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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
56/69

4:人の口に戸は立てられず

「……さて、どこから始めたものか」


 騒がしい商店路へと戻り、虚空を見上げて考え事をしながらゆっくりと人通りの多い道を進む魔女とその弟子。

 半ば押しかけるようにして、ライデリカの長タツキから正式な依頼として今回の事件を調べる大義名分を得た二人だったが、具体的に何を調べるかまではまだ決まってはいない。深く考えず感情の向くままに赴き、情報をぶんどったようなものだったからだ。

 そんな魔女に対して、後について歩くシオンはやや不思議そうに師を見つめ、首を傾げていた。


「いつもと違うね。師匠が結構やる気出すの珍しいし…」

「……あんたの言い方だと、私がいつも嫌々仕事してるように聞こえるじゃないの」

「違うの?」

「……あとで覚えてなさいよ、あんた」


 本気で違和感を覚え、かなり不名誉な印象を持っている弟子に頬をひくつかせたアザミは、すぐに平静を保つと小さくため息をつく。

 仕置も説教も今やる必要はない。そのうち宿や寝床を確保して時間ができたときにでも、この鬱憤をぶつけてやればいいのだ。器が小さいと言われようがなんと言われようが、師に対して生意気な一言を口にする弟子を叱るのは必要なことである。今現時点では、自分と相手の上下関係はきっちり示しておかなければならないのだ。


「で、師匠? 私は何からやればいい?」

「……あんたはあんたでいつも通りノリノリね。とりあえずその無駄にやる気に満ちた目をやめなさい。鬱陶しくて仕方がないわ」

「やっぱり聞き込み? 聞き込みだよね? 事件を解決するにはまず情報収集だよね?」


 妙に張り切った様子で、シオンはアザミの前に出て後ろ歩きをしながら見つめてくる。先ほどはタツキの話を聞いて妙に青い顔をしていたというのに、今家早く知りたい調べたいという思いが溢れ出ているようで、丸く澄んだ瞳がキラキラと眩い輝きを放っていた。

 弟子の見せるやる気に満ちた姿に、アザミは眉間に皺を寄せると目を細めて軽く睨み、少女の本心を探る。損得勘定や正義感などでは動かないこの弟子が動くのは、恐らくは知的好奇心を満たすためか何かに影響されてそれを真似ているかだ。


「……あんた、さては妙な創作物に影響されたわね?」

「魔術捜査官エイリン、不可能犯罪が多発する街に出没する怪奇現象に挑む大人気長編小説。私の愛読書」

「……のめり込むのも程々にしときなさいよ」


 ようは最近読んだミステリー小説に影響され、華麗に事件を解決する主人公に憧れを抱き、時期良く遭遇した事件に関わることで登場人物のようになりきりたいとでも思ったのだろう。

 比較的真面目でいい子のはずなのだが、興味を惹かれるものがあればそれに飛びつき、とことん自分で関わらなければ気が済まないという困ったくせがある、現代において唯一連れている弟子。

 しかしその意欲は、現時点においては非常に役立ちそうであった。


「でも、肝心の漁師は話を聞いてもくれないけど、どうやって調べるつもり?」

「……一番詳しいのは体験した本人だろうけど、別に質にこだわらないなら情報源は多いわよ。特にこの国ならね」

「……というと?」


 訝しげにシオンが尋ねると、アザミは道の端に寄って立ち止まり、クイッとあごでシオンに視線を移すように促す。

 その先に広がっているのは、面に比べてかなり暗く、陰鬱な雰囲気の漂っている人気のない通り。商店街を光を示す側と例えるならば、文字通り陰を表すような印象を与える通りをアザミは指していた。

 雰囲気に押されたように黙り込むシオンに横目を向け、アザミはわずかに口角をあげ、艶やかな流し目をくれてやるのだった。


「……商人にとって情報や噂は必要不可欠な生命線、主婦にとってはなくてはならない娯楽、子供にとっては遊びのエネルギー源よ」


     ◇ ◆ ◇


 ライデリカを縦横に走る数本の広い通り。それに絡まるように無数に走る細い路地に入れば、待っているのは表の街並みとは全く印象の異なる建物が続く通りである。

 やや油や泥で汚れた、良く言えば年季の入った悪く言えば薄汚い店が並んでいる。用意されている品は皆表のものよりも数段質の低いものであり、それを売る店の者も度々柄の悪い輩や怪しい雰囲気を纏った者が目立つ。気の弱い者ならばまず立ち入るどころか、近寄っただけで危険を感じ踵を返すような場所である。

 見た目や質が悪い分、品物の値段は相応に低く見積もってあるが、それはあくまで正規のルートを経ることがなかったためであり、まともな人間であれば手を出さないのが当然であった。


 そんな場所を利用するのは、表立って人前を歩けない危ない橋を渡って生きてきた日陰の者か、稼ぎが少なくまともな店では買い物もできない不器用な連中か、もしくは雰囲気や多少の危険には動じない図太い神経の持ち主かだ。

 とある一軒の店、昼から空いている小さな酒場に集まっているのも、堅気とは言えない後ろ暗い過去を持つ輩であった。決して悪人ではないが、胸を貼って人に名乗れるような人生を過ごせていない彼らにとって、経歴を気にしないこの場所のような店は貴重な憩いの場所であった。


「おいどうしたぁ? この間の仕事からえらく調子が悪そうじゃねぇか! 悩み事かぁ?」


 真昼間から大きなジョッキで発泡酒を煽り、鼻と頬を赤く染めた髭面の男が、偶然隣に座った若い男にさっそく絡み出す。酔った男の大きな声に誘われ、若い男を挟んだ反対側の席についていた隻眼男も視線を向けた。

 中年男二人に挟まれた若い男は、小さめの盃に徳利を傾けながらちびりちびりと少しずつ口に運ぶ。その表情は悔しさや苛立ちで眉間に深い話が刻まれ、口を開くことも億劫そうな不機嫌さが表れていた。


「仕事失敗して頭領に叱られたか?」

「それとも女にフラれたか⁉︎ はっはっは‼︎」

「そういうわけじゃないっすけど……でもちょっと納得いかないことがあったんで」

「おーおー、好きなだけ悩めるのは若者の特権だ! 構いやしねぇから俺らにそれをぶちまけてみろ!」


 人に誇れるような生活をしているわけでもあるまいに、辛気臭い顔で酒を飲む若者が放っておけないらしく、中年二人は人生の先輩面をしてぐいぐい迫る。側から見ても非常に鬱陶しく、近くの席に着いていた他の客は巻き込まれずに澄んだことに安堵するように視線をそらしていた。

 左右からやかましい声で話しかけられ、先ほどよりも不機嫌さを増した表情になる若い男だったが、本人としても不満をこぼす相手が欲しかったらしく素直に口を開いた。


「この間…積荷を隣のケラルドに運んだときなんすけどね」

「あー…」


 観念したように若い男がこぼすと、二人の中年が思わず表情を変え、唸り声をあげる。偶然耳にしてしまった近くの席の客たちも思わず渋い顔になり、若い男に同情の視線を送った。

 貿易船に乗り、重く大量の積荷を運ぶ役目を担っている中年たちにとっても、若い男が関わったという隣国の連中とは因縁があり、忘られぬ記憶がこびりついていた。どう言い繕ってもいい方向に解釈できない、ほとんどトラウマといっても過言ではない忌まわしい記憶である。


「またあの連中……うちの仕事に文句つけやがったか」

「そうなんすよ! 言われた通りの品物運んだのに数が合わないとか中身が違うとか! その上こっちの扱いが悪いせいで積荷の質が落ちたとか言いがかりまでつけてきやがって…!」

「あいつら、俺らを勝手に目の敵にしてるからな……うちの国の繁盛ぶりに嫉妬して、てめぇらが仕事できねぇのを棚に上げてぐちぐち文句ばっかぼやきやがる」


 同じ海沿いに存在する隣国ケラルドも、ライデリカと似た商売を中心とした国家である。異なるのは国の長が王族であり、身分の低い平民は商売に深く関わることができない風潮があるという点、そして商いの繁栄振りがライデリカとは比較にならないほど低いということである。

 実力や才能の有無、高さに関わらず貿易を担うのは貴族が中心であり、平民は方針に一切口を挟むことができず、ただ奴隷のように雑用を命じられるだけだという。賃金も低く、能力の低い連中の商売は儲けも少ないため、ケラルドの財政は年々衰えていっているという話だ。

 しかしケラルドの商人達ははその事実を認めず、特産や希少な品物を取り扱っていることを盾に隣国や商売相手に高圧的な態度ばかりを取ることで有名だった。


「そんで、先輩と仕事してる時に陰から因縁ふっかけられて……俺思わずくってかかっちまって」

「…そんで揉め事にまで発展したと」

「手を出すつもりはなかったんすけど…あいつらが煽る上に小突いてくるもんでつい…」

「そうかぃ……まぁ呑め、あんな連中のことは呑んで忘れちまえ!」


 自身も相手を対等の存在として見ないケラルドの商人は嫌っているため、中年達は若い男の方をバシバシと叩いて乱暴に慰める。いつも間にか遠ざかっていた他の客も近くに寄って来ていて、やれ自分はこんな目に遭っただの連中のここが気に入らないなど、皆で混じって好き勝手騒ぎ始めた。

 頭脳も腕もないくせに、さも自分は優れた能力を持っていると誇張し周りを見下すケラルドの商人は周辺の国々の人々からも嫌われていて、被害に遭った者の気持ちは一つとなっていた。

 しかし商売に個人の感情論を混ぜるわけにもいかない上、貴重な商品を扱うケラルドを切ることもできないため、今のところこうして酒場でぼやくぐらいしかできないのだった。


「……そういやぁ、浜の連中も妙に辛気臭ぇツラしてなかったかい?」


 ふとそんな中、どこからか中年達に向かって尋ねる声が聞こえてくる。若い男と同じく、疲れ切った気だるげな声で、中年の男はこいつもかと道場の眼差しを浮かべながらため息をついた。

 辺りは愚痴る客達でかなりごった返していて、どこに座っているかはもう分からないが、この声の主も相当苦労を重ねているのだろうと相談に乗ってやることに決めた。


「ああ、あれはなぁ……ケラルドの馬鹿共とはまた違う問題だからなぁ。愚痴を聞くぐらいじゃどうにもならんだろ」


 何か月か前から起きたという、国の名産であった海産物の狩猟場で起こったという原因不明の異変。隣国の連中が起こす面倒ごととは異なるが、確かに国の運営に深く関わりかねない非常に大きな問題である。

 それを語る中年の男の表情は、どこか苦虫を噛み潰したような険しいものになっている。得体の知れないとはいえ、本当かどうかも分からないまゆつばもののはなしに踊らされて怯える自国の職業人について語るのは、身内の恥を晒すような屈辱を感じているのかもしれない。近くに座る他の客たちも、中年の男と同じような苦々しい顔になっていた。


「その話、よく知らねぇんだがどういうこった? あいつら何にビビってやがるんだ?」

「噂も聞いたことねぇか? 夜中に漁に出る連中が化け物に出遭っちまって、おっかながってうちに引っ込んじまってんのよ」

「それは聞いたことあるが……どんなおっそろしい化け物かって聞きてぇんだよ」


 声の主はそれほど長くこの地にいるわけではないらしく、より詳しい情報を求めて中年の男の方へ少し近づいてきたのを声の大きさで感じ取る。単なる噂好きからくる好奇心か、それとも今後の仕事のための情報源にしたいのかはわからないが、少なくとも意気地のない連中をバカにするような石は感じられない素直な声に聞こえる。

 なぜだか顔は見えなかったが、若者の愚痴を聞いたり質問されたりと頼られて気をよくしたのか、中年の男はやや機嫌をよくしながら背筋をただした。苦い表情もどことなく誇らしげなものに変わり、人が知らない情報を持っていることへの優越感を抱いているようだった。


「骸骨だよガイコツ……でけぇボロボロの海賊みてぇな船に乗った骸骨共が、カタカタ骨を鳴らせて笑うんだとよ」


 中年の男がそう答えると、声の主から訝しむような気配が伝わってくる。噂として伝わっている話の内容があまりにも子供騙しの安っぽいものに聞こえたらしく、本当にそんなことで漁師たちが怯えているのかと疑っているように感じられた。


「なんでぇ…そのベタな話は。ガキでも信じやしねぇぞ」

「でもよ、浜の連中のほとんどが見てる上に、中には実際に襲われたって言ってるやつもいるらしいぜ。聞いた話じゃ、そいつは今でも寝込んじまってるらしい」

「……襲われた、か」

「ま、仮にも海の男がそんな醜態さらしちまうなんて、俺でも恥ずかしくてうちにこもっちまうかもな。はははは…」


 いつもは豪胆な態度を見せる漁師達が、今や自宅で怯えてひきこもる姿でも想像したのか、中年の男は小馬鹿にするように肩を揺らす。とくに嫌っているわけではないが、以前の様子とのあまりの落差が妙に笑いのつぼに入ってしまったようで、周りの男達と共にけらけらと笑い転げていた。

 だがそんな中、中年の男とともに笑っていたほかの客の一人がふと我に返り、周りの席や卓の方を見やって不思議そうに首を傾げ始めた。


「ところであんた…誰と話してんだ」

「……あれ、今聞いてきたやつどこいった?」


 言われて男も我に返るが、先ほどから自分に尋ねてきていたはずの声の主は影も形も見えない。どれほど探しても、他の客たちに尋ねてみても、それらしい人物は一切見つからない。

 その場にいた客たちは、ぞくぞくと背筋を昇るように襲ってきた寒気に、見る見るうちに己の顔色を真っ青に染めていくのだった。



「……海賊、ね」


 ずるずると地面を滑り、あちこちから這いずり寄ってくる無数の黒い蛇。闇そのものに形を与えたかのような漆黒の鱗を持つそれらが、かすかな音だけを響かせて次々に魔女のスカートの真下に集まってくる。気だるげに佇むアザミのもとに集まったそれらは、彼女の影の中に消えるように潜り込んでいく。

 情報収集のため、無数に生み出し分散させていた分身が全て集まったことを確かめると、アザミは深いため息をついて肩をすくめる。分身から収集した情報を集め簡単にまとめてみたものの、労力の割に望んだほどの成果が得られなかったことがかなり不服らしく、重いため息がこぼれてしまう。

 すると彼女のもとに、急ぎ足で近寄ってくる弟子の足音が届いた。


「師匠、やっぱり漁師達が奇妙なものを見たのは確かみたい」


 無言で佇んでいるアザミのもとに駆け寄ったシオンは、最近購入した手帳に記入した聞き込み情報を報告する。最近購読した小説に影響されたためであろうか、完璧に仕事をこなせるできる女を気取ろうとしていたが、明らかに使い慣れていない様子だった。

 アザミは敢えてそれに気づかないふり、というか追及するのが面倒くさく感じたため、黙って弟子の報告を聞く。しかしやはりシオンが入手してきた事件に関わるとされる情報も、アザミが既に多くの酒場や商店通などで聞いてきた者とそう違いはなかった。


「真夜中に一緒に浜辺で遊んでたっていう若い男の人と女の人に聞いたら、確かに沖の方に大きな船の影が見えたって。…化け物かどうかまでは見えなかったみたいだけど」

「……その情報は確かに貴重だけど、あんたが尋ねた時その二人、居心地悪そうにしてなかった?」

「なんでわかるの…⁉︎」


 驚愕で目を丸くしながら後ずさるシオンだったが、言葉を失っているのはアザミも同じだった。真夜中に人気のないところで二人っきりでいたということに、そういう方面での全く想像力が働いていない弟子の鈍さにアザミは思わず頭を抱えてしまう。

 微妙に空気が読めていない弟子に物申したくなり、同時にそういうふうに育ててしまった自分自身の至らなさに情けなくなり、そして全く無関係な少女に二人きりの時間について根掘り葉掘り詳しく聞かれた男女に申し訳なさを感じてしまう。なるべく早くこの娘の欠点は強制しなくては、またどこかで同じような被害者が出てしまうだろう。


「……まぁいいわ。その辺は追々あんたを躾け直すことにするし。さて、これ以上聞いても似たような話しか聞けそうにないわね」

「結構有名な話らしいね、沖に出るガイコツを乗せた船って」

「……国としてはまだ若い部類に入るけど、人は長い間住み続けてきた土地だもの。そのくらいの歴史もあるわよ」


 アザミは煙管を取り出し、火をつけて煙を燻らせながら虚空を見やる。時刻はまだ夕方にもなっていない昼間、人通りも多くあちこちで動き回っていれば、否応がなく目立ってしまうのは明らかな明るさだった。

 ひとまず今の段階でできることは完了し、この時間帯ではできることはなくなってしまった。このまま時間をつぶすのも悪くはないが、ただ時間を浪費するだけというのも気に入らない。

 どうしたものかと考えこんでいると、情報収集を始めるまではやる気に満ち溢れていたシオンがやや青い顔でアザミの袖を引き、不安げな上目遣いで見つめてきた。


「それで……その…どうするの?」

「……これ以上国民に聞いたところで、もう大した情報は得られないでしょうね」


 しばし目を閉じ、方針を決めかねていたアザミは、不意にすぅっと煙を大きく吸ってから目を開き、ある方向を見やって煙を吐き出す。

 情報源として赴くことは考えていたが、それほど重要ではないと判断して後回しにしていた場所。特定の分野において膨大な情報を有するある人物が住まう家がある方を見やって、アザミは小さくため息をついた。


「……一応、顔を見せるついでに聞いてみるか」

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