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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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10:二人の弟子

 肌寒い風が吹き付ける、町を離れた砂浜にポツリと佇む小屋、魔女が住んでいるあばら家。

 そこを訪ね、コンコンと今にも朽ち果てそうな扉を叩き、来訪を告げる一人の客人の姿があった。

 ローブを着込んで寒さに耐えながら、中にいるはずの魔女に向けて呼びかける。だが、二度三度と扉を叩いて音を鳴らすも、扉が開くどころか返答すらない。

 それでも諦めず、客人は扉が折れやしないか不安になる程度に少し強めに扉を叩き続け、中にいるはずの人物に呼びかけ続ける。

 最後にもう一度、という気持ちでさらに強目に叩こうとした時、ようやく扉の向こうから億劫そうな声が返ってきた。


「…今日は店は休みだよ。出直しとくれ」

「あの……私、シオン…です」


 不機嫌そうな声にやや気圧されながらも、師とは異なる魔女の家を訪問したシオンが名乗る。

 またしばらく沈黙が降りるが、ガチャリと音が鳴ったかと思うと、それまで微塵も動かなかった扉がゆっくりと開いていく。

 シオンは恐る恐る中を覗き込み、車椅子の上で訝しげに眉間にシワを寄せるメルヴェを見つけた。


「…一人かい」

「は、はい。師匠には、あの…内緒で」

「ふぅん…まぁ、いいだろう。上がんなさいな」


 以前来た時は共にいた、そしていつも一緒にいそうだった師の姿がないことを疑問に思いながらも、メルヴェはまた客人をもてなす用意を始める。

 シオンは不自由な体で無理をさせることに罪悪感を覚えるが、何となく近寄りがたい雰囲気を感じて手伝いにも向かえない。そこで、以前から気になっていたことを思い切って尋ねて見ることにした。


「この店、いつになったら開けてるの…?」

「そりゃあ…私の気が向いた時さ。誰が好き好んであくせく働きたがるものかね」

「…そもそもこの店、何を扱ってるの?」

「色々さ……無駄に長生きしとるもんで、魔術だの呪いだの占いだの、あやふやなものの取り扱いの知識はずいぶん揃えているよ」


 メルヴェから返ってきた、思った以上にものぐさな生活の全貌に、シオンは思わず呆れた顔になる。一応姉弟子ということで敬意を持つべきかと考えていたが、こうも事故中心的な生活を続けているのを見ていると敬う気にはなれそうもなかった。


「…それで? 今日は何か用かい?」


 じとっとしたシオンの視線を一切気にする様子もなく、メルヴェは紅茶を用意しながら妹弟子に問う。せっかく心地よく暇な時間を堪能していたのに、それを邪魔するだけの有用な要件なのだろうな、という苛立ちのこもった口調だった。

 しかし、姉弟子の醜態に呆れ果てたシオンはもはやそんな態度に臆したりはしない。一切気にせず自分の疑問について答えてもらう気満々になっていた。


「…師匠の昔の話、聞かせてほしい」

「ああ……そうさね、まぁ確かに色々あるよ」


 何だそんなことか、とメルヴェは肩透かしを食らったように気だるげな視線を返す。本人としては暇つぶしに相当する話題にはならなかったようだが、弟子の問いに答えてやるくらいの気力はあったらしい。

 紅茶のカップをそれぞれ自分とシオンの前に置き、車椅子に深く座り直した。


「だが今の弟子はあんただ。私から聞かなくても自分で聞いたりはできるだろう。違うかね?」

「…確かに、気づいたらずっと一緒にいるから、人よりは知ってるとは思う」


 だったら自分でどうにかしろ、とメルヴェは視線で示すが、シオンはそれでも首を振ってメルヴェから目をそらさない。

 梃子でも動く気はないようだと、シオンの目を見たメルヴェは察し、軽くため息をついた。


「でも、知ってるのは今の師匠だけ……私と出会う前の師匠のことは何も知らない。ていうか聞いても面倒臭がって全然教えてくれない」

「…確かに、あの人は昔から懶な人だからねぇ」


 ふとメルヴェの視線が、ここではないどこかに向けられる。使徒ともに過ごした日々でも思い出しているのだろうか、どこか懐かしそうに、同時に苦笑しつつ、肩をすくめた。

 しかしやはり懐かしさが勝るようで、一つ一つ思い出を巡りながら目を細め、頬杖をついてシオンを見つめ返す。まるでシオンを通してかつての自分の姿を見ようとしているようだったが、明らかな差があったのかすぐに逸らされた。


「そうだねぇ…私が一緒に旅をしていた頃は、あんたが知ってるよりもずっと無愛想だったと思うよ」

「…今よりも?」

「そう、今よりも」


 シオンは目を丸くし、いまでも相当口数の少ない師について思いにふける。

 質問すれば大抵答えてくれるし、こちらに何か問題があれば迷わず指摘してくれる。だが必要最低限のことしか喋ろうとはしないし、人と話している時もそれほど口を開くことはなく、比較的早く会話を打ち切ろうとする傾向が強いように思える。

 今でもそれだけ寡黙で愛想がない師が、今以上に人に対して壁を作っていたという話は、シオンにとっては信じられないような話だった。ということは、自分に対しては他の弟子よりも心を開いているということではないだろうか、と勝手な期待が胸中に湧いていた。

 そんな風に自慢げになるシオンに、メルヴェはどこか羨ましそうな視線を向けた。


「長い年月、人との間で色々あった人だからね。なかなか心を開くということをしなかった人だし、何なら私に対しても随分壁があったくらいさ。旅の間に言葉を交わして、顔を合わせて、かなりましにはなったが、今のあんたとあの人ほど親密ではなかったはずさ」


 それを聞いてますますシオンは上機嫌になる。歴代の弟子達、それも非常に長い間ともにいた彼女らよりも受け入れられているのだと、若干調子に乗り始めているように見えた。

 そこでふと、シオンはメルヴェに視線を戻し、もう一つ気になっていたことを尋ねてみることにした。


「メルヴェは、師匠とどこで出会ったの?」

「…質問に答えるばかりは気に食わないね、あんたも何か語りなよ。そうすれば教えてあげる」

「何か…って言われても」


 これ以上タダでは語らない、と挑戦的な笑みを浮かべ、メルヴェがシオンをじっと見やる。

 シオンは聞かせてもらった情報に見合うだけの話題が何かあったか、と少し考えるが、やはりシオンの脳裏にそのような記憶は浮かんでこなかった。

 メルヴェには及ばぬも相当に長い年月を過ごし、それが当たり前となっていたためだ。


「さっきも言ったけど、いつの何か一緒にいるのが当たり前になってたから……小さい頃からで、親の顔も知らなかったし」

「…捨て子かい」

「多分…師匠に聞いたわけじゃないけど、状況的にそれっぽいし」


 果たして世の中で何人が、この世に生まれたばかりの己が最初に見た人の顔を覚えているだろう。最初に口にした名前を覚えているだろう。

 かの魔女と共にあることが当たり前となっていたシオンにとって、近くにありすぎたために進んで知ろうとしなかった話題であった。

 何よりもシオンが現状に、アザミとずっと一緒にいる今の状態を日常と認識し、疑問を抱かなくなっていることが、己について無知である大きな要因となっていた。


「…メルヴェはどうなの?」

「…似たようなものかもね。ただし、私はちゃんと両親の顔を覚えている……いや、覚えていた」


 自分で淹れた紅茶を口に含み、遠い目になったメルヴェが小さく呟く。どこか寂しげに聞こえるのは、自分の記憶が遥か過去のものになってしまったためだろう。


「私の種族にはね、かなり特殊な力が備わってたんだ。それが他の種族からすれば垂涎ものらしくてね…それを欲しがった連中にみ〜んなまとめてとっ捕まっちまった」


 姉弟子に向けるシオンの視線が悲しげなものに変わるが、メルヴェはそれに鬱陶しさを感じたのか眉間にしわを寄せる。話の流れで語ったが、べつに同情を誘うつもりも慰められたかったわけでもないらしく、半端な憐憫はむしろ気に入らないようだ。

 ぐびりぐびりとぬるくなってきた紅茶を飲み干し、机の上にカップを置く。その口から、気だるげなため息がこぼれた。


「生き残ったのは私だけさ」

「そこを、師匠に?」

「ああ…あの人からすりゃ、ただの気まぐれなんだろうが、私にとっては降って湧いたチャンスだった……私の家族を、数少ない縁を奪った連中に復讐できる唯一の機会だったんだからね」


 哀れみを帯びたシオンの視線の前で、メルヴェの口元に笑みが浮かぶ。ここにはすでにいない誰かを冷たく見下しているその笑みに、正面から目にしてしまったシオンは思わず顔色を変える。

 いまにもその相手を呪いそうなほどに殺意のこもった眼光の鋭さは、年を経た老婆とは思えないほどに強く、殺意の対象でないシオンも青い顔になってしまう。

 それに気づいてか気付かずか、メルヴェは恐ろしい表情のままかつての会話を思い出していた。


「あの人と偶然出会った私は、懸命に頼み込んだ。最初はにべもなく断られ続けてたんだがね、何度も何度も拝み倒して、しがみついて、やっとの事で首を縦に振ってもらえたのさ。全く…随分かかったよ」


 微笑ましい、若き日の苦労と挫折の日々だったとでもいうような口調だが、その努力の理由が復讐のためであったと聞かされた以上は受け取り方も変わってくる。

 どれだけ師に拒絶されようと、足蹴にされようと、己が復讐心に突き動かされる限り決して諦めず、力を求め続けたという執念。その凄まじさがいかほどのものか、シオンには想像もつかなかった。

 だがしばらくすると、過去に思いを馳せていたメルヴェの表情が切なげなものに変わる。フッと、憎悪が風邪で吹き消されてしまったように唐突に。


「そうして師匠の元で教えを授けられ、力を手にした私は、見事に復讐を果たした。…まぁ、色々と苦労したし、犠牲にしてきたものも多かったが、悲願は達成できたのさ」


 内容はどうであれ、喜ばしそうな結果だと話を聞いたシオンは思う。だが、口を閉ざしたメルヴェを見ているとまったく達成感を抱いていないように思える。

 一体何が気に入らなかったのだろうと不思議に思ったが、尋ねれば自分も何か師に関わる話をせねばならないことを思い出し、好奇心に蓋をして自重する。

 代わりに、別の気になったことについて尋ねることにした。


「…その、力っていうのはどうしたの」

「…今はないよ。一片もなくなっちまって、もう私自身には何の価値も残ってない」


 空になったカップにまた新たに紅茶を注ぎ、なみなみと注いだそれを持つと、メルヴェは深々と車椅子に座り直す。

 その目はまたここにはいない誰かに、しかしどこか近くにいる何者かに向けて、深いため息をついて肩をすくめた。


「あげちまったのさ。碌でもない相手に逆上せ上がって、力の全部を与えちまったんだよ…まったく、若気の至りってのは恥ずかしいもんさね」


     ◇ ◆ ◇


「へぇっくしょい‼︎」


 なんの脈絡も無しに襲ってきた寒気により、タツキは大きなくしゃみを放って肩を震わせる。

 途中すれ違った部下の誰かがぎょっとするほどの大きな声で、タツキ自身もなぜいきなり悪寒に襲われたのかわからず、不思議そうに首を傾げていた。


「…風邪でも引いたかのぅ?」

「頭領! わしの話を聞いておられるのか⁉︎」


 訝しげに眉間にしわを寄せるタツキの隣には、険しい表情で声を荒げる老人がいた。深く刻まれた顔のシワや白髪からは、積み重ねてきた人生の苦労が読み取れ、同時にタツキに対する習慣染みた苛立ちが感じ取れた。


「大事な仕事をほっぽり出してあっちへフラフラこっちへフラフラ…! もう少し一国の長たる自覚を持っていただかねば、下の者に示しがつきませぬぞ⁉︎」

「耳元でいっさんにでかい声を出すな! 耳がいうてまうじゃろが!」


 時刻は当に日付を越えていて、すれ違う部下達の顔にも疲労の色が濃く表れている。そんな中でもやかましく騒いでいる彼女達には、当然苛立ちが募っているものと思いきや、部下達の表情はただ呆れているだけ。

 タツキと老人のやりとりは最早見慣れたものとなり、一々気にするのも馬鹿らしくなるほど繰り返されてきたのだと、その場の雰囲気は語っていた。

 タツキ自身もそのやりとりにうんざりしているのか、老人の小言に忌々しげに耳を塞ぎながら、早足で廊下を歩き続ける。


「何をおっしゃるか! わしは頭領のことを思って口うるさく説教をしているのですぞ! 真面目に聞いてくださらねば何の意味があるとお思いか⁉︎」

「わかっちゅうきに! まっことおんしはうどむやつじゃの! 小言はいっぺんでよかいっぺんで!」

「いっぺんで聞いてくださらぬから何度も申し上げているのです‼︎ あ、こら! 話はまだ…!」


 尚も言い足りないと後を追う老人だが、タツキが自身の部屋に潜り込み、締め出されたためにまた声を荒げる。今度は叱る口調ではなく、怒りをぶつける荒々しい声になった。

 どんどんとうるさく、しかし女性で上司の部屋に勝手に入ることは躊躇われるのか、ただ戸を叩くだけにとどまる老人に、タツキは深いため息をこぼした。


「…はぁ、ほんに……疲れるったらありゃしない」


 伏せていた目を上げると、タツキの雰囲気が一気に変化する。自信満々に堂々と身構えるような、背筋のピンと伸びた勇ましい態度は、一瞬で肩の力を抜いた疲れ切った様子に変わる。

 羽織っていた上着を脱ぎ、室内に備わった衣類掛けに適当に引っ掛け、襟をくつろげてから畳の上に座り込む。日中の仕事中は肌が極力見えないように、きっちりとした格好を心がけていたが、それが終われば窮屈な枷でしかない。

 部下の誰にも見せられない、気の抜け切った姿で、タツキは億劫そうにその畳の上に倒れこんだ。


「あ〜…今日も口調作るのつっかれたぁ。自分でやり出したこととはいえ、意識して方言喋るのきっついわぁ……」

「……やっと素に戻ったか」

「っ⁉︎」


 人の目がないのをいいことにだらけ切っていたタツキだったが、不意に聞こえてきた聞き覚えのある声にギョッと目を見開き、慌てて体を起こす。

 きょろきょろと辺りを見渡し、冷や汗を垂らした彼女は、しばらくして部屋の片隅に佇んでいる黒衣と眼帯の魔女の姿に気がつき、ホッと安堵のため息をついた。


「…って、あなたですか……じゃなくておまんかい。脅かすな…ちゅうか、勝手にわしの部屋に入るなど……」

「……せっかく人払いをしたのに、さっきの口調でいいでしょうが。鬱陶しい」

「…そうもいかん」


 無理に言葉遣いを直そうとしているタツキに呆れ、目を細めるアザミに対し、タツキは神妙な様子で首を振る。

 自身がこの、弱肉強食の商人の世界で生き延びるために頼ってきたやり方は、そう簡単には外せない。自分を偽り他人を欺くこの処世術は、人の目が近くにある限りやめるわけにはいかなかった。


「どこで誰が聞いちゅうかわからんきにの、気をつけるに越したことはなか」

「……不真面目なのやら真面目なのやら…」

「ほたえな。…で、何か用かいの」


 やれやれと肩をすくめるアザミに悪態をつきつつ、タツキはじとっとした目で夜中に断りもなく訪ねてきた魔女を睨む。

 この様子だと、おそらく窓か天井を抜けて侵入してきたのだろう。他の誰か、特に先ほどの老人にでも見つかれば相当な騒ぎになるだろうに、危ない橋を渡ってきた魔女には呆れるほかにない。

 そうまでして何の用か、と目線で尋ねると、アザミは懐に手を突っ込み、一生の便と人数分の盃を取り出して見せた。


「あんたが言ったのよ……一献付き合いなさい」

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