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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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6:浜に伝わる昔語

 ーーーかつてのライデリカの海には、残虐で謳われる海賊集団が巣食っていた。


 当時のライデリカの浜には港などなく、停泊している船は漁のための小舟ばかり。それも人が乗れるという必要最低限の機能しかない、遥か遠い沖まで向かうこともできない、単なる木製の入れ物のような代物である。

 住まう人数も十数人と非常に少なく、集落も沿岸に疎らにあるだけで数カ所だけ。働きに出ることができる者となれば集落の中でも片手で数える程度しかおらず、その数も徐々に減り続けていた。

 それでもその浜にとどまり続けるのは、そこが地図上のどこの国の領地にも属さない空白地帯であったからだ。

 利用価値の少ない土地に大国は関心を向けず、ほそぼそと暮らす人々に気づくこともなかったため、住民達は大国からの税の搾取によりさらに飢える心配はなかった。

 しかしそれでも、子供が満足に育てる環境ではないことは確かで、少しずつ少しずつ確実に住人達は飢えに蝕まれ続けていた。


 そんな集落の住民達にとって、海を我が物顔で荒しまわる海賊など恐ろしくて仕方がなかった。いつ自分達に牙を剥くかもわからない荒くれ者達は恐怖の対象でしかなく、唯一の生活の収入源である漁にも迂闊に出られなくなっていた。

 幸いだったのは、海賊たちが活動の中心としていたのが、集落のある浜とは大きく離れた小島の周辺ということ。海賊達から近寄ってこない限り、住民達が獲物として狙われることは少なかった。


 海賊達にはとある目的があったーーーライデリカの海に生息するという、不老不死の力を持った人魚を捕らえるというものが。

 ライデリカにはある伝説があった。青く輝く海のどこかには、美しい人の上半身と魚類の下半身を持つ生物が棲み、時折会場に現れては美しい声と貌で人を魅了し引き摺り込んでしまうという。

 海賊達はそんな眉唾物の伝説を鵜呑みにし、それを求めてライデリカへと辿り着いた。そして伝説通りの美女であれば、ぜひともその肉体を余すことなく堪能したいと、皆が皆下衆な獣慾をたぎらせていた。


 住民たちにとってはそんなものどうでもいい。しかし海賊達は人魚を探すついでだと言わんばかりに周辺の村や集落を襲い、ありったけの物資を奪っては、男は殺し女は襲い子供は攫って売り飛ばす。数も力も到底かなわない連中を前に住民達は怯える他になく、毎日毎日震えて過ごす日々が何年も続いていた。

 他所の集落が海賊の犠牲になって壊滅した、反対側の隣の村が飢えで全滅した、さらに向こう側では住民全員が逃げ出した、と。ライデリカの浜からみるみるうちに人の姿が消えていく現実に歯噛みしながら、どうにもできないと諦めてしまっていた。


 そんな時、集落の中でも特に心優しく慈愛に満ちた娘が、突拍子もないあることを考えた。


『あの海賊達の財宝を奪えば、浜の暮らしは改善されるのではないか』と。


 凶悪な輩に逆らうこともできずに家に閉じこもり、そのうち海賊達の脅威が去ることを願って縮こまるばかりの住民達を慮り、長い間悩んだ末の考えだった。

 これまであらゆる村や集落を襲って金目のものを奪い、または子供を売り飛ばした金を一箇所に溜め込んでいることはわかっていた。いつ事故に遭うかもわからない船の中ではなく、拠点としている小島のどこかに隠していることを、娘は海に魚を獲りに行ったときに偶然知った。

 隙をついて宝物を奪うことは、潮の流れや干潮に詳しい浜の人間なら造作もないこと。しかし海賊達がいちいち宝物の数を把握していた場合、真っ先に疑われてしまうのは明白だった。

 故に娘は策を講じた。痩せ衰えた家族に別れを告げると、娘は単身海を泳ぎ、海賊達の船に真正面から乗り込んで不遜な態度を装って告げた。


『人魚の住処を知っている。教えてやるからその分け前をよこせ』


 無論、人魚について娘が知っている筈などなかった。。人魚伝説などどこぞの酔っ払いや法螺吹きが吐いたでまかせが、年月を経て大きく鰭がついて強く遺ってしまっただけのものだというのが、浜の人間の常識だった。

 確かに浜で生まれ育った齢40の男(当時における最年長の住民)でさえも一度も見たことがない、伝説でしか語られないあやふやな存在など、口にするだけでも呆れて笑がこみ上げてくるほどだった。


 しかし海賊達はその言葉を信じ、娘に案内を命じて小島を離れた。娘の演じる、貧乏に疲れ果てた薄汚い性根の人間という姿が信用に値したらしく、妙に上機嫌に娘を船に迎え入れたのだ。

 娘を船に乗せた海賊達は疑うことなく、娘の案内でライデリカの海を進んで行く。見えないところでほくそ笑む娘に気づくことなく、手に入れる前から不老不死を夢見て下卑た笑い声をあげていた。


 しかし海賊達の態度は、ある瞬間を境に豹変し始めた。とある海域に船が差し掛かった瞬間、突然海流が変化して舵を取られ操舵が効かなくなってしまったのだ。

 海中の岩場の位置と海流の関係により、海面からは見えない流れが生じていることを、長い時を浜で漁をして暮らしてきた住民達は知っていた。そして娘はそれを利用し、自然の力を使って海賊達を船ごと沈めてしまう事を考えたのだ。

 その事を知らず、反応が遅れた海賊船はあっという間に強い潮の流れに飲まれ、突き出した岩場が乱立する箇所へ引き摺り込まれてしまった。

 そこで海賊達はようやく気づく。自分達は嵌められたのだと、そして嵌めたのは誰なのかを。


 真相に気づき激昂した海賊達が一斉に娘に襲いかかるも、流れに引き摺られる船が助かる術はもはやどこにもない。

 悲鳴をあげ、右往左往する海賊達の乗る船は海中の岩場に激突し、船底に大穴を開けられて沈められていく。海に慣れた海賊達も、強すぎる潮流に抗うことはできず泣き叫びながら海中に飲み込まれていった。

 娘も同じ運命を辿りながら、所有者のいなくなった小島に大量に眠る宝物を浜の誰かが見つけてくれる事を願い、泣き言一つ口にする事なく暗い海の底に沈んでいった。


 それ以来、浜の住民が海賊の恐怖に怯えることはなく、やがて現れた女商人の手腕によって商いの国として発展を極めた。

 しかし海賊達が拠点としていた小島には浜の人間の誰もが近寄りたがらず、大量の宝物が眠っていることなど誰も知らないまま、いずれその小島の位置すらも忘れられて行った。

 次第にその島には、騙されて沈められた海賊達の怨念が留まり、近付く者を冥府に引き摺り込もうと恐ろしい声で呼び続けているのだと謂れ始めた。

 海の底で魚に食われ、腐った末に肉が削げ落ちた憐れな骸骨の姿となって、永遠に夜の海を彷徨い続けているのだとーーー。


     ◇ ◆ ◇


「……私が知っているのはそのくらいさ」


 語り終えたメルヴェがそう締めくくり、冷めてしまった茶をくぴりと口に含む。長々と語った後に流し込む茶は冷たくても十分に美味で、メルヴェは自分自身の腕前に満足げに笑みを浮かべた。

 アザミも自分の分の茶を飲み、気だるげにため息をついてメルヴェから目をそらす。どことなく呆れた様子なのは、メルヴェの語った内容の薄さが気に入らなかったためのようだ。


「……ふぅん、今じゃそういうふうに伝わってるのね」

「ケケケッ…! まったくだよ。どこの誰とは言わんが、ずいぶん悪質な脚色をしてくれたもんさ」


 誰にともなくうんざりしているようにアザミがつぶやくと、メルヴェが師のそんな反応に楽しげな声を上げる。

 特にライデリカに関わりのない者、さらに言えば60年前よりも後に生まれた若者であれば、単なる伝説やおとぎ話の類と捉えそうなありがちなお涙頂戴の物語。しかしメルヴェやアザミのように、過去の事実を知る者にとっては都合のいい改変が目立つ、碌でもない話に聞こえていた。

 しかし、年季の入った二人が吐き捨てた話でも言葉を失い、青い顔になっている少女が一人だけいた。


「海賊の……幽霊」

「ああ、そうさ。嘘だと思うんなら件の小島に行ってみな、お前さんを仲間にしちまおうと思ってるそいつらのうめき声が、今でも聞こえてくるだろうからね…」


 ヒクヒクと頬を痙攣させ、微妙に肩を震わせて立ち尽くしているシオンに気づくと、メルヴェは面白がるように維持の悪い笑みを浮かべてシオンに語る。

 今の彼女の姿を見れば、特に長い付き合いでなくとも丸わかりの反応に、メルヴェの中で悪戯心が芽生える。

 本能的にいじられる危険を察知したのか、シオンはジリジリとメルヴェから距離を取ると、傍に立つアザミの真正面に立って両肩に手を置いた。


「よし、師匠。帰ろうか」

「……何言ってんのこの馬鹿弟子は」

「この案件は私たちには荷が重すぎる。他の人に任せよう、うん。そうしよう、絶対に」


 アザミに懇願するような、あるいは自分自身に適当な理由をつけて大義名分を作ろうとしているような、見るからに情けない怯えた態度で歩き出したシオンに、アザミの呆れた視線が突き刺さる。

 思わずため息が溢れ、以前にシオンが言ったようにいつもと役割が逆であることに嘆息してしまう。せっかく普段だらけている師の方がやる気を見せているのに、問題児(トラブルメイカー)である弟子の方が恐れをなしてどうするというのやら。


「……あんた、化け物云々の時には平気そうな顔をしていたくせに、幽霊云々になると途端に弱くなるのね」

「だ…だって、化け物なら別にいいけど、幽霊だったら触れないもん……呪いとか怨念とかに襲われたらもうどうしようもないもん」

「……そういえばあいつのところにいたときも似た感じだったわね」


 ライデリカの長のもとに依頼を引き受けに行った際、話を聞く間妙に静かだったことが思い出され、アザミは面倒臭そうに目を細める。

 他人が何を苦手としていようとどうでもいいが、普段好奇心に身を任せてあちこちに首を突っ込む者がこうも弱っている姿を見ると、思わずほくそ笑みそうになる。

 これを利用すれば今後の弟子の暴走を抑えることも可能かもしれないが、圧倒的な面倒さが勝ってアザミはすぐに考えを放棄した。


「というわけで今回は無理。タツキにも無理だったって伝えて次の国に行こう」

「……どちらにせよ路銀が無いんだから無理よ」

「じゃあ師匠だけでどうぞ。私は大人しく待ってるから」

「……こんなときにだけ大人しくされてもねぇ」


 キリッとした表情で振り向いてくるシオンに呆れたため息をつき、こいつだけ宿に放置して一人で向かおうかとも考える。どこぞで厄介事に巻き込まれる危険がない上、余計な説明や指示の手間がかからない分名案のようにも感じられたが、それは近くで見張っていなくても同じことだと思い直した。

 逃げ道を封じられ、ガックリとうなだれるシオンから目を背け、どうしたものかと物思いにふけるアザミに、二人の様子をじっと見ていたメルヴェがぼそりと口を挟んだ。


「…あの小娘のところに行ったんかい」

「……これだけ騒ぎになっているぐらいだし、本格的な調査ぐらいはしてるもんだと思ってね。商売は評判が命らしいし」

「まったく…面倒ごとに巻き込んでくれたもんだね、あんたもあの小娘も」


 やれやれと肩をすくめたメルヴェは、億劫そうに自分で車椅子を押して茶器を片付け始める。アザミは無言のままカップを差し出し、メルヴェに受け取らせるとまた壁にもたれかかって寛ぎに戻った。

 なんとか落ち着き、我に返ったシオンが慌ててメルヴェを手伝おうと一歩踏み出すが、老婆に近づく前に手で制され伸ばした手は空振りに終わる。

 かちゃかちゃと茶器に音を立てさせながら、メルヴェは虚空を見つめて面倒臭そうに肩をすくめた。


「あたしは別に浜の連中がどうなろうと知ったことじゃないからね。ここで一人でやっていけたらそれでいいのさ」


 メルヴェの言葉に、シオンは思わずメルヴェの住まいの中に目を向けてしまう。

 魔女の弟子の家らしい用途の不明な道具や見慣れない題名の本、書きかけの呪文や陣が描かれた紙の束や実験道具などがそこら中に積み重なり、散乱している光景は、なんとも言えない残念さを醸し出している。車椅子生活で不便なのはわかるが、大言を口にできるほど整えられていない室内を見てしまうと、どうにも老婆に対する不安が募ってしまう。

 そんな視線に気づかず、というかまったく気にしていない様子で、メルヴェは壁際に佇んだままのアザミにジロリと鋭い目を向けた。


「先生もあんたも、あの小娘にいいように使われて馬鹿を見るようなことがないようにね。あの小娘は根っからの守銭奴さ……稼ぐためなら、自分の目的のためならなんだってやるよ」

「…タツキと仲悪いの?」

「可愛げのない小娘と仲良くなる方法があるなら教えて欲しいくらいさ……今はそんな気も起きないがね」


 明らかに刺々しい態度を見せるメルヴェに、シオンはあのお女商人に人に嫌われる要素があったかと考え込む。

 守銭奴、という割には突然来訪したアザミを拒むことなく招いたり、事件について協力的に説明してくれたりと、むしろ好意的な印象を抱かせる人柄だったと思う。

 そんな彼のどこを自分の姉弟子は嫌っているのだろうと、シオンは渋い表情で考え込んでいると、同じく険しい視線を向けていたアザミが心底呆れた思いため息をついた。


「……その言葉、あいつに聞かせたらどんな反応するかしらね」

「さぁてね……話は終わりだよ。行くなら行きな」

「……邪魔したわね」


 茶器を適当な場所に片付け、車椅子の背を向けたメルヴェはさっさと部屋の奥へと引っ込んで行ってしまう。

 結局知ることができたのは、ライデリカの昔話とメルヴェとタツキの奇妙な因縁のみであることに気づき、シオンは思わず「あ…」と声を漏らしてしまう。なんの成果も得られなかったと肩を落とすと、アザミがシオンの手を引いて小屋の外へと引っ張り出した。

 橙色の陽光に照らされる中を歩きながら、シオンは隣にいるアザミに静かな声で話しかけてみた。


「…私の姉弟子は随分ひねくれてたね」

「……昔、人間相手に色々あったって言ったでしょう? 話す前から壁を作っちまって、腹を割って話せる相手なんて片手で数えるくらいにしかいないのよ。…何もそこまで見て覚えなくてもいいのにね」


 半目で眩しそうに水平線上の夕日を見据え、アザミは困ったように答える。

 この場で弟子に語る必要のない老婆の過去は、彼女の人格を現在のようなやや曲がったものに変えてしまった。それは自分自身が経験したものと非常に似通い、真似なくてもいいものまでもを学んで育ってしまったという後悔をアザミにもたらしていた。

 癖の強い弟子が、数十年ぶりに会ってもほぼ何も変わらずにいることを喜ぶべきか否か。答えを見出せぬままアザミは振り向き、再度呆れた視線をメルヴェの方へと向けるのだった。


「……あの頃から変わらない、ほんっとに面倒臭い連中だわ」


 眼帯の魔女がその視線を向ける相手は、渚に住まう魔女の弟子一人だけではなかった。

 どこぞの国の長に対しても、同じような感情をチクチクとぶつけたがっているようにも、隣を歩くシオンには見えた気がした。

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