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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅲ章 護国の龍と亡霊の秘宝
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2:寂しい港町

「あ〜らあら、まぁまぁよくきてくれたねぇ! 汚いとこだけどゆっくりしてって! ほら座って座って!」


 店内に入ったアザミとシオンは、早速女将に大声で迎えられ、手厚くもてなされることとなった。

 返答する余裕さえ与えられることなく、二人は店の中へと背中を押され、厨房に近く眺めの良さげな場所へと座らされる。客の要望など一切聞き入れられてはいないが、女将の満面の笑顔からも分かる通り純粋な善意しかないため、口を挟むことも憚られてしまった。


「愛想の悪い旦那でごめんねぇ? 冗談の一つも言えない不器用な人だけどさ、料理の腕は確かだから心配しないでね?」


 やや表情を引きつらせているシオンを笑わそうとしてか、お上は聞いてもいない店主のグチを大声で漏らして自分で笑う。

 初めて会う種類の性格の人物を前に、シオンはあっけにとられて笑うどころではなかった。取り敢えず歓迎されていることだけは理解したため、女将の冗談に曖昧な笑みを返すだけにとどめる。

 上機嫌に奥に引っ込む女将を横目に、アザミは厨房に立った店主に小声で話しかけた。


「……あれ、あんたの伴侶? あんたが結婚するなんて思いもよらなかったわ。しかも前に聞いていた好みとは随分違うし」

「うるせぇ。黙って座ってろ、ババア」

「……ほんと、相変わらず口悪いわ」


 客を相手にしているとは到底思えない態度の悪さだが、アザミは慣れているのかもしくは気にする必要もないのか、表情一つ変えず席に戻る。

 種類は異なるが、それぞれ非常に個性的な性格の二人に圧倒されていたシオンは、店主との間になんとなく気安さを感じさせている師に不思議そうな視線を向けた。


「師匠、あの店主と知り合いなの?」

「……あいつも異世界漂流者(ドリフターズ)の一人でね。何十年か前にこの浜に流れ着いて、当時の漁師に弟子入りしてこの辺りで暮らすようになったの」


 アザミの簡単な説明で納得したのか、シオンは厨房で調理を始めた店主をじっと見つめて、少し新鮮な気分になる。

 シオンが知っている異世界漂流者(ドリフターズ)といえば、世間知らずの甘ったれとでも言おうか。常に誰かに助けてもらえることが当然とでも思っているような、そんなやわな性根の持ち主しか知らない。今の彼女は、自分の意思が通らなければすぐに不満ばかりこぼす、そんな脆弱な精神の持ち主しかあったことがなかったからだ。

 本当はもっと多くの異世界漂流者(ドリフターズ)と遭っているのだが、面倒さが優ったアザミはそれ以上語ることはなかった。

 シオンがじっと店主を観察していると、それを遮るように女将が前に割って入り、アザミとシオンの前に水の入ったコップを置いた。


「はいはい! 今日のお薦めは蛤だよ! このところ大きくて身がたっぷり詰まった貝類が沢山採れてね! たらふく食べとっておくれよ!」

「ん、どうも…」


 グイグイと押し付けられるようにメニュー表を渡され、シオンはやや戸惑いながらそれを受け取り、中の表記を確認する。

 つい異世界漂流者(ドリフターズ)である店主の方に注目してしまったが、ここは料理屋であり食事を楽しむことが第一の目的の場所である。人をジロジロ見ているばかりで注文もしないのは失礼に当たると気づき、シオンは恥ずかしそうに女将から目をそらした。


「…ん? んん?」


 いたたまれなさから、さっさと決めてしまおうとメニュー表に目を通していると、シオンの視線がある一点で止まる。

 橋が折れたり擦れたり、なかなか年季が入っているらしいメニュー表だが、表示されている料理の説明の何箇所かに黒線が引かれている。それも疎らに何品かではなく、食材に魚の肉が使われている料理の全てにおいて、提供不可を示す黒線が引かれてしまっていた。


「師匠……魚料理が黒線引いてある」

「……品切れなんでしょ。他に何か選べばいいじゃない」

「他って言われても……」


 アザミは大して気にとめていない様子で、自分は先に選択してメニュー表をおいていた。料理の内容はともかく、腹が膨れさえ擦ればなんでもいいと思っているような雰囲気だった。

 一方のシオンは不満げな様子でメニュー表を睨み、唇を尖らせて眉間にしわを寄せる。出せない料理をあらかじめ出せないと教えてくれることはありがたいが、それでもやはり残念さが溢れてしまう。

 険しい表情で黙り込んでいると、様子を見に来た女将がシオンの不満に気づき、申し訳なさそうに眉尻を下げて軽く頭を下げた。


「ごめんねぇ! 材料の関係でメニューのいくつかが出せなくなっちゃっててねぇ! 線の引いてないのならすぐに出せるから、ちょっとだけ我慢しておくれよ!」

「……完全に魚を食べる口になってたのに」


 思わず小さくぼやくと、それを聞いたアザミにごすっと軽く頭に拳骨を落とされる。かなり控えめな威力だったが、アザミの拳骨の硬さはかなりのもので、叱られたシオンはすぐさま頭を抑えて涙目になるのだった。

 目当ての料理にありつけず、叱られてふてくされた弟子を放置し、アザミは厨房の奥で黙々と作業に入る店主に声をかけた。


「……千次郎。最近はこの辺りは不漁なの?」


 アザミの問いに、店主ではなく女将の方が大きく肩を震わせ、明確な反応を見せる。表情こそ平静を取り繕おうとしているが、もともと嘘がつけないそんな性格であるのか、明らかに狼狽した様子を見せていた。

 それでも客に対して店の弱点を晒すような真似はしたくないのか、必死に顔に笑顔の仮面を貼り付けてアザミに向き直った。


「え、えっとねぇ…そういうわけじゃないんだけどねぇ……」

「まぁ……不漁じゃねぇが海で獲物が獲れなくなっちまってるのは確かだな」

「あんたっ…!」

「隠す必要もあるめぇ……どうせ、よその国じゃみんな知られちまってる事実だ。知りたきゃ詳しく教えといてやりゃいいだろう」


 懸命に隠そうとした女将の意地を押しのけるように、あっさりと口を開いた店主に女将が慌てて詰め寄る。彼女も客に対して嘘やごまかしを口にすることに抵抗がなかったわけではないが、店の問題をわざわざよその人間に教えて不安を抱かせるような真似もしたくなかったのだ。

 アザミは店主に向けてごにょごにょと小さく不満をぶつけている女将を放置し、面倒臭そうに目を細めながら包丁を操る店主にさらに尋ねる。


「……いつから?」

「大体二ヶ月前だな……」

「……他の店も同じ?」

「店どころか、市場そのものにさっぱり出てこなくなっちまったよ」


 問えば悩むそぶりも見せずに鍛えてくれる店主の態度に、アザミはふむと顎に手を当てて考え込む。

 店主の声や口調に、不測の事態に対する不安や戸惑いなどは感じられない。この一件についてはそれほど厄介な問題ではないと思っているような、そんな軽さが感じられるものだった。

 ただ楽観的に構えているわけではない。何か些細なきっかけさえあれば片付く、そんな予想を立てているようだった。


「……不漁のせいじゃないなら、理由は知ってる?」

「一応はな……だが正直、身内の恥を晒すようなもんだからな、あまり言いたくはねぇ」

「……ふぅん」


 アザミの問いに、店主は苦虫を噛み潰したような険しい表情になる。身内というのが誰なのかは、店主がちらりと向けた方向を見れば大体察しがついた。

 視線が向いている、漁師たちが住んでいる住居が並ぶ集落を見やり、目を細める。そして次に机の上に突っ伏して項垂れ、腹の虫を盛大に鳴らしているシオンを見やり、アザミは小さくため息をつく。


「……取り敢えず、腹に溜まるものでも出してくれる?」


 何をするにしても、まずは空腹を満たすことから始めよう、とアザミは店主に注文を渡すのだった。



 それから十数分後、腹を満たしたアザミとシオンは食事処を発ち、漁師達のいる集落へと向かっていた。

 目当ての魚料理を堪能できず不満をこぼしていたシオンだったが、代わりに店主が用意した定食は十分美味であったためか、すっかり上機嫌でアザミの前を軽い足取りで歩いている。

 弟子の現金さに呆れるアザミは、食事処のあった街よりも輪をかけて静かな街に険しい視線を向ける。先ほどの町の静けさが開店前の商店街なら、この集落の静けさは無人の死んだ町(ゴーストタウン)のものだ。


「さっきから思ってたけど……向こうと全然人通りが違う」


 美食の余韻に浸っていたシオンの目が集落に向けられ、訝しげに眉間にしわが寄せられる。キョロキョロと辺りを見渡し、集落から一切の人間の気配が感じられないことに不思議そうに首をかしげる。

 ふと振り向き、国に入ってすぐに目にした商店街がある方向を見やれば、いまでも騒がしい人々の声が聞こえてくる気がする。集落の静けさが目立つ分、一つの国でここまで違いが出ることがますます奇妙に思えた。


「こんなに寂しいことになってるのに、あっちの街は賑わってるんだね」

「……この国の財源の中心は、今は漁業じゃなくて海の向こうの国との交易だもの……少なくとも今の所は困らないのよ」


 国が興った当初は漁業が中心であり、大切な生活のための手段であったが、航路や流通路が整備され造船技術も進んだ今はそれ以外の事業が主な収入源である。国内で採れる数に限りのある海産物よりも、海外から卸す珍しい商品や大陸では手に入らない代物が重要視されるのも当然だった。

 ライデリカの名産が海産物であるのは確かだが、多少漁業に問題が生じようとも国の現状を見れば大した打撃にはならないのである。それも、まだ数ヶ月ならば尚更のことだった。


「……ただまぁ、せっかく来たのに好きなものが食べられないのは、腹立たしいわね」


 とはいえ、アザミもシオンと同じく、しかし弟子よりも長くライデリカの食事処の魚料理を楽しみにしていたのは確かだった。

 あてもなく彷徨う長旅の中でたまに遭遇する上等な食事や特別な催し。そういったあまり日常の中にない喜びを味わうことは、アザミにとっても掛け替えのない楽しみの一つだった。

 それが一つ、理由もわからずお預けを食らわされたままでは、文句の一つも言いたくなって当然だった。その原因が、自分が嫌いな人間にあるのならさらに恨みは強かった。


「……ちょっといいかしら?」


 アザミは漁師達の集落にたどり着くと、適当に選んだ家の扉を叩いて住人を呼び出す。不満が声に出てしまったようでかなり不機嫌そうな柄の悪い声になってしまったが、気にせず続けて戸を叩いて呼びかけ続ける。

 しばらく待っていると、建て付けが悪いらしい戸がガタガタと音を立てて開かれ、一人の禿頭の男性が顔を出し、アザミに不審げな眼差しを向ける。

 どうみても歓迎的ではない彼の目には明らかに、見慣れない魔女に対する疑いと不安が表れていた。


「な、何の用でい…」

「……最近、この辺りの漁師が海に出たがらないって聞いてね、一言文句を言いに来たのよ」


 じろじろと不躾な視線を受けながら、特に胸のあたりに重点的に視線を感じながら、構わずアザミはさっさと本題をぶつける。自分の感情で動き、首を突っ込んだ厄介事だが、アザミの中には面倒ごとを早く終わらせたいという怠惰な感情があった。

 すると漁師の男性はあからさまに表情を歪め、ばつが悪そうにアザミから目をそらしてしまった。己が仕事を全うしないことを真正面から咎められ、自分の家にもかかわらず居心地が悪くなったようだ。


「……散々この辺りの海は自分たちの縄張りだって言って、大口を叩いてきたあんた達が仕事を放り出すなんて、ちょっと情けないんじゃないかしら?」

「お…お前に何の関係があるってんだ!」

「……それはそうだけどね、側から見ていて腹がたつのよ」


 ちらりとアザミが視線をずらせば、家の奥には子供を抱いた女性の姿ーーーおそらくは漁師の男の妻と息子の姿がある。

 突然訪問してきた魔女に少し怯えた様子を見せる親子の体は、栄養が足りていないらしくかなり痩せて見える。子供はまだましな状態に見えるが、母親に至ってはいつか倒れそうに思えるほど骨が目立つ姿になっている。

 それを見たアザミは、漁師の男に鋭く責めるような視線を向けた。


「……大の大人が、それも海の男が何に怯えてんのよ?」


 護るべき家族がいるのに、身を粉にしてでも養わなければならない子供がいるのに、唯一の仕事である漁を放棄して家で籠りきり外にも出ない。それが情けなくて仕方がなかった。

 この辺りの海は比較的穏やかではあるが、油断すれば予期せぬ大波で船が転覆し、運が悪ければそのまま波に沖まで攫われて溺死することもある。または肉食の魚に食われて帰らぬ者になることもある。そんな危険な狩場に挑むのが、海で生き海で死ぬと豪語してきた漁師達である。

 しかし目の前で目を伏せ、視線を逸らしているこの男は、そんな勇敢な男とはとても思えなかった。


「か…帰ってくれ! あれに関しちゃ何も話したくない‼︎」


 漁師の男は吐き捨てるように告げると、アザミが止めるよりも前に戸を閉めてすっかり閉じこもってしまう。

 小さくため息をついたアザミは、ふと集落の他の家々にも視線を向け、呆れたように目を細めた。

 あたりに並ぶ漁師の家々の窓辺から、いくつもの探るような視線が送られている。おそらくは先ほどのやりとりを聞いていたのだろうが、あまりに不躾な視線にアザミはやや不機嫌になり始めていた。


「お、おらはもう漁なんて行きたくないだ…! おっそろしくてしかたねぇ…!」

「呪われんのは…取り殺されんのはごめんなんだよぉ‼︎」

「くわばらくわばら…!」


 それぞれ漁師らしい男達は、魔女に覗いていたことを気付かれるや否や、慌てた様子で家の奥に向かい、気配を消すようにまたしんと黙り込んでしまう。

 何が原因かさえも教えてくれないために、すっかり怯えて縮み上がってしまった男達に、アザミは深いため息とともに小さく舌打ちする。何か少しでも情報を得られればと思っていたのに、話すどころか顔を合わせることさえできなくて苛立ちが募る。

 何より腹立たしかったのは、先ほどの男性と同じように食わせなければならない家族の気配があちこちから感じられるのに、漁師の尽くが怯えて身を潜めてしまっていることだった。


「……ほんっと、情けない」


 アザミは吐き捨てるように言い、見切りをつけたように振り向くことなくその場から歩き出す。

 背を向ける魔女に、漁師達から悔しそうな視線がぶつけられるが、会話の必要性さえ感じられなくなったアザミはもう視線を向けることもしない。

 アザミは広めの足取りで、強めに地面を踏みしめながらシオンの前を通り過ぎる。シオンが立ち尽くしたまま固まっているのに気づくと、軽く肩をすくめて弟子の方へ振り向いて呼びかけた。


「……いくわよ、シオン」

「こんな調子じゃ、どこの家に行っても詳しく教えてくれそうにないけど…?」

「……もうあの腰抜け共に頼るつもりはないわよ」


 早足のアザミにおいていかれないように必死に足を動かすシオンは、集落の漁師達を何度も振り返りながら尋ねる。当の本人達から話を聞かずして、一体どこから情報を集めるつもりなのか、と。

 ややあってからアザミは立ち止まり、気だるげな視線をとある方向へ向け、それだけで弟子に答えを示す。

 シオンは首を傾げ、アザミが見据えている方向と同じ方を見やり、やはりわからなくて眉間に深いシワを刻み込ませた。


「……国の一大事に一番詳しい奴は、他にいるでしょ」


 そう告げたアザミの視線が向かうのは、海外からの訪問者や自国の人間など多くの人で賑わう商業地区。

 その人通りが最も多く、最も大きな建物が佇んでいる場所だった。

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