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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
40/69

14:伸びた鼻は折られる

都合により今話の構成を変更しました。

 ミフネは今、極限の状態にあった。

 宿敵ギャラハットとの戦いを制した彼は、彼の無念を引き受けるかのような気分で優勝を狙うべく、次なる対戦相手である若き剣士と相対していた。

 とはいえ彼も一回り以上年下の相手に向きになるほど子供じみてはいなかったし、前日に観戦した彼の戦いぶりを見るに、彼我の能力の差を把握していたために、ある程度の手加減を加えることも考えていた。少年の自尊心を傷つけない、あくまでギリギリとなるように出力を押さえ、試合に挑むつもりであった。

 だが、その目論見はとっくの昔に崩れていた。


「くっ…!」


 ミフネのこめかみをすさまじい速度で刃が降りぬかれる。咄嗟に躱したと思ったのに、ミフネのこめかみにはわずかに傷が刻まれ、薄皮を裂いて一筋の血を垂れ落とさせた。

 ミフネの表情は緊張に引き攣り、少し前まで浮かべられていた余裕の表所は見る影もない。

 自分の実力に対する絶対の自信が、好敵手へ勝手に掲げていた誓いがかすれるほどの衝撃が、今の彼に襲い掛かっていた。


(速い…! この前の試合よりも格段に…!)


 冷や汗を流して慄くミフネに構わず、ナギサの放つ刺突が風を裂いて迫りくる。

 その音はまるで嵐の中の強風のように荒々しい音を響かせ、ミフネや自分の髪をなびかせる。異様としか思えない速度で繰り出される突きと払いを、ミフネは持ち前の反射神経と動作の予測でどうにか凌いでいた。

 相手の筋肉の動き、視線の向き、様々な要因から相手の次の動作を予測し、防御や回避に入る事が出来るミフネの技術は、これまで数々の相手を下すのに役立ってきた。業と動作を見せて間違った反応を引き出す戦術もあるが、ミフネの観察はそれを上回る精度であり、彼の〝無敵〟の二つ名を轟かせる要因となっていた。

 だが、ナギサの剣はそれをはるかに上回ってきた。

 フェイントは使わない。ただ単に少年の剣はミフネの反応を上回るほどに速く、そして鋭い、ただそれだけのことであった。


(やはりこの少年……ただものではない! 見た事のない太刀筋……尋常ではない体力……一体だれがこれほどの逸材を見つけ、そして鍛え上げたというのだ…⁉)


 ミフネの胸中に浮かぶのは、激しく煮えたぎる嫉妬の心。

 ミフネの築き上げてきた自信と誇りが、目の前の少年の見せる剣技によって徐々に削られ踏みにじられていく。自分よりもずっと年下の若輩が、今まさに自分の首を獲ろうと迫りつつあるという事実を否定したくて、ミフネの顔は修羅の形相へと変わりつつあった。

 もう彼の脳内に手加減という考えは微塵も残されてはいない。自分の地位を脅かしかねない鬼をどうにか排除せねばならないと、どす黒い感情ばかりが渦巻き始めていた。


「こんなところで……獲らせてなるものかぁぁぁぁぁ‼」


 強く吠えるミフネの目には怒りと憎悪、そして焦燥と脅えが入り混じる。

 辛うじて人死にが厳禁であることを思い出し、急所から外れた脇腹に向けて刀の峰が振るわれる。驚異的な嫉妬心と焦燥がなせたことか、ミフネのその一撃は今までの彼の剣技の中で最速となり、無駄なものを一切排除した正確無比な斬撃となっていた。

 しかし、そのどす黒い感情に染まった刃が届く寸前、薄皮一枚分の距離で、少年の姿はミフネの前からかき消えていた。

 大きく目を見開き、刃を振り下ろしたままの姿勢で硬直するミフネの背後で、横薙ぎに刀を振りぬいたナギサは鞘に刃を納めた。


(俺に未熟なところがあったのは確かだ……だからこそ常に鍛錬を重ねてきた……‼ あいつと決着をつけるために、互いに高みを目指すために……なのに、これではあまりに……‼)


 ガシャン、とミフネの手から刀が零れ落ちる。

 何が起こったのか、最後まで目で追う事が出来なかったミフネは一切を理解できないでいた。ただ、腹部に横一文字に食らいつくとてつもない痛みが、ミフネに自身の敗北を悟らせていた。


「遠すぎる……‼」


 ぐらりと、白目を剥いたミフネの体が地面に向かって傾いでいき、砂埃を上げて倒れ伏す。

 彼の抱いた激しい無念と恐怖が、彼の顔をゆがませたまま硬直させる。不気味な彫像のように、壮年の剣士はピクリとも動くことなく、舞台の上で哀れな敗残者の姿をさらすこととなった。

 刀を帯に下げなおし、ようやく肩の力を抜いたナギサは、そこでようやく我に返ったかのように大量の脂汗を噴き出させる。ぶるぶると震えるのは、今になって襲ってきた恐れか緊張か、何であろうと少年は今さらになって自分のやってのけた偉業におののき、驚愕している様子であった。


『し、試合終了ぅぅぅ‼ 準々決勝最初の戦いは、またもやこの若き少年剣士が勝利を掻っ攫っていってしまったぁ‼ 本大会初出場の超新星がここまでの大番狂わせを演じたことが、これまでにあっただろうか⁉』


 会場の観客たちは一瞬静まり返ったものの、進行の声でようやく再起動を果たし、大きな歓声を持って勝者を迎えた。

 ナギサはまだ自分が勝ったことを信じられないようで、自身のなさそうな愛想笑いを浮かべたまま頬を痙攣させている。まるで自分以外の誰かが勝手に試合を終わらせてくれたような、そんな態度を思わせるほどに少年の立ち姿は覚束なく、そして奇妙な違和感を抱かせていた。

 しかしそんなことは観客たちには関係ない。胸熱く心躍る戦いを見せてくれたことに変わりはなく、その愉しい時間を提供してくれた少年への感謝が、歓声や指笛として贈られるばかりであった。



「……大丈夫、いける」


 シオンは舞台袖でそれを見やりながら、逸る気持ちを抑え込むのに精一杯になっていた。

 魔術師としてだけではなく冒険者としての実力も折り紙付きの師に鍛え上げられてきたシオンにも、少年の能力の異様さはありありと伝わってきた。

 ミフネが弱かったわけでも、偶然などに助けられたわけではないことはわかっている。ナギサ自身が自覚しているようには見えないが、あれはまさしく少年がこれまで積み重ねてきた努力と類稀なる剣の才能によるものだ。

 自身を奮い立たせるために呟いては見たものの、いずれぶつかる予定の相手はやはり難関に見えた。


「私は魔女アザミの弟子……落ち着け、恐れるな、いつも以上にやればいい」


 シオンはそうして、目の当たりにした圧倒的な実力者への恐怖を打ち消そうと己を鼓舞し続ける。

 静かに目を閉じ、周囲の一切の音を遮断し、自分の心臓の鼓動だけが耳に響いてくるのを感じながら、そのリズムが徐々にゆっくりになっていくのを待つ。

 深い呼吸をいくつも繰り返し、振動で揺れる豊かな胸に手を当て、自身の体調を万全なものに整えていく。

 そうしてしばらく佇んでいたシオンがゆっくりと目を開けると、その目には静かに研ぎ澄まされた輝きが宿っていた。


『予想外の事態が次々に起こる本大会、続きましてはあまりに有名すぎる師と祖父を持つこの二人‼ 我が国最強の戦士の片割れの血を受け継ぐ才媛と、偉大なる魔女の知識を受け継ぐ才女! この異色の組み合わせを、誰が予想できたでしょうか⁉』


 進行の声に導かれ、シオンが舞台の上へと堂々と進み出ていく。踏み出す脚に震えはなく、緊張のお陰で絶妙に温まった体がその時を今か今かと待ちわびる。

 見れば、対戦相手も万全の体調を整えているのか、引き締まった表情で歩み寄ってくる。手に携えた立派な業物が陽光を反射し、当人の自信を表すかのように輝きを放っていた。

 舞台の中心を挟み、同じ距離で立ち止まった両者は、測ったかのように同時に鋭い視線を交わらせた。


「……あなたがあの魔女の弟子?」


 威嚇するように睨んでいると、アスカの方が会話の口火を切った。明らかに見下した様子の挑発を交えた口調に、シオンはわずかに視線をきつくして返す。

 戦いの場では言葉も武器の一つ、興奮させたり落ち込ませたりと、相手の気力を削ぐことも戦法の一つであるとわかっていたシオンだが、やはり少しは苛立ってしまうものだった。


「だったらなに?」

「とてもそうは見えないわね。騙るならもっと自分の力量のあった人物を選んだ方がいいんじゃない?」


 魔術師としては無名のシオンはよく、こういった誹りを受ける事がある。それは師に対する羨望が強い故の落胆であったり、有名人のそばにいることへの妬みであったり、単に気に食わない相手をこき下ろすための理由付けであったりと、様々な要因でからまれることが多い。

 以前訪れた国でも似た様なことがあったと思い出しながら、今回は少し異なる要因であることを察した。


「だいたい何? 魔術士なんて紙みたいに脆い連中が、なんだってこの武の極みを魅せる大会に参加しているわけ? お門違いにもほどがあるわよ」


 アスカはどうやら、純粋な戦闘向けの職業ではない魔術師が大会に参加していることが気に入らないようだった。

 自分の体と得物、それだけであらゆる困難を踏破し、高みを目指す彼らにとって、魔術という理解の及ばない力を研究する輩が武闘の場に関わるのは、冷やかしを受けているような気分になるらしい。

 本来の実力たる魔術を使わないというのも、手を抜かれているような気分になって苛立つようである。


「馬鹿にしたいなら他所へ行ってもらえるかしら……あんまり舐めた態度をとっていると、殺したくなるわ」


 本気でシオンを殺しそうなほどに鋭い視線に、シオンは一切臆する様子がない。

 アザミに師事を受けたシオンにしてみれば、魔術はただの便利な道具。それをどんな場面で使用したとしても、道具を有効的に使用しただけで何も苛立つ要素などありはしない。

 アスカの抱いている敵愾心の方が、お門違いと評されるものだと考えていた。


「親の七光りで目立ちたがる人にばかにされる筋合いはない。私の師匠はアザミただ一人……これ以外名乗るつもりはない」

「……どうやら殺されたいみたいね」

「あなたに殺される気は毛頭ない。天寿を全うして死ぬ」


 それ故に、シオンも真正面から喧嘩を売ることで返した。別に師を馬鹿にされたわけではないが、血筋が余計に誇張されていた上、本人もあまりに厚顔不遜な態度で少しばかり鬱陶しく感じていたのかもしれない。

 とくに挑発の意図はなかったシオンだったが、やはりというべきかアスカは徐々に眉間に深いしわを刻み始め、見る見るうちに恐ろしい形相に変わり始めた。図らずとも相手を過剰な興奮状態に追いやったシオンは、目の前で膨れ上がる殺気に訝し気に首をかしげていた。


『それでは試合、開始ぃぃぃ‼』


 進行の声が響き渡ると同時に、けたたましい銅鑼の音が轟く。

 その瞬間アスカはギラリと眼光を鋭くし、薙刀を大きく振り回して背に担ぎ、シオンに向かって突進を開始した。


「ならば今日この日があんたの寿命よ‼」


 重く鋭い刃が、シオンに向かって横薙ぎに振るわれる。身の丈を超えるそれを振り回す膂力もさることながら、振るわれる刃は大気に対して直角を保ったまま、一切ブレることなくシオンを狙って突き進む。

 シオンは咄嗟に頭を下げ、首を刈りかけたその一撃を回避する。猫耳の毛の一部がかすかに切り飛ばされるのを感じながらも、続いて襲い掛かってくるアスカの回し蹴りを見据える。


「せぃやぁぁ‼」


 横薙ぎの際に発生した回転を利用し、通常よりも勢いの増した蹴りが鎌のようにしなる。しかしシオンは蹴りが直撃する寸前で跳躍し、軽々とアスカの頭上を跳び越えた。

 すかさずアスカはその場で踏みとどまり、背後に移動したシオンに向けて薙刀の石突を差し向けるも、シオンは背中を向けたままそれを躱してみせた。

 目を見開くアスカを嘲笑うように、シオンはアスカが攻撃を放つ度に周囲を飛び回り、揶揄うように翻弄する。


「くっ……このぉ‼」


 一撃一撃が正確で重いアスカの攻撃だが、シオンはまるで実体のない煙のように飄々とそれらを躱し続ける。しかし決してふざけているわけではなく、軽く柔らかい身体で最低限の体運びを行っているがために、相手を挑発するような動きに見えていた。

 そんな目論見は微塵もなかったシオンだったが、アスカの表情からは徐々に余裕が削り取られていく。これまで相手にしたことがない、真正面から打ち合うことを避けるシオンのような戦い方に、完全に調子を崩されてしまっているようだった。


「っ…‼ あぁもう! 何で当たらないのよ⁉」


 ついにはその口から、思い通りにいかない現状への苛立ちが暴言となってこぼれてしまう。

 焦ったアスカは集中を乱し、無駄に大きく薙刀を振り回して致命的な隙を作っていた。さすがに瞬時に気づき、慌てて体勢を立て直そうとしたアスカだったが、シオンはそれを見逃さなかった。

 ズシン、と舞台が強く踏みつけられ、シオンの体がアスカの目の前のわずか数センチ手前の場所まで接近する。

 薙刀の死角、刃の届かない持ち手付近に迫られ、アスカの表情がこわばった。


「一つ勘違いしてる―――」


 ドスッ、と鈍い音とともにアスカの体がわずかに宙に浮かぶ。アスカのみぞおちに食い込んだ拳が、彼女に重い衝撃を叩き込んだ。

 アスカの口から「げほっ」という苦悶の声とともに、多量の唾液が吐き出され、地面に撒き散らされた。シオンを凝視していた目は一瞬で焦点を失い、少女の視界は徐々に真っ黒に染まっていった。

 少女の鳩尾に拳を突き立てたまま、シオンはどこか呆れたようにため息をつく。それは相手の準備不足に対する呆れのようにも見えた。


「私はただ魔術だけを学んで来たんじゃない……魔術を使った戦い方(・・・・・・・・・)魔術を使わない戦い方(・・・・・・・・・・)も学んできた。師匠は戦闘に関しては無茶苦茶厳しいから、こういう事に関して私は舐めたりなんてしない」

「ァが…‼」

「舐めてたのは、そっちの方だったね」


 ずるりと崩れ落ちていくアスカを見下ろし、シオンはどこか気だるげに告げる。己が力を過信し、相手の能力を見誤った相手へ憐れむような視線を向け、シオンはアスカを抱き寄せ、優しく横たわらせていく。

 地面に横に寝かされるアスカがその間際に見せた悲痛さと苦しみの混じった表情に一瞬だけ眉をひそめ、シオンは天に向けて拳を突き出した。

 その瞬間、わっと盛大な歓声が轟き、シオンの勇姿を称えた。


     ◆ ◇ ◆


 試合を終え、舞台袖へと戻ったシオンを待っていたのは、腕を組んで壁に背を預けているアザミだった。

 準々決勝を超え、徐々に優勝に近づきつつあることに自身を得つつあるシオンは、瞳にキラキラとした光を称えながら師のもとへと駆け寄っていった。


「師匠、勝った…………よっ⁉」


 しかし、目前にまで駆け寄っていったシオンを迎えたのは、頭を撫でてくれるご褒美ではなく無言の拳骨であった。

 一瞬目の前に火花が散り、視界が真っ黒に染まったシオンは、ずきずきと痛む頭頂部を押さえて涙目で蹲る。なぜ叱られたのかわからないシオンはひどく悲しい気分に陥りながら、師を恨めしそうに見上げるしかなかった。


「な、なぜ……⁉」

「……アンタね、相手を挑発するにしても限度ってもんがあるでしょうが。何様よこの小娘が」

「あだだだだだだだ」


 激痛が走る頭がつかまれ、引っこ抜くように持ち上げられシオンはさらなる苦痛に襲われる。追い打ちのようにアザミの指に力が入り、ミシミシと頭蓋が軋む音が聞こえてきて慌てふためく。

 その気になれば本気で頭蓋を砕かれそうで怯えるシオンだったが、しばらくするとだるくなったのか、面倒くさそうにため息をついたアザミによって軽く放り出されることとなった。


「……一回勝ったぐらいではしゃいでないで、さっさと身だしなみでも整えてきなさい」

「う~…」


 何か理不尽だと思いながら、シオンは渋々アザミの言う通りに舞台袖を離れ、共同の手洗いに向かっていく。てっきりよくやったと言ってもらえると思っていたのに、返ってきたのは叱責という苦い結末に、シオンはついついぶつぶつとぼやいてしまっていた。

 不満げな弟子の背中を見送っていたアザミは呆れたようにため息をつき、しばらくしてちらりと横目を別の場所へ向けた。


「……さてと」


 気だるげにつぶやき、アザミはある場所に向かって歩き出す。

 シオンが登場した青龍の門ではなくその反対側、対戦相手が登場する白虎の門の方であった。

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