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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
32/69

7:忌々しき因縁

『来場の皆々様、大変長らくお待たせいたしました‼ 波乱から始まった予選からわずか一日、早速の大番狂わせを演じてみせた新星達の登場する第二回戦が今始まります‼』


 ワーワーと盛大な声援が飛び交う、巨大な闘技場の中心で見覚えのある男が進行役を務めている。

 昨日見たものよりもさらに派手になった意匠を揺らしながら、進行役の男はより高揚した様子で観客席に向けて声を張り上げていた。


『予選会場である竹ノ宮会場より移動し、二回戦からの会場はここ、春宮会場にて執り行わせていただきます‼ 皆さまどうぞ、強者たちの荒々しくも美しい乱舞をご堪能下さい‼』


 その宣言をきっかけに、観客席からの歓声が一回りも二回りも大きくなる。雷でもなっているのではないかと思うほどに凄まじい声の量に驚きながら、シオンとセツナは選手登場用の入り口の影から外の様子をうかがっていた。

 二人とも顔色は悪く、ひくひくと引き攣った表情が内心の緊張度合いを表してしまっていた。


「昨日の会場より広い……そして観客の数も異常に多い……」

「なんというか、昨日の舞台よりもかなり豪華な出迎えのようでござるな」

「……昨日はあくまで予選。通な観客は大抵予選で勝ち残る奴がわかってるから、本気で観戦を楽しむのは二回戦からなのよ」

「そうなのでござるか⁉」

「それって出来レースみたいなものなんじゃ……」

「……その出来レースを初っ端から狂わせた馬鹿の片割れが言う?」


 愕然とした様子で、だからあんなに手強かったのでござるかなどと納得した様子を見せるセツナに、アザミは呆れてため息をつく。二人には悪いが、早いうちに本物の強者と当たってさっさとこの馬鹿騒ぎから解放されていたいと思っていたのだ。

 なのに割と簡単に勝利してしまったうえ、悪目立ちしてしまったことで、アザミは今後の行動に支障が出やしないかと気が気でならなかった。


「そんでもって舞台もなんだか機能のよりゴツくて頑丈そう……観客席も離れてるし、何でなの?」

「……試合参加者が本気を出すのも、二回戦からだからよ」


 よくよく見てみれば、確かに今回の舞台は先日のものよりも広く、周囲には深い深い堀があって観客席との境目がはっきりと分かれている。観客が誤って入りこまないようにと、選手側の攻防が影響を及ぼさないようにという慎重な配慮の設計である。

 そして観客の目も、以前に見たものよりも鋭く興味津々に光っている。俄かの志向者が減り、選手の実力や能力の高さを正確に理解できる者たちが、より高度な攻防の試合を求めて集まった結果がこの賑わいであった。


「……これから戦う相手に手の内を晒すような馬鹿は、この場にいないってことよ」


 そう言ってアザミは、入り口から内側で待機している何人もの試合参加者に目を向ける。

 ウォーミングアップに励む者、他の選手と健闘を称え合う者、あるいは牽制しあう者、自由に行動している彼らを見定めるように、アザミは黙り込んだまま冷たい眼差しを向けていた。


「アザミ殿?」

「…師匠、どうかしたの? 目が怖いよ?」

「……ちょっとね」


 シオンとセツナの心配そうな視線にもあいまいに言葉を返し、アザミは今朝躱したある男との会話を思い出しながら、じっとそこに佇んでいた。


 ◇ ◆ ◇


「よく来たな、先生」


 早朝の、まだどこの店も開いていないような時間帯。

 一軒の店に無理を言って開かせ、用意された席に座った男が、不敵な笑みを浮かべながら近づいてくるアザミに振り向いた。

 厚顔不遜な態度に、アザミの眉間にわずかにしわが寄るが、彼はたいして気にした様子もなく器に注がれた飲み物を口にする。傍らに置かれている空の瓶に、アザミは思わず呆れたようなため息をついていた。


「……呼び出しておいてよく言うわ。で、私に何をさせようっていうの?」

「ま、積もる話もあるが……まずは飲んでくれよ」


 男、友長は手招きをしてアザミを隣に座らせると、彼女の手に器を無理矢理持たせて瓶の中身を勝手に注ぐ。

 ほんのりと香る米の香りにわずかに目を見開いたアザミは、一瞬だけ和らいだような表情を見せたものの、すぐさま咎めるような視線を友長に向けた。


「……朝から酒?」

「いい酒だろう? うちの国に最後に残った同郷のモンが造った、いわば遺作なんだ……あんたが気に入ったんなら、奴のいい供養になる」

「……そうね、悪くはないわ」


 勧められるがまま器に口をつけ、心地よい味をしばらく堪能する。友長の態度や行動にいろいろと言いたい事があったのだが、美味いものを奢られたという喜びがアザミから怒りを奪い取っていた。

 我ながら現金だとも思うが、どこか懐かしい風靡の漂うその味と香りに思わずため息がこぼれ、怒る気にもなれなくなっていた。

 アザミが気に入った様子を見せたのを見届けてから、友長はやっと真剣な表情で虚空に目をやった。


「おれからの話は簡単だ。……あんたの弟子の尻拭いをしてもらいたい」

「……というと?」

「最近ここいらじゃ、腕に自慢があってやってくる連中を標的とした辻斬りが横行していてな……なかなか尻尾を掴ませねぇもんで、手を焼いてんだ」


 友長からの頼みごとに、アザミは困惑気味に肩眉を上げて彼を睨みつける。仕事の依頼なら、こんな人気のない店でコソコソ話をするよりも他にやり方があるだろうと思うが、公共の場で仰々しく頼まれることを鬱陶しく思ったアザミはすぐさま反論を捨て去る。

 それがわかっている友長も苦笑しながら、目だけは鋭くしながら話の続きを口にした。


「うちも警備を強化してはいるが、そいつだけに関わってる暇もねぇ。俺一人じゃ首が回らねぇほど大きくなっちまったからな、この国は」

「……私の仕事とは思えないけど、あの馬鹿が関わっているっていう確たる根拠は?」

「刀だ」


 訝しげに尋ね返すアザミに、友長ははっきりと答える。そもそもそう聞かれることを予想していたというような返答の速さに、アザミは瞳孔をわずかに収束させて友長を見据えた。


「辻斬りにあった連中は、みんな例外なくたたっ斬られてお陀仏になっちまったんだが……傍から下手人を見ていた奴がいたらしくてな。そいつの証言を聞いて、ようやく簡単な人相書き程度は出回れるようになった……目撃者はなんてことはねぇ遊び人の親父だったんだが、そいつでもわかるぐらいにいやな感じがしたんだとよ」

「……雰囲気ぐらい、妙に勘の鋭い奴なら勘づいてもおかしくはないんじゃないの―――」

「人為的に霧を生み出す刀なんざ、普通じゃねぇのは明らかだろ?」


 面倒くさそうに切り捨て、器の中身をもう少し口にしようとしていたアザミが、ぴたりと停止する。

 友長の言った言葉が、つい先ほど自分が目の当たりにした光景と重なる。同時にアザミの中で急速な勢いで膨れ上がった真っ黒な感情が、魔力となって周囲に影響を及ぼし始めた。

 黒い靄のように滲み出た力が勝手に冷気に変換され、辺りに霜を降ろして表面からじわりじわりと凍り付かせていく。吐く息まで白く染まり始めたところで、苦笑した友長がアザミの肩を軽く叩いてなだめた。


「ここで暴れるなよ? あんたの怒りで俺の縄張りが荒れるのは勘弁してほしい」


 アザミはしばらく冷気を放ったまま座り込んでいたが、やがて落ち着きを取り戻すと深く息を吐いて肩を落とした。冷気が引っ込んでも凍った部分はそのままだったが、アザミがコツンと踵で蹴ると瞬時に砕け散り、辺りは何事もなかったかのように元の姿を取り戻していた。


「……それが、さっきこの身体に傷をつけてくれたあの野郎の刀だと?」

「まず間違いねぇ。手口も聞いていた話と一致する。あの妖刀で生み出した霧に紛れ、標的を甚振りながら確実に殺しにかかる……胸糞の悪いやり方だ」


 先ほど傷をつけられた部分に触れ、忌々しそうにアザミは表情を歪める。また冷気が噴き出さないように気を配ってはいたが、それでも十分近寄りがたい覇気が漏れ出ていて、店の店主が怯えたように顔を真っ青に染め上げている。

 唯一友長だけがいつも通りの不敵な笑みを浮かべたまま、器の中身を飲み干してはつぎ足すという行為を繰り返していた。


「生憎こっちも人相までは割り出せちゃいねぇ……だがあんたならあの刀を見分けられるはずだ。そして俺達も、奴がこの時期に姿を現したことから、大体の狙いは見当がついている」


 トン、と瓶を置き、友長は朝焼けの空を見上げて目を細める。その脳裏に思い浮かぶのは、かつて彼が魔女と出会った(再会した)頃の様子だった。

 彼の巨大な戦火が世界を焼き尽くそうと燃え広がる中、彼女はある目的の為に奔走し続けていた。ある一人の人間が持ち込んだ遺物、撒き散らした災厄を処理するために、彼女はたった一人で戦い、様々な相手を敵に回し、そしてそれらを黙々と片付けていた。

 今もなお、その戦いは続いている。ほかならぬ自分の背負うべき席だと、誰の力を借りようともせずに歩き続けていた。


「余計な世話だったかもしれんが、まぁ手間が省けるんならその方がいいだろうと思ってな。最初に手ぇ出させなかったのも、その辺のことも配慮してのつもりだ……あんたの背負い込んでる荷物だ。ひとつでも減りゃあ、もう一つに気を向けられんだろ」

「……そうね、礼を言うわ」


 アザミは器の中身を飲み干してから、ホゥと熱のこもったため息をこぼして空を眺める。

 夜から昼へ、時の移ろいを表したかのようなグラデーションが空を彩るこの時間を感じながら、アザミはまた内なる感情が溢れ出しそうになることを必死に抑え込んでいた。


「……あの子と出会う前からずいぶん長く旅をしてきたけど、行く先々で似たような代物ばかりが見つかるわ。正直、もう関わることすら面倒くさいんだけど……そういうわけにもいかないのよね」


 ふと、バキリと彼女の持っていた器が砕け散る。

 彼女にそれほど力を込めた様子はなかった。ただ軽く拳を握っただけで、器はその加圧に耐えかねたかのように罅を入れ、粉々に砕け散ってしまっていた。

 傷ひとつない自分の手を握りしめながら、アザミは氷のように凍てついた視線を虚空に向け、重い口調でつぶやいていた。


「あの糞餓鬼の始末だけは……()がつけなきゃならねぇ」


 ◇ ◆ ◇


 それが、今から約3時間前のことである。

 そして友長と別れ、アザミが頼まれた案件を片付けるための手掛かりとして見出したのが、この武芸大会であった。

 思い返せば、自分を襲ってきた男も「血が欲しい」だの「ぶった斬りたい」だのと言っていた気がする。そこまで血の気が多いのであれば、こんなうってつけの大会に関わらないなどありえないだろう、とアザミは考えていた。


『―――さぁ、それでは皆様。栄えある予選を勝ち抜いた強者たちを今一度ご紹介させていただきます‼』


 進行役の男が片手を上げた瞬間、上空に魔術で構成された半透明の球体が出現し、内部に人の顔を映し出し始めた。

 初めはややぼやけていたそれがはっきりとした輪郭を作り出し、見覚えのある顔と姿を次々に映し出し、観客たちに見せつけ始めた。


『まずは二回戦・第一試合‼ 青龍の門からは期待の新人、流れの女剣士セツナ‼ すでにご存じの方もいらっしゃる通り、その力は己よりも巨大な敵を難なく倒した勇姿で折り紙付き‼ そして白虎の門からは圧倒的な力で挑戦者をねじ伏せた、情け容赦なしの剛腕ぶりを見せつけた剣闘士、蓬華帝国からの刺客、超星(チャオ・シー)‼』


 セツナの顔と、彼女の先日の予選での暴れっぷりを録画したものが流される。当の本人は照れながらニヤケ面を晒していたが、観客たちは見事な攻防に興奮していてより一層歓声がひどくなる。


『第二試合は驚きの同門の者達の激突‼ 青龍の門のアラヤと白虎の門のカルラは、どうやら同じ二天真弧流の抜刀術をその身に宿すものだそうです‼』


 次に映し出された映像には、ほとんど同じ意匠の道着を纏った二人の格闘家が戦う様子が交互に映し出されている光景が見せられる。


『第三試合はやや意外な結末‼ 相手選手の不正の発覚により繰り上げで登板してしまった若手‼ 二刀流使いのナギサと、その残虐性はまさしく外道の名にふさわしいとまで言われる最凶最悪の傭兵‼ 大剣使いのバスクール‼』


 やや酷い紹介とともに映し出されたのは、いかにも気弱そうながらしっかりとした動きを見せる若い兎人(レパス・サピエンス)の少年剣士と、いかにも残酷そうな下卑た笑みを浮かべている巨体の男。

 あっという間に潰されてしまいそうな体格差に、観客席や進行の男性からは不正さえなければさっさと退場できていたのに、とでも言いたげな思わず同情の眼差しが送られていた。


『第四試合はもはや通例と言っても過言でもないほどの偶然‼〝無敵〟の二つのをほしいままにしてきた東の剣士、ミフネ‼〝無敗〟の名を背負い続け戦場をさすらう西の騎士、ギャラハット‼ 毎年のように本大会に登場しては、なぜか決勝ではなく予選・二回戦で当たってしまうという筋金入りのライバル同士です‼』


 重厚な甲冑を身につけた中年の男と、同じく分厚い鎧を纏った30代の男が幾度も対峙している様子が、記録の中から再生されている。観客たちもお約束とでも思っているのか、二人の顔がセットで映し出された瞬間、二人の関係を揶揄うような声を送っていた。

 ちらりと視線を向ければ、青龍の門側にいるミフネが苦虫を噛み潰したような表情で固まっているのが見えた。かなり不本意な評価らしい。


『第五試合、両者ともに初出場にて計り知れぬ実力を見せつけた戦士の対決‼ 青龍の門より登場するはわが国出身の由緒正しき武家の長女‼ 父は近衛兵長、祖父は彼の大戦にて多くの敵将を討ち取った猛将‼ 英雄の血を引きし〝深紅の虎〟アスカ・サナダ‼ 白虎の門からは同じく我が国のみならず諸外国にも名を轟かせる猛将の孫‼ その美貌足るや老若男女を魅了する生粋の伊達男‼ ムエイ・ダテ‼』


 聞こえてきた二つの名字に、アザミは少しだけ眉を動かすが、すぐにまた元の無表情に戻る。

 赤い毛並みの虎耳の少女と、龍人の特徴を持った軽薄そうな若者の姿が映し出され、観客席からは黄色い声援が一斉に飛び交っていた。


『第六試合は異色の対決‼ 青龍の門からはかの大魔女の最後の弟子‼ 福音の通り名のごとく、己に勝利をもたらす事が出来るのか、黒猫の魔術闘士シオン‼ 白虎の門より登場するは、各地にて〝鉄壁〟の名を轟かせてきた最強の武僧‼ 我が国出身の守りの闘士、伽藍という組み合わせ‼』


 自分の名前が呼ばれたことに、なぜか試合も始まっていないのに誇らしげに胸を張っている弟子の頭を小突き、アザミは深いため息をつく。とりあえず今は、少なくともこの仕事が終わるまでは、この馬鹿弟子のことはほったらかしにしておきたかったのだが、まさか勝ち残ってしまうとは思っていなかった魔女は頭を抱えるほかにない。

 知らぬは当の本人ばかりで、呆れた様子の師を不思議そうに見つめるばかりであった。


『第七試合はまさかの組み合わせ‼ 青龍の門より現れたる双剣使い鈴々(リンリン)と、白虎の門より現れたる短槍使い流々(ルール―)は男女の双子‼ 本大会でも前例のない姉弟対決となります‼』


 映し出される可愛らしい顔立ちの少年少女を見やり、シオンもワクワクと高揚した様子で拳を握り締めている。

 そんな能天気な弟子の表情に、注手それを応援している様子の黒犬の剣士のやり取りに、アザミはがっくりと肩を落としていた。


『そして第八試合……‼ 青龍の門からの登場は本大会の優勝候補筆頭‼ 全大会において強者共を次々に薙ぎ払い、優勝をさらっていった侍の中の侍‼〝無双龍〟と呼ばれ恐れられる最強の剣士、ミグモマル‼ 対する白虎の門からの登場は全く無名の挑戦者‼ 名前以外のすべてが謎に包まれた男、フーマ‼』


 最後に映し出されたのは、明らかに他の選手とは別格と思われるすさまじい圧を感じさせる剣士と、顔も体も真っ黒な分厚い布で覆いつくした細身の男だった。

 前者はまだ有名な人物であるらしいため、観客たちも歓迎的な声援を上げていたが、個人情報のほぼすべてが謎に包まれた男に対しては明らかに高揚が衰えている。わかりやすい温度差が生じている会場にて、進行役の引き攣ったような声だけが妙に響き渡っていた。


『以上16名が、予選を勝ち抜き、誉れ高き頂点に挑む勇敢なる戦士たちです‼』


 アザミはただただ無言で、映し出される出場選手たちの顔を頭に叩き込み、気配を探らせる。

 自分の考えが当たっていれば、間違いなく辻斬りは出場選手たちの中にいて、合法的に血を浴びる機会を虎視眈々と狙っている。あるいは、選手という肩書を笠に夜の街に繰り出し、再び人を襲うことを画策しているのかもしれない。

 アザミはもはや、誰が勝利するかなど興味の欠片もない。

 あるのはただ、仮面をつけたケダモノが今どこで何を狙っているのか、それを突き止める事だけであった。

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