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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
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19:復讐に燃える瞳

 鈍い銀色の光を放つ刃が、ヒュンッと風を切る。

 宙に真っ白な光の線を刻むその輝きは美しいが、その刃は確かな殺意を備え、はるか先に居すわる魔王に向けられていた。


「らあああああ‼︎」


 普段は決して聞かせることのなかった雄叫びを上げたセツナは、その目を大きく見開き血走らせ、持ちあわせていた刀と新たに手に入れた妖刀の二刀を振りかざし、とてつもない速さで走り出した。

 その素早さたるや、先ほどの青年の動きを上回る速度であり、あっけにとられていたムエイやアスカは思わずセツナの姿を見失ってしまうほどのものだった。

 しかしセツナがトモナガのもとへと跳ぶ寸前、大きな影が割って入ったことでセツナの表情が変わる。振りかざした二刀は目前で盾のように組まれ、迫りくる大太刀を真正面から受け止め、強制的に立ち止まらされた。


「……‼ 邪魔だ! どけ‼︎」

「そういうわけにもいくまい……特に今のお前ならな」


 ギリギリと刃を押し付けながら、セツナは目の前で立ちふさがるミグモマルを睨みつける。

 セツナの持つ二本の刀は、美しかった刀身を禍々しく妖しい光で輝かせ、二人の剣士の顔を映す。刃に映るセツナの表情は憤怒に歪み、理性を失った野犬の様に恐ろしい形相で固まっており、反対にミグモマルは相変わらずの涼しげな顔で少女を見下ろしていた。

 かち合わされる刃が火花を散らし、剣士の顔を橙色に照らし出す。その火花の量が、互いに向けられる力の大きさを物語っていた。


「金子を得ることしか頭にない金の亡者が! 貴様などに構っている暇はない、どけ‼️」

「その金子を褒美として与えてくれるという相手をむざむざ殺させるわけがないだろうが。頭に血が上ってまともに考えることもままならなくなったか」

「ほざけ!」


 ミグモマルの言葉は拒絶され、甲高い音を立ててセツナの剣がミグモマルの大太刀を弾き返す。

 危険な凶器を振るう青年の拿捕には協力しなかった男が、大会の主催者であり後の雇用者となりうる人物を守ることに対しては執心している態度に、セツナは苛立ちを募らせていた。利益しか頭にない人間に邪魔をされるということ自体が、セツナにとっては怒りの対象となっていた。

 舞台上を踏みしめたセツナは、すぐさま二刀を振りかざし、ミグモマルに最接近する。無表情で仁王立ちするミグモマルの防御を破るために、刃を重ねるようにして全力で振るう。


「セツナ…⁉ 何で…⁉」


 セツナは目を見張り、セツナを凝視したまま言葉を失い立ち尽くしていた。

 鈴々を会場外へ連れ出し、師の無事を確かめるために戻ってきたシオンは、師やセツナが目立った外傷もなく立っていることを確かめて安堵していた。そして青年の手から剣が離れ、セツナが抜刀しながら走り出した姿を見てからは、もう完全に事件の終息を疑っていなかった。

 しかし次の瞬間、セツナは触れる事さえ危険なはずの妖刀を自ら手にし、まっすぐにヤマト国の王のもとへと敵意をむき出しにして向かっていった。そして敵ではないはずのミグモマルと刃を交えているなど、セツナの正気を疑うほかになかった。


「トモナガ様…! ここは危険です。お早く避難を!」

「ここは我らが食い止めますゆえ!」

「どけ」


 特設された観客席に腰かけたトモナガのもとには、後方に控えていた使用人の女性や護衛の侍たちが駆け寄り、王を避難させようと促していた。

 しかしトモナガはそれを片手で遮り、獰猛な笑みを浮かべて舞台上を見下ろしていた。己の身を狙う慮外者がいるというのに微塵も恐れを見せる様子はなく、むしろ向かってくることを楽しみにしているかのような態度を見せる主に、護衛達は訝し気に眉を寄せ、そして連れ出そうとする足を止めてしまっていた。


「あれだけ必死な顔で向かってこようという気概を持つ娘だ……少しぐらい話を聞いてやるのが一国の王たる男というものだ」

「ですが…!」


 にやりと口元を歪め、最強の剣士と激突する若き女剣士をものほしそうに見つめる主に、護衛達は信じられないようなものを見る目で一歩引いてしまっていた。

 永く激しい刀槍剣戟の中で、無数の命のやり取りをしてきた武士の王。いつ死ぬともしれぬ戦いの中で生きてきた彼にとっては、小娘一人の殺気など恐るるに足りないのかもしれないが、それにしても異常ともいえる執着を見せている気がした。

 何か、家臣には見せない一面があるのではないか。そんな不安が護衛や使用人たちの間に走り、言い表せないような恐怖感が胸中ににじみ出し始めていた。


 舞台上では、セツナとミグモマルがなおも激しい戦いを繰り広げていた。

 しかし傍から見れば果敢に攻めているのはセツナだけで、ミグモマルは表情一つ変えることなく怒涛の斬撃を受け流し続けているだけであった。試合中にも見せた事がないほどに早く鋭い連撃が、ミグモマルの最低限の刀捌きで流されていく。

 初めは鬼気迫る様子で刃を振るっていたセツナだったが、徐々にその表情に焦りが現れ始めていた。


「つあああああ‼︎」

「どうやら、お前の腕はまだ俺に届くほどではなかったようだな。キレが悪いぞ」


 顔面近くにまで振るわれた剣を受け止め、大量の汗を流すセツナにミグモマルはそう告げる。火花が体にかかることも気にせず、ぎちぎちと三本の刃がぶつかり合う様を見下ろし、どこか期待外れに感じているような物憂げなため息をつく。

 対するセツナは徐々に追い詰められ、しかし大きく肩を上下させてつつもミグモマルを、その背後にいるトモナガを睨みつける。自分の剣が届かない事を知らしめされても、セツナの目に宿る憎悪の炎が衰える気配は見受けられなかった。

 ミグモマルはそんなセツナの執着に半ば痛ましそうに目を細め、もう半分は面倒くさそうに肩をすくめる。幾度も刃を交え、圧倒的な力を見せつけるつもりで、傷つけずに捕縛することを考えて心を折ろうと努めていた彼であったが、あまりに諦めの悪いセツナに徐々に辟易し始めているようだった。


「俺に弱者を甚振る趣味はない。…さっさとその剣を棄てて王に侘びろ。首を落とされても文句は言えんぞ」

「……黙れ」

「お前が何を考えているかなど微塵も興味はないが、しばし口を交わした仲だ。お前ほどの武士が討たれるのは忍びない」

「……黙れと言っている」


 振るわれた刃を置抑えつけ、慣れない説得を試みるミグモマルだったが、セツナはそれを聞くたびに憤怒でさらに険しい形相に変わっていく。

 剥き出しになった犬歯が彼女をさらに野犬じみた、もはや化け物のような姿に変えていき、溢れ出す殺意が目に見えるようにさえ思えてくる。確実にセツナの敵意は、トモナガだけではなくミグモマルにまで向き始めていた。


「お前に……! お前などに理解されて、わかったようなことを言われる筋合いはない‼︎」


 ギシリ、と妖刀の柄を持つ手に力が籠もっていき、カタカタと体の震えが刀身にまで伝わって乾いた音を立てる。まるで刀そのものが震えているかのような不気味さがあり、ミグモマルは不機嫌そうにそれらを睨みつけていた。

 だがそれは、決して気のせいなどではなかった。刀身にこびりついていた氷の欠片が徐々に剥がれ、溶けて雫となって地面にしたたり落ちていくうちに、先ほどまで妖刀が放っていた不気味な気配が蘇り始めていた。

 そしてやがて、その声は聞こえ始めた。


 ―――ヒャハ、ヒャハハハ‼︎

    なんだかよくわかんねぇが、馬鹿な女がいてくれたもんだなぁ‼︎


 カタカタと刃を震わせ、刀が嗤う。

 セツナの手に収まった妖刀が、目には見えぬ魔の手を剣士の腕へと絡みつかせている姿が見える。ムエイやアスカはその光景の気味の悪さに頬を引きつらせ、シオンは先ほどまで暴れていた青年の事を思い出して顔面を真っ青に染め上げた。

 ミグモマルも異常を見せ始めた妖刀を目にして表情を変え、警戒心を一段階高めてセツナに鋭い視線を向けた。


「⁉︎ お前、早くその剣を捨てろ‼︎ お前を乗っ取ろうとしているぞ‼︎」

 ―――ひゃはははは‼︎ もう遅いんだよ‼︎

    この女もまぁまぁいい体をしてやがる……! せいぜい上手く使ってやるよぉ‼︎


 空気を震わせて伝わる声ではない、脳内に直接伝わるような奇妙な声の醜悪さに、ミグモマルは眉間にしわを寄せて舌打ちする。

 このまま放置すれば間違いなくセツナは妖刀に呑まれ、単なる殺人と破壊衝動に満ちた化け物へと堕ちることになる。アザミらが時間をかけてようやく大人しくさせた代物がまた暴れ出し、今度は自分がそれを抑えねばならなくなる面倒さを思い、ミグモマルは別種の焦りを抱き始めた。

 そうこうしている間にも妖刀は不気味なオーラを立ち昇らせ、セツナを飲み込むように広げて邪な気配を強めていた。

 だがその時、妖刀を握るセツナの眼がぎろりと向けられた。


「お前も、黙れ……‼︎」

 ―――ひゃはははは…………あ?


 哄笑を上げる妖刀だったが、唐突にその声が訝しげな呟きとともに途切れる。

 それまで立ち込めていた不気味な気配が霧散し始め、さらにはより強い気迫に妖刀の気配が塗りつぶされ始めたのだ。

 ただ気配が消えていくだけではない。妖刀から溢れ出していた不気味な力の気配は一度霧散させられ、全く別の力となってセツナの中に取り込まれていた。

 セツナに取り憑こうと送り込まれた力だけではなく、妖刀の持つ力全てが奪われ、セツナのものに変えられていく。言うなれば体を蝕む毒を一旦分解し、純粋な成分として再構築してから吸収しているようなものだ。


 ―――な、ん……⁉︎

    この俺の支配が…効かな……⁉︎


 自身の力の全てが奪われ、妖刀が脳内に伝える声から力が失われていく。高慢な態度は消え去り、捕食者であった自分が食われていくという恐怖に呑まれた弱々しい声が、徐々に闇の中に沈んでいく。

 突然の事態に、自身の精神支配の力が及ばないことに驚愕する妖刀だけではなく、その様子を観察していたアザミまでもが目を見張る。

 ただの剣士の娘にできる芸当を超えた現象に、アザミは取り憑かれた青年を相手にしていた時にも見せなかった驚愕の表情をあらわにしていた。


「おおおおおおおおおおおお‼︎」


 妖刀から移った力が、目に見えるように膨れ上がったセツナが雄叫びを上げ、再びミグモマルに向かって突っ込んでいく。

 その速度は先ほど激突した時よりもはるかに速度を増し、剣の鋭さも明らかに上回っている。警戒を深めていたミグモマルは咄嗟に大太刀を盾に振るわれた一撃を受け止めるが、その表情は次の瞬間凍り付いたように強張った。

 受け流せると踏んでいたはずのセツナの一撃は、先ほどとは比べ物にならないほどに膂力を強め、ミグモマルを防御ごと吹き飛ばしていた。身長も体重さもあるはずのミグモマルが、ただの一撃で宙に浮き、そして木の葉かなにかのように勢い良く弾き飛ばされ、闘技場の壁に激突してしまっていた。


「……………ゴフッ」


 硬い壁に背中からまともに突っ込んでいったミグモマルは、陥没した石材の中に埋もれたまま多量の血を吐き、そのまま舞台上に崩れ落ちた。

 その顔を驚愕で彩ったまま、最強と謳われた剣士が倒れ伏す光景に、その場に居合わせた剣士たちは皆ありえないとばかりに目を剥き、言葉を失っていた。

 その惨劇の張本人であるセツナだけが殺意に染まった表情を変えず、キッとトモナガのいる方を睨みつけ、勢い良く跳躍して刃を振りかざした。


「トモナガ様!」


 護衛達が前に出ようとした瞬間、トモナガは傍らに置かれた自身の獲物を持ち、セツナの前にかざして振るわれた一撃を受け止めた。

 ミグモマルを吹き飛ばした一撃よりも強く重い一撃を、トモナガは眉一つ動かすことなく止める。しかし彼が剣を受けた直後、凄まじい轟音とともにひびが入り、陥没した観客席の姿が、セツナの一撃の強烈さを表していた。

 軋みを上げる鞘に納められたままの剣を間に挟み、トモナガはセツナの目を見つめ返しながら笑みを浮かべた。


「……これは、どういうつもりだ? 旅の武芸者セツナよ」

「白々しい…‼ よもや自分には狙われる理由がないとでも言いたそうだな、東の魔王‼」

「まぁそういわれてしまえば……腐るほどあるが」


 困ったように首をかしげ、セツナの言葉を否定しないトモナガ。

 本気で命を狙っているセツナをものともしていない、そしてその想いを虚仮にしているかのようなトモナガの態度に、セツナの放つ殺意がさらに一回り以上膨れ上がる。

 剣士の怒りはそのまま剣に加えられる力に反映され、重なる重力によってトモナガの足元がさらに深く沈んでいく。それでも立ち続けるトモナガだったが、やがて片手ではきつくなったのか両手で自身の刀を支え始めた。


「だが、少なくともお前との間には因縁など持ちあわせていないと思うがな。どうした? 戦場で父親でも討たれたか。戦火に呑まれて母を失ったか? なら俺を恨むのはお門違いだ。開き直るつもりはないが……戦場で人が死ぬのは当たり前だ」


 着実に追い詰められているのに、全くそんな風に見えない魔王は、自身を狙う少女を説き伏せるかのように語り掛ける。口調こそ馬鹿にしたような軽いものであったが、セツナに対して惜しいと思っていることは確かなようで、セツナの怒りをどこか別の方へとずらすような素振りに見えた。

 さらに火に油を注いでいるようにも見えるが、怒りを膨らませることで冷静さを失わせる意図もあるようで、実際にセツナは自身の表情を悪鬼の様に恐ろしげなものに変え続けていた。


「王たる俺は死ぬ訳にはいかん。王たる俺が死ぬことで、国は乱れ更なる民が苦しむことになる……その意味が分からぬほど、お前は愚かなのか?」


 トモナガの身を案じてか、王を狙う下手人の拿捕を考えてか、トモナガに止められた護衛達がじりじりとセツナを取り囲むように移動していた。

 そちらに目を向けることなく、気配のみで護衛達の狙いを察知したトモナガが舌打ちし、セツナの刀を押し返し逆に抑えつける体勢に映る。一人で十分だという意志表所のつもりで前に出た彼にしてみれば、主の安全の確保のために下手人を殺しかねない護衛達に任せる意思はさらさらなかった。


「わかったらその刃を引け。今なら頭を下げ、この場を去ることで許してやる……それが嫌だというのなら―――」

「ふざけるな……‼」


 なおも説得を試みるトモナガを、セツナは殺意に満ちた声で拒絶する。

 爛々と輝く目は決して揺らぐ余地のない憎悪で埋め尽くされ、先ほどから迸る殺意が重圧となって周囲にのしかかっている。

 気圧され動く事が出来なくなっている護衛達、そして憎しみの対象としている友長に向けて、セツナは目を血走らせながらついに吠えた。


「某の父を―――モリヨシを殺した貴様が、それを言うのか⁉」


 その一言は、会場にいたすべての人間を凍り付かせた。

 トモナガでさえ、その一言を口にしたセツナを前に大きく目を見開き、一瞬思考が停止したかのように口を閉ざしていた。

 セツナは仇敵が動きを止めた瞬間、渾身の力で二刀を跳ね上げ、トモナガの拘束を押し返し自由の身となる。激しい火花を散らしながら体勢を崩した魔王がハッと我に返る寸前に、懐に入ってその首元に勢いよく刃を滑らせた。

 魔王が見せた、今後決してないであろう決定的な隙。絶対に逃がせない千載一遇の好機を手にしかけたセツナが、勝利を確信した時だった。


「……いいからちょっと頭を冷やしなさい。大馬鹿者」


 聞こえてきた覚えのある声に、セツナはハッと目を見開くと急停止し、後方に跳んでトモナガから距離をとる。

 すると、無数の氷の結晶の棘がトモナガの盾となるように生え、鋭く尖った先端をセツナに向かって伸ばしてきた。セツナは頬をわずかに切られながらも、観客席から飛び降りてそれを躱し、息を整えながら膝をつく。

 セツナは荒い息をつきながら、舞台上で杖を構えているアザミに横目を向け、口惜しそうに顔を歪めてから頭を振り、再び観客席を見上げて立ち上がった。


「覚えておけ……トモナガ。それがしは決して貴様を許しはしない……たとえ地獄の果てにまで逃げようとも貴様を追い詰め、これ以上ない苦しみを与え、父上への詫び以外考えられないようにしてくれる‼︎」


 舞台袖から兵士たちが駆け込んでくる音を聞きながら、セツナは険しくしかめられた顔を覗かせるトモナガにそう告げる。

 何かを耐え忍んでいるような、複雑な表情のトモナガの眼と、さらなる憎悪に染まったセツナの眼が交じり、バチリと火花を散らせる。空気が爆ぜそうなほどに緊張が高まり、誰もが口を挟めない居心地の悪い雰囲気が出来上がっていた。


「せいぜいその首、綺麗に洗って待っておけ‼︎」


 セツナはそう言い残すと、二刀をそれぞれ鞘に納めて走り出した。

 トモナガのいる観客席とは真逆の方向に向かって跳躍し、座席を足場にしながら目にもとまらぬ速度で駆け上がり、やがて闘技場から飛び降りていく。

 舞台上に到着した兵士たちは小さくなっていくセツナの背中に悔し気に歯を食いしばり、すぐさま隊長らしき兵士が判断を下す。半数がトモナガの周囲を守るために残り、残る半数が会場外を捜索するために走り出した。

 途端にあわただしくなる舞台上で、取り残されたシオンが呆然とセツナの消えた方を凝視し、立ち尽くしていた。


「セツナ……」


 弟子の悲痛な声を聞き、アザミも深いため息をついて目を細める。

 次から次へといろんなことが起こったせいで考えるのが面倒になりかけていたが、無視できない情報ばかりで思わず苛立ちがこみあげていた。


「……まさか、ねぇ。あのモリヨシの娘か。誰から何を聞いたかは知らないけど、厄介な敵を生み出しちゃったものね。完全に予想外だったわ」


 ヤマト国建国の歴史に欠かせない、最後の戦い。その立役者ともいえる英雄に娘がいた。

 ただそれだけならさしたる興味はなかったが、問題はその娘がやらかしてくれた事件と口にしたこと。

 詳しいことは本人から聞かねばはっきりとはわからないが、もし本当だとすれば国を揺るがす大醜聞(スキャンダル)である。負っていた妖刀がいまだ破壊が叶っていない現状、この一件に関わらざるを得なくなるのは確かで、アザミの眉間には気だるさから深いしわが刻まれていた。

 どうしたもんかと腕を組んで虚空を見つめるアザミは、ふと自分の周囲に人が集まっていることに気づいた。


「申し訳ないが、眼帯の魔女アザミ殿」


 緊張感を持った声で、振り向くアザミに話しかける一人の兵士。

 先ほど兵士たちに指示を与えていたものだと気付いたが、アザミはその視線に奇妙な敵意を覚えて訝し気に眉を寄せる。

 国の王の命令で動いていた自分が、そのような敵意を持たれるなど心当たりがなく、アザミは険しい目で彼を睨みつける。が、すぐにその理由に思い至った。


「其方がかの武人の推薦を承り、大会参加資格を与えたことは調べがついている。セツナと名乗る彼女の身元や目的、我らが王を狙った理由を探るため、其方には事情聴取の責任がある」

「…………あ」


 告げられた言葉に、アザミは間の抜けた声を出して思わず半目になる。

 忙しさや起きた事件の濃さで忘れかけていたが、考えてみればセツナにこの大会の出場資格を与えたのはアザミ自身であった。

 実績や信用のない彼女がこの大会に参加できたのは、弟子の懇願で推薦を与えたからであり、それさえなければ彼女が闘技場内部に武器を持って入り込むこともなく、トモナガが狙われることもなかった。

 そう気づいた瞬間、アザミのこめかみから一筋、汗の雫がしたたり落ちていた。


「詳しい事情をうかがいたいため、ご同行願おうか……アザミ殿」


 有無を言わさぬ様子で近づいてくる兵士をもう一度見やり、アザミは思わず天を仰ぐ。

 予想できぬ展開に、さすがの魔女もこの場を切り抜ける手段を講じることは、非常に困難になっていた。


「……何で、こうなるの」

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