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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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*:風雲児

 荒々しい波の上を走る、黒く塗りつぶされた船体と帆が特徴的な一隻の船。夜を走ればその姿を完全に溶け込ませることが可能になるその黒い帆船の中では、船を操るならず者の一団の頭目が荒れた様子で酒瓶をひっくり返していた。

 中身のなくなったそれを忌々しげに睨みつけ、チッと舌打ちしながら船内の壁に放り投げる。頭目の血走った目は、ギロギロとこの場にいない誰かを捜していた。


「あの餓鬼はまだ見つからねぇのか⁉︎」

「すっ…すまねぇ頭! あの野郎こっちの動きを完全に捉えてやがるみてぇで、しかもあちこちにわざと痕跡残してるらしくて、居場所が分からねぇもんで…」

「言い訳はいらねぇんだよ‼︎」


 荒ぶる頭目に恐れをなし、首を縮めて報告する手下に向けて、頭目は別の空瓶を投げつける。空瓶は硬直する手下の顔のすぐ横を飛んでいき、壁にぶつかって粉々に砕け散った。


 頭目がここまで頭に血を昇らせているのは、つい先日まで一味にいた青年がいなくなっていることに端を発する。

 力こそ弱く使い物にはならないが、他の手下には無い頭の良さを買って特別に船に乗せていた青年。彼が忽然と姿を消してから、一味の仕事はあっという間にうまくいかなくなっていった。

 難なく襲えていた村々に赴くも、まるで襲撃を予測していたように人の姿が消えていたり、または海底に以前はなかった障害物に阻まれ、近づくこともできなくなったりと、何の収穫も得られないという結果が続いていた。


「あのガキがいなくなったら、この辺りの集落が途端に襲いにくくなりやがった。見覚えのねぇ罠があるわ、(おか)に上がっても人っ子一人いなくなってるわ……絶対にどこかのだれかが入れ知恵したに違いねぇ!」

「あ、あの餓鬼の仕業ってことですかい⁉︎」

「他に誰がいるってんだ⁉︎」


 信じられないといった様子で目を剥く手下に怒鳴りつけ、頭目は中身の残った最後の酒瓶を咥えてグビグビと飲み干す。

 全てを飲み干してしまうと、さらに怒りを募らせたように眉間に深くしわを寄せ、床に唾を吐いて唸り声をあげた。


「あの餓鬼はきっと、こうすることを狙って俺達のところにいやがったんだ……拾ってやった恩を仇で返しやがって」


 憎らしい顔を思い出そうとするも、頭目の脳裏にその顔立ちが浮かんでこない。多少頭が切れても所詮は替えのきく存在だと侮り、細かい特徴まで覚えていなかったことに気づき、頭目はまた舌打ちする。

 苛々と貧乏ゆすりをしていた頭目の元に、扉を乱暴に開けて別の手下が顔を出した。見上げるほどの長身に、見事に肥えた樽のような巨体の持ち主だ。


「頭ぁ、もう食料がほとんど残ってねぇよ。いつになったら次の獲物が見つかるんだ?」

「うるせぇ! 黙って見張りやってろグズが!」


 食べることと飲むこと、あとは暴れて人から奪うことにしか興味がない手下に怒鳴り返し、頭目は立ち上がって窓の方に歩み寄る。

 外に見える景色には、荒ぶる海しか見えない。探している青年どころか、すぐ近くにある島の影すら見えないほど荒れた海の向こうを、頭目は殺気のこもった目でじっと見据えていた。


「あの糞餓鬼が…今に見てやがれ……‼︎」


 頭目の怒りを表すように、きつく握りしめられた拳。力が篭り過ぎ、爪が手のひらの皮を突き破って血が流れるが、憤怒に支配された頭目はそれに微塵も気づいていなかった。


     ◆ ◇ ◆


 ある大陸の端、まだライデリカと名が付く前の岬に、その集落はあった。

 人数は100人にも満たない、しかし住民の誰もが屈していない力強い瞳を持っているという、この時代ではかなり珍しい光景が広がっている。海賊に度々襲われ、何もかもを奪われている集落があちこちにある中、その集落だけは執念強く生き永らえていた。

 その一人である、幼い少年が浜辺の岩に腰掛け、漁の道具である太い縄を結び直していた。

 幼い頃に賊に両親を殺され、住んでいた集落を全滅させられた彼は一時酷く衰弱していたが、今のこの集落に移ったことで大きく回復することができていた。

 まだ漁に出られるほどの力がない彼は、こうして漁師たちが使う道具を整備することを仕事としている。

 そうして黙々と仕事をこなしていた彼の目に、沖の方から近づいてくる船の影が目に入った。


「あっ…帰ってきたよ!」


 声を上げた少年に気づき、集落から他の住民たちが顔をのぞかせ、顔に喜色を浮かべて飛び出してきた。

 誰も彼もが、襲撃された集落の生き残りで、行き場をなくして流れ着いた者達である。明日への希望を何もかも奪われた彼らは、とある噂を聞きつけてこの集落へと集まり、徐々に気力と活気を取り戻していったのだ。

 その成果か、最近になってまた漁に出られるようになった男達が無事に帰ってきただけで、住民達は宴のように騒いでしまうのだった。


「おかえりあんた…! 怪我なんてしてないだろうね?」

「あったりめぇよぉ、俺を誰だと思ってやがんでぃ!」

「よく言うぜ、この間までぶつくさ愚痴ばっかり垂れて、飲んだくれてたってのによ!」

「あっ、お前、言うんじゃねぇよ!」


 傷だらけの屈強な男達が、出迎えてくれた住民達に笑顔で応える。血の繋がりもない、単なる同じ場所に住む仲間というだけの関係だが、こうして温かく出迎えてもらえるだけで、漁師達の胸は熱くなっていた。


「おぅおぅ、賑やかで何よりじゃのぅ」


 賑わう集落の住人達の輪に別の声が届き、住民達ははっと振り返る。

 満足げな笑顔で近づいてくる、小柄ながら妙な気迫を感じさせる青年の登場に、住民達はさらに歓迎の声を上げた。


「おお、頭領!」

「頭領のお出ましだ!」

「…その頭領っちゅうんはやめんか?」

「俺達を纏めてんだから頭領でいいじゃねぇか、なぁ!」

「おめぇ以外に俺達の頭を張れる奴はいねぇだろ!」


 一人がゲラゲラと笑い声をあげると、それにつられたように笑い声が広がっていく。自分たちの誰よりも若く小さい姿の青年に対し、口調はどうであれ皆が尊敬の眼差しを送り、慕っている様子がうかがえる。

 故郷を追われ、行き場をなくし、彷徨っていた彼らのもとに現れ、導いてくれた謎の多い青年には誰もが感謝の念を抱いている。正体がわからなくともどこまでもついていき、恩を返すという固い意志が全員の表情に表れていた。


「俺達がこうしてやれてんのは、あんたが尽力してくれたおかげだ。称えるぐらい許してくれよ」

「おんしら…」


 ケラケラと笑う漁師達に苦笑し、青年はガリガリと頭をかく。称えられて悪い気はしないものの、持ち上げられることにそもそも慣れていないのか酷く居心地が悪いらしい。

 それが人からすれば謙遜と受け取られるのか、住民達はさらに青年に対する敬意を高める。青年の期待に応えねばと、さらにやる気を募らせるのだった。


「よっしゃあ! 今日は大漁祝いに宴だぁ!」

「おい女共! 美味い酒と飯を頼むぜ!」

「調子のいいことばっかり言ってんじゃないよ、この盆暗どもが!」


 はしゃぎ始めた男達に女達が怒鳴りつけ、子供達が楽しそうに笑う。そこにあるのはまるで本当の家族であり、同時に本物以上の繋がりがあるように見える。

 青年はそれを眩しそうに見やり、そして何故か申し訳なさそうに目をそらすのだった。



「……どうかしら、一団の主になった気分は?」


 真夜中、誰もいなくなった岬で岸に腰掛けて項垂れる青年、そう装った娘の、そしてそれを水面から顔を出して見上げる女の姿があった。

 面白がるような様子で話しかけてくる女に、娘は疲れ切った様子でため息をついた。


「毎日毎日、いつ虚勢がバレるか不安で不安で仕方がないよ。私まだ16だよ…荷が重いんだよ、こんなの」

「何を言っているのやら……私はあんたにきっかけこそ与えたけど、ここまでのし上がってきたのはあんた自身の才覚もあるのよ? 少しぐらい偉ぶらないと、逆に鼻につくわよ」

「…どこからともなく財宝を持ち出してくるのが、ただのきっかけ?」


 娘は疑わしげに女を睨み、彼女が自分の前に姿を現したときのことを思い出す。

 正体を晒し、願いを聞くと告げた女はまず、大量の金や銀を取り出し、あらゆる物資を入手する元手を差し出してきた。そこから娘は環境を整え、噂を広めて人を集め、徐々に規模を大きくしていった。

 だが娘は、女の手助けがあってこそと言う意識ゆえにか、あまり自分が大事をなしたと言う実感はなかった。


「これでも私は〝賢者〟から教えを受けた魔女の一人…ただの物質でしかない金や銀なんて簡単に作れるわ」

「…賢者か」


 騎士に肘をついて顎を乗せる女の言葉に、娘は興味深そうに目を細める。

 正体を聞かされたとはいえ、まだまだ謎が多い女がこぼした数少ない情報の一つ。それが時々口にする、女が親しげな口調で語る師匠関係にあるらしい賢者という名称だった。


「その、賢者っていうのは一体何者……」

「ーーーまた人間相手に暇つぶしか、小娘」


 尋ねようとした娘の声が、聞き覚えのない声によって遮られる。男のような女のような、若者のような老人のような奇妙な声が耳に届き、娘と女はハッと目を見開いて振り向いた。

 そこに立っていたのは、黒い鎧と外套を纏った身の丈2メートルにもなる大男だった。獣の、鯱に似た意匠の仮面を被り、赤い眼光を覗かせるその存在が、ギロリと女を見下ろしていたのだ。

 音もなく、気配すらなく現れた大男に、娘は驚愕で大きく目を見開き絶句する。凄まじい存在感に、口を開くことさえ忘れてしまった娘に代わり、女が懐かしそうに笑みを浮かべた。


「…おや、先生じゃないか。こんな人里近くに現れるなんて珍しいわね」

「全ての課程を終えたわけでもないくせに、お前が()の前から姿を消し、何やらこそこそと企んでいるのを見つければな……一言物言いたくもなろうて」


 大男は忌々しげに吐き捨て、億劫そうに岩の上に腰掛ける。

 女が『先生』と呼んだことから、娘はこの大男が件の賢者であると察する。だが、師弟関係にしては師の方はかなり棘のある反応だと、訝しげに見つめてしまった。


「未熟者の分際で他者を導こうなど、片腹痛いわ。要はお前は己の悪戯心を満たしたいだけであろう……屑共を相手に釣りでも嗜む気か?」


 殺気にも似た、空気が重くなって感じるほどの重圧を与えられながら、女は微塵も気にした様子もなく、それどころクスクスと可笑しそうに笑っていた。


「釣りか…確かに、私のやろうとしていることはそれに近いかもねぇ。昔に私がやられたことへの意趣返しってのがいいねぇ」

「…どういう、こと?」


 何やら意味深な内容の会話がなされ、置いていかれた気分になった娘が思わず口を挟む。会話の端々から自分が関わっていることは明確で、聞き逃せば面倒な事態になるかもしれないと慌てて口を挟んだ。

 だがそれは、賢者にとっては非常に不愉快な行為であったらしい。ギロリと血のように赤い眼光がさらに殺気を増し、射殺そうとするように娘に向けられた。


「……人間、誰が口を開いていいと言った」


 異様なほどの殺気に当てられ、娘は一瞬気を失いそうになる。だがどうにかそれに耐え、相対するだけで正気を失いそうな大男と改めて向き合う。

 何故歓迎されていないか、むしろ敵意や憎悪を向けられているのかはわからないが、なんの前触れもなく拒絶されるのは我慢がならなかった。凄まじい殺気への恐怖はあるものの、娘はそれを押し殺してどうにかキッと賢者を睨みつけた。


「き…聞きたいことを質問するぐらいはいいと思うけど⁉︎ こいつがあんたの弟子っていうなら、その権利ぐらい私にもあるでしょう!」

「無い。なぜ()がお前ごときのためにわざわざ聞かせてやらねばならん…鬱陶しい」


 だが賢者は忌々しげな態度を崩さず、むしろ話しかけられたことそのものが汚らわしく感じているように舌を鳴らす。

 今後は絶対にないと言い切れそうな反応の悪さに、娘は思わず息を呑んで首をすくめてしまった。


「こういう人なの…気を悪くしないで?」

「…偏屈で頑固な世捨て人って感じ」

「そんな印象が一番合っているかもね」


 女はすっかり賢者に苦手意識を持った娘の頭を撫で、困り顔で宥める。師の辛辣な態度を味わわせてしまったことを本気で悪いと思っているのか、さっきまでの揶揄いの態度は一切無くなっていた。

 賢者は自身が呆れられているのも意に介していないようで、じっと女を見下ろして何やら考え込んでいた。

 やがて賢者の赤い目が細められ、嘆息しながら再び口を開いた。


「して…お前はこれからどうするつもりだ」

「もっちろん…この子の願いを叶えてあげるのよ? それが一番、私の願いを成就させる近道になりそうだもの」

「……そうか」


 女が自信に溢れた様子で答えると、賢者は深いため息をついて女をじっと見下ろす。分厚い異形の仮面からは感情の一切を伺うことなどできず、何を考えているのかも全くわからない。

 小さく呟き、一言も発さなくなってしまった賢者に、娘だけでなく女も不安げな様子を見せた。何か気に触ることでも口にしてしまったのかと、女は反応を見せなくなった賢者を凝視する。

 賢者がようやく動き出したのは、それから数秒がたってからだった。それまで発していた苛立ちを完全に消し、一切の興味をなくしたように視線を向けなくなってしまった。


「ならば好きにするがいい…()はもう知らん。お前が背負い込んだ問題だ、お前が責任を持って片付けろ」

「…先生?」

「人間共の厄介事に自ら首を突っ込むというのなら、面倒は見きれない。手を貸してもらえるなど一切思うな……人間を助けるなど吐き気がする故にな」


 戸惑い気味に問いかける女に一度も振り向かず、賢者はガチャガチャと鎧を鳴らしながら歩き始めた。まるで女と一切の縁を切ることを決意したような、そんなあっさりとした態度に同時に女に不安がよぎる。

 やはり何か気に触ることをしてしまったのではないか、何か取り返しのつかないことになったのではないかと言う恐怖が、女の胸中に渦巻き始めた。


「生き延びたくばせいぜい足掻け、小娘共」


 ギロリと一度だけ、不気味な赤い目を向けられた娘がギョッと息を呑む。きつくさらしを巻き、以前よりも気をつけて男装していたのに見抜かれたことや、不穏な捨て台詞を吐かれたことで、嫌な予感が胸にいっぱいに広がっていく。

 二人の女を絶句させながら、賢者と呼ばれるその存在は、現れた時と同じく音もなく、闇に溶けるように姿を消していく。

 漠然とした不安を、女達の胸中に残しながら。

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