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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
51/69

エピローグ:この刃を捧ぐ

 朝靄の街の中を、黒い鎧の大男が一人黙々と歩き続ける。かすかな金属音を足音に、少しだけ疲れた様子を漂わせながら人影一つない道を無言のまま歩き続ける。

 街に住む人々は賢者の姿を見る事はない。彼がつい数時間前、国を揺るがす大事件を引き起こした黒幕と単身で相対し、一人の犠牲も出すことなく排除したことなど、誰も知らない。誰にも知られないように、賢者はたった一人で行動していた。


 彷徨うように歩き続けた賢者は、やがて誰の目にも留まらぬままに城へ辿り着き、唐突にずるりと己の姿を溶かす。まるで液体になったかのように賢者の体は形を失い、石畳のわずかな隙間を通って地下深くへと潜りこんでいく。

 そうして普通の人間には不可能な侵入経路をたどり、巡回する兵士たちにも見つからないまま、賢者は城の地下深くに造られた牢獄に到着する。ずるずると地面を滑り、起き上がって形を取り戻した賢者が立っていたのは、一人の魔女が収監されている牢獄の中だった。

 食らい一室の隅で壁に凭れ掛かり、一切身動ぎすることもなく目を閉じている眼帯の魔女の目の前に、賢者は静かに跪いた。


「終わったぞ、ようやくな……」


 仕事の途中にも出したことのない、気遣わし気な穏やかな声で、賢者は魔女に語り掛ける。

 魔女からの反応はなく、呼吸による肩の上下さえもなく無言のまま眠り続けている。オレンジ色の松明の灯に照らされていてもまだ白く見える肌は瑞々しいままだが、そこから感じられる生命の脈動が一切感じられない。

 勘のいい人間ならばきっと気付くだろう。賢者の語りかけている魔女は、ただの死体でしかないことに。


「待たせてすまなかったな……お前がくれた大事なものなのに」


 賢者もまた、魔女の死体に語り掛けているわけではない。魔女の肉体にかつて宿っていた存在に届けようとするように、優しい声で詫びる。

 魔女の艶やかな髪を撫で、乱れた個所を直そうとする姿は娘を見守る父親のようにも見え、異様な光景とは裏腹に穏やかな時間が流れる。しかし次第に、魔女を見つめる賢者の赤い目には、深い後悔と不甲斐なさが滲み始め、魔女の髪を撫でていた手が離れて固く握りしめられた。


「お前の肉体を借りなければ、俺は物を見る事も、匂いを嗅ぐことも、音を聞く事も、飯を味わうことも、何もかも感じることもできなくなる……あのクソガキがやらかしたせいでな」


 賢者はおもむろに立ち上がり、魔女を見下ろして忌々しげにつぶやく。今にも目覚めそうなほどに美しい、永遠の眠りについている魔女に対する申し訳なさを抱きながら、賢者は魔女の影に向かって一歩踏み出した。

 途端に賢者の姿が再び形を失い、どろりと溶けて崩れ落ちていく。口もなくなっているのに、虚空に向かって紡がれる賢者の声少しも変化する様子はなかった。


「できる事なら…一刻も早くお前にこの肉体を返さねばとは思うのだが、今のおれにはまだやらねばならぬことが多すぎる。……もう誰かと関わることはやめようと、そう思っていたのにな」


 魔女の影の中に、賢者の姿が完全に吸い込まれて消えていく。水面の波紋のようなものがやがて消えていくと、魔女の肉体に少しずつ反応が見られた。

 血の気を失っていた青白い肌には血が通い、健康的な赤みと温もりを取り戻す。微かに浮かぶ血管は心臓から送られる血潮により脈動し、豊かな胸が再開された呼吸によって上下を始める。

 やがてぴくぴくと震えた魔女の―――アザミの瞼が億劫そうに開かれ、いつも通りの気だるげなため息が零れ落ちた。


「……ほんと、我ながら情けないわ」


     ◇ ◆ ◇


(……某は、これからどうなるのだろうな)


 アザミやシオンのいる牢獄とは違う、より重大な罪を犯した罪人を収監するための一室で、鎖でつながれたセツナは自問する。

 国を揺るがし、世を再び混沌に陥れようとした悪人に騙され、乗せられ、その悪事の片棒を担がされた挙句、こんな惨めで情けない姿を晒す。

 何と滑稽なことであろうか、と思わず笑みがこぼれてしまう。


(だが…それが某には最も相応しいのかもしれぬな。こんな……馬鹿で愚かで、考えなしで、何の覚悟もできていなかった某のような者が迎えるには……)

「…おい、出ろ」


 真実を知ってから幾度となく繰り返した、自分自身を嘲笑う行為にふけっていたセツナは、松明に照らされながら姿を現した兵士の声でぼんやりと顔を上げた。

 目の下に大きな隈をつくった兵士は、ガチャガチャとろうの鍵を開けるとセツナを連れ出し、繋いだ鎖を手状に交換させてからセツナの背中を押して歩き始めた。その間セツナは一切抵抗することはなく、時折苛立たし気に背中を小突かれながら促されるままに歩き続けた。


「まったく……お前のせいでとんだ騒ぎになっちまったもんだぜ。しかもよりによって…俺達はあの魔女殿に恨みを買っちまったかもしれねぇじゃねぇか。どうしてくれるんだよ」

「…………」


 この兵士はどうやら、一晩中闘技場内を逃げ回ったシオンを捕えるために不眠不休で働き続けていたらしい。そん原因の最たる者であるセツナに対する敵意は尋常ではなく、時々すれ違う他の兵士たちも咎めるような視線を送ってきていた。

 セツナは向けられるその視線を、目を逸らすことなく受け止め続けていたが、やがて立ち止まると後ろにいる兵士に向かって問いかけた。


「……一度だけ」

「あ?」

「一度だけ……あの方々にお会いすることを許してくれるのなら、某が誠心誠意謝罪する。貴殿らが咎めをうけぬよう、全力で懇願する。……それは、許されぬのだろう…?」


 兵士はセツナの問いに答えることはなく、しばらく黙りこむとまた背中を押して歩くように促す。

 セツナは当然の反応に苦笑し、それでも聞いてくれただけでも優しいものだと、少しうれしそうに表情を綻ばせた。



 自分の執務室の窓辺に腰かけ、瓶から盃に中身を注いでトモナガは寛ぐ。

 大会中に纏っていた礼服は脱ぎ捨て、今は完全に私用のための簡易な衣服を身に纏っている。目下の役目を終え、見栄えは良くても窮屈である公的な衣装をようやく脱ぐことができたトモナガは、やや晴れ晴れとした気分で窓の外を見下ろしていた。

 そんな彼のもとに、執務室の外から遠慮気味に戸がたたかれる音が響いた。


「トモナガ様……件の娘を連れてきました」

「……入れ」


 主から反応をもらったトモエは、丁寧な手つきで扉を開くと自分はわきに寄り、牢から連れて来たセツナの姿をトモナガに見せる。兵士に目配せし、セツナの背を押して室内に入らせると、上から押さえつけて無理矢理畳の上に座らせた。

 後ろ手に手錠をつけられ、背後から兵士に睨まれるセツナを見つめたトモナガは、窓辺に座ったまま深いため息をつき、トモエと兵士に向かって短く告げた。


「お前らは下がれ」

「⁉ で、ですが……」

「くどい。…下がれと言っている」


 一度命を狙った慮外者を一緒に置くことなどありえないと、即座にトモエと兵士は命令を拒否しようとするが、トモナガはじろりと二人を一瞥して反論を封殺してしまう。トモナガの有無を言わさぬ声にトモエと兵士は躊躇いながらも渋々応じ、自分達の主に向かって一礼してからその場を発った。

 残されたセツナは、すっかり以前の覇気を失ってしまい、居心地悪そうに目を伏せたまま座り込んでしまっている。トモナガが何もせず、ただじっと見つめてくる理由を理解することができず、しばらくの間奇妙な沈黙が続いていた。

 やがてトモナガは、口元ににやりと意地の悪い笑みを浮かべて声を発した。


「とんだ目に遭ったものよな。お前もあいつも…どうだ。俺が慰めてやろうか?」

「……貴殿がそう望まれるのなら、某のこの身、いつでも捧げまする」


 揶揄うようなトモナガの台詞に、セツナは硬い表情のままか細い声で返す。

 どこか投げやりというか、成り行きを全てトモナガに任せようとしているような、全てを諦めた雰囲気のセツナに、トモナガは落胆した様子で目を細める。

 望んでいた反応と異なっていたようで、少々物足りなさそうにため息をつく彼に気づくことなく、セツナは拘束されたままトモナガに向かって深々と頭を下げた。


「どれほど頭を下げても、腹を斬っても侘びきれないことは重々承知しているでござる……しかし、しかしそれでも……」


 いくら謝罪をしようとも、一国の王を殺めようとした罪が軽くなるわけがない。トモナガの命を狙う第三者に利用されていたとしても、セツナがトモナガに自分勝手な逆恨みを抱き殺意を向けたのは変わらない事実。

 どんな結果を迎えようとも、自分の首を落とされようとも、せめて今自分が抱いている後悔を伝え、誠意を見せることをやめるわけにはいかなかった。

 そうして額を床につけたまま、じっとトモナガの返答を待ち続けていたセツナに向けて、トモナガはしばらく閉ざしていた口を重々しく開いた。


「……前に俺が言った、あいつが愚か者だという言葉。今でもそれに偽りはない……今でも、俺はあいつが愚か者だと思っている」

「……‼」


 セツナは臥せったまま、耳に届いた言葉に怒りを再燃させて身を震わせる。

 やはりこの男は敵だったのか、自分と戦っていた時に見せていた姿は偽りだったのか、あの時見せた真っ直ぐな眼差しは虚構だったのか。そんな思いが再び自分の中に溢れて、思考が埋め尽くされそうになる。

 思わず顔を上げ、トモナガを睨みつけたセツナ。だがその目は、すぐに困惑に変わる。


「見ろ。ここからの景色を」


 トモナガはその横顔に、どうしようもない淋しさと愁いを帯びて頬杖をついていた。

 朝の淡い日差しに整った美丈夫の顔が照らされる、一枚の姿絵になりそうな光景に見とれていたセツナは、どうにか正気を保ちながら言われた通りに窓の外に目を向ける。

 見えているのは、ヤマトの国に来てから何度も見てきた街並みと人々の姿。宿屋や飯屋、その他多くの商店が並ぶ通りには活気があふれ、広場には子供たちの甲高い歓声が響いている。そして笑いあっているのは皆、異なる外見を持つ互いに他人種と呼ばれる者達。

 姿や形、大きさも異なるというのに彼らの間に隔たりはなく、誰も敵意を抱くことなく笑顔を溢れさせている。

 それが、当たり前の光景として広がっていた。


「様々な種族が互いの違いを認め合い、敬い合い、ヤマトという国を作り上げている。あれは今後、もっと大きく育つだろう……俺の存在がいずれ消えてなくなろうとも、新たな王を立てて大きく強くなるだろう。……あいつが望んでいた未来だった」


 セツナは小さくつぶやいたトモナガに振り向き、ハッと息を呑んだ。

 輝かしい栄華に彩られた己の国を見下ろすトモナガの眼には、潤み輝くものがあった。

 それは、己が長い年月をかけて作り上げた、最高傑作といっても過言ではないものを満足げに見つめる眼差しであり―――その喜びを共有することができない寂しさによるものだった。


「馬鹿野郎が………死ぬのなら、今のこの光景を見てから―――死ね」


 王となった男は、目の前にあるこの光景を自分よりも待ち望んでいた男が隣にいないことを悔やみ、嘆いていた。

 彼が最も欲しがっていた、友と共に過ごす時間を永遠に失われたことに対する悲しみの中に、トモナガは常に立ち続けなければならなかった。


 名誉はいらない。地位も権威も、名前ばかりの張りぼては何もいらない。

 今自分が立っているのは、無数に積み重ねられた同志たちの亡骸で作られた礎の上。血と泥と灰に汚れたそれを、輝かしい今と未来という名の化粧で隠した見せかけの平穏。

 それでもそこにあるのは、自分や友が長く夢見てきた暖かな光景だった。

 それを彼は、自分の眼に刻む前にこの世を去ってしまった。輪郭もおぼろげで不確かなその未来を創造するために、彼は全てを同志たちに託し、自らがその土台となるためにその身を投げ出した。

 友長にとってそれは、愚かしいこと以外の何物でもなかった。


「……めん、なさい」


 ぽたぽたと、畳の上にいくつもの雫が滴り落ちる。

 背を丸め、己が体を振るわせるセツナはただ、自分の情けなさに涙が止まらなくなっていた。

 何も知らなかった自分が、父やその仇と思っていた男の抱いていた痛みや覚悟を知らなかった愚かな自分が許せなくて、締め付けられる自分の胸の痛みにただ、震えるばかりであった。


「申し訳……ございません………ごめん、なさい…………父上……‼」


 敗北した復讐者からただの少女に戻り、泣きじゃくる戦友の忘れ形見を、東の魔王はただ静かに見下ろし、笑みを浮かべていた。


     ◇ ◆ ◇


「酷い目に遭った…‼」


 ガシャン、と開かれた国境の門の前で、ぐったりと疲れた様子のシオンが思わずぼやく。

 それを呆れた目で見下ろしていたアザミは、自身も感じている疲労感に肩をすくめた。この弟子が疲れているのはところどころこの娘自身が間接的な原因になったせいもあるのだが、それを考えても今回は厄介な事件に巻き込まれたように思う。


「……考えてみれば、今回一番割を食ったのはあんたかもしれないわね。私はさっさと切り替えて捕まってたし、あんただけよね……ほとんど半日逃げ回ってたのは」

「なんか納得いかない……」


 ただ生活費が欲しかっただけなのにどうしてこうなった、と天を仰いで非運を嘆く弟子を見て、アザミはまたしても深いため息をつく。

 途中のお節介は完全に自業自得だが、シオンはシオンで今後の生活のことを考えての行動だったのだ。あまり頭ごなしに??りつけるのも間違っていると思うが、それはそれとして軽率な行動は控えるように教えなければとも思い、アザミは面倒くさそうに目を逸らした。

 その逸らした目が、門の影で身を潜めているもう一人の少女に向けられた。


「……で? 何か用なの?」


 鬱陶しそうなアザミに問われ、見破られたセツナがびくっと肩を震わせる。先ほど門が開かれる前からちらちらと姿が見えていたのだが、近づこうとしては躊躇うといった奇行が苛立つために放置していたのだ。

 セツナは今回の事件において、国主の命を狙った不埒な者達に利用された憐れな被害者と公表され、執行猶予付きでそれほど長くない懲役を科せられた。

 これほどの事件を引き起こしたものが死罪でないなどありえない、と物申すものがいなかったわけではない。だが暗殺対象であった当の本人がその結果を強く望んでいることもあり、セツナも傍から見てもわかるほどに反省している様子であるために押し通された。

 経緯はどうあれ、友達が命に係わるほど重い罰を受ける必要がなくなったことに、シオンはほっと安堵で胸をなでおろしていた。


「…あ、あの…」


 しかし原型を受けた本人は、いつまでたっても親友のもとに近寄ろうとはしない。いや、できない。

 自分の考えなしの行動が多大な迷惑をかけ、挙句の果てに罪のない人間を殺めようとした自分が、どの面下げて声をかければいいのか。そんな迷いがセツナにはあった。

 だがシオンは、そんな葛藤など知ったことではないとずんずんと近づき、真正面からセツナに向かい合う。慌てて逃げ出そうとすればその前に両手を掴まれ、目を逸らそうとすればがっしりと頬を掴まれる。

 もはや散々罵倒され、絶縁を告げられることは避けられないと覚悟を決めた時、シオンは悲し気に眉を顰めてセツナを見つめ始めた。


「し、シオン殿…」

「……抱えてるものがあるなら、もっと早く言ってほしかった」


 告げられた言葉に、シオンはハッと目を見開く。

 シオンが抱いていたのは怒りなどではなかった。ただ無茶をし続ける親友のことを一途に想い、無事でいてくれることを願い続けてくれていた。どれだけセツナが、その胸の内に醜い殺意の炎を宿していようとも、自分の前に友人として戻ってきてくれることを望んでいたのだ。

 唖然とした様子で立ち尽くすセツナの両手をもう一度掴み、今度は優しく包み込むようにして、真剣な目でセツナの眼を覗き込んだ。


「困ってるときに助け合うのが、友達だって聞いた。……セツナは私のこと、そう思ってなかったの?」

「……‼ シオン殿……」


 セツナの目じりに、見る見るうちに涙が溜まっていく。懸命にこらえようとする少女は、抵抗が何の意味もなさずに決壊し、雫がボロボロと零れ落ちることを情けなく思う。

 あまりに優しく純粋で、お人好しで、眩しすぎる親友にを前にして、セツナはぶるぶると肩を震わせ、シオンの手を固く握り返すことしかできなかった。


「申し訳ない……そして、ありがとう……‼ 其方のお陰で…某は過ちを犯さずに……」

「礼は……またいつか会った時にでも」

「はは……どうやって返せばいいか、見当もつかぬな。……だが、必ずこの恩は返すでござる」


 美しい少女たちの友情を、アザミは相変わらずの渇いた目で見やりやがて目を逸らす。興味が失せたとか見ていられなくなったというより、自分には関係がないことだと斬り捨てるような、そんなあっさりとした反応だった。

 セツナは一人佇むアザミに目を向け、先ほどよりもしっかりとした姿勢で頭を下げる。シオンに勇気をもらったのか、面倒ごとに巻き込んでしまった魔女に全力の誠意を見せようと必死になっていた。


「アザミ殿も……この度は」

「……どうでもいいわ」


 しかしアザミは、途中でセツナの謝罪を遮断して背を向ける。

 呆然と立ち尽くすセツナとシオンにそれ以上目を向けることなく、アザミは気だるげにあくびをこぼしながら門の外へとさっさと歩き去って行ってしまう。


「……じゃあね、今度また似たような事やらかしやがったら……その時は普通に潰すわよ。せいぜい、今後の身の振り方でも考えておきなさい」

「師匠……。じゃあ、セツナ。元気でね」

「あ、…ああ。シオン殿も、どうかお変わりなく」


 寂しげにアザミとシオンの背中を追うセツナだったが、これが本来あるべき反応なのだと思い直す。彼女が受けた苦痛や疲労を考えれば、罵倒されたあげく殴られたとしても文句は言えない。

 別れの言葉をもらえただけでも喜ぶべきか、とセツナは苦笑をこぼしながら、遠く見えなくなっていく二人の魔女たちをずっと見送っていた。

 そんな彼女を見つめていた、もう一人の男が小さく鼻で笑った。


「…フン。相変わらず不愛想な奴だ」

「! と、トモナガ……様」

「見送りに来てみれば、気付いていたくせに待つ素振りも見せずにさっさと出て行っちまうとは……可愛げがない上にせっかちな奴だ」


 もう豆粒ほどの大きさにしか見えなくなってしまった二人組の背中を、トモナガは呆れたように語りながら見送る。口調を聞く限り、トモナガと魔女はかなり深い縁の様だが、別れ際の態度はかなりあっさりしたものに見える。不思議な関係であった。

 トモナガはアザミたちの姿が見えなくなると、深いため息をついて肩をすくめる。その目が、隣に立ち尽くすセツナに向けられた。


「お前もいずれ旅立つのだろう? おれは一向にかまわんが……さっさと方針を決めてもらわねば、下の奴らがうるさいんでな。決断はなるべく急いでくれるか」


 セツナは思わず、びくりと肩を震わせる。自分はまだ、罪が許されたわけではない。自分自身も許せたわけではない。

 ずっと敵を討つことだけを考えて生きてきた彼女にとって、それを果たした後のことなど考える必要もない事だった。それ故に敵を討つこともできず、鍛えた力の使いどころも失ってしまったセツナは、自分に課された贖罪を果たした後のことも考えることはできなかった。

 ―――トモナガに出遭うまでは。


「……何だ?」

「…貴殿に対し刃を向けた某がこのような寛大な処置を受けていること自体、恵まれていることと十分理解しているつもりでござる」


 トモナガは、不意に自分の足元に跪いて来たセツナを見下ろし、冷たい目を向けて問う。

 しかしその口元には、顔を伏せるセツナには見えないように笑みが浮かべられていて、彼が待ち望んでいた展開が起こっていることを表していた。

 それに気づかないセツナは、先ほどとは打って変わってしっかりとした真っ直ぐな目で地面を見つめ、真剣な声音でトモナガに告げる。


「しかし……もし某があと一つだけ、貴殿に対し聞き届けていただきたい願いがあるとして……貴殿はそれを、受け入れていただけまいか」


 頭上から感じるトモナガの視線を、セツナは背中全体で受け止める。

 セツナの抱いている覚悟を、その想いの強さを確かめるような、そんな視線の強さを感じながら、セツナは己の今生最大の願いを口にした。

 その先に待つ未来を想像し、強く望みながら。


「某のこの身、この命、この腕、この力、髪の毛の一本に至るまで、貴殿に捧げたい……そう思っております―――この身を刃とし、全て捧げたく存じまする」

「……お前にはまだ、言っていなかったことがあったな」


 セツナは口を開いたトモナガに視線を向け、向けられている獰猛な眼に身を震わせる。

 それは恐怖ではない。トモナガの背後に遥か天高くまで聳え立って見える、巨人のような影に対する畏怖の念によるものだった。

 セツナは唐突に理解する。自分の父は、この魔王の子の強さに焦がれ、魅了されたのだと。


「俺はな、一度欲しいと思った獲物は何が何でも手に入れねば気が済まんのだよ」


 東の国々に名を馳せる『魔王』と呼ばれた豪傑は、満足げに獰猛な笑みを浮かべるのだった。

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