2:迷い人
だいぶん日が空きましたが、2話目でございます。
できたら即投稿するというスタンスで続けて行こうと思っていますので、どうぞ気長にお楽しみください。
ラルフィント共和国。大陸の西北に位置するこの国は、商業により発展して来た背景を持つ小国である。
海があり、大河が流れ、陸地にもいくつもの道が整備された地域を利用し、様々な国から商人や旅人が集まり、流通の一部となって来たのだ。その商品も物資だけではなく、情報や人材など多岐にわたり、取り扱う範囲も非常に大きい。
そのように商業を大元としているこの国であるが、もうひとつ重要視されている職業がある。
貴重な商品を運ぶ商人達にとって、道中は常に危険が伴う。盗賊の襲撃、不測の事故、あるいは自然の気まぐれによって被害を受け、商品だけではなく商人達も命の危機にさらされることも少なくなかった。
故に商人達は、王国に存在する〝ギルド〟に依頼し、道中の警護や商品の運送、または素材の調達を任せる。腕っぷしに自信のあるその者達は、提示された金額に納得が行けばギルドを介して契約を交わし、装備を備えて任務を達成し、目的地まで同行する。
そんな仕事を請け負う〝冒険者〟が集まるギルドの一例が、ラルフィント王国の王都ギャラックに存在する冒険者ギルド『翼獅子の瞳』である。
◇ ◆ ◇
「……よし、確認した。これで俺のクラスは全員揃った」
ギルドの応接室、本来は大手の依頼者にのみ使用される部屋の、高級そうなソファに腰掛けた中年の男性が、長机の上に差し出された書類にサインした。
凹凸がやや乏しい平たいの顔立ちにはシワが刻まれ、積み重ねた年季がにじみ出ている。黒い角刈りの髪にはところどころ白いものが混じっているが、笑みをたたえる瞳にはまだまだ若々しい力強さが宿っている。
彼の名はイワオ・コンドウ。ラルフィント王国の守護の任を賜った騎士団の副団長にして、【厳塊】の二つ名で知られる戦士である。そんな榮ある役職につく彼が、机を挟んだ向かい側に座っている人物に心の底から敬意を表し、深々と頭を下げていた。
「これでやっと俺の肩の荷もおりた。長い間付き合ってくれて、本当に感謝している。ありがとう」
「……気にしないで。それが仕事だったんだもの。」
男性にそうそっけなく答えるのは、顔の半分を痛々しく眼帯で覆った黒髪の美女、隻眼の魔女アザミ。艶やかな黒髪を晒した彼女がソファに深く腰を下ろし、気だるげに男性を見つめ返していると、男性はまだ言い足りないというように首を振って肩をすくめて見せた。
「ご冗談を。あんな依頼を承ってくれたのは、後にも先にもあんただけだった。本当に、感謝してもしきれんよ」
「……そう、なら、素直に受け取っておくわ」
深々と頭をさげるイワオから目をそらし、アザミは煙管をくゆらせる。
アザミがちらりと目を向ければ、イワオの持つ名簿にはまだまだ空欄が残っている。全て埋まっているのは、欄の上に「近藤厳」という名前が書かれた名簿だけであった。
「……で、本当にいいの? とりあえずあんたの出した名簿に載ってる連中は探したけど、捜索はこれで打ち切りってことで」
「ああ……本当は他の連中も探したいところだが、これ以上は俺もさすがに負担になっちまう。無事が知れただけでも、ありがたいと思わねぇとな」
口惜しげな顔で、イワオは首を振る。その顔には自分の探し人が全員見つかった、あるいは生死を確認したことへの安堵と、これ以上の捜索を断念することへの悔しさが混ざり合っていた。
「あんたにはこれ以上迷惑はかけねぇ。土方も沖田もいるし、こっちでなんとかやるよ」
「……そう。あんたたちがそれでいいなら、もう私は何も言わないわ」
「おう! まぁうちの連中もほとんど独り立ちしたからな。一人や二人どうってことねぇよ!」
「……そう」
アザミは終始そっけない態度だが、イワオは全く気にしていない様子でガハハと豪快に笑っている。慣れているようだった。一方的な笑い声がしばらく続くと、やがて二人は同時に腰を上げた。
「それじゃ、話はここまでってことで」
「……ええ。あとはあんたに任せるわ。シオンも待たせちゃってるし」
「最後になるが、本当に助かった。この借りは必ず返すぞ」
「……期待しないでおくわ」
アザミが先にドアをくぐり、応接室を後にする。
イワオはその背中を見送ると、空欄が埋まった自分のクラスの名簿を再度見下ろし、満足げなため息をついた。
「……もう、あれから30年か。長ぇなぁ」
感慨深そうな声で呟くと、イワオは窓の外の街並みを眺める。
彼―――近藤厳が、どういう因果かこの街に流れ着き、根を生やして今に至るまで、気がつけばそこまでの年月が経っていた。
言葉も通じず、常識も通じない、そんな場所に一人放り出された彼だったが、数々の縁によって助けられ、今の立場に落ち着いた。
その年月を考えても、まだ自分はよそ者のように思える、それが不思議でならなかった。
◇ ◆ ◇
ざわざわと喧騒が響く、広いロビー。
様々な種族の冒険者たちが集まり、依頼を取り合い、情報を交換する空間の一角に慎二とシオンはいた。
慎二は視界に入る屈強な冒険者たちにちらちらと落ち着かないような視線を送り、シオンは我関せずといった様子で注文しておいた飲み物をチビチビと口に運ぶ。
仕事で一時的に慎二の身柄を預かったアザミが、帽子だけシオンに預けてギルドの奥に入っていってしまったために、彼らはこの場で待ち惚けをくらう羽目になったのだ。
慎二はシオンにも何か言いたげ、というか話しかけて欲しそうな視線を送るが、見習い魔導師は全く意に介さない。それどころか若干視線を鬱陶しそうに感じているように見えた。
「……なあ、君。シオン、ちゃんだよね?」
暇を持て余したシオンがギルドのテーブルの上に顎を乗せてくつろいでいると、沈黙に我慢しきれなくなったのか、慎二が恐る恐るといった風にシオンに話しかけた。くつろぎを邪魔されたシオンがちらりと一瞥すると、やっと反応してくれたと慎二は安堵の表情を浮かべた。
「君って魔道士だろ? どこいったら魔法って習得できるのかな? 俺にも使えるのかな? 色々聞かせて欲しいんだけど」
「…………」
まだ異世界で活躍する夢を捨てきれないのか、慎二はこの世界の住人であるシオンから聞き出そうと話しかける。
だがシオンは興味を失ったように慎二から目を離し、飲み物に視線を戻す。
慎二はおざなりにされたことにムッとしたように眉を寄せるが、すぐに親しげな顔を装って質問を続ける。
「この国って、獣人とか亜人の姿がよくみられるみたいだけどさ、やっぱり開明的な国だったりするのかな? 差別されてたり、奴隷扱いされてたりしてないのかな?」
小説の中によくある描写を思い出し、気になった慎二がしつこく尋ねる。目を細めたシオンは、声をひそめながらもどこか興奮したままの慎二に視線を向けることもなく嘆息する。
目の前の美少女にしか気が向いていない慎二は、ほかの席についている冒険者たち、特に彼の言う獣人や亜人の者たちが眉を顰めていることに気がついていなかった。
「なぁ、ちょっとぐらい返事してくれてもいいだろ?」
「……うるさい」
つい強めの口調になってしまった慎二が言うと、シオンは不機嫌そうに眉を寄せて彼を睨んだ。
突き放すように冷たい声と視線に慎二が怯み、口を閉ざして視線をそらす。元の世界でも女の子とそんなに仲が良かったわけではない彼にとって、女子からの冷たい視線は心臓に悪すぎた。
「……シオン」
沈黙を遮るように、シオンは奥から戻ってきたアザミに呼ばれる。
ピンと耳を立てたシオンはすぐさま席を立ち、表情はあまり変わらないが瞳をキラキラと輝かせて、慎二を置いて師の元へ駆け寄っていった。
「! 師匠、終わったの?」
「……ええ、依頼はこれで完遂よ」
「わかった。じゃあ次に行かなきゃだね」
アザミが気だるげに答えると、帽子を渡したシオンがすぐさま察する。
渡された帽子をかぶると、アザミはシオンを連れ立ってギルドの受付の方へと向かって歩き出した。
置き去りにされた慎二は血相を変え、すぐさまアザミの方へ駆け寄って呼び止めた。
「お、おい待ってくれよ! 俺はこんなところで置き去りかよ⁉︎」
「……当たり前じゃない」
「なっ……」
こんな知り合いもいないところに置いていかれてたまるか、と慎二は必死にすがるように見つめる。
しかしアザミは至極面倒くさそうに慎二を見下ろすとため息をつき、聞き分けのない子供に叱るように腕を組んだまま向き直った。アザミの方が身長が高いために、自然と慎二を見下す体制になって青年は気圧されたように息を呑んだ。
「……あんたを見つけてここまで連れてきた時点で、私の依頼は終わり。これ以上関わる義務はないわ」
「なんだよそれ……俺のことなんだと思ってんだよ! こんなところに連れて来といてほったらかしとか、ふざけんなよ‼︎」
「……ふざけてんのはあんたの方よ」
アザミは身をかがめ、慎二と平行になるように視線を合わせる。
長身の彼女が前かがみになったために彼女の豊満な胸の谷間が慎二の目の前に晒され、一瞬前の怒りも忘れて魅惑の谷間に青年の目が釘付けになる。師に対して顔を赤くし、鼻の下を伸ばす男をシオンは射殺すような目で睨みつけていた。
「……見ず知らずのガキを無償で引き取るほど、私はお人好しじゃないわ。それも、年頃の娘がいるのに、あんたみたいな中途半端に育った男を預かるほどね」
「お、俺を疑ってんのかよ⁉︎」
「……当たり前でしょ。世の中そんなに甘くはないわ」
心底呆れたように言うと、初対面の相手にそこまでズケズケ言われたことがショックだったのか、慎二は俯いて唇を尖らせる。
アザミはそれだけ言うと視線を外し、受付の方に向かう。その途中、ふと思い出したように足を止めて慎二の方に振り向いた。
「……あ、それとね」
不満げな顔でうなだれている慎二に、アザミは先ほどよりも厳しく冷たい目で付け加えた。
「……あんたがさっき言ってた獣人とか亜人とか、あれって蔑称だから今後絶対に言ったら駄目よ」
「……え」
アザミに言われ、頬を引きつらせる慎二。
今度こそ振り返ることなく歩き去っていくアザミとシオンの背中を追いかけようとしながら、慎二はようやくそこで自分を取り囲む冒険者たちの厳しい視線に気づいたのだった。
蛇に睨まれたカエルのように青い顔で硬直する慎二を放置し、アザミはギルドの受付に向かい冒険者の身分証明札を提出する。
受付カウンターに立つ、狼の耳が特徴的な女性がそれを受け取り、水晶の形をした魔道具にかざす。それだけで札に上書きが完了し、依頼の達成記録が一つ増えた。
「はい、依頼の完了を確認いたしました。報酬をお受け取りください」
ギルドの受付嬢の案内を受け、差し出された袋に詰められた金貨の枚数を確認する。
それらに偽りがないことを確認すると、アザミは差し出された受け取り完了を示す書類に署名を施した。
「これで、お受けになった依頼はすべて完了いたしましたね。このあとは、どちらに?」
「……弟子の試験があるから、まずは学園に行かなくちゃならないのよ。筆記はもう終わったから、あとは実技だけ」
「ああ、魔導士免許の! そうですか、早いものですね」
「……私は心配で仕方がないわ」
「師匠は心配性。私が落ちるはずがない。筆記も自己採点はほぼ完璧だった」
受付嬢はシオンを待っている試験について聞いた話を思い出し、その過酷さに苦笑する。反対にアザミは、気だるげな表情をより物憂げに歪め、深いため息をついた。
当のシオンはフンスフンスと鼻息荒く拳を構え、すでにやる気満々であることをアザミと受付嬢に示している。
「……このやる気が空回りしなければいいけど」
「大丈夫。師匠の顔に泥を塗るような真似はしない」
「……どうだか」
信用の低さは、普段の行いは悪いせいか。
そこまで疑惑に満ちた目で見られる覚えのないシオンは、アザミのそれをただの心配の裏返しだと気にも留めない。
ムン、と最近異常なほどの勢いで成長している胸を張り、腰に手を当てるシオン。アザミはその姿に余計に不安を煽られ、ハァと深いため息をついた。
「……ま、いいわ。さっさとあんたを送り届けてやらないと」
「行ってらっしゃいませ。アザミ様、シオン様」
「吉報を期待していてほしい」
会話もそこそこにさっさと出発しようとするアザミに変わり、シオンが受付嬢にひらひらと手を振る。受付嬢もニコニコと、営業スマイルではない本物の笑顔で笑ってシオンを送り出そうとしていた。
しかしそこへ待ったをかけるものが、一人だけいた。
「お、おい! 待てって言ってんだろうが!」
冒険者たちの刺すような視線からようやく逃れ、麻痺のような状態からようやく戻れた慎二が慌ててアザミの方に駆け寄ってくる。
これ以上関わる義務も義理もないと言われても、こっちは行く宛ても伝手も何もない完全な孤立状態なのだ。半日近くは一緒にいた彼女たちと共にいなければ、不安で不安で仕方がない。
しかし呼び止められたアザミは億劫そうに眉間にしわを寄せ、シオンが面倒くさそうにため息をつき、それを見た受付嬢は「あっ」と言わんばかりに冷や汗を流す。
それに気づかない慎二がドタドタと騒がしく駆け寄り、アザミの肩を引きとめようと慎二が手を伸ばした瞬間。
「―――!」
ヒュンッ!と一陣の風が吹き、慎二の目前に硬いブーツの底が突き出され、数ミリ手前でビタッと静止する。軽い風圧を受け、前髪を巻き上げられた慎二は「ひっ!」と声を漏らし、そのままの体勢で硬直した。
一瞬でアザミと慎二の間に割り込んだシオンが、素人には視認できないほどの速さで片足を振り上げ、回し蹴りを繰り出したのだ。その速さたるや、戦士や騎士らしい他の冒険者が感心したように声を漏らすほどだった。
「……師匠の邪魔をするな」
心底不機嫌でいらだたしげな声が、目に剣呑な光を宿したシオンの口から溢れる。
慎二はガタンとその場で尻餅をつき、ゆっくりと足を下ろすシオンをおびえた様子で凝視する。失禁しなかったのが奇跡なぐらいだ。
「……もういいわ。行くわよ」
「ん」
シオンは興味を失ったように慎二から視線を外し、アザミの後を追ってさっさとギルドから退出してしまった。
後に残ったのは情けない姿でへたり込む慎二と、通常業務へと戻る受付嬢。そして見世物でも見ていたようにゲラゲラ笑いながら、自分のパーティーとの会話に戻る冒険者たちだった。
しばらく呆けたまま、二人が去った方を見つめているだけの慎二の肩に、不意にポンと置かれる大きな手があった。
「おうおう、ここにいたか。悪いな、待たせちまってよ」
「へ?」
間抜けな顔と声で、慎二は自分にかけられた声の方に振り向き、壮年の男のドアップにビクッとなる。
妙にご機嫌な様子で馴れ馴れしく肩を叩いてくる鎧の男を前にして、慎二は目を見開いた。いきなり声をかけられたことに驚いただけではなく、その顔がどこかで見覚えのある顔のような気がしたからだ。
「書類の準備に手間取ってなぁ、身分証の申請には微妙に時間がかかっちまうからな。とりあえず小早川よ、ほれ、ずっとここにいちゃ迷惑だろうし行くぞ」
「え? え? だ、だれ?」
ぐいっと腕を引っ張られ、軽々と持ち上げられて無理やり立たされた慎二は、この男が何者なのか全くわからずに混乱する。馴れ馴れしいというか、明らかに自分のことを知っている様子だが、こんな鎧を着たおっさんに見覚えなどない。
するとそんな慎二の戸惑いに気づいたのか、男、コンドウは豪快に笑いながら慎二の背中を叩いた。
「おいおい、俺の顔をもう忘れちまったのか⁉︎ 俺はともかく、お前はこっちに来たばっかだろうが‼︎」
「いたっ、いたたたたっ! ちょっ、だから誰だよあんた⁉︎」
「まだ分かんねぇのか? ……担任教師の顔を見忘れたかよ」
「…………は?」
その言葉に、慎二は再び言葉を失う。そして、妙なことを口にした男をじっと凝視した。
受付嬢や、向こうに座っている冒険者たちに比べて若干平たい顔立ちは、確かに地球の東洋人のように見える。髪はほぼ真っ白になっているが、残っている毛は確かに黒く特有の艶が残っている。
だがそれでも慎二にはこんな男に知り合いはいない。少なくとも自分の知り合いは西洋の鎧などを着て剣を佩いてなどいないし、見るからに歴戦の戦士を思わせる傷跡など刻まれてはいないはずだ。
そして自分の担任教師などという存在は、慎二は一人しか知らなかった。
「……近藤、先生?」
そんなはずがあるか、と自分でも思う。
確かに目の前にいる男性は、そうだと考えればしっくりくる。しかし明らかに数十年もの年月により刻み込まれたシワや白髪など持ってはいなかったし、コスプレなどするような人ではない。
そこまで考えながらも、慎二は目の前にいる男性が。自分の高校の二年三組の担任教師、〝ボスゴリラ〟と呼ばれていた体育教師・近藤巌でないなどと、否定する気にはなれなかった。
「いいから来いよ、慎二。……お前が知らねぇ詳しい話、聞かせてやるからよ」
近藤はそう言って驚愕の表情で凍りついている慎二に、どこか懐かしみと喜びを感じさせる微妙な表情を浮かべて手を引いたのだった。
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