*:魔王の右腕
その出会いは、二十年以上も前の事だった。
「怪我はござらんか?」
青年がこの世界に迷い込み、最初にかけられた言葉がそれだった。
どこからともなく、まるで時間がとぎれたかのように唐突に現れた奇妙な身なりの青年は、ただただ自身に何が起こったのか理解できず、かけられた布団をはねのけて飛び起き辺りを見渡す。
全身に走る鈍い痛みに一瞬硬直するも、すぐ近くで胡坐をかいている大柄な男を油断なく睨みつけ、いつでも動けるように身構える。座っていても見下ろせないほどに大きな体のその人物は、彫りの深いその顔を柔らかくほころばせて青年に目をやった。
「……ここは、どこだ……⁉︎」
青年―――トモナガはズキズキと痛む肩を手で抑えながら、脳裏にかすかに残っている記憶をたどっていく。
原因不明のとてつもない揺れに襲われ、悲鳴が木霊する阿鼻叫喚と化した空の旅。気づけばトモナガは真っ青な空の下に放り出され、背中をしたたかに打ち付けながら道端に倒れこんでいた。
辛うじて気絶することは逃れたものの、混乱と痛みからトモナガは体を動かすことができず、うめき声を上げながら這いつくばるばかり。質の悪いゴロツキ、あるいは盗賊や山賊の類に狙われるのは必然ともいえた。
だが、そうはならなかった。間一髪のところを、この男に救い出されていたからだ。
「俺……は、なんで、こんな…ところに…⁉︎」
「なんだ、訳ありですかな? 見た所たいそう身分の高いところのご子息と見えるが……護衛のものとはぐれたといったところか?」
「護衛……だと? 俺はそんなもんじゃない…! 誰かに守られるなんざごめんだ!」
ぼんやりとだが、自分が助けられたことを思い出したトモナガだったが、恩人とはいえ見ず知らずの相手に信用を置くことはできず、かなり横柄な態度で男を、モリヨシを睨みつけていた。
どういう理由かは知らないが、金持ちの息子かなにかだと勘違いされたことで眉間にしわを寄せて怒鳴るが、モリヨシは気にした様子もなく小さく笑みを浮かべ、億劫そうに腰を上げた。
「騒ぐと体に障りますぞ。どれ、もう少し休んでいますといい。茶の用意ぐらいはできようて」
敵意も警戒もなく背中を向け、身元も知れない青年のために湯を沸かす用意を始める男に、トモナガは毒気を抜かれたように胡乱気な表情でモリヨシを見つめるばかりであった。
トモナガはそれから数日、モリヨシのもとで世話になった。自分で思っていた以上に背中の傷は重傷だったようで、モリヨシの住まいのある集落の医師の診察で数週間の療養を下された。
初めはモリヨシに対し、何を考えているのかわからない奇妙な人物として訝しげな視線を向けていたトモナガだったが、次第に彼が何かを企んでいるわけではなく、単純な善意で自分を助けたのだと気付き、呆れながらも好ましく思うようになっていった。
そして次第に、ただ面倒を見られていることを居心地悪く思うようになっていった。
「借りばかり受けるのは御免だ。お前…俺に何かやれることはないのか」
トモナガはかつて、世間一般的に言われる不良だった。学校では友達も作らず、苛々とした気分を持て余したまま彷徨い、他の生徒や他所のゴロツキと喧嘩に明け暮れ、生傷の絶えない日々を送り続けていた。
だが、決して根が腐っていたわけではない。気の弱い生徒に対して脅かすような真似をしなければ、万引きのような犯罪に手を出すような事もしない、単に自分に対し敵意を向けてくる相手にのみ暴力で応える、悪人とは言えない青年だった。
自分なりの誇り彼は、受けた恩を返さないようなみっともない真似はできないという、義侠心を持っていた。
「さて、そうですなぁ……外の畑がそろそろ収穫の時期、それがしとともに手伝いにでも行きましょうか」
モリヨシはそんなトモナガに対して、出会った時と変わらない優しい笑みを向けたまま腰を上げ、彼を外へと案内する。
他所から現れた見慣れぬ青年に訝しげな視線を向ける集落の人間たちを時折諫めながら、モリヨシはトモナガに道具を渡し、自分の受け持つ畑で仕事を教え始めた。鳴れぬ仕事にやや戸惑いながらも、トモナガは一度引き受けた仕事を投げ出す気はないと意地を張り、手が血豆だらけになるまで鍬や鎌を振るい、くたくたになるまで働き続けた。
初めは警戒していた集落の人間達も次第に心を開くようになり、距離をとっていたトモナガ自身も彼らとの会話を増やし、やがて彼らやその地に愛着を抱くようになっていった。
そんな日々がさらに数週間続いた時、畑仕事の合間の休憩をとっていたトモナガは、ふと隣に腰を下ろすモリヨシに目を向けた。
汗をぬぐうモリヨシの体は分厚い筋肉の鎧に覆われていて、ただの農夫などには見えない。かすかに残る最初の邂逅の記憶では、十数人の野盗を相手にたった一人で暴れまわっていたように見えた。毎日喧嘩に明け暮れていたトモナガには、それが普通の人間にはなしえない高い戦闘能力によるものだと何となく察していた。
「…お前、妙に強いがどっかの国の将軍だったりしねぇのか?」
「はて、何のことだか…」
「とぼけるなよ。俺みたいな素人でも少しはわかるぞ……何でこんな田舎にいるんだ?」
トモナガがこの世界に迷い込んで一ヶ月と少し、家の作りや住人の格好を見るに何百年も前の世界観に見えるし、いつだったか読んだことがある歴史の教科書に描いてあった風景にどことなく似ている気がする。猫や犬などの獣の耳が生えている点を除けば、古代の日本とそう大差ない光景だ。
もしそうなら、どこか遠い場所ではあらゆる武将たちが天下を獲るために命を奪い合う戦国時代が繰り広げられているのかもしれない。モリヨシの鍛え上げられた身体は、そういった戦場にて作り上げられた刀槍剣戟の賜物のように思えた。
そんなトモナガの予想は当たっていたようで、モリヨシは観念したように肩をすくめ、自嘲気味に薄く笑みを浮かべて口を開いた。
「……この剣の腕は弱き者を守るために鍛えたもの、間違っても脅しや略奪のためではござらん。しかし…我が主君にとっては違ったようで」
どこか疲れをにじませた表情で、モリヨシはトモナガから目を逸らしながら答える。長く硬い棒状の物を握り続けた手のひらにはいくつもの硬いたこが出来上がっていて、真っ黒に汚れて無数の傷が刻まれている。
しかしそれを見下ろすモリヨシの眼は激しい後悔で染まっていて、吐く息は重く沈んでしまっている。
詳しい事情を吐く気配がなかったが、トモナガはモリヨシの横顔を見つめているうちに大体のことを察していた。
「……ああ、そういうあれか」
あの世界にいた時に、気まぐれに本屋で立ち読みした小説や漫画の内容が思い出される。
国を守る戦士に憧れ、気高き理想を掲げた男が、仕えた主君が徐々に権力に溺れていく様に忠誠心を揺さぶられ、激しく苦悩するという話だった気がする。最後には民にまで圧力をかけ始めるようになる主君を見限り、自らの手で討ち取り国を再興させる、とかいう結末ではなかっただろうかとトモナガは独り言ちた。
この男も、どこかで理想と現実の差に打ちのめされ、主か上司を見限った男なのだろう。
これだけ腕に覚えがあり、人から慕われるような男に見限られた奴はどれだけの阿呆なのだろうなと考え、トモナガは頬杖をついてため息をつくのだった。
その時までは、自分には関係のない話だと深く気にすることはなかった。変化が訪れたのは、そのすぐ後の事だった。
集落に現れたのは、見てくれだけは立派な鎧に身を包んだ気位の高そうな集団。
実用性に乏しい、単なる権力の高さを表すだけの象徴としてしか役立っていない装いの彼らは、困惑気味に集まってくる集落の者たちを前にもったいぶったように並び、持ち出した書状を広げて読み上げ始めた。
「聞け! 此度のリシア国との戦の折、軍備を整えるために年貢を五割引き上げることが決まった! 逆らう者は斬り捨てても構わんとの殿よりの仰せだ!」
軍人たちに告げられた内容の無茶苦茶さに、集落の人間達から悲鳴のような声が上がる。
集落が位置している国は、貴族や豪族による民への搾取が横行している非常に治安の悪い場所であった。地位の低い者は尊厳を踏みにじられ、女にいたっては慰み者にされることが多発する、腐敗の進んだ国であった。
憤りを覚える者も多くいたが、少しでも反抗の意志ありと判断された者は容赦なく捕らえられ、場合によっては処罰されるため、誰も自ら逆らおうと思う者はいなかった。
それでも、国が勝手に始めた戦に巻き込まれるとなれば、さすがに黙ってはいられなかった。
「そんな無茶苦茶な…!」
「俺たちの生活はどうなるんだよ⁉︎」
「知った事ではない。貴様らのような土弄りしか能がない連中は、我らの名に従って居ればそれでいいのだ‼︎ …さっさと運べ」
集落の者たちの抗議の声も聞こえないふりをし、軍人たちは運んできた荷車に勝手に収穫物を積み込み始める。せめてもう少し話を聞いてもらえまいかと集ってくる者達を鬱陶しそうに払いのけ、軍人たちはこれまで通り無慈悲に暴虐の限りを尽くしていた。
そんな時だった。母親の手を抜けた一人の童女が、収穫物を積み込む軍人の一人に縋りつき、衣を引っ張って必死に懇願し始めた。
「やめてよ! みんなで頑張って作ったお米、勝手に持ってかないでよ!」
「うるさいぞ餓鬼が‼︎」
涙ながらの訴えは、やはり怒号とともに払いのけられ、童女は顔をしたたかに打ち付けられしゃくりあげ始めた。軍人は足元で泣き声を上げる童女に心底うんざりした様子でうなり声を上げ、苛立ちをぶつけるように童女を蹴りどかすが、童女はますます痛みと悲しみで泣き叫ぶ声を強めるばかりであった。
馬に乗った最も位の高い様子の軍人は、いつまでたってもやまない童女の泣き声に頬を引きつらせ、やがて童女に道端の生ごみを見るような冷たい目を向け、傍らの部下に顎で示した。
「逆らう者は女子供と言えども許さんぞ! おい!」
命じられた部下はにやりと下卑た笑みを浮かべて頷き、腰に佩いた剣をすらりと抜いて童女を見下ろす。陽光を放つ鈍い輝きに、集落の者たちの間で大きな悲鳴が上がった。
何をするつもりなのか誰もが一瞬で察し、蛮行を止めようと手を伸ばすが、同じく剣を抜いた部下たちに立ちはだかれ、切っ先を突きつけられて止まらざるを得なくなる。喉元に向けられた鋭い刃は、おそらく何の躊躇いもなく彼らの肌を切り裂くことだろうことは明らかだった。
「さっさと片付けろ」
軍人の令で、部下が童女の目の前で剣を掲げる。泣き叫んだままの童女は迫りくる凶刃に気づく様子はなく、ただただボロボロと涙を流したままその場でへたり込んでいる。
たった一人、半狂乱になった童女の母親が飛び出そうとするが、ニタニタと前に出た部下の一人がその体をいやらしく抱き寄せ、童女に刃が向けられる様を見せつけるようにしている。部下の眼にはこれ以上ないほどの愉悦がにじみ出ていて、とても人間とは思えなかった。
そしてついに、童女に向けて刃が振り下ろされた瞬間だった。
「ぐあっ⁉︎」
「! モリヨシ‼︎」
赤い血飛沫が上がり、集落の人間たちが思わず目を背ける。
しかしトモナガは目を離すことなく、わき目もふらずに飛び出した巨漢が部下と童女の間に滑り込み、童女の体を自らの体で覆い隠した瞬間を目撃していた。
振り下ろされた刃が背中に食らいつき、決して浅くはない傷をつける。部下は自分の享楽の邪魔をした見知らぬ男に苛立ち、まずはこいつから片付けてやろうと剣を握りなおした。
だがその前に、馬に乗ったままの軍人が何かに気づいた様子で目を見開き、部下を制して笑みを浮かべた。
「ほう…? これはこれは……裏切り者の将軍様ではございませんか。よもやこんな場所でお目にかかれるとは」
軍人は自ら馬を降り、ずかずかと無遠慮にモリヨシの方へと歩み寄って頭上からその顔を覗き込む。ニタニタと意地の悪い笑みからは、モリヨシに対する鬱屈した感情をぶつけるいい機会を得たと言わんばかりの、どす黒い感情が透けて見えていた。
モリヨシは軍人に背を向けたままであったが、決して童女の姿をさらすまいと腕に力を込め続ける。背中からは血が止まることなく流れ続けていたが、それを気にする余裕もなかった。
「まさか、類稀なる武の腕で大将にまで成り上がったあなが、こんな僻地でゴミどもに慕われて悦に浸っているとは……落ちぶれたものですなぁ⁉︎」
軍人はモリヨシの背中の傷に足を乗せ、ぐりぐりと体重をかけて責め始める。くぐもった苦悶の声が聞こえてくると、ますます愉しそうに肩を揺らし、全体重をかけてモリヨシの傷口を刺激し続ける。
かつては自分の上の地位に属していた男が、今や子供一人を守るために無様に這いつくばっている。前々から耳障りな正義感を振りかざす様が気に入らなかった相手が、今自分の采配一つでどうとでもなるような存在に落ちぶれている。その愉悦が軍人の中で渦巻いていた。
「このままその子供ごと殺してもいいが、それは流石に惜しい……ここで我に助けてくださいと懇願し、その子供を殺して見せれば奴隷にでもして生かしてやろう」
きひひ、と気味の悪い笑い声を響かせ、軍人がモリヨシの顔を覗き込むと、すぐに「ひっ‼」と悲鳴を上げて後ずさる。
童女を抱きかかえ、傷を受け、誇りを踏みにじられながら、モリヨシは下種な男たちを力強く睨みつけていた。武器も何も持っていない、丸腰で地面にうずくまるだけの男の放つ覇気に、まともな戦を経験していない地位だけの軍人たちは気圧され、息を呑んでいた。
「……お前たちのような愚者に従うぐらいなら、死んだほうがましだ」
「…‼︎ ならばここで死んでいけ‼︎ この無礼者が‼︎」
自分よりもはるかに格下の男に気圧されたことへの屈辱か、それとも得体の知れない恐怖に対する怯えか、ヒステリックに叫んだ軍人は己の剣を抜いて大きく振り上げる。型も何もない、ただ力任せに振りかざした件だったが、剣そのものは業物であるために触れれば十分に致命傷となりえる速さであった。
相手の怒りをかってしまったモリヨシは、責めて心だけは屈さぬように、この小さな命だけでも守り抜こうと、静かに目を閉じて身構える。
だが続いて聞こえてきたのは、己の肉が裂ける音ではなく、別の誰かの骨が折れる音と汚い悲鳴だった。
「ぎゃあああああああああ⁉︎」
モリヨシがハッと振り向けば、軍人が剣を取り落とし、鼻を押さえて仰向けに倒れていく姿が見えた。飛び散る赤い雫はおそらく彼の鼻から流れたもので、折られたのは彼の鼻の骨であろう。
どしゃっとみっともない姿で倒れた軍人の次に、モリヨシは彼の前に立ちはだかる一人の青年を凝視する。畑からそのまま持ち出した鍬を肩に担ぎ、先ほどの軍人たちのように道端のごみを見るような冷たい眼差しを向ける青年の姿に、モリヨシは開いた口が塞がらなかった。
「なっ、何者だ、貴様⁉︎」
「よくも隊長を‼︎」
軍人の部下たちは自分たちの上司が突然やられたことに動揺するが、腐っても軍人かすぐさま剣を抜いて狼藉を働いた青年を取り囲む。怒りの表情に若干冷や汗が伝ってさえいなければ、彼らは集落の者達の目に非常に勇ましく映っていたことだろう。
だが、集落の人々の視線を独占しているのは、気だるげに鍬を構えて立つ青年の方だった。向けられる剣にも微塵も臆する様子もなく、さしたる脅威とさえ思っていないような姿はまさに英雄のようであり、どこか不敵に見える彼に見惚れてしまっていた。
「トモナガ殿……! 何ということを」
「……おい、モリヨシ」
青い顔で体を起こすモリヨシだが、トモナガはフンと鼻で笑って軍人たちを睥睨する。
どこか物足りなさそうな態度で軍人たちを一人ずつ睨みつけ、落胆したとばかりに舌打ちする。視線を向けられた軍人たちは、ただの青年でしかないはずのトモナガに臆し、剣を震えさせながら後ずさっている。
そんな毛ほども威圧感を感じさせない軍人たちから視線を外し、トモナガは童女を抱えるモリヨシに目を向けた。
「こっちでこういうの聞くと笑われそうだけどよ、ああいう糞みてぇな奴らって他にも結構いたりするのか?」
「…………」
「聞くまでもないか」
無言を肯定として受け取ったトモナガは、改めて自分を取り囲む軍人たちを見やる。
どいつもこいも格好だけなら一人前の武人で威圧感を与えるかもしれないが、武術や戦いに関しては素人の域を出ない自分に対して及び腰になっている、はっきり言ってありえないほどに情けない連中である。もらった高級品で着飾り、偉くなったと勘違いしている屑のような連中である。
そんな者達が、今この国を支配している。自分のいるこの場所でふんぞり返っている。
自分が言葉を交わし、愛着を抱くようにいたった住人達を我が物顔で踏みにじり、支配した気になっている。それがトモナガには、我慢がならなかった。
「なぁ、モリヨシよ。お前俺と一緒にこいつらブッ潰さねぇか?」
不意に投げかけられた誘いに、モリヨシは大きく目を見開いてトモナガを凝視する。
それはモリヨシだけではなく、すぐ近くで聞いていた軍人たちや集落の人間達も同じ事であった。
どこからともなく現れ、いつの間にか住み着いた余所者である青年が口にするにはあまりにも大それた、厚顔不遜で荒唐無稽な戯言。
しかし彼の言葉には、ただの戯れ言と切り捨てられない確かな力があった。
「お前はアレだろ? 民をないがしろにするひでぇバカ殿に飽き飽きして、戦うのやめたとかそんなんだろ? そういう話聞き飽きてんだよな、向こうの歴史のお勉強でよ―――俺と天下を獲ろうぜ。そんで……お前が望む世を創ってやろうぜ」
普通ならふざけたことを問払いのけられても仕方のない、途方もなく根拠もない言葉。しかし今のトモナガからは、決して無視することを許さない覇気の一端を感じる。
なおも動く事が出来ないモリヨシに、トモナガはにやりと不敵な笑みを浮かべて手を差し出した。
血豆が潰れた、まだまだ脆弱の域を出ない若者の手。剣をとったことなど一度もない、しかし何か得体の知れない大きな力を感じ察せる手に、モリヨシはいつの間にか目を奪われていた。
「………それがどれほど大それたことか、分かっておられるのですか?」
「俺は馬鹿だからな…あんまりこのあとどうなるかなんて考えちゃいねぇ。でもな………少なくとも、こいつらみてぇな屑よりはましな未来見せてやるぜ」
「貴様…! さっきからふざけたことをぬけぬけと‼︎」
「叩き斬ってくれるわ、このうつけがぁ‼︎」
無視され続け、脅威とさえ認識されていないことに気づいた軍人たちが、ついに焦れたようにトモナガに向かって剣を振りかざして突進してくる。最低限の武術は身につけているようで、素早い動きで接近しトモナガたちに鋭く突きこんできた。
だがそれを、トモナガは一切目を向ける事なく躱し、逆に向かってきた軍人の一人の顔面に肘鉄を食らわせる。かつてはナイフや凶器を手にしたゴロツキともやりあったことのある彼にとって、付け焼刃のような中途半端な剣術など恐れる理由は微塵もなかった。
「うつけで結構。なら俺の名とともに覚えておきやがれ!」
向かってくる軍人たちを次々に叩きのめし、倒れたものを容赦なく踏みつける。
その姿にいつしかモリヨシは見惚れ、今まで感じた事のない胸の高鳴りを覚えていた。ごくりと息を呑むと、知らぬ間に流れていた汗が頬を伝って顎に垂れていく。
いつの間にか見失っていた、自分が夢見ていた豊かな未来。その中心に立つ青年の姿を、モリヨシは幻視していた。
「俺は織田友長‼︎ このふざけた世をブッ壊して、新たな時代を創り上げる大うつけだ‼︎」
剣を奪い、肩に担いで凄む姿は今はまだ小さな鬼の仔と言ったかわいらしいもの。
この時、世界に対しそんな大法螺を吹く青年に心を奪われたのは、モリヨシだけではなかった。




