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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
55/69

3:港の国の長

「申し訳ありませんが、事前にお話を承っていないお客様をお通しするわけにはまいりませんので…」


 まだ正午になる数時間も前に突然訪れたアザミに対して、受付を担う鳥人の女性は申し訳なさそうに頭を下げた。

 今回は非があるのはアザミであると言うのに、見ていて申し訳なくなるほどの腰の低さであった。謝罪されるアザミも、無茶なことを言っている自覚があるだけに、かなり気まずげに視線をそらしていた。


 商業国家ライデリカにおいて、販売経路のほとんどを牛耳っていると云われる商人ギルド〝龍鱗の旅籠〟。拠点である屋敷の大きさも所属する商人や職員の人数も、全てにおいて他の追随を許さない凄まじい規模の組織である。

 30年ほど前に突如現れた腕利きの女商人が漁師や商人達をまとめ上げ、一つの巨大な商業の組織を作り上げ、周辺諸国や海向こうの国々との貿易により国に巨万の富をもたらした。

 その恩恵にあやかろうと周辺国家以外の大国からも商人は来国し、現在もライデリカは急速な成長を続けている。今や、世界の商売の中心と評されるにふさわしいまでの知名度を誇っていた。


 魔女が訪ねたのは、その一国をまとめ上げた英雄にも等しき女商人であった。

 武力ではなく財力と膨大な情報網によりとてつもない力を得た彼女は、今や一国の主人と言っても過言ではないほどの権力と財力を兼ね備えており、そうそう簡単に部外者が面会できる存在ではない。

 今の彼女は商業に関わる世界で最も重要な立場にあり、最も忙しく、時間と労力に追われる掛け替えのない人物であった。思いついたように訪ねて会えるような都合のいい話があるわけがなかった。


「……まぁ、そりゃそうよね」

「こちらとしても、高名なアザミ様がいらっしゃったのに大したおもてなしもできず、大変申し訳なく思っているのですが……こちらも安全を考慮した上で職務を全うしなければなりませんので」


 ペコペコと頭を下げ続ける受付嬢の態度は少々行き過ぎのようにも思えるが、大した地位があるわけでもない、一般市民の身から今の仕事に就いた彼女にしてみれば緊張しても仕方のないことだった。

 言うなれば、一国の王のもとに同格の王が単身で訪ねてきたようなものであろうか。片方の王の配下にしてみれば、粗相をすれば自分のクビだけでなく国そのものに影響を及ぼしかねない存在であり、迂闊な態度など取れるはずもなかった。


「申し訳ありませんが、お名前だけ聞かせていただきまた日を改めてお越しいただくということで…」

「……そうね、無理を言って悪かったわ。でもとりあえずはーーー」


 最初から最後まで怯えるように縮こまっている受付嬢に苦笑し、アザミはふと考え込む。

 別に急ぐ旅でもないが、シオンが興味を示している以上大人しくしているとは思えないし、自分も異変についてはそれなりに気になる点もある。

 かといってここでずっと時間を取れるよう急かすのも憚られるため、少しだけ言伝を頼むことにした。


「……あの娘に『借りを返せ』って伝えておいて」

「は…?」

「……それだけ伝えてくれればいいわ」


 訝しげに眉を寄せる受付嬢を放置し、アザミはさっさと背を向けて出口に向かって歩き出した。困惑気味な視線を背中に感じるが構わず、あとは気長に反応を待とうとのんびり外に向かっていく。

 屋敷の外に出ると、どこか呆れた様子のシオンがじっとアザミの方を見つめているのが見えた。先ほどの伝言についても聞こえていたらしく、師に対してどんな感想を抱けばいいのかわからない様子だった。


「師匠がいろんな人に顔が広いのは知ってるけど……流石に多すぎじゃないかと思う」

「……別に自分で望んでいるわけじゃないんだけどね。何十年と生きてりゃ縁もできるわよ」


 弟子の不思議そうな眼差しを押しのけるように、アザミは気だるげなため息をついて通りを歩き、少し離れた場所の壁にもたれかかる。

 アザミの身長よりも高く、ちょうどいい日陰になる場所に陣取ると、腕を組んで軽くくつろぎ始めた。

 シオンもそれに倣い、居心地のいい涼しい影の下で佇んでいると、ふと魔女の目が先ほどまで自分が入っていた屋敷の中の方に向けられた。


「……こっちもこっちで対応に追われてるみたいね。前にきたときより慌ただしい音で溢れかえってるわ」


 師の声を聞き、シオンは自分も屋敷の方に耳を傾け、何か聞こえてはこないかと神経を研ぎ澄ませる。猿人よりも優れた聴力を誇る猫人の耳は、確かに屋敷の方からかすかに響いてくる人の話し声を捉えた。

 ところどころ小さくて聞き取りづらく、内容の理解に苦しんだものの、どうにか話の重要箇所である漁業の収入の低下による悪影響については理解できた。

 しかしそれも、これまで聞いてきた話とそう変わらない大した情報ではなかった。


「でも師匠、これだと情報なんて集められそうにないけど……待つ必要あるの?」

「……もうそろそろかしらね」


 もう耳を澄ます必要もないと、隣で佇むアザミに尋ねるシオンは、不意に魔女がこぼした小さなつぶやき首をかしげる。

 何か仕込んでいたかのような口ぶりだが、シオンに屋敷の会話は聞こえていたものの特に変わったことを言っていた記憶はない。それ以外の時間はずっと一緒にいたため、その間変わった行動をしていたわけでもないことは確認済みである。

 ますます不思議そうに眉間にしわを寄せるシオンは、ふと屋敷の中から飛び出し、慌てて駆け寄ってくる受付嬢の姿にギョッと大きく目を見開いた。


「お…お待たせしましたアザミ様! 頭領がお待ちですのでどうぞこちらへ‼︎」


 大きく肩を上下させ、整えた髪型もやや乱れさせた受付嬢の必死な姿に、シオンは驚きのあまり何度も受付嬢と魔女を交互に見つめてしまう。

 固く職務を全うしていた彼女に、ここまで狼狽させ割り込みを許可させる師の仕込み。現在国内で最も忙しい一国の主人に時間を作らせるような要素とは一体なんなのかと、シオンは改めてアザミを戦慄の眼差しで見つめるのだった。


「……ほらね」

「師匠、この国の長に何をしたの…?」


 別に自分が標的となっているわけではないが、今はただ師が恐ろしく怖い。

 一国の主人を顎で使える何かを所有している魔女が、たまらなく恐ろしく思えていた。


     ◇ ◆ ◇


「いや~…なごぉ待たせてすまんかったの。こっちもえろぅ厄介事を抱えちょって手が足りんのじゃ。許しとうせ、魔女様」


 アザミ達が案内された応接間。高価な家具で飾り付けられてはいるが、派手すぎて下品に見えないように考えられて配置されたそれらのうち、柔らかく座り心地のいい座布団に腰掛ける魔女とその弟子。

 そこへ軽い口調と調子のいい半笑い顔でやってきたのは、妙齢の黒髪の女性だった。

 長く、少しだけ癖のある髪を適当に後頭部でまとめた、やや大柄な体つきをしている彼女は、やや砕けた礼儀知らずな話し方だった。だがそれを思わず許してしまうような、一般的な美しさとは異なる不思議な魅力があった。


「けんど、魔女様がまた弟子を取ったっちゅう話には驚いたもんじゃが……これまた可愛らしい子を見つけよったもんぜよ」

「……とりあえずそのニヤケ面やめなさい。腹立つのよ」

「おっとしもうた。虫の居所が悪かったようじゃの、すまんすまん」


 望んでいた話とは関係のない話に進みそうになったところを、ギロリと睨みつけたアザミに止められ女ーーーサカモト・タツキはケラケラと軽快に笑う。

 小娘のように無邪気に笑うこの女性こそが、30年前にふらりと浜に現れ、恐るべき話術と知識によって漁師や商人達をまとめ上げた腕利きの女商人であるなどと、誰が想像できるだろうか。

 少なくともシオンはそんなことなど想像もできず、タツキを凝視したまま座布団の上で呆然と座り込んでしまっていた。


「ほいじゃ、本題に入ろうかの」

「……どうせわかってるでしょ。例の不漁の件よ」

「お~、話が早いの」


 ニヤニヤと何がおかしいのか、魔女とのやりとりが楽しくて仕方がないと言う風に、女商人は笑みを浮かべながら机越しに相手と相対する。

 その直後、タツキの纏っていた空気が全く別のものに切り替わる。柔らかい春の昼間の陽光のようだった雰囲気が、研ぎ澄まされた氷の刃を突きつける極寒の冬の中に変わったような、どんな印象を抱かせるほどに劇的な変化が現れていた。

 思わず背筋を伸ばし、ゴクリと息を飲むシオンだが、隣のアザミは微塵も臆した様子もなく、もったいぶったままのタツキをしらっとした目で睨んでいた。


「二ヶ月……いや、二ヶ月と半月くらいかの。年季の入った漁師が、揃いも揃って漁に行きとうないっちゅうてどいだち言うことを聞かん……おとろしい(恐ろしい)ちゅうてな。まっことずつない(情けない)ことじゃ」

「……恐ろしい?」


 漁師達のこぼしたという奇妙な言葉に、アザミは訝しげに眉間にしわを寄せてタツキを凝視する。

 考えてみれば、集落で見かけたおそらく漁師である男達やその家族の様子を思い返すと、何かに怯え続けていたことは確かである。

 隣でシオンがやや青い顔で頬を引きつらせていることも無視し、アザミが視線を向けてタツキに続きを促すと、タツキも神妙な眼差しを返して頷いた。


「いつも漁をしちょる沖にの……出るゆうがじゃき、おっとろしいバケモンが」


 表情の消えた顔で、冷たい氷のような雰囲気を放ちそう告げるタツキ。戯言や冗談などを言っている様子はない、そんな余裕など微塵も感じさせない声が、それを聞く者に恐怖を抱かせた。

 いつも通り気だるげなアザミは論外として、シオンはタツキの圧に押されて冷や汗をかき、背筋に震えを走らせていた。

 しばらくして、少しずつ顔色を悪くしていく魔女の弟子をじっと見つめていた女商人は、唐突にニヤリと口元を緩めた。


「ぷはははははは‼ わしも真に受けちゅうわけじゃなか。そう構えんでいいぜよ」


 勝手に乾き始める喉にひたすら唾を送り込んでいたシオンは、からからと快活に笑うタツキを見てようやく胸をなでおろす。あまりにも雰囲気の変貌したタツキもそうだが、語られ始めた話題が不気味すぎて居心地が悪くなっていたのだ。

 シオンの顔色が戻るのを確認すると、タツキは笑みを浮かべたまま前のめりになり、アザミから目を背けまいとするような体勢になる。ここからが最も重要な話だと言わんばかりに、アザミ達に向けられるタツキの目に力がこもっていた。


「じゃけんどみな、子供の頃に聞かされた昔話と重なるっちゅうての、てこにあわん(手に負えない)さんにかからん(役に立たない)

「……昔話?」

「わしもよぉ知らん。わしより前からこん海におる婆の方が知っちょるじゃろ」


 漁に出られなくなった漁師達のことを思い浮かべているのか、険しい顔で腕を組むタツキが深いため息をつく。今のところ国の財政に大きな影響が出ているわけではないが、迷信や言い伝えなどあやふやなものに左右される男達には辟易しているらしい。

 アザミは女商人が呟いた単語に興味を示したが、たつきにとっては商いに不要なものに興味はないらしく、望んでいた情報は得られなかった。やや不満げに目を細めたアザミは、やがて諦めたように肩をすくめ、懐から煙管を取り出し、慣れた手つきで火をつけ煙を燻らせ始めた。


「……で? こうして会う時間を作ったくらいなんだから、何か依頼があるんでしょう?」

「せっかちじゃのう…まぁよか」


 タツキはもう少し魔女との会話を楽しんでいたかったのか、もしくは自分が会話の主導権をつかんでいたかったのか、残念そうに唇を尖らせると膝の上で頬杖をつき、またため息をつく。

 そして一度咳払いをすると、意を決したように姿勢を正してアザミに向き直り、真剣な眼差しで魔女を見つめた。


「魔女殿に頼みたいんは……この噂の大元を探って断ち切ってもらうことぜよ」


 アザミは目を細め、タツキの依頼内容に探るような鋭い視線を返す。

 彼女の性格上、化け物の噂が事実であるとは考えてもいないのは確かだった。霊感がないとか実際に見た覚えがないとかそういうことではなく、そんな噂やデマが出回ったところで一切商売の役には立たないと切り捨てているからである。

 だが今彼女が口にした頼み方だと、件の騒ぎはそれに影響を及ぼす可能性があると告げている。根っからの守銭奴である凄腕女商人が懸念する事態として考えられるのは、今のところ一つしか思い浮かばなかった。


「……何者かの商売の邪魔があると?」

「そうじゃ、ライデリカは他の国よりもいそしいまっこと大きゅう国じゃ。……羨ましがる国は多い」


 実に腹立たしげにタツキは眉間にしわを寄せて呟く。

 商売が、というか金銭のやり取りが好きでこの業界に身をおいている彼女にとっては、正攻法でない姑息な手で楽しみの邪魔をされることが何よりも癪に触るらしい。方に触れる直前のギリギリの手を使ったことはあっても、明らかになれば国際問題になりかねないやり口は気に入らないようだ。

 あざみ野向ける視線が呆れた者になっていることに気付きながら、タツキはあえてそれを無視して話の続きを口にした。


「海の漢言われる連中じゃけんど…中には縁起を担ぐ者も少のうない。むしろそういう話にはめっぽう弱い節がある。特に長ぉ漁師をやっちょる者はの」

「……そこを突かれたってわけね」


 アザミは面白いほどに相手の策が効いていることを思い出し、面倒臭そうに煙管の煙とともに深いため息を吐いた。


 漁師というものは、量の技術の高さを求められるのは当然のことだが、同時に同じかそれ以上に運も求められる職業でもある。

 どんなに優れた狩猟技術を有していようとも、獲物に運よく巡り会うことができなければ途端に技術は無用の代物と化してしまう。遠距離の魚群を探知する技術や能力がない現在では、漁師の運によってより多くの獲物のいる場所に辿り着き、洗練された勘によって距離を詰め、鍛え上げた技術によって捕獲しなければならない。

 故に彼らは縁起を担ぐのだ。己らが最も実力を発揮できる機会に恵まれるように、それを邪魔する悪霊の類に取り憑かれないように。


 そうなると、タツキの言う通り騒ぎの元を絶たねば漁師達のやる気は戻ってはこないだろう。

 単に食べ物の恨みで口を挟んだだけなのに、思った以上に厄介な出来事に巻き込まれたものだと嘆き、アザミは思わず天井を仰いでいた。


「……そいつらの検討はついてるの?」

「まぁ、いくつかはの。……長ぉ繁栄を続けちょる国じゃ、他を出し抜いたり人を引き抜いたり恨みを買われることもある。その中でも手を出す勇気のありそうな連中に目星をつけちゅうきに」

「……じゃ、そっちは手を出さないでおくわ」


 悪知恵のきく商人を素人が相手取れば、逆に獲物として狙われ骨の髄までしゃぶり尽くされかねない。根本的な原因である連中にしおきできないのは腹立たしいが、餅は餅屋と割り切ることとする。

 アザミは吸い終えた煙管を机に置かれた灰皿の上でカツンと叩き、吸い殻を落としてから懐に戻す。そして少しの間考え込んでから、隣でなぜかまだ若干顔色の悪いシオンを促し、座布団から立ち上がった。

 魔女を見送ろうとしていたタツキは、ふと思い出したように慌てて立ち上がると手を伸ばし、背を向けたアザミを呼び止めた。


「ああ…報酬のことなんじゃが」

「……相場でいいわ。終わったら請求しに行く」

「ほぉかえ……なぁ、魔女殿」


 気だるげに返事をした魔女を、タツキはもう一度呼び止める。

 振り抜いたアザミは、困り顔で何処と無く照れ臭そうな笑みを浮かべたタツキが、躊躇いがちに口を開くのを待った。

 先ほどまでの自信満々で、やや不遜に見えた態度とは一変したしおらしい態度にシオンは困惑気味に、アザミは変わらぬ無表情で相対した。


「また……暇があったら飲みに行かんか? いい店ができたんじゃ」

「……遠慮するわ。行くわよ、シオン」


 勇気を振り絞って告げたような、熱のこもった誘いをアザミは一言で拒否し、目を見開いて振り向くシオンを連れてさっさと応接間を出て行ってしまった。

 後ろを歩くシオンに責めるような視線を向けられながら、振り向くことなく去っていくアザミの背中を、タツキもじっと見送る。また呼び止めようかと伸ばされた手が諦めたように下され、タツキは肩を落として座布団の上に座り込んだ。

 ぽりぽりと頭をかき、苦笑する彼女の目に浮かんでいたのは、悔やみと悲しみの感情だった。


「……煙管を吸う回数、増えちょったのぅ。これが終わったら、ほんに来てくれるんかの」


 もはや体の一部を弄ぶように咥えていた、年季の入った魔女の煙管を思い浮かべ、タツキはどこか寂しそうにため息をつく。

 灰皿の上から漂ってくる、清涼剤のような爽やかな香りが、以前あったときよりも数段濃くなっていることを確信しながら、タツキは片膝を立てて頰を乗せ、物思いに耽るのだった。


「いつからじゃったかのぅ……あの人が煙管なんぞ咥え始めちょったんは」

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