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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
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15:役者は揃った

 準々決勝の試合の半分以上が終了し、青龍の門側と同様、白虎の門の方でも待機している出場選手は数を減らしていて、がらんとした印象を与える。

 静まり返ったその一角では、一人の少女が座り込み、ひくひくと肩を揺らして嗚咽を漏らしていた。


「………くっ、ふっ……‼」


 薙刀を壁に立てかけた少女―――アスカは膝を抱えて腰を下ろし、零れ落ちる涙を誰にも見られないようにしながら、胸中で渦巻く悲しみを必死に抑え込もうとしていた。

 しかし涙は本人の意志とは裏腹にはらはらと溢れ出し、止めることは叶わずにいた。

 格下と思っていた少女に翻弄されるまま、みっともない敗北を晒してしまった。その屈辱と悔恨は少女の心に突き刺さり、どうしても拭い去る事が出来なかった。


「……隣、いいかしら?」

「………‼」


 アスカは不意に届いた声に、ハッと目を見開くと慌てて目元をぬぐう。

 いつの間にか隣に腰を下ろしていた魔女に驚愕するも、気弱な面は決して見せたくないというように涙をぬぐい、首を振って表情を改めた。目元が赤いことに気づいたが、追い打ちをかけるつもりのないアザミはそれについて言及することはなかった。


「……お見苦しい所を、お見せしました」

「……いや、どちらかというと私は自分の弟子の方が情けないと思ってるけど」

「でも…負けたのは事実です…‼ 祖父と父の栄えある名に……泥を塗ってしまうなんて……‼」


 アザミの言葉を慰めとでも思ったのか、アスカは自分の不甲斐なさを嘆いて唇を食いしばる。

 犬歯が唇を食い破り、一筋の血を流させているのを目にすると、やはりその悔しさの原因が自分の弟子にあると確信しているアザミは申し訳なさを感じ、遠い目で視線を逸らすしかできないでいた。

 しばらくすると、また隣から嗚咽が聞こえてくる。一度は止まったものの、話しているうちに悔しさが蘇ってきてこらえきれなくなったようだ。


「何、で……‼ ずっと…頑張って、きたっ、のに…‼ 何も、かも……全部、犠牲にして……戦うことを、選んだのに……‼」


 席を破るように、次々に溢れ出していく言葉の数々。それらはまるで失敗を犯した自分自身を責めるような響きがあり、常人ならば痛々しさを抱かせるものであった。

 だがアザミは、そんな自虐的なアスカに呆れたため息をこぼし、気だるげに頬杖をついて視線を向けた。


「……あんたが今抱いている感情は、あんたの祖父や父親が……あとはアンタが下してきた連中が味わったものと同じ感情だと思うわよ?」

「え……?」

「……失敗しない人間なんていない。悔いのない人生なんてありえない……人間は悔しい思いをするたびに学び続ける生き物だもの。その想いを積み重ねて、強さは手に入るもの……少なくとも私は、そうだったわ」


 アザミの言葉の意味が分からず、アスカはきょとんとした様子で振り向く。涙や鼻水でひどい顔になってはいたが、どうやら驚きと戸惑いで悲しみは薄れたようで、それ以上にひどくなることはくい止められたようだ。

 アザミはかすかに安堵のため息をつき、アスカの目を見つめて語り掛ける。

 今はまだわからなくともいい。この経験を糧とできるかどうかは本人次第で、アザミはただ知識と経験を聞かせる事と、きっかけを与える事しかできないのだから。


「……アンタの槍捌き、筋は悪くなかったわ。足りないのは実戦経験と……相手の言うことを適当に聞き流せる余裕かしらね」


 弟子の不始末を拭うつもりでいたアザミだったが、想像以上に落ち込んでいる姿を見て黙っていられなかった。つい余計な干渉をしてしまったと後悔するも、口にした言葉はもう引くことはできないため、半ばあきらめのため息をつきながら腰を上げた。

 じっと背中に感じる視線を知りながら、アザミは少しだけ背中を押すつもりで不敵な微笑みを見せた。


「あんたがまだ折れてなきゃ……今度こそ、あの娘に真正面から勝てるようになるかもね」


 アスカがどんな表情で見つめてきているか、そんなことを確認する気もなく、アザミはアスカの隣から立ち去っていく。

 今ので奮い立ち、なにくそとやる気を再燃させるもいいし、諦めて別の道を探るのもよし。とりあえず義理果たしたと判断したアザミは、少女を置いてさっさとその場を後にする。


 ただ一人残された少女はその場に腰を下ろしたまま、ぼんやりと虚空を見つめる。

 しかし、その目に溜めていた痛みと苦しみの涙はその勢いを止め、先ほどよりもはっきりとした輝きが浮かんでいた。



 アザミは気だるげな無表情の中に、僅かながら自己嫌悪のような感情を混ぜ、通路を歩いていく。

 弟子でもない、己の努力でここまで勝ち上がってきた少女に対してずいぶんと上からものを言ったではないか、と自分の発言に呆れる。ただの自己満足で語ってみせたが、あの少女ならいずれ自分で気づけたであろう事柄まで口にしたのは余計なお世話だったかもしれない。


「さすがの嬢ちゃんも、あんたの手にかかれば形無しだな」


 小さくため息をついていたアザミは、ふいに自分に向けられた声にその足を止める。曲がり角の影で姿を隠していた龍の角を持つ青年に、アザミは面倒くさそうに横目を向けた。

 青年ムエイは鬱陶しそうなアザミの視線に思わず苦笑しつつ、アザミの近くへ歩み寄り、面白がるようにその顔を見つめる。

 先ほどの会話を聞かれていたのだと察したアザミは、若干の気まずさと聞き耳をたてられていたことへの苛立ちから青年を睨みつけた。


「……何の用? 手ひどくやられた借りでも返しに来たの?」

「いんや……嬢ちゃんのあの面見てたらその気もなくなった。野暮なマネはしねェでそっとしとくことにしたのよ」

「……じゃあ、さっさと失せなさい」

「そうもいかねぇ」


 わざわざ呼び止めるほどの用事かと疑うアザミは、ムエイの目に浮かんでいる執着じみた色に思わず眉間にしわを寄せる。

 冷やかしや暇つぶし程度の興味なら適当に捨て置こうとも考えていたが、ムエイの目に浮かんでいるのは明確な闘志をはらんだ光。明らかにアザミが厄介な事情を請け負っていることを察し、自分もそれに加わろうとしている態度だった。


「かの大魔女様が出張るような何かに興味があってな。一枚噛みに来たのよ……何かあんだろ? 異国の脅威にさらされてきたわが国と我らが王の窮地を幾度となく救ってきた魔女殿が、自分じゃなく弟子を隠れ蓑に動くような事態が」


 見透かすように挑戦的に話しかけるムエイに、アザミの眉間のしわはより深くなり、胸中の警戒心が深まっていく。何を思って厄介事に首を突っ込もうというのか。この男に関してはただのお人好しとは思えないし、何かしらの報酬、見返りを求めているのははっきりと感じ取れる。

 目的の見えない男の発言に考え込んでいると、その疑惑を察したのかムエイはにやりと不敵な笑みを浮かべ、アザミの耳に唇を近づけて囁いた。


「知ってんだぜ、俺は。いや……爺から耳に胼胝(たこ)ができるぐらいに聞かされてたのよ。口じゃあ素気ねぇこと言いながら、誰かを救い続けるお人好しの魔女についてな」


 その口説くようなねっとりとした口調に、アザミは即座に男の目的を察する。

 この男はやはり、ただ単に面白がっているだけだ。身内から聞かされた魔女の実力がいかほどのものか、その魔女が手を焼いている事件が一体どんな内容なのか、追っている者は一体どのような代物なのか、知りたいだけなのだ。

 冷やかしというほど軽くはなく、しかし目的といえるほど深い事情はないのだと察した瞬間、アザミの中の疑惑の熱は呆気ないほどに鎮火されていった。


「……余計なお世話よ。失せなさい、小僧が」

「おお、コワイコワイ」


 鬱陶しそうに振り払うと、ムエイはさして気にした様子もなくアザミのそばを離れる。

 アザミが先ほどとは違った意味で深いため息をつき、気だるげな足取りで行先を思い出したように歩き去っていくのを、ムエイは実に楽し気に見送っていた。


「そいじゃ……勝手に余計なお世話かけさせてもらいますよ」


 去り際に呟かれたその声はアザミにも届いていたが、魔女はフンッと軽く鼻で笑うだけで、特に何も返しはしなかった。


     ◆ ◇ ◆


 舞台の上で、流麗な軌跡を描く双剣と極限まで研ぎ澄まされた長い刀が幾度も激突する。

 片や少女は、繰り出される剣撃に必死に追いつこうとする険しい表情で、その相手は涼しい顔で、じわりじわりと少女を追い詰めるかのように剣速を上げていき、眩い火花を飛び散らせる。

 準決勝へ至るための最後の試合。数々の戦いを同じ数だけ超えてきた二人の戦士であったが、両者の間には決定的ともいえる程に実力差が生じてしまっていた。


「手厳しいでござるな、シオン殿の師は」


 もはや一方的な戦闘に観客席からは気の毒そうな声が上がり、情け容赦なく相手を攻め立てているミグモマルにはかすかに非難する声が上がっている。

 そんな光景に苦笑しながら、舞台袖からそれを見ていたセツナもやや鈴々に対して同情するような視線を送り、何か別の話題で気分を変えられまいかと隣のシオンに視線を移す。


「頑張ったことへの労いもないとは……与えられるのはいつも鞭ばかりではあるまいな?」

「…否定はできない。あんまり褒めてもらったことない気がする」

「某が貴殿なら、おそらく早い段階で心が折れているでござるよ……」


 相変わらず表情乏しく舞台上の激突を見つめるシオンだったが、その目には苦々しいものが混じっている。

 試合に対して既にさほど興味はないようで、暇をつぶすつもりで仕方なく目を向けているだけのように見える。双剣使いの少女に対して想うことはわずかにあるようだが、他の観客のように取り乱すほど感情移入してはいないようだった。

 セツナはやや冷たい態度のシオンに苦笑し、次いでそんな弟子を育てた魔女の事を脳裏に思い浮かべた。


「弟子を甘やかしたくないという考えもわからなくもないが、やはり少しぐらい飴をくれても罰は当たるまいと思うでござるよ。自分で言うのもなんだが、そちらの方がよほどやる気が出るというもの……」


 思い返されるのは一つ前の、そして第二回戦での試合のこと。

 相手選手の自爆もあったが、相応の苦労を重ねて勝利を修めたにもかかわらず、戻ってきた弟子に返ってきたのは容赦のない駄目出しであった。褒めて褒めてとばかりに目を輝かせて駆け寄ってきた弟子に、与えられたのは顔面を締め上げられるお仕置き。セツナも思わず同情の視線を送る仕打ちであった。


「でも……時々あの冷たい眼差しとお仕置きが気持ちよく感じる時がある」

「……さ、左様か」


 しかし当の本人は、前回食らった折檻を思い出してなぜか恍惚とした様子になっている。表情こそさほど変動はないが、頬は赤く染まり目は酔ったように蕩けている。痛みに対して何かしらの快感を覚えていたのは明らかだった。

 セツナは頬を引きつらせ、冷や汗を流しながら若干シオンから距離をとる。個人の性癖に関しては特に何も言うつもりはないし、偏った観点で見るつもりもないが、少なくとも近づきたくないと思えるほどに今のシオンは危ない表情を浮かべていた。


「……何やってんのよ、あんた達」


 遅れて舞台袖に到着したアザミは、青い顔で身を引くセツナと恍惚とした表情のシオンを見て呆れた様子で立ち尽くす。

 ハッと我に返ったシオンとセツナは振り向き、慌てて姿勢を正してアザミに向き直った。


「お…おや、用事は終わったようでござるな」

「……何を律儀に待ってるのよ」


 微妙にぎこちないセツナに、実は先ほどの会話は全て聞いていたアザミは深いため息とともに視線を逸らす。陰で悪口を言っていた姿を、本人に聞かれていたような気まずさがあるらしく、セツナはやや青ざめた表情のまま目を合わせない。

 シオンも表情はいつも通りの無表情だが、やや頬は赤くアザミの視線とは微妙にずれている。やはり自分の癖を師に知られることは恥ずかしいらしい。


「して、何用でござったのだ? もう次の試合は始まっており申すぞ?」

「……野暮用でね。それより、試合はどんな感じ?」

「見ての通り、なかなか心躍る応酬が繰り広げられていますぞ」


 セツナはどこか待っていたとばかりに舞台上に視線を戻し、アザミに場所を譲る。

 激しい火花と砂煙が立ち上るそこでは、先ほどよりも勢いの増した剣戟が繰り広げられている。鈴々は加速したミグモマルにさらに追い詰められていて、いまにも双剣を取り落としそうなほどに忙しなく技を振るい、そして翻弄され続けている。

 素人が観たとしても、試合の結末は明らかであった。


「ミグモマル殿と鈴々殿……こう言ってしまうのは何でござるが、ちと大人げない組み合わせに思えてしまうでござるな」

「ん。結果が目に見えてる」

「……あんた達はもう少し気を遣うということを覚えなさい」


 本人がすぐ近くにいないからといって、ずけずけと思ったことを口にする二人の少女にアザミは思わず呟く。誰もが思いそうなことであったが、気遣いができる人間、特に世間一般的な人間であればもう少し言い方を考えるか、口にせずにそっと見届けるという優しさを持っている。

 何処かで教育を間違えたか、とか友達はもう少し選ばせるべきだったか、と悩むアザミはため息をつき、二人にジトッとした目を向けたまま壁にもたれかかった。


「……考察しなくても、もうじき終わるわよ」


 アザミがそう告げた瞬間、観客席からどよめきの声が上がった。

 これまで鈴々の防御を突き崩そうとするような連撃を放っていたミグモマルが突如、深く体を沈み込ませ、全身を使った強烈な横薙ぎを繰り出したのだ。


「つぇえええええい‼」

「あぅっ…!」


 すでに疲労でフラフラになっていた鈴々はその攻撃に耐える事が出来ず、衝撃で双剣を手放し天高く放り投げてしまう。傾き始めた陽光を反射させ、赤く輝く刃がヒュンヒュンと回転すると、限界に達した鈴々はドサッと尻餅をついた。

 甲高い音を立てて双剣が地面に落下する。鈴々は目の前につきつけられる刀の切っ先にグッと唇をかみしめ、やがて悔しそうにくしゃっと表情を歪めてがっくりと項垂れた。


「……参り、ました」


 その途端、勝者が決まったことへの歓声ではなく、鈴々の大健闘を称える声援が一斉に降り注ぎ、少女を大いに困惑させた。負けた方が称えられるとは夢にも思わなかったのだろう、目を見開いて座り込んだまま呆然となっていた。

 ミグモマルは特に反応こそしなかったものの、どことなく自分が攻められている雰囲気を察してか、一言も発言することなく刀を鞘に納め、その場から立ち去っていく。

 対戦相手のいなくなった舞台上で、座り込んだままの少女を大喝采が包み込んでいた。


「ん。やっぱり向こうの方が格上だった」

「これでも……善戦したというべきでござろうな」

「……あんたたち、あの娘に絶対会っちゃ駄目よ」


 やはり優しさの欠片もない二人の少女の発言に、鈴々が耳にしたら絶対に心を折られると直感したアザミが忠告する。自分の弟子が他所の子を泣かせたなどという醜聞は、今後の面倒さを考えて何としてでも避けたかった。


(……これで容疑者は、三人)


 今後は道徳心も教えるべきだと痛感したアザミは、戸惑いながらも舞台上から降壇していく鈴々を見送りながら考えこみ始める。

 16人いた容疑者は(自分の弟子を除く)4分の1以下にまで減り、その全員の人となりや実力を全て閲覧することができた。とくに戦闘能力に関しては他者と会話をしながらも常に監視し続け、一挙一動を決して見逃さずにおいた。

 だが、いまだにそこから先へと絞り込めずにいた。


(……ここにきてまさかの面子が揃っちゃったわね。ていうか、あの馬鹿弟子がここまで勝ち残ったのも予想外だったわ)


 本音を言えば、シオンが準決勝まで生き残るとは思っていなかった。基礎的な身体能力は高く、自分が直々に教えているだけあって相応の強さはあるが、実戦経験はそこまで多くないためにどこかで躓いてくれるものだと思っていた。

 実際には偶然やら相性やらが偶然にもかみ合い、ここまで生き延びてしまった。辻斬りの容疑者が姿を現す危険性を考え、引っ込んでいてほしかったのだが、もはや自分でどうにかしてもらうほかにない。


(……まぁ、乗り掛かった舟だし、引き受けた依頼だから最後まで遣いつもりだけどさ)


 多少危険ではあるが、弟子一人のために依頼を投げ出すつもりは毛頭ない。多少は気を配ったりはしてやるが、もとは自分で首を突っ込んだ案件、弟子には自分の身を自分で守ってもらうとして、辻斬りの下手人探しに集中することにする。

 だが、相応の時間と労力をかけても尻尾を出さないのはアザミにとって予想外だった。一度容疑者全員を最初から調べなおした方がいいのではないのかと思えるほど、決定的な確信が持てないでいたのだ。


(……ここまで私に気配を気取らせないなんて、こんなことは初めてだわ。いつもならあの糞餓鬼の遺物が目に入れば察知できたのに、痕跡すらも見つからない……あいつはああいっていたけど、私が勘繰りすぎただけで別件の別物なのかしら)


 だとすれば、当初のやる気が一気に落ち込んでいくのを感じる。自分の因縁が関わっているからこそ介入したというのに、実際は全く無関係の人物が相手だったのなら、これまでの頑張りが完全に無駄な気がしてしまった。

 億劫そうに肩を落とし、深いため息をついた時だった。


(……別物?)


 アザミはふと、ある一つの可能性に思い至る。

 トモナガに提示された情報、調べ続けた情報、そして、かつて自分が似たものと相対した時の記憶。それらを一旦バラバラにし、もう一度一つに組み合わせていく。

 ふと思い浮かんだ可能性を終着点に家庭を構築しなおしてみると、アザミの目にはある一つの答えが見えた。


「……ああ、そういうのもあったのか」

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