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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
31/69

6:新月の訪問者

 とっぷりと日も暮れた、大会の後の夜。

 ヤマト国に務める兵士たちや傭兵たち、またはよそから来た戦士たちがその日の疲れや空腹を癒すため、大声で騒ぎながら煌びやかな通りを徒党を組んで闊歩していく。

 そんな繁華街にある一軒の酒場にて、セツナは大きな器になみなみと注がれた酒を呷っていた。喉が大きく隆起し、胃の腑に注がれていくそれが体の奥をカッと熱し、一時の快楽と満足感をもたらす。

 息継ぎもすることなく、大の男でも苦労しそうな大量の酒を飲み干した彼女は、頬を赤く染めながらようやくぷはぁっと息を吐いた。


「いやぁ~手強かったでござるな‼」

「ん。思ったより動けなくて焦った」


 上機嫌で器を置くセツナの正面の席で、ちびりちびりと注文した飲み物を口につけるシオンもうなずく。同時に頼んでいた数々の料理の品々に手を伸ばしつつ、その日の健闘をたたえ合う彼女たちの姿はまさに戦友といった様子で、たった数日前に出会ったばかりとは思えなかった。

 シオンの隣の席に腰を下ろし、お猪口に注いだ熱燗をすすりじとりと呆れた様子で視線を送るアザミは、のんきな彼女たちに対して小さくため息をこぼす。

 酔っているためか冷たい視線に気づかないセツナは、まったく気にしていない様子のシオンの方に身を乗り出し、興味深そうに顔を覗き込んだ。


「シオン殿は魔術師とは思えぬほど機敏に動かれていたな。何か武術を修めておられるのか?」

「師匠にね、肝心な時に動けない魔術師はいい的だって言われて、基礎でも覚えとけっていろいろ叩き込まれてたの。……何回か死にかけたけど」

「ははは! やはりアザミ殿は厳しいが、実に素晴らしい師でござるな‼ ……某の師とは大違いでござる」


 かつてのしごきを思い出しているのか、やや青い顔で目をそらすシオンにセツナは陽気に笑ってみせる。比喩ではなく、油断していたら本気で命を獲られていたかもしれない、あまりにも厳しすぎる修行の日々が記憶に刻まれているシオンは、人ごとだと思ってというように咎めるような視線を返した。

 しかしセツナ自身も修業時代に何かトラウマでもあるのだろうか、一瞬だけ遠い目になっていたために、気づいた瞬間シオンの目には同情が浮かんでいた。

 またしても共感を深め、親密さを強めていく弟子とその友人に目を向けていたアザミは、小さく咳払いをして正気に戻させ、気の緩みを咎める厳しい表情を見せた。


「……予選を終えた段階ですでに勝ったつもり? 舐めすぎよ、アンタたち」

「無論、次の試合にはもっと手ごわい相手が出てくるのは承知しております。それゆえ、某は己が英気を養っているのでござるよ!」

「ん! これは必要なこと!」

「……あっそ」


 すでに大量の殻の酒瓶を積み上げているセツナと、酔っているわけでもないのに目が座っているシオンが抗議の声を上げるが、アザミは心底呆れた様子で放置するにとどめる。どうせ後になってしんどい思いをするのはこいつらなのだ、とでも考えているようだ。

 ついつい弟子のやる気に流されて参加を認めてしまった彼女にとって、どこまでいこうとも本人が満足すればそれでよかったのだ。予選落ちするという恥は晒さずに済んだが、本人が懲りるか諦める貸したならば黙って慰めてやることもやぶさかではない。

 だが今の状態のまま試合に臨むというのであれば、それなりに痛い目に遭ったほうがいいのではないか、そんなことも考えていた。


「……ま、ほどほどにしときなさいよ?」

「応! この御恩は必ず大会の賞金で返しますぞ‼ 店主よ、この酒をもう一杯頼むでござる‼」

「私もおかわり!」


 そんな辛口な評価は少女たちの今後のやる気に関わるとして、アザミは表情に出さないまま目をそらす。

 それをいいことに、弟子とその友人は調子に乗って追加の注文を始める。既にセツナの顔は真っ赤で、目は時折遠くを見つめるように虚ろになっているため、正常な判断ができていないように見える。

 シオンもシオンで酒の匂いの酔っているのか、セツナに便乗して食べきれなさそうな量を注文しているため、次第にアザミたちの席は収拾がつかなくなり始めている。

 とんでもない勢いで積み上げられていく皿に、アザミは思わず冷たい声をこぼしていた。


「……ていうかそれ、私のおごりだって覚えてる?」


 ◇ ◆ ◇


 夜が本番である繁華街も、子の刻(深夜)を過ぎれば途端に勢いを衰えさせていく。べろべろに酔った客たちをどうにか追い出し、やや疲れた様子の店員たちが店じまいをはじめていく。

 明かりが徐々に失われていく繁華街を尻目に、自分が止まっている宿への道を戻ろうとしているセツナは、ふらふらと頼りない足取りで、青い顔になって口元を押さえていた。


「うっぷ……調子に乗りすぎた……」

「ふへぇえ………」


 激しい後悔を抱いた様子の彼女の後を呆れた様子で歩くアザミの背には、ぐるぐると目を回したシオンが背負われている。もはや意識があるのかさえ定かではなく、何度もずり落ちそうになるのをどうにかアザミが保っていた。

 自業自得としか思えない醜態をさらす彼女たちに、アザミは慰めも励ましの言葉も贈らず、ただただ淡々と悪態をついていた。


「……あんたたちって、ほんとに馬鹿よね。ふつうそんな風になるのは最後まで勝ち残った後でしょ」

「か、返す言葉もござらぬ……」


 酒の魔力はかくも恐ろしいと、途中何度かえずきそうになりながらセツナはゆっくりと宿に急ぐ。

 さすがに婦女子としては道端でげぇげぇと吐き散らすことは矜持が許さなかったのだろうが、すでにそれに劣らないだけの武様をさらしているとはアザミも口にはしなかった。単にあらためて言うだけの必要性もなかっただけであるが。

 しかし今の時点でこれならば翌朝はもっと地獄を見る事であろう。自分の許容範囲を超えた牛飲馬食の代償は相当高くつくのは明らかで、想像することすら恐怖が勝る。


「……明日も試合があるってのに……酷くならないうちにさっさと宿に戻って寝てなさい」

「しょ、承知した…」

「……ほら、シオンもしっかりしなさい」

「むりぃ……ねむいぃ……」


 情けない声を上げ、力なくアザミの背中に全体重を預けるシオンに、アザミは駄目だこりゃと匙を投げた。これでは明日どころかその先も続く試合でまともな動きができるかどうかさえ怪しい。

 素人目にもわかるような高い実力で予選でかなり目立ったうえ、実力者や有力者に目をつけられていた彼女たちの快進撃も、これで打ち止めだろうとアザミはため息をこぼした。

 肩を落としたアザミは、おもむろにその場でシオンを下ろすと弟子の小さな体を無理矢理彼女に預けた。気持ち悪さと戦っていたセツナは、アザミの突然の行動に訝し気に横目を向けつつも、黙ってもたれかかってきたシオンを受け止めた。


「……悪いけど、こいつ連れってってくれない? このままだとさすがに気の毒だから、二日酔いの薬でも取ってくるわ」

「む、承知いたした……もとはと言えば某が呑ませてしまったからでござるからな。そら、シオン殿。宿に行きますぞ」

「んぅ~…」


 フラフラとまともに立てもしないシオンを何とか立たせ、セツナはアザミにぺこりと頭を下げて歩き出した。途中自分でもよろめくも、恩人の弟子であり友人を一人預かっているのだと己を叱咤し、ゆっくりと宿の方へ歩みを進めていく。

 その背中がかすかな霧の向こうに消えていくのを見届けてから、アザミはやっと懸念が消えたとばかりに大きなため息をつく。

 すると魔女は、懐から取り出した杖を展開して地面に突き立て、石突でカンッと甲高い音を立てさせて肩に担いだ。全ての音が消え去った、奇妙な緊張感の張りつめるその場で、アザミはどこへともなく話しかけた。


「……で、何の用?」


 アザミが尋ねた瞬間、周囲の靄が濃くなって霧のようになり、景色を薄白く染め上げていく。敵を追い詰める壁のように、あるいは得物を閉じ込める檻の様に濃くなっていく霧に、アザミは不快げに眉間にしわを寄せて息をひそめる。

 するとアザミの周囲の霧がわずかに揺らぎ、一瞬だけ人影のようなものを映し出した。すぐさまそれが見えた方へ振り向き、杖を構えるがもうその時には影も見えず、またも静寂が訪れる。

 やがてアザミの耳には、嫌悪感を抱かせる気色の悪い笑い声が届き始めた。


「―――くふふふ……勘のいい女だぁ、気づいていて弟子を逃がしたのかぃ…?」

「……そんな殺気を垂れ流しにしていたらいやでも気づくわよ……で? 何の用かって聞いているの」

「急かすなよぉ……せっかく滅多に会えないあんたにお目にかかれたんだぁ、話そうぜぇ?」

「……あんたと交わす言葉はないのよ」


 挑発するような、男か女化もよくわからない奇妙な声に心底面倒くさそうにしながら、アザミの目は真剣に霧の中を探っている。影はそれから何度も霧の中で現れては消えをくり返し、魔女を一方的に翻弄し続ける。

 影どころか、霧の中を移動する足音も匂いさえも感じない、まるで幻でも相手にしているかのような奇妙な感覚を覚えながら、アザミは油断なく周囲に気を巡らせ続けていた。


「気の強ぇこったぁ……だからこそヤリ甲斐があるってものよぉ……!」


 ふと、背後の霧がわずかな乱れを見せる。

 すぐさま杖を右腕で横薙ぎに振るって刃を一閃するが、それは虚しく霧をすり抜けるだけで何も実体を捉えた様子はない。

 わずかに目を見開くアザミの左手の下方から、鈍い黒いきらめきが襲い掛かった。長い牙のように湾曲したそれはアザミの髪と帽子をかすめ、彼女の頭から弾き飛ばした。

 ふわりと吹き飛ばされていくそれに構わず、アザミはすぐさま刃を引き戻して凶刃の方へと一閃させる。しかし凶刃は霧の中にひっこみ、またしてもアザミの攻めは空を切る。

 小さく舌打ちするアザミに、霧の中からまたも気味の悪い笑い声が響いてきた。


「こいつがよぉ…………血が吸いてぇとうずくもんでなぁ‼」


 眉間にしわを寄せて佇むアザミに、今度は頭上から凶刃が迫る。

 今度こそ相手の姿を目に捉えたアザミは、それを半歩ズレることで回避し、反撃とばかりに刃を振るって凶刃をはね返す。甲高い音とともに火花が散り、ボロボロの布で全身を覆い隠した襲撃者がはじき返されるのが見えた。

 思ったよりも大柄で逞しそうな腕をした襲撃者は、その体に似合わぬ敏捷さを持って再びアザミに斬りかかる。左右に移動しながらすさまじい速度で迫ってくるその姿は、まるでかの黒い害虫を相手にしているようだった。


「ひゃはああああああ‼」


 逆手に持っていると思われていた凶刃が、次の瞬間は突き出されアザミの顔に迫る。紙一重で躱すも、襲撃者は休まずに度三度と追撃を加えてくるために距離を稼ぐこともできない。

 ようやく大きく跳躍して離れたと思っても、敵は霧の中に身を隠してアザミの反撃から逃れてしまう。攻められるばかりで攻撃に出られず、アザミは険しい顔で歯噛みするほかになかった。


「……よく避けたなぁ! コイツの牙から逃れられた得物はそうそういないぜぇ⁉」

「…………」

「ひゃおぉっ‼」


 油断なく霧の中に目を走らせるアザミの目の前に、突如霧の中から生えた凶刃が突き刺さりそうになる。なんとか避けたつもりだったが、突き出された刃はアザミの頬を掠り、赤い血の筋を刻み込んでいた。

 とっさに頬に手をやり、傷口に触れるアザミの前で凶刃は霧の中に戻るが、霧の中からはどこか不満そうな声が響いてきた。


「あんれぇ…? おっかしぃな……腕一本ぶった斬るくらいのつもりだったんだが……」


 不思議そうに、自分の牙がうまく獲物を仕留められなかったことをくやしがる襲撃者の声。霧で姿を隠していなければ、唇を噛んで首をかしげている姿でも見えていそうなほどに、その声はある種の無邪気さをはらんでいた。

 だがふと、その気配がわずかに張りつめた。襲撃者が狙っている魔女の様子が、急速な勢いで変化し始めていることに気づいたからだ。

 頬から流れる赤い雫に触れ、傷口から感じる僅かな熱さに、アザミの目が徐々に冷たくなっていく。同時に彼女の体から溢れ出した魔力が冷気を生み出し、パキパキと地面や周囲の建物に霜を下ろしていく。そしてそれによって、周囲の霧の檻にも大きな変化を及ぼし始めた。


「……傷を、つけたな」


 明らかに様子の変わったアザミの声に、襲撃者は霧に身を潜めたままゾクリと背筋を震わせた。

 常に無表情を貫き、平坦な声だけを発していたはずのアザミは今、悪鬼の様に恐ろしい形相をさらし、地の底から響き渡る亡者のような低い声を響かせている。

 剥き出しになった歯が、ギリッと軋みを上げる。限界まで開かれた同行が、姿の見えないはずの襲撃者を捉え、視線だけで射殺せそうなほどに鋭くなった。


「この身体に……‼ 傷をつけたなこのゴミクズが…‼」


 ズン、とアザミが地面を踏みしめた瞬間、凍り付いた地面が砕けて黒い影が姿を現す。分厚く鋭い無数の鱗に全身を包んだその影、龍と見間違わんばかりに凶暴な形相をした大蛇が、真下から霧ごと襲撃者に食らいつこうと咢を開く。

 ほぼ一瞬のうちに接近し、不埒者を食い殺そうとガキンと勢いよく閉じられる咢だったが、残念ながらその間には千切れた布切れ以外に何も咥えられていなかった。

 その真上で、襤褸布の一部を失った襲撃者が飛び跳ねる。間一髪で死角からの反撃をかわした襲撃者は、布の間から覗く目に爛々と興奮した様子の眼差しを灯しながら、アザミから大きく距離をとった。


「ひょほぉっ⁉ 危ねぇ危ねぇ…‼ やっぱりまだ真正面から相手をするには早すぎたかぁ‼」


 数メートルは上から危なげなく着地した襲撃者は、ケタケタと気色の悪い笑い声を響かせて肩を揺らす。それはまるで無邪気な子供のようであり、それ以上に不気味な残虐性も垣間見せるいびつな反応であった。

 アザミが操り、再び首を伸ばして襲い掛かろうとする大蛇を軽く躱すと、襲撃者は憎々しげに睨みつけてくる魔女を嘲笑うように手を叩き、猿のように飛び跳ねた。


「仕切り直しだぁ…今度はお前のそのすまし顔、痛みと苦しみと絶望でぐちゃぐちゃにしてやるぜぇ‼ ひゃぁははははは‼」


 はしゃぎ続ける襲撃者の姿が、再び霧に包まれて見えなくなっていく。

 今度は異なったのは、一度濃くなった霧は徐々に薄れていき、晴れ始めた時にはすでに襲撃者の姿は消えていたということであった。当然、襲撃者がその場にいたことを示す足跡も匂いも、一切の痕跡は残っておらず、夢か幻であったのではないかという思いさえ抱かせる状況だけが残されている。

 だが事実、アザミの影の大蛇が食いちぎった布片は残っており、襲撃者につけられた傷跡はアザミの頬に残っている。

 アザミが自分の頬に手を当て、スッとなでると傷跡は跡形もなく消え去っている。しかしそれでも、アザミの中にはじくじくとした悔恨といまだに燃え続ける怒りの炎が残されていた。


「……あんたたちの主は、アレについて何か知ってるの?」


 険しい形相のまま、しばらく虚空を見つめていたアザミは、今度ははっきりとすぐそばに建物の影に向けて問いかける。

 ギロリと視線を向けると、闇の中から一つの人影が姿を現し、アザミのすぐそばで片膝をついた。


「―――やはり、お気づきでしたか」


 全身を黒い身軽そうな衣服で包み、覆面で顔をきつく覆った小柄な影は、わずかにのぞいて見える赤い瞳を月光に反射させてアザミを見つめる。

 魔女はいまだ不機嫌そうに眉間にしわを寄せていたが、時間がたって落ち着いてきたのか当たり散らすようなことはせず、影に対して問いかけるような目を向けた。気配を感じたのは霧が消えた後であったが、魔女の勘がこの影はそれ以上前から見張っていたことを知らせている。

 問いただすような鋭い視線に、影はわずかに身を固くしながら深く頭を下げ、弁明を始めた。


「加勢に入らなかったことについてはご容赦下され。貴女の手を煩わせるつもりではなかったのですが、余計な手を出してご不快にさせるよりはいいかと……」

「……無駄話をするつもりはないわ。用件だけ言いなさい」

「これは失礼した…」


 影は苦笑するように肩をすくめると、胸元に手を差し入れ、忍ばせていた一枚の封筒を取り出してアザミに差し出した。丁寧に折りたたまれたそれに書かれたそれには何も差出人の名は書かれていなかったが、影の所属がいったいどこであるのかを察しているアザミにはわかっていた。

 それを察しているのか、影も詳しいことは口にせず必要最低限の情報だけを口にし、封筒を渡して後ろに下がった。


「我が主より、お伝えしたい事があるとのこと。故にアザミ殿にこちらをお持ちしました」

「……ふぅん」


 アザミは気だるげに封筒を開き、中に収められていた一枚の紙を開いて内容を改める。

 存外達筆でしたためられていた文相に目を通すたびに、せっかく緩やかになっていたアザミの眉間のしわが再び深くなっていく。文を追う目は徐々に鋭くなり、手にも力がこもって紙が少しずつぐしゃぐしゃに握りつぶされていく。

 ようやく最後まで目を通しきったアザミは、一度落ち着くために深く呼吸をくり返し、荒ぶりかけた自分をなだめていく。そしてようやく、もとの気だるげな調子を取り戻すと、魔女は封筒を私に現れた影に目を向けた。


「……ご苦労だったわね。了解したと伝えなさい」

「御意に」


 アザミが受け取ったものを一瞬で燃やして灰にするのを見届けると、影もまた一瞬で音もなくその場から姿を消した。それは先ほどの襲撃者にも似ていたが、こちらの方がまだ気配を追い切れる。

 一人取り残されたアザミは深く息を吐きながら天を仰ぎ、徐々に白み始めた東の空に視線を向ける。不思議な色合いに染まっていく空は憎たらしいほどに清々しく晴れていて、アザミは内心で不快げな悪態をつく。


「……あの野郎、人をダシにしやがったな」


 次いで、この国で最も大きく立派な城の最上階に目を向けながら、忌々しいとばかりにため息をついたアザミはすぐさま方向転換し、いつもより荒っぽい歩調で歩き始めるのだった。

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