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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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4:魔法の資格

 魔導士・魔術師と呼ばれる職業は、資格職である。

 この世界における魔術の一般的な定義としては、様々な媒体に緻密な術式を刻んで造られた魔術道具を用い、使用者の持つ魔力を動力として発動させるものであり、道具と一定の知識さえあれば誰でも使える代物である。魔術道具にも様々な種があり、一般家庭に流通しているランプやコンロといった比較的扱いやすいものから、高い殺傷能力を持った魔剣や杖、銃と、使用時に発生する危険性もピンからキリまである。

 そのため、簡単に人に危害を加える可能性のある力を公式に使用するには、まずそれを完全に扱えるという証明が必要になるのだ。

 それがないまま魔法を使用するものは当然、法律で厳しく罰せられることとなる。故意ではない、魔力の暴走による事故であれば厳重注意で済むが、明らかに他者を傷つける、または害をなす目的であると判断された場合は、最低でも懲役10年という重い罪に問われる。

 そしてその資格を得るためには専門の学校、つまりは魔術学校へ入学し卒業試験を受けるか、名のある魔術師に弟子入りして推薦状をもらい、魔術学校で執り行われる試験に合格しなければならない。


 シオンが今回受ける試験は、アザミに推薦状をもらった後者である。

 しかしアザミは最後まで推薦状を書くことを渋った。なぜならアザミは、自分の弟子は性格面に問題があることを知っていたからだ。それも、自分の存在が深く関わることで。

 だが実際シオンの性格はともかく実力は十分で、よほどのことが起こらない限りは問題はないはずなのだ。

 そう、よほどのことがなければ。


「あば、あばばばば、あばばば」

「……あんた、本当にこういう本番に弱いわよね」


 試験会場の前の受付の前で、生まれたての小鹿のようにブルブルガクガクと震えているシオンに、アザミは心底呆れたようにため息をついた。先ほどまでの自信はどこに行ってしまったのか。


「……しっかりしなさい。私が教えたことがちゃんとできていればやり遂げられるはずよ。少なくとも私はあなたをそう育てたつもり」

「ち、ちちち違うから。これはアレ、アレだから。む、むむ武者震いだから」

「……口だけは達者なんだから」

「あ、あの? 本当にお嬢さんは大丈夫なんですか?」


 訪れた試験者の尋常ではない様子に、受付席に座っている魔術学校の男性教師が心配そうな声をかける。赤みがかった金髪のエルフの教師は、思わず腰を上げかけながらシオンの尋常ではないうろたえぶりに冷や汗を流していた。

 周りにはすでに受付を終え、試験会場への案内を待つ生徒や魔術師の弟子たちがそれぞれで集まっている。そんな彼らの何人かは、緊張のあまり真っ青になっているシオンのほうをちらちらと見やっていた。

 いや、シオンを見ているというよりは、アザミの弟子であるシオンを、だが。


「……大丈夫よ。ほら、しゃんとしなさい」

「だだだだだ大大大丈夫だかららららら」

「あの、お言葉ですがお嬢さんの様子を見るに、試験に臨むには少し早すぎたのではないでしょうか? 試験は夏季にも行いますし、また、日を改めるという方法も……」

「……そういうわけにもいかないのよねぇ」


 見かねた教師が提案するも、今度はアザミのほうが渋い顔をする。

 シオンの意志を尊重するという理由の反面、アザミにも今回の試験は受けてもらわねばならないという事情があるようで、シオンのほうを呆れた目で見やる。


「……しょうがないわね、ほら」

「!」

「……私が記入している間に、その緊張をほぐしておきなさい。……私が書くのはこれだけでいいのよね?」

「あっ、は、はい!」


 すると、やがてため息をついたアザミは、自分が肩にかけていた黒い上着を外し、シオンの顔に向けて放って見せた。

 バサッと顔を覆った上着をつかみ、ぴくっと肩を揺らすシオンを放置し、アザミは受付に用意された書類に目を通していった。魔術学校の生徒以外が受験する場合、受験者であるシオン自身が記入すべき書類のほかにも、師が弟子の身分を証明する書類も記入する必要がある。アザミは面倒くさそうにため息をつくと、前かがみの姿勢でそれの空欄を埋めていった。

 その横でアザミの上着で顔を覆っていたシオンだったが、いつしか鼻を鳴らすように妙な音が聞こえ始めたことに教師が気付いた。


「…………スー、ハー…………師匠の匂い、落ち着く…………」

「あの⁉︎ 本当にこの子大丈夫なんですか⁉︎ どう見ても何かこじらせてらっしゃるようにしか見えませんよ⁉︎」

「……気にしないで。いつまでたっても親離れできないんだから、まったく」


 シオンが妙な性癖を披露していることにいよいよ心配になった教師だったが、アザミは書類から一切目を離さず振り向きもしない。というか、シオンの性癖を知っていながら放置しているようだ。


「こんな人を受験させて大丈夫なのかな……?」


 魔術師免許の試験は、筆記、実技、面接の三つの段階で審査され、楚辺手に合格した者のみに資格が与えられることとなる。

 試験前の段階でここまで緊張しているシオンに対し、難しい表情で冷や汗を流す教師だったが、今回は魔術の制御能力や魔力量を測る実技試験であり、受験者の性格審査はこの後の面接にて行われるものであるために口ははさめなかった。まぁ、この調子では面接もまともにできるかは怪しいものではあるが。


「……はい、シオン。私の分はもう終わったから、あとは一人で頑張りなさい」

「ん。もう平気。師匠分は十分チャージした」

「……いい加減、そのあがり癖は直してもらいたいわね。私がいなくなったらどうするつもりなんだか」


 また元の根拠のない自信を取り戻したシオンに背を向け、アザミは返された上着を肩に羽織りながら歩き去っていく。少し寂しげな表情を浮かべるシオンは師の背中が見えなくなるまで見送ると、ようやくむんと決意を込めた眼差しで書類に手を付け始めた。

 書類を見つめる少女を横で観察しながら、エルフの教師は若干の失望を感じさせるため息をついた。


(眼帯の魔女殿は、どうやら外れくじを引いてしまったようだな。……魔術師業界においては知らぬ者のいない女傑というのに、不憫な話だ)


 彼は正直言うと、アザミが目の前に現れたときは内心の狂喜を隠すのに必死だった。

 魔術、それも医療にかかわる高度な技術を有することで有名なエルフにとっても、眼帯の魔女と呼ばれる彼女は雲の上の人物といっても過言ではないほど、優れた魔術の知識を有した才女として知られている。

 エルフだけではない、この世界に存在する多種多様な種族の精鋭たちが「もっとも有名な魔術氏は誰か」という問いに対して真っ先に挙げる名前として、五本の指に入るほどの実力と経歴の持ち主なのだ。彼女のもたらしてきた偉業は、現在学校で配布されている教科書にも記載されているほどで、知らぬものはとんだ素人か知ったかぶりといわれるほどだ。

 かくいうこの教師も、同胞の偉人ではなく彼女に憧れて魔術師の道を志したという経緯があった。結局研究者の道は断念し、蓄えてきた知識を次の世代に伝えようと教師の道を選んだが、それはそれで天職に出会えたと、彼はアザミに感謝していた。

 それゆえに、そんな憧れの人から直接教えを受けているといううらやまけしからん存在であるこの少女には、あまりいい印象を持てなかった。


(しかし……なぜこのような凡庸な少女を弟子にしたのだろうか? 話に聞くと、わが校の理事も昔、何かしらの関わりがあったと聞くが……何年前かは知らんが)


 調べれば調べるほど、信じられないような謂れがあふれ出てくるような人だ。何らかの形で理事を手助けしたりすることがあったのだろう。

 過剰なほどにアザミに対して憧憬を抱いている教師は、その感情が若干の押しつけがましさを帯びていることに気づかない。アザミに関することならば、それがどんなに無理があることであっても「あの人ならば」と検証すら放棄してしまうほどに。

 それ故に、彼女が弟子として連れてきた少女も相応の実力・才能を有しているのだろうと期待したのだが、実際に目にしてみれば試験前には過剰に緊張し、ちょっと危ない性癖まで堂々とさらしているというありさま。教師にしてみれば、過度な期待をしていた分裏切られたという感覚を勝手に抱いてしまうほど幻滅していた。

 厄介な精神状態に陥っている教師は、自分が欲してやまない立場にいる少女を嫉妬と羨望のこもった目で見つめてしまうのだった。


「……できた」


 教師が悶々と考えこんでいる間に、シオンは申込用紙に記入し終わっていたらしい。教師はきょとんとした表情で見つめてくる少女の眼差しにハッとなり、慌てて差し出された書類を受け取って、不備がないかを確認していく。

 思った以上にきれいな字で書かれていることに少しだけ感心しながら、教師はシオンの申込用紙に学校の判を押し、特殊な素材で作られたファイルに挟み込んだ。実技試験中はこれが身分の証明書となるため、教師や職員による保存は確実に行われなければならない。


「では、こちらへ」


 教師は一度席を立ち、受付の奥にある大きな扉のほうへシオンを誘う。

 自分の上着の襟につけてある校章を扉にかざすと、かちりと音がして自動的に扉が開いていく。ギギギと重苦しい音が響き、分厚く堅牢な扉がゆっくりと開け放たれると、その中からふわりと心地よい風が吹いた。

 扉の向こうに広がっていたのは、青々とした芝生に覆われた広大な地面だった。丁寧に手入れされたその空間の端には、円を描くよう畑や花壇らしき煉瓦の敷居が設置され、美しい意匠の施された大きな噴水まで用意されている。正常な空気と水が呼ぶのか、数々の鳥や昆虫、あるいは小動物までもが集まっており、扉の内側とは全くの別世界を作り出していた。

 その正体は、学校の敷地の四割を占める校庭兼練習場であった。

 基本的な座学を学ぶ校舎、専門分野を研究するための研究棟、教師や事務員などが作業をする中央棟、生徒による会議や研究結果発表などを行う講堂、生徒たちが暮らす学生寮、そして膨大な資料が保管されている図書館などを含み、国土の一割を占めるほど広大な敷地において校庭がその広さを誇るのは、魔術に対する危険性と人への安全性を考慮した結果である。

 多少の魔術の失敗があろうとも、他者との距離を一定に保っていれば事故が起こる可能性は低く、広大に場所を使用できるという理由から校庭は重視されている。さらに言えば、世界最大の魔術水準を誇るという魔術学校にはそれに応じた数の生徒たちが通っており、それぞれが自由にのびのびと校庭を使用できるようにという意図が含まれているのだ。

 それほどまでに広く、希望に富んだ校庭を初めて目にしたシオンは、思わず目を見開いて見とれるほかになかった。圧倒されていた、といってもいいかもしれない。


「おおー……」

「試験者の皆さんには、指定の時間までこちらで待機していただきます。そのあと、番号順に試験場所へ案内し、実技を披露していただくことになります」

「……ん。わかった」


 しばらくその美しさに見とれていたシオンは、呆れながらもどこか自慢げな教師にせかされ、扉をくぐって校庭に足を踏み入れる。サクサクと心地よい足音が耳に届き、次いで草木のいい匂いがさわやかな風に運ばれ、シオンの鼻をくすぐる。空気が変わった、というたとえが、この場合には最もふさわしいように思えた。

 植えられている草花がここまで清らかな風を生み出しているのだろう、学校がこの工程を重宝していることがわかるほど、手入れが行き届いていた。これでは師の匂いを嗅ぐ必要もなかったかもしれない。


「ん。まぁそれはそれで結果オーライ」


 いるだけで緊張がほぐれるほど気持ちがいいのは確かだが、シオンはすでに師から勇気的なものを十分いただいているという意識がある。学校側には悪いが、別にあってもなくても変わらなかった。

 見れば、すでに校庭には先に受付を終えて集合を始めていたほかの受験者たちの姿があり、ライバル同士で何やら牽制しあったり、または仲間同士で励ましあったりしている。

 そして彼らは、シオンにとってもライバルである。


「ん。よし、やるか」


 名前も顔も知らない好敵手たちを見据え、というよりはただの障害として見やり、シオンは鼻息荒く一歩を踏み出すのだった。


     ◇ ◆ ◇


「―――よく来てくれましたね、先生」


 魔術学校の一角、校舎全体を見渡せる高い尖塔にある一室にて、二人の女性が向かい合っていた。

 片方は、相変わらずの無表情で応接間のソファに深く腰を下ろしているアザミ。もう片方は、かつては相当に美しかったのだろうと思わせるほどに整った顔立ちに、長い年月を感じさせる深いしわを刻んだエルフの老婆。

 彼女こそ、現魔術学校にて理事を務める魔術師、シェラ・アルヴェンスだ。


「お会いするのは、十年ぶりぐらいでしょうか? そのお姿も変わりがないようで」

「……世辞はいいわ。皮肉にしか聞こえないから」

「あらごめんなさい。他意はないんですのよ?」


 そう答えるシェラの手の甲に視線を向けるアザミ。血管が浮き立ち、シミができ、しわだらけになった美しいとは言えない肌。筋肉も衰えているのか、カップをつかむ腕もかすかに震えていて弱々しささえ感じるほど。

 しかしアザミはそれを心底羨ましそうに見つめているように見え、それをにこにこと誇らしげに笑いながら見せるシェラから誤魔化すように視線をそらした。

 50年から70年、場合によってはもっと早くに寿命が尽きる人族が、数百年は余裕で生きるエルフに対して。


「でも先生の最後のお弟子さんが来るなんて、驚きましたわ。てっきりもう人には関わらないおつもりなのかと……」

「……ちょっとした縁でね、引き取るしかなかったのよ。途中で放り出すのも気分が悪いし」

「その割には、いい子に育っているようですね」


 差し出されたカップの紅茶を流し込み、アザミは心底面倒くさそうに答える。

 弟子、それも娘のような立場にある少女に対する言葉としてはあまりな言い方であったが、シェラはそれを微笑ましそうに笑って見せた。彼女は知っていた。この魔女の突き放すような遠慮のなさは彼女の天邪鬼さが現れているだけなのだと。


「でも先生のお弟子さんなら、うまくやっていけるのではなくて? 見た所、筆記試験の結果も上々のようですし」

「……だからこそ心配なのよ。あの子と関わり始めて、私は久々に焦るって感情を思い出したわ」


 これまで無表情を貫いていたアザミは、シェラのその言葉で初めて頬を引きつらせた。

 長く彼女を知っているシェラは、アザミがそんな反応を示したことに目を丸くした。大概のことでは心を惑わせず、しかもそれを一切表情に出さない友人がそこまで動揺することがあるのか、と。

 そしてそれをたやすく起こさせてしまうという友人の最後の弟子が一体どんな存在なのか、シェラはひどく興味をそそられるのだった。教えてもらえるとは思ってはいないが。


「……まぁ、いいわ。とりあえず、前に行ったように講師の件は引き受ける。その間、例の件は頼むわよ」

「わかっておりますとも。あれに関しては、こちらも迷惑させられていますからね」


 会話の流れを変えたアザミが確認するように目をやると、シェラの表情も明らかに変わった。

 にこにこと笑っていたシェラの表情に、目には見えない気迫のようなものが混じる。ただ友達と世間話を楽しんでいた好々爺然とした彼女の表情が、一瞬にして学校の理事らしい厳しさを見せる引き締まったものになっていた。

 空気までもがピリッと張り詰め、触れてもいないカップに残った紅茶に波紋が広がった。


「先生と別れてもう20年……せっかく保ってきた気楽な時間が、このままでは丸ごと無駄になってしまいますもの。容認できませんよ」

「残念だけど、早いか遅いかってだけでいつかは起きるものよ。……平和ほど、不安定ではかないものはないわ」

「悲しいですけど、それもまた真理ですものね」


 世の中って理不尽ですわ、とわざとらしく泣き真似をして見せるシェラを冷淡な目で見つめると、アザミは残りの紅茶をのどに流し込む。すっかり冷めていたが、のどの渇きは十分に潤せた。

 席を立ったアザミはわきに置いていた帽子を拾い、出口に向かって歩き出した。


「じゃあ、あとはよろしく」

「はい」


 気怠そうに告げて、さっさと退出しようとするアザミ。

 その背に向けて、不意にシェラが小さく口を開いた。


「…………少し、変わられましたね」


 扉を押し開けようとした手が止まり、アザミが無言のままその場に固まる。

 視線を向けずとも、アザミには学校の理事が目を潤ませ、喜びの感情をこらえているような、そんな不思議な表情になっていることを察していた。まるで、自分が手にできなかった何かを、他の知らない誰かがやすやすと手に入れられてしまったような、羨望と悔しさを混ぜたかのような。

 アザミはそれを気づかぬふりをし、一瞥をくれることもなく応接間を後にするのだった。

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