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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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7:夜の海へ

「……悪いわね、こんな時間に船を出してもらって」


 さざ波の音が至近距離から耳に届く、真夜中の海辺。漁師たちの村とは少し離れた浜の一部にて、眼帯の魔女が小舟を用意する男に語りかける。

 それほど大きくはない、大人二人分が余裕を持って乗れる程度の大きさのそれに、漁のための必需品を積み込み、縄でまとめておく。千次郎は一通りの用意を終えてから、ため息とともに首と背骨を鳴らして立ち上がった。


「気にするな…たまに弄らなければ腕が鈍る。連中が腰を抜かして出られないなら、自分で食材を取りにいかにゃならんからな」

「……何か起こるのは確実だけど、それでもいいの?」

「むしろあいつらが何にビクついているのか気になって仕方がねぇからよ…」


 魔女に横目を向けながら、ぶっきらぼうに告げる元海の男にアザミは目を細める。

 見栄や虚勢を張っているわけではない。妙に現実主義的なこの男は化け物の噂など微塵も気にすることなく、ただ己の暮らしに必要なこととして良くない噂の飛び交う沖へと向かうつもりでいる。

 部外者であるアザミを乗せるのはちょっとした縁と義理があるためであり、アザミはそんな彼のへりくだったりしない思い切りの良さを大層気に入っていた。

 そんな風に昔の友人を見やっていたアザミだが、不意にジロリと険しい視線がやや離れた方に向けられた。


「……で、あんたは本当に行かないの?」

「無理です嫌ですごめんなさい…! 本当に今回ばっかりは駄目なの…!」

「……やれやれ」


 岩場の陰に身を潜め、ブルブル震えながら恐る恐るといった風に覗いてくるシオンに、アザミは視線を逸らしつつ大きくため息をこぼす。

 この好奇心旺盛な問題児(トラブルメイカー)が心霊的な物事に弱いのを知ったのはつい最近のこと、いつもなら自分の向かうところのどこにでもついてきそうなのに、今やその姿は見る影もない。


「ほ、本当に師匠、こんな時間に現地に調べに行くの…? 昼間とか明るいうちに調べたほうがよかったんじゃないの?」

「……夜にしか目撃情報がないってんだから仕方がないわ。こういう時に一番信用できるのは、自分の目で確かめたものよ」


 一体何度この応答を繰り返したことだろうか、とアザミは少しうんざりしながら、岩場に腰掛けて頬杖をつく。

 今晩休むための宿を取り寝床を確保してから、本日最後の仕事を終わらせようとここまできたのだが、この弟子はもう夜中に出歩くことすら恐ろしくて仕方がないらしい。

 浜に、そしてその前に千次郎のところを向かおうとする師を、置いていかれるとでも思ったのか必死に引き止めようとしていた。


「……あんた、本当はここに見送りにくるのも嫌なんでしょ。別にいいのよ、先に宿に帰ってても」

「ひ、一人で待ってても退屈だし…どうせなら待ってようと思って」


 ざぁざぁと波が砂を引く音にさえビクビクと反応するのを見ていると、いずれ緊張が限界に達して何もないのに気絶でもやらかすのではないかと、やりとりを見ていた千次郎は胸中でふと思う。

 アザミは本気でついてくるつもりはないのかと一応少しばかり待っていたが、やがて飽きたのかやれやれと肩を竦めて小舟に乗り込む。

 乗客が一人減ったことに、千次郎は呆れたため息をつく。すると彼は、岩の後ろで丸くうずくまるシオンにぶっきらぼうに告げた。


「……留守番するなら気をつけておけ。最近話題なのは沖に出る海賊共の幽霊だが、浜に伝わる怪談は一種じゃねぇからな」

「…⁉︎」

「……長い歴史があるからねぇ、それも国ができる前から残ってる話もあるくらいだし。海賊よりもよっぽど質の悪い話もあるそうよ?」


 千次郎とアザミがいきなり口にした物騒な話に、シオンはビクゥッと耳と尻尾を立てて軽く飛び上がる。

 だらだらと冷や汗を流しながら、なお藻岩の後ろで小さく丸くなっていると、ふと目の前の森の中の闇が気になり始める。どこか遠くにいる虫の音色や歯のざわめき以外聞こえてこない真っ暗闇の向こう側には、なぜか得体の知れないものが潜んでいるような錯覚を起こさせていた。


「……じゃ、頼むわ」

「おう」


 アザミは沈黙する弟子には一切気を配らず、千次郎に促してさっさと出発を促してしまう。

 ちょっとした興味によりやる気を見せた怠惰な魔女にとって、無駄な時間の浪費は敵である。正体が何にせよさっさと確かめて、脳内の疑惑の痼りを取り除いてしまいたかった。

 千次郎が小舟を真後ろから押し、海面へ走らせて浮かばせると、途中まで押してから自身もひらりと飛び乗る。

 準備を終えたアザミと千次郎がいざ出発しようとするが、その進水の勢いを真後ろから細い華奢な手が引き止めた。


「…………お、置いていかないで…!」


 涙目で震えながら、見た目に似合わぬ怪力で慣性の法則を無視して師を凝視する。

 アザミは高揚しかけた気分が一気に下がっていくような感覚に陥りつつも、必死に師の反応を待っているシオンの襟首を掴み、小舟の上に放り込むのだった


     ◇ ◆ ◇


 冷たい空気が肌に刺さる真夜中の海を、一艘の小舟が波をかき分けて進む。三人並んだ人影を乗せたそれは、先頭側の一人が動かす櫂によって力強く海水を掴み、常人がやるよりも数倍速く前進させる。

 後方の小船の縁に腰掛けるアザミは気だるげに頬杖をつきつつ、筋肉を膨張させて櫂を大きく回す千次郎を見やり、ついで向かう先にある沖を見つめる。

 大きな風はない穏やかな海、波も起こらないために海は不気味なほどに静まり返っていて、何者の気配も感じ取ることはできない。

 しかしそんな不気味さも、夜の静けさを聞き慣れた者達にとっては気にするようなものではなかった。


「フン…それなりに雰囲気はあるが、気にするほどでもねぇな」

「……そうね。正直言って、この程度の気配で臆するなんて肝っ玉が小さいにもほどがあると思うわ」


 長年この静けさの中で量を続けてきた海の男達が臆するほどなのだから、もっと得体のしれんし何かを感じるのかと内心期待していた魔女は、それらしいものが微塵もないことに落胆する様子を見せる。

 やがてつまらなそうにしていたアザミの目が、船の中心で頭を抱えて小さくなっている猫人の少女を見下ろした。


「……ねぇ、馬鹿弟子」

「…………無理無理無理無理絶対無理これもう顔上げられない何も見たくない何も聞きたくない今すぐ帰りたい布団に潜りたい嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ…!」

「……これは重症ね」


 小舟から絶対に離れまいとするように伏せるシオンは、アザミの問いにすらまともに答えることができないようで、ガタガタと震え続けて鬱陶しいことこの上ない。

 なんとも言えない表情でアザミが言葉をなくしていると、シオンが月明かりに照らされてより一層蒼白になった顔をガバッと上げて縋りついてきた。


「師匠…もう帰ろうよ。もう十分調べたでしょ? 調べたよね? 特に変なものも見つからないし、気配も感じないって言ってたもんね?」

「……無理矢理にでも置いてくればよかった」


 まだ何一つ検証も確認もできていないのに、一刻も早く噂の場所から離れたくて仕方がない弟子に呆れ果てる。ここまで怯えまくっていると流石に気の毒になってくるが、依頼を受けた以上、そして自身がやる気になっている以上途中でやめるという選択肢はない。


「……千次郎、悪いんだけどこの辺り適当に彷徨いてもらえない? ここまで痕跡が見当たらないのは逆に気になるわ」

「おう。…やはり、何者かの工作があると睨んでいるのか?」

「……そうね、それが一番有力な考えよね」

「あの女狐も同じことを言っていたらしいな」


 絶望の表情で黙り込むシオンを放置し、千次郎とアザミはそれぞれで役目を担いつつあたりの探索を開始する。

 見る限りあるのは海面のみ、陸地はかなり遠いところにぼんやりと見えるだけで、他には一切何も見つかりはしない。だが何かしらの痕跡ぐらいはあるだろうと、可能な限りで満遍なく視覚で確かめた。


「……何十年も前に死んだ海賊の霊が、なんでこんな後になって現れたのって話よ、要するに」

「違ぇねぇ……疑ってかかるのが当然の話だ」


 そもそもの矛盾点を指摘すると、千次郎も小馬鹿にした様子で肩をすくめる。

 少し考えればわかる、子供にだって簡単な推理でたどり着きそうな結論に、どうして漁師達は至ることができないのか不思議でならない。


「じゃ、じゃあ…本当に大丈夫なの? 本当に幽霊出ないの? 怖いの出ないの?」

「……あんたはもうその辺で縮こまってなさいよ」


 かすかに希望を見出したように目を潤ませるシオンと目を合わさず、アザミは黙って探索を続行する。

 何か一つぐらい手がかりを見つけておかねば、わざわざここまで出てきた時間と労力が水の泡となる。そんな考えがアザミの中にはあった。

 そうやってしばらく海上を漂っていた時、ついにアザミが待ち望んでいた瞬間が訪れた。


「…霧が出てきたな」


 小船の進行方向上を見やっていた千次郎がふと呟き、アザミとシオンが周囲で起きている異変に気づく。

 雲一つない快晴で、月光が海面いっぱいに反射するほど空気が開けていたというのに、いつの何か漂い出した濃い霧がそれを阻み始める。ただでさえ暗かった起きはそのせいで指先を見ることも困難になるほどになり、あたりに潜む何かを見つけることもできなくなっていった。


「何だこりゃあ…どう考えても普通の気象現象じゃねぇぞ。どうなってやがる?」

「……これ、かろうじて集めてきた情報と一致するわね。来るわよ、例の連中が」


 ジロリとアザミの目が、霧の向こう側から近づきつつある大きな影を睨みつけた。

 誰もいない深夜の沖、前触れなく立ち込めていく濃霧、そして徐々に近づいてくる大きな船影のようなもの。収集してきた情報とここまで同じ展開が続けば、次に起こることも簡単に予想がつく。

 徐々にはっきりとその姿をあらわにしていくそれに、アザミは目を細めて眉間にしわを寄せた。


「……あぁ、こいつか」


 睨みつける先で、白く細い人影がカタカタと乾いた音を鳴らして見下ろしてくるのが見えた。

 ボロボロに朽ち果て、浮いているのが不思議なくらいの状態のダウ船に似た帆船に乗り、同じく形を保っていることが不思議な状態の衣服を纏う、手に武器を備えた数十もの人影。

 しかしその海賊らしい格好の内側にあるのは肉も皮もない、紛うことなき白骨の体。自ら動き回るはずのないそれらが、二本足で立って魔女達を見下ろしてきていた。


「マジかよ…⁉︎」

「ひぅっ…!」


 想像以上に不気味で異様な光景に、千次郎の無愛想な顔に驚愕が刻まれ、シオンは涙目になって後ずさる。

 表情が変わらないのはアザミだけだったが、その視線は油断なく異形の集団に向けられて微塵もずれていない。相手型がどう動くかを見極めるように、異形の一体一体の動向を凝視していた。


「どうする、追っ払うか?」

「……あまりこっちから手を出すのはねぇ、あいつらがどこのどいつかもわかってないし」


 やや引きつった顔ながら櫂を両手で持って身構える千次郎を手で制し、アザミは鋭い視線のまま考える。

 自然に淀みなく動く骨だけの海賊はとても作り物とは思えず、本当に怨念で動いている亡霊のようにも見える。しかし集めてきた隣国間との情報が、この異形達は間違いなく何かしらの陰謀により用意されたものだと直感させる。

 この場は胴体処すべきかと頭を巡らせていたアザミは、ふとあることを思い出して困ったように眉間にしわを寄せた。


「……そういえば、結局聞き忘れてたわ」

「な、何が⁉︎」

「……船幽霊(こいつら)に遭遇した連中が、最後にどんな目に遭わされるのかってこと」


 アザミの呟きに、シオンと千次郎はハッと目を見開いて硬直する。すぐさま千次郎が漕ぎ出そうとした時だった。


 ゆらり、ぬるり、と。


 突如海中から白く半透明な何かが無数に飛び出してくる。平たい布のようでありながら、海藻のように不規則に撓むそれの先端は人の手のように先が分かれていて、小船のあちこちにベタベタと張り付いてくる。

 暗く深い海中から伸びて絡みついてくるそれはこの世のものとは思えず、頭上から見下ろしてくる亡霊達の存在も相まって、あの世からの誘いにしか見えなかった。


「……こういうことか」

「ひぃいいいい‼︎」


 正気を疑いそうな狂気の現象にアザミは納得の声を出し、シオンは悲鳴を上げてまた丸くなる。

 半透明の腕はゆらゆら揺れたまま、小船ごと魔女達を引き摺り込もうとするように触れてきて、見た目からは想像もできない強さで引っ張ってくる。一本や二本ならばそう大した力ではないが、それが何十と束ねられれば無視できない力となる。

 船の操舵の要である千次郎が、両腕に絡みつく謎の腕に戦慄の表情を浮かべ始めた時だった。


「……鬱陶しい」


 シャキン、と甲高く小気味いい音がして、小船と千次郎に絡みついていた腕が半ばから切断される。

 切り離された腕のかけらは薄く大気に溶けるように消えていき、跡形も無くなっていった。


「……千次郎、全力で漕いじゃって。一旦浜に戻るわ」

「わかった…! 操舵は任せる!」

「い、急いで急いで早く‼︎」


 呆気にとられていた千次郎は、我に返ると慌ててシオンが差し出された櫂を掴んで思いっきり漕ぎ出す。謎の腕を海水で薙ぎ払おうとするように一切加減をせず、ただ陸地にとって返すことだけを考えて水飛沫を上げさせる。

 アザミはあっという間に進み、件の沖の領域を離れていく小船の上から、目的であった亡霊と新たに現れた奇妙な腕を睨みつける。

 ケタケタと笑い続けていた亡霊は、やがて現れた時と同じように濃い霧に包まれてその姿を隠し、謎の腕も気づかぬうちに虚空に消失して行く。


 月光を遮るほど濃かった霧が恐ろしいほどに早く消え、亡霊や謎の腕が一切の痕跡を残さずに姿を消している。

 その事実を、アザミはどこか腹立たしそうに噛み締めているようだった。



 月光が照らす明るい夜空の下、行きに訪れた浜と同じ場所に一艘の小舟が辿り着く。

 その上に乗っていた三人のうち、大柄な体格でよく日に焼けた男がバシャッと波間に膝をつく。両手をついてうなだれる彼の顔からは、生命状態が不安になるほどの大量の汗が吹き出していた。


「ぜぇっ……ぜぇっ…! 久々に飛ばしたな…!」

「……無理させて悪かったわね」

「気にするな…やはりかなり、身体が鈍っていたようだ」


 小舟に一緒に乗っていたアザミは、疲労困憊で倒れこむ友人に労いの言葉をかけ、少しだけ本気で申し訳なさそうに眉間にしわを寄せた。この礼はいつか別の機会に、何かしらの形で示さなければならないと決心する。

 しかし、その礼の具体的な案を考案する前に、先ほどから妙に静かだったシオンががっしりと肩をつかんできた。体ではなく黒い衣服の端をつまむ姿は愛らしく思えるが、肩に加わる力は尋常な強さではなかった。


「師匠、あれは無理。だって本物だもん。腕っ節でどうにかなる相手じゃないもん!」

「……騒ぐんじゃないわようるさいわね」

「だって…!」


 ボロボロ泣き喚きながら撤退を強く進言するシオンに、アザミはぽりぽりと頭をかいて軽く弟子の頭を小突く。

 シオンはすっかり先ほどの海賊たちに恐怖心を募らせてしまったらしく、立ち向かう気力を完全に喪失している。この先役に立つとは思えなかった。


「……でも確かにちょっとばかし、面倒なことになりそうね。


 アザミの目が、亡霊の現れた沖の方に向けられじっと固定される。

 その目に宿る剣呑さに、憎悪の炎に、自身の恐怖を抑えることに必死になっているシオンは気づくことはなかった。

 そして、殺意に満ちた師の呟きを聞くこともなかったのだった。


「……あの糞餓鬼が、こんなところにも関わってくるとは、()の勘も捨てたものではないな」

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