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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
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21:歪められた想い

「……いい月だ」


 黒々とした空にただ一つ、青白い光を灯す月を肴にトモナガは呟き、杯を傾ける。

 人一人、影さえも見えなくなった闘技場の舞台の上で腰かけ、優雅に頬杖をつく姿からは一国の王とはとても思えない。よく言えば仕事終わりの武士か、悪く言えば勝手気ままにくつろぐ傭兵か、とにかく数多の民の命を背負う責任者の風格の一端も感じられなかった。


「思い出を肴に飲むには丁度いい日だとは思わんか? なぁ、セツナよ」


 とくとくと空になった盃にさらに酒を注ぎ、その水面に月を映しながらトモナガはちらりと横目を向ける。既に辺りには空になった瓶がいくつも転がっていたが、それらをすべて一人で飲み干したトモナガの顔に泥酔した様子は一切見られない。

 全く酔った様子の見えない彼のもとに、ざりっと地面を踏む音が近づき、舞台袖から一つの影が姿を現してきた。

 刃を抜き、月光に刀身を妖しく輝かせたセツナが、目に見えるほどの殺気を迸らせてトモナガのもとへと歩み出ようとしていた。最初の襲撃から時間をおいても、犬耳の剣士が放つ気配の鋭さが和らぐ様子は見られなかった。


「逃げずに来るとは、癪だが度胸だけはあるようだな。トモナガ……‼」


 トモナガの周囲に、護衛である兵士や大会参加者たちの姿は一人も見られない。トモナガ自身の一声によって負傷した彼らは治療院に運び込まれ、主の身を狙った不届き者を捕えようと意気込んでいた兵士たちは撤収させられた。

 とうの昔に観客たちも避難が終えられた闘技場は、完全にトモナガとセツナだけの空間となっていた。


「もはや確実に貴様を狙う機会は永遠に失われ、玉砕覚悟で向かうほかにないと思っていたが、まさか貴様の方から出向くとはな……殊勝というべきか馬鹿というべきか、貴様の臣下の苦労が目に浮かぶぞ」


 セツナはトモナガに最も接近できる瞬間として、兵士の一人として武勲を上げ自分の位を近づけることを考えていた。途方もない期間がかかることを承知のうえで、自身の中の憎悪の火が決して消えないことを確信して耐え続けるつもりであった。

 それがうまくいかないと知って悩んだときに、偶然見つけた武芸大会の知らせはまさに降って湧いた幸いであり、悲願を果たせる千載一遇の機会だった。

 それを逃し、正直途方に暮れていたセツナの耳に入ってきたのは、ヤマト国で出会った親友の師が捕らえられたという情報だった。


「だが我が恩人を盾にするとは……‼ つくづく卑怯で最低な下種だ、貴様は‼」

「それこそ俺に怒りを燃やすのはお門違いというものだ。あの魔女は知らず知らずのうちとはいえ、刺客であるお前が入り込む手助けをした……相応の罰が必要であろうよ」

「黙れ! 父を謀殺した貴様のことだ……某をここへ呼び出す確実な餌のつもりで捕らえたのだろうが!」


 状況を見れば、セツナは一国の王を暗殺せしめんとした罪人で、それに間接的にかかわってしまったアザミに疑いの目が向けられるのは当然のこと。トモナガの言葉は正論であったが、怒りで半ば理性を失いかけているセツナにとっては見苦しい言い訳にしか聞こえていない。

 セツナはもはや、自分の恨みこそが正義と信じ、事実かどうかもわからない父の仇を討つことしか考えられなくなっていた。


「某は貴様を絶対に許さない…! 父上を敵陣に置いて逃走し、その死に様をうつけと笑った貴様を‼︎」

「……そういう理由か」


 国内で伝わっているモリヨシの最期と、セツナの抱える恨み節。その食い違いがどの部分なのか理解したトモナガは、険しい表情でセツナを見据える。

 確かにそれが事実ならばトモナガを憎むのも無理がない。モリヨシは多くの民に慕われた、質実剛健な武士の中の武士として知らしめられていた。そんな彼に娘がいたとして、そんな英雄と呼ぶにふさわしい男を誇りに思わない道理があるだろうか。

 そして、そんな男が別の誰かによって死に追いやられたとすれば、その死をその者に嘲笑われたとすれば、果たして冷静でいられるだろうか。

 人はセツナに同情するだろう。そして少なくとも、少女にそんな憎悪を抱かせた原因であるトモナガに懐疑的な視線を向けさせるには十分な話であっただろう。


「全くもって下らんな」


 だがトモナガは、そんなセツナの慟哭をたった一言で一蹴した。

 杯を置き、非常につまらなそうなため息をつき、熱の冷めた目で狂剣を手にする少女を気だるげに見やる。それはまるで意味不明な言葉ばかりを口にし、大人を困らせる聞き分けのない子供を見る他人の眼のような、あきれ果てた面倒くさげな眼差しだった。

 セツナは一瞬大きく目を見開き、徐々にその言葉の意味を理解してくると、両の眼に怒りの炎を燃やし始めた。以前よりも強く燃え上がった憎悪が、セツナの思考を真っ黒に染め上げていった。


「っ……‼︎ なんと、言った…⁉︎」

「下らんといったのだ。そんな戯言に踊らされ、むざむざ俺に斬られに戻ってくるなんざ、うつけを通り越して救いようのない阿呆だ」


 カタカタと二振りの妖刀を震わせ、凝視してくるセツナにトモナガはハッと鼻で笑う。突き付けられる殺意が見る見るうちに鋭さを増していくのも全く気に止めることなく、トントンと頬杖をついた手の指で頬を叩き、冷めて渇き斬った目をいかれる少女に向ける。

 両者の温度は冷と熱、全くの逆となっていて、温度の異なりが実際に気圧に変化を及ぼし、奇妙な風が二人の間に吹き抜けていた。


「お前の父と同じようにな」


 立ち尽くすセツナに向けて、嘲るように告げられたトモナガの言葉。吐き捨てるように紡がれたその一言に、セツナの思考は完全に停止する。

 しかしすぐに、セツナの全身に一気に熱が集まっていく。脳内は氷のように凍てつきながら、胸の内からは無尽蔵の活力があふれ出してくる。目の前で億劫そうに立ち上がる男に対する殺意が思考を埋め尽くし、それ以外の考えが黒い炎に燃やし尽くされたかのように消えていく。

 ぎしぎしと軋む音が、自分の葉から聞こえてきている事さえ、今のセツナは気づいてはいなかった。


「引導を渡してやる…! 地獄で父上に……いや、もはや父と同じ場には行かせん‼︎ 地獄よりも恐ろしい目に遭わせてくれる‼︎」


 もはや人にさえ見えないほどに歪めた形相で、セツナは吠える。

 血走らせた目の端から涙をこぼし、妖刀の放つ剣呑な気配を分厚く膨れ上がらせ、セツナはついにトモナガに向かって勢いよく飛び出し、刃を振り上げた。

 迫りくる妖しい輝きを放つ剣を前に、トモナガは一切臆する様子もなく待ち構え、にやりと不敵な笑みを浮かべた。


「やってみろ、小娘が」

「があああああああ‼」


 獣のような咆哮を上げたセツナの剣が、トモナガの掲げた太刀と激突する。

 金属同士が悲鳴を上げるような、それとも泣き叫ぶような甲高い音が、闘技場の全てに響き渡った。



「あのガキはどこに行った⁉︎」


 闘技場の舞台裏、出場者たちの控室やその他の部屋がこしらえられた通路を、幾人もの兵士たちがバタバタと慌ただしく駆け回る。

 彼らは皆、襲撃があった当日にアザミを拘束し連行した兵士たちであり、今はもう一人の重要参考人を捕えるためにあちこちを探して走り回っていた。しかし半日を過ぎた現在でも影も形も捉える事が出来ずにおり、徐々に焦りと苛立ちを見せ始めていた。


「魔女を奪還しに戻ってくるかもしれねぇ、隅々まで探せ‼︎」

「おお‼︎」


 仲間と連携し、決して見逃すものがないように目を皿にして駆け回る兵士たち。

 彼らの足音がどこか遠くなると、通路の端に置かれていた小さな箱がガタガタと揺れ動き、一面がはがれて三角形の耳が二つ覗く。ピコピコと左右に向けられたそれが、周囲から物音が聞こえてこないことを確認すると、ようやく箱から黒髪猫耳の少女が顔を出した。


「…………動きづらい」


 うんざりした様子でため息をついたシオンは、少女一人が入るには微妙に無理がある箱の中で身じろぎする。胸や尻のあたりが非常にきつくて苦しかったが、体の柔らかさや伸縮性にはかなりの自信があるシオンにとっては最高の隠れ蓑で、そのおかげで兵士たちの捜索から逃れる事が出来ていた。

 しかし、同じ方法で一度アザミのもとまでたどり着く事が出来たシオンは、そこでアザミに託された頼みごとに頭を悩ませていた。向かうように頼まれたのは、事件の解決に関係がある場所とはとても思えない場所だったからだ。


「師匠の言うことだし、疑う理由はないけど……ほんとにこれだけでセツナを止められるの?」


 いつまた戻って来るともしれない兵士たちに警戒しながら、シオンは首を傾げ眉間にしわを寄せる。

 セツナはシオンにとってすでに大切な友達であり、これからも仲良くしてほしいかけがえのない相手となってしまっている。そんな彼女が今、復讐心で自分の身を危険に晒しているのならば助けてあげたいし、辛い目にも遭ってほしくはない。

 アザミが自分に頼むのならば、それがきっと事態の好転の役に立つのだろう、とシオンは漠然とした確信を持っていた。


「…考えても仕方ない。行くか」


 ため息をついたシオンは、さっさと移動してしまおうと箱から身を乗り出す。

 だが、長時間同じ体勢で身を縮めていたためかうまく体が動かなくなっていて、箱から出るのにかなり手間取ってしまう。その結果、シオンがやっと片足を箱から出した瞬間、ガタンッと物音を立ててしまった。

 その音は思ったよりも大きく響き、近くを見回っていた兵士たちがハッと目を見開いて振り向き、シオンの姿を発見してしまった。


「見つけたぞぉ‼︎」

「⁉︎ 不覚‼︎」


 流石のシオンもぎょっと目を見開き、凄まじい形相で引き返してくる兵士たちから急いで逃走を敢行する。微妙に残っている脚のシビレを無理矢理押し殺し、シオンは猛然と目的地に向かって走り出した。

 一度姿を捕えられれば、あとはだるま式に兵士たちの注目を集めてしまい、通路の内部は大勢の兵士がシオンを追って走り回ることとなった。見る見るうちに退路が閉ざされていき、シオンは本能的な恐怖で若干涙目になりながらも走り続けるほかになかった。


「待ちやがれクソガキがぁ‼︎」

「待てと言われて待つ馬鹿はいない…!」


 軽口をたたくが、その内心は焦りまくっていてただただ目的地に向かう事しか考えられない。

 しかしシオンは、親友を救うために懸命に使命を果たすことだけを考え続け、痺れの残る足を前に出すのだった。


     ◇ ◆ ◇


「クヒッ‼ クヒヒヒヒヒ‼」


 剣戟の音が響き渡る闘技場を見上げ、醜い男が気味の悪い嗤い声をあげる。落ちくぼんだ目はギラギラと邪な光を放ち、歪められた口はよだれを垂らしそうなほどになっている。

 ケタケタと肩を揺らし、異形の男は舞台で激突する金属音を耳にして満足げに頷いていた。


「あんたが悪いんだぜぇ…? あっしの顧客をみ~んなまとめて叩きのめして、あっしの商売を滅茶苦茶にしちまうから……お陰であっしはこんなみすぼらしい姿にまでなって、大した金もねぇ連中を相手に細々とやってくしかねぇ……‼」


 異形の男が恨み言をこぼすのは、黒犬の少女を相手に剣を振るう東の魔王と呼ばれる美丈夫。武勲によって成り上がり、国を纏め上げ多くの臣下から畏怖の念を集める男に対してだ。

 異形の男はかつて、東の魔王が相対してきた国々に武器を売り渡してきた死の商人だった。

 そして武器を売り渡してきた国々のことごとくが滅ぼされ吸収され、異形の男は危険因子として追い回され表舞台から姿を消さざるを得なかった。


「あの鉄くずの相手も面倒くさかった……使い手がいなきゃまともに動けもしねェ、それも極上の能力を持った奴じゃなきゃ全力を発揮できねぇと来た。あの小僧を騙して人形に仕立て上げる方が金がかかっちまったってのに、あんなにあっさりやられちまいやがって……‼」


 再起をかけた賭けは、手塩にかけて用意した武器が図に乗った結果、あっという間に無力化されて役に立たなかった。

 それが非常に腹立たしかったが、思わぬ乱入を行なった小娘のことを考えると水に流しても構わない。むしろ笑みが止まらないぐらいだ。


「それに比べて、あの小娘はよく働いてくれたなぁ……ちっとばかし唆してやったら、面白い具合に勝手に盛り上がって向かって言っちまいやがった…‼ 単純で馬鹿で、獣人の割には使い勝手のいい道具だよ…‼」


 ほとんど無一文だったあの小娘に、在庫一掃目的だった一太刀を渡したのは単なる気紛れであった。少女の目に宿る憎悪の炎に興味が湧き、どんな愉快な結末を迎えるのか見てやろうと思っていたら、思わぬ展開が見られて笑いが止まらなかった。

 これほどまでに宿願が果たされる可能性が見られたことに、異形の男はいまにも歓喜の叫びをあげたいぐらいだ。


「魔王…‼ 今宵貴様は死ぬ…‼ 親友の娘の手によってなぁ…‼ なんて滑稽だ…‼ ヒヒヒヒヒヒッ‼」


 東の魔王が現れるまで、異形の男の人生は常に順風満帆、全てが満たされていた。

 己が携わった武器や兵器が戦場で数えきれない命を奪い、流れた血はいずれ己の元に多額の金となって蓄えられる。その繰り返しが、ある日突然終わりを迎えた。

 己の輝かしい人生が一瞬にして日陰の闇に塗り潰され、常に追っ手に怯える日々を余儀なくされた。他者を踏み潰すことに喜びを覚えていた異形の男にとって、それは計り知れない屈辱であった。

 だが、その日々も今終わる。差し向けた刺客は東の魔王を討ち取れる逸材であり、背負う過去は討伐を成し遂げたならば美談ともなりうるものである。もし返り討ちにしようものならば、追い詰められるのは魔王の方となる。

 いずれにせよ、魔王は終わる。魔王が興したこの国も、積み重ねた全てが終わりを告げるのだ。


「ーーーそういう事か」


 全身を揺らして喜びをあらわにする異形の男だったが、不意に聞こえてきた声にはたと声を途切らせる。

 ギョッと目を剥いた異形の男がすぐさま後ずさると、一瞬前まで立っていた場所に漆黒の鉄の塊が振り落とされた。

 地面を大きく抉ったそれを凝視した異形の男は、わなわなと肩を震わせて現れた人物を指差した。


「……な、なんでだ⁉︎」


 驚愕を隠しきれない異形の男の前で、巨大な斧を構えた黒い鎧の大男ーーー賢者は納得がいった様子で赤い目を細める。

 人間一人を簡単に両断できそうなほどに分厚く思いそれを軽々と肩に担ぎ、絶句している異形の男を気だるげに見つめる彼は、驚愕と同時に嫌悪も交えて返される視線を真っ向から受け止めた。


「なんでお前がここにいるんだ……⁉︎」

「ほう? 俺が誰だか知っていると……随分人前では名乗っていなかったと思うがな。何故知っている?」


 トントンと斧で肩を叩き、驚いた様子の台詞とは裏腹に小馬鹿にした様子を見せ、賢者は異形の男を見下ろす。

 その仕草が苛立ちを募らせたのか、異形の男は賢者を険しい形相で歯を食いしばり、しかしその恐ろしさを知っているのか警戒を忘れることなく後ずさる。


「とぼけんじゃねぇ……会場でも妙な力で野郎の支配を封じて、もう少しで全部が水の泡になるところだったんだ‼︎ お前が捕まったときは天が味方したかとも思ってたのに……なんでここにいやがるんだって聞いてんだよ⁉︎」

「……へぇ、じゃあ私の正体も知ってたっていうのね。思いもよらなかったわ」


 明らかにアザミとして活動していたときのことを罵られ、賢者はわずかな驚愕を見せる。

 その際、冗談のつもりかアザミの声で語りかけると、思った以上に気持ちが悪かったのか異形の男の嫌悪の感情がさらに強まる。大男の口から女の声が聞こえてくると言う光景は確かに正気を疑うもので、異形の男は少しずつ距離をとっていた。

 賢者はそれを追おうとはせず、小さくため息をついて肩をすくめた。


「余計ないざこざを避けるためにあの姿を借りていたというのに……どこで知ったか詳しい話を聞く必要がありそうだな」

「ヒ……ヒヒ…ヒ……!」


 途端に殺気を迸らせ、賢者は担いでいた斧を両手で構える。月光に漆黒の鋼が照らされ、こびり付いた鉄分が不気味な輝きを放つ。

 向けられる刃が自分の首を狙っていることを確信した異形の男は、頬を痙攣させると顔色を変えて賢者を睨みつける。憎い男を葬ることばかりを考えていたところで、思わぬ敵に命を狙われたことで、異形の男は徐々に余裕を失いつつあった。


「冗談じゃねぇや! もうじき東の魔王をあの小娘が討ち取ってでかい金が手に入るってのに、こんなところで邪魔されてたまるかよ‼︎」


 異形の男は賢者からじりじりと距離をとると、後ろ手に手を回して長い棒状の何かを取り出す。

 歪にゆがんだ背中に背負われていたそれの包みを剥がし、柄を掴んで鞘から抜き放つと、異形の男はたどたどしい様子でそれを構える。

 自身に対して突きつけられる、件の妖刀と同等の禍々しさを放つ刃を見下ろし、賢者は気だるげに血のような赤い目を細めた。


「さすがは死の商人…やはり、もう一本持っていたか」


 予想していたとばかりに、対して狼狽も焦燥した様子も見せず賢者は妖刀を構える異形の男を見据える。

 危険な武器を長く扱ってきた男ではあるが、本人の戦闘能力はさしたる脅威などではなく、特に大した対処が必要な相手などではなかった。ナギサやセツナのような使い手の元に渡ることで最も能力を発揮することは、先ほど本人が口にしていた通りだよな

 だが、異形の持ち出した得物は、二人が所有していた妖刀とは様子が異なっていた。


「ヒヒッ、ヒヒヒヒヒ! キヒハハハハハハハ‼︎ ち、ちちち力だ‼︎ 力が……わ、わきあがががってててくるっ、くっくるくるぅぅぅ‼︎」


 異形の男が妖刀を手にした瞬間、柄の部分から奇妙な黒い靄が伸び、異形の男の腕に巻きつき突き刺さっていく。異形の男の体がぶくぶくと膨れ上がり、それに合わせて妖刀の大きさも大きく変貌していく。

 元から人間離れしていた顔は、さらに眼球が飛び出しそうなほどに大きく見開かれて血走り、むき出しにされた牙が野犬のように鋭く尖っていく。肌はひび割れ、無数の血管が浮き立って骨が目立ち始める。

 それは、これまで見てきた妖刀のように精神に影響を及ぼすものではない。肉体に直接干渉する特に凶悪な代物であった。


「ヒャハハハはは⁉︎ ひィハハはは‼︎」


 さらなる醜く凶悪な異形へと変貌した男は、狂ったように笑いながら丸太のように膨れ上がった腕で、同じくらいに巨大化した刃を振り回す。

 型も何もない、ただ力任せに振り回される鉄の塊はそれだけで十分な殺傷能力を持っていたが、賢者は真下から斧を振り上げてそれを防ぐ。激しい火花を散らし、とてつもない轟音と衝撃があたりに撒き散らされた。

 異形の男は衝撃に押されてたたらを踏み、それでも無理矢理体を起こして刃を振り回し続ける。その姿は、すでにまともな思考が認められなかった。


「あれほど商品に向いていない代物はあるまいて……主人に取って代わるような化け物や、主人の身体を蝕む毒刀……あのクソガキの遺物はそれを見ても醜悪で吐き気がする」


 ただ目に入れることさえも汚らわしいというように、賢者は殺気と憎悪を込めた目で異形の男を見据え、斧を構え直す。

 しかし、仕留めるにはまだ早く全力を出すわけにはいかない。非常に面倒くさいが、向こうの準備が整うまではこの人でなしをここで押しとどめていなければならないのだ。

 しかしそう思いながらも、鬱陶しそうに暴れ狂う異形を睨みつけていた賢者は仮面の下でニヤリと獣じみた笑みを浮かべた。


「やはり、跡形もなく破壊するのが最も気分が良いわ」


 構えた己が月光を再び反射し、ギラリと剣呑な光を放っていた。

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