこの海で略奪の限りを尽くした極悪非道の外道達が溜め込んできた莫大な財宝が、この島に眠っていると聞いてやってきたのだ。
しかし宝の在処として記されているのは、ライデリカが漁業地として所有している島々のどれか。許可もなく侵入すれば容赦無く逮捕されることとなる。海賊の財宝探しなどと言う夢物語に国が、長であるタツキが入島の許可を出すはずもなかった。
だから彼らは、ある策を用いた。
口にしてみれば策とも言い難い幼稚な考えではあったが、ライデリカの海人達の急所にうまく刺さったために、思いの外うまくいってしまっていた。
「しっかし、ライデリカの連中がこういうものに弱い腰抜け共ってのは噂どおりだったな」
自分が考案し、ある伝手を使って再現した策がどれだけの効果をもたらしたのか思い出し、大柄な男はニヤニヤと締まらない笑みをこぼす。
それについては他の者達も同意しているのか、一旦探索の手を止めて下卑た笑みを浮かべている。うまく行くと思っても見なかった策が、面白いほどに勇猛果敢で知られる漁師達を震え上がらせ、集落に引っ込ませられたことが楽しくて仕方ないらしい。
「いい加減あの連中ばかりがでかい顔をするのは我慢ならなかったんだ……今のうちに存分に怯えさせてやろうや」
「やたらと縁起を担ぐっていうのは聞いたが、こんなもんでも案外騙されんだからな。ちょろいな」
「惜しむらくは連中の情けないツラを直接拝めねぇことか、その分笑っちまおうぜ」
くすくす、ゲラゲラとあまり島の外に響かないように注意しながら、声を殺して男達は笑い声を合わせる。
彼らは皆、ライデリカの繁栄に押されて目立った成果をあげられずにいる隣国の住人だった。特に特産も産業もなく、鮫のおこぼれのように乏しい収益しか望めない弱小国家で、稼いで裕福な暮らしをしているライデリカを一方的に敵視している者がほとんどであった。
忌々しい隣国の窮地にひとしきり笑って満足したのか、真面目な顔に戻った大柄な男が近くにいる同志にギロリときつい視線を向けた。
「……おい、ところで例のアレはちゃんとあそこにいるんだろうな」
「あ? ああ……」
「アレがこの仕事の要になってんだ。きっちり管理しとかねぇと俺達にも牙剥いてきやがるぜ」
大柄の男の注意に、他の者達も途端に緊張した表情になる。
彼らが用いた策、その最も重要な部分になっているある存在への扱いは、細心の注意を必要とするものだった。それも下手をすれば、使役している彼ら自身が危険に晒される可能性があるほどに。
「アレがどんなもんか、どういう経緯で生まれたかは知らねぇが、確かにあんなもんを見ちまえば本物だと思い込むのも無理はねぇ……そんだけありゃあ気色の悪ぃ代物だ」
「よくあんなもの仕入れられやしたねぇ」
思い出しただけでも背筋に寒気が走り、鳥肌が立つ例の存在について思い出し、全員が生唾を飲み込む。
大柄な男がそんな代物を手に入れられる縁故を持っていることを自慢していると、島の橋の方からもう一人の黒装束の者が駆け寄ってくる。見張りに立てていた同志の一人だ。
「兄貴…!」
「あ? なんだ、どうした」
「船が一隻、こちらに向かってきてます!」
息を切らせて駆け込んできた同志の報告に、大柄な男は思わず眉間にしわを寄せる。
報告をもたらした同志の案内の元、崖の上に立ち小型の望遠鏡を受け取ると、海の方に焦点を合わせてじっとレンズの奥を覗き込んだ。
すると確かに、陸地からこの小島の方へ向かってくる一艘の小舟と、その上で会を操る人影のようなものがあることがわかった。
「チッ……性懲りも無く来やがって。こっちは忙しいんだってのクソッタレが」
「も、もう出ますか?」
「馬鹿野郎、いま出ちまったらアレも例の檻も使えねぇだろうが! ……例の境目まで待て。他の連中にも伝えろ」
大柄な男が伝え、同志の一人が足音を殺しながら走り去る。
連絡役を送り出した大柄な男はもう一度望遠鏡を覗き込み、小舟に揺さぶられながら近づいてくる人影を観察し始めた。
「…あんだぁ? 漁師じゃねぇな、海女か?」
「ああ、だがあんな華奢な女いたか……」
望遠鏡のレンズに浮かび上がったのは、黒い装いで顔を隠した一人の女だった。
漁師の多くが男性であるがゆえに、船に乗る女はかなり珍しく特定は容易だったが、今近づいてきている女性には全く見覚えがなかった。海女かとも思ったが、すでにこの近辺の海の底は人間では潜れないほどの深さであり、その可能性も低かった。
「どうする、兄貴?」
「追い返すなら、アレ起こさねぇとよ」
「…いや」
邪魔になるようならさっさと策を使っ遠ざけようと立ち上がる男達、だがそれに大柄な男が、ニヤリと下卑た笑みを浮かべて待ったをかけた。
「いい加減ただ怯えさせて騒がせるだけってのもつまらなくなってきた……ここらで一丁派手な事件でも起こしてみようぜ」
「じ、事件?」
「そうだな…、まだ男共が怯えて穴倉から出てこなくなっただけだ……時が経ちゃあ、そのうちみんな忘れちまう。だがここらで…初めて死人でも出ちまえばどうだ?」
そう言って、大柄な男は望遠鏡を覗き込んだまま、船の上の女性を詳しく観察し続ける。
顔はまだ細かくは見えない。だが細い顔の輪郭に凹凸のきいた体つきは見えていて、思わずゴクリと息を飲む。それもそこらの女とは格が違う上等な存在だと、望遠鏡越しにもわかった。
長い間小島の中で仕事を続ける羽目になり、色々なものが溜まってきている彼にとって、自ら近づいてきている女性は御馳走のように見えていた。
「いやぁ…死なせちまうんはもったいねぇな。ありゃあよく見りゃ随分な別嬪だ。最近はさっぱり出かけることも少なくなっちまって、春を買う余裕もありゃしねぇ」
「兄貴…!」
「それ、本気かよ。大丈夫なのか?」
別の理由で襲うことを考え始めた大柄な男に、他の男達は思わず険しい表情になり口々に反論を始める。突然の思いつきで、勝手な行動を起こしてしまってもいいものなのかと、今になって迷いが表れていた。
大柄な男はそんな彼らにちっと舌打ちをこぼし、最も近くにいた同志の肩を叩いて行動の開始を促した。
「臆病共が、今更連中が俺達を咎められると思ってるのか? いいから準備しろ」
荒れる波の間、崖で周囲を覆われた小島の近くを訪れた女性、アザミはその場に小舟を固定する。
小舟には錨もなく、縄を引っ掛けられる岩場も何もないが、荒ぶる波間にあってもアザミが流される様子はない。平然とした様子で、アザミは気怠げに辺りを見渡していた。
すると徐々に、魔女の周囲にいつぞやと同じ霧の結界が張られていく。生き物のように周囲を取り囲むように濃くなっていく霧を見やり、アザミはフッと軽く息を履いた。
「……さて、釣るか」
小舟に一緒に載せておいた愛用の杖を持ち、霧の中のある方向に視線を向ける。
次第により濃くなっていく霧の中に大きな船の影が見え始めると、アザミの目が呆れたように細められていった。
「……改めて見ると、安い作りよね」
月光さえも遮る霧の中で、悠々とその姿を見せつける大型の船。黒いボロボロの帆を持つ、今にも崩れ落ちそうなそれの上からは、カタカタと音を鳴らす白骨の人影が見下ろしてきている。
シオンであれば、今度こそ悲鳴を上げて騒ぎまくった挙句気絶するであろう悍ましい光景に、アザミは悲鳴も狼狽も一切見せない。
じとっとした目で、雰囲気たっぷりに現れた幽霊船を凝視していたアザミは、用意していたもう一つの道具を掴んで構えた。
それは普段のライデリカでも滅多に使われることがない、特に大きな獲物、例えば鯨や白鰐のような生物を仕留める際に使用される大銛であり、アザミはそれを片手で軽々と振り回してみせた。
「なっ…⁉︎」
「……こんなものに騙されてたかと思うと、あいつらがいっそ哀れに思えてくるわ」
アザミが振り回しているものを見て、恨み言しか口にしないはずの骸骨達から驚愕の声が上がる。
アザミは一切の遠慮も容赦もなく、幽霊船の底に向けて思い切り銛を投擲してみせる。凄まじい勢いで放たれた銛は真っ直ぐに飛び、ギシギシと音を立てる船の底に突き刺さって巨大な穴を開けてしまった。
途端に穴は罅を広げ、あっという間に船内を大量の海水で満たし始めた。
「うぎゃあああ‼︎」
「沈む…沈む!」
「助けてくれぇ!」
「……うるさい連中ねぇ」
カタカタと鳴って見る者の恐怖を煽る役目を担っていた者達が、ブクブクと気泡を吹き出して沈んでいく船の上で右往左往する。
骸骨の仮面や雰囲気をかなぐり捨て、沈没に慌てふためく姿は憐れみを誘う前に滑稽であった。
「こっ…この女ぁ! とんでもねぇ真似しやがって!」
「……あら、随分はっきりものを言う幽霊だこと。それにその様、まさか泳げないなんてことはないわよね?」
「ふざけっ…くそ!」
幽霊を装っていた、海賊の衣装の下に黒い衣服を纏っている男達に、アザミは挑発するような嘲笑を浮かべる。
いますぐにでも船を降りて殺しに行きたい衝動に駆られる男達だが、荒ぶる波に揺られ流されていく状況では、自分の身を守るだけで精一杯になっていた。
だからこそ彼らは失念していた、自分達の手で仕掛けた罠が、この真下にあることなど。
「……あんまりバシャバシャ暴れるもんじゃないわよ。この下に何がいるか…忘れたわけじゃないでしょ」
魔女がそう呟いた直後、狼狽していた男達の様子が一変していく。
ただ沈没を防ごうと焦っていた彼らの表情に、失態に対する後悔と恐怖の感情が湧き出していた。自身らの手足に絡みついてくる、無数の半透明な手のような何かを凝視して。
「ひっ…ひぃいい!」
「ち、違う! こっちじゃねぇ! こっちじゃねぇってんだよ!」
やってしまった、と気づいた時にはもう遅かった。罠を張った真上に流されてしまった幽霊船の乗組員達は、長く利用し続けていたそれの魔の手にかかり、一人、また一人と海中に引き摺り込まれそうになっていく。
どうにか沈みかけの船にしがみついて堪えようとしているが、海中から伸びてくる無数の腕は何十何百と束ねられ、振り払うことなどできない。巻きついた無数の腕にメキメキと締め付けられながら、男達は迫り来る紙の恐怖に顔面を真っ青に染め上げていた。
「うわ…うわああああああ‼︎」
恥も外聞も捨て、悲鳴と怒号をあげて騒ぎまくる男達を、アザミは一切の同情もなくつまらなそうに見やる。
荒波の中でも聞こえてくる叫び声をいっそ鬱陶しそうに聞き流し、彼らに構うことなく無数の腕が伸びてきている海中に顔を向け、目を凝らし始めた。
しばらくの間、さらにもう一本用意した銛を構えて佇んでいた魔女は、やがてその顔に笑みを浮かべ出した。
「……はい、見〜つけた」
赤く光ったアザミの目が、海中の底深くで蠢くその存在を見つけ出す。
アザミは大きく銛を振りかぶり、見つけた存在に向けて投擲する。ざぶんと大きな水飛沫を立てて、銛の先端が海中を貫いていくと、直後に何かの肉が避ける鈍い感触が。魔女の手に伝わった。
ーーー■■■■■■■■■■■■■■■■■■■‼︎
銛が深々と突き刺さったことで、海の奥底にいた存在が悲鳴のような咆哮をあげる。
海中だけでなく大気までもを震わせる凄まじい咆哮が響き渡ったかと思うと、今度はさらに大量の半透明の腕が海中から生え、苦痛を訴えるようにのたうち回った。
見ているだけでしょう気を失いそうな光景を前に、アザミは待ちくたびれたというように獰猛な笑みを浮かべ、さらなる銛と愛用の杖を構えた。
「……魔術で遺伝子を改造され、生み出された磯巾着の異形…随分まぁ育ちに育ったものだわ。漁師が来ない間、そこらの餌でも手当たり次第に貪り食ってたんでしょうね」
アザミはフンと鼻で笑い、杖の先端で海面を軽く叩く。海面が魔術により凍りつき、巨大な氷塊へと変化していくと、アザミは浮力を得たそれの上に乗り移り、揺れるその足場の上で銛を肩に担ぐ。
「……足場がちょっと不安だけど、まぁこの大きさならそこまで不利でもないわね。さぁ、ここからはタイマン勝負といきましょうか」
新たな標的をアザミに定め、迫ってくる無数の半透明の腕、もといイソギンチャクの触手。
それを前に、アザミ杯変わらずの気怠げな様子で、杖を軽く振って挑発するのだった。




