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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅱ章 忠犬剣士と東の魔王
29/69

4:武の者達の宴

「今まで一体どこにいらしていたのですか⁉」


 己の城に戻り、相応しい格好に着替えた男を出迎えたのは、険しい形相で凝視してくる褐色の少女からの怒号であった。

 丸い眼鏡をかけた、頭の左右から太く丸く曲がった角を生やした小柄な少女である。ややぶかぶかのローブのような着物に身を包んだ彼女は、片手に分厚く重そうな書物を抱え、腰に手を当てて前のめりに男を睨みつけている。

 背丈は男の胸の下ほどしかなく、ぷりぷりと怒りを表情に出したその姿はどう見ても子供でしかなかったが、実際は男とそう変わらないれっきとした成人であり、長く彼に仕えて政務を担っている忠臣であった。


「大事な職務も放り出してフラフラフラフラと…‼ 貴方には国主としての自意識が足りなさすぎます‼」

「そう耳元で怒鳴るな……お前の小言は聞き飽きている」

「いいえ‼ この際はっきり言わせていただきますよ‼ もう今は剣だの槍だの拳だのの力尽くで押し通る時代ではなくなったのです‼ 腕力ではなく知略で国を支えるお仕事を……ちょっと⁉ 聞いておられるのですか⁉」


 見た目の年齢も立場も男の方が上に見えるはずなのに、一方的に怒鳴りつけられるその姿は母や教師に叱られる子供の者である。一国一城の主に対するにはあまりに不敬な態度に見えたが、男は相変わらずうるさいなと言わんばかりに渋い顔で通り過ぎるだけで反論もしない。

 織田友長にとって、長く自分のもとに仕える軍師・トモエは戦友でありながら、こうして気軽にありのまま相対できる貴重な存在であった。

 すべて己を想うゆえ、そう言った信頼が二人の間にはあった。


「さて……先に片づけねぇといけねぇのはこいつらか」


 説教を適当に切り上げさせ、執務室に入った友長は積み上げられた書類の山にうんざりした表情を浮かべながら、個別にまとめられた一部を手に取る。重要度の順に分けられたそれを眺め、早くも感じる肩の凝りに悩みながら目を通していく。

 トモエは深いため息をつくも、自分の主の両肩にのしかかっている責任と仕事の重さを想って姿勢を正す。


「桜之門地区に出没する辻斬り……松谷通の怪しげな物売り……面倒だな」

「平和になったとはいえ、争いや諍いを起こす輩はいつも現れますからね。市民の不安はそうそう消えませんよ」


 ヤマト国は戦国の世を勝ち抜き、他国を吸収しながら大きくなった軍事国家である。長く続いた戦乱に終止符を打ったとはいえ、戦士たちは戦場こそが最も己が力を発揮できる場だと認識していた。

 無論トモエも長く戦場に立っていて、今のぬるま湯のような平穏に不安を覚えないときはなかったが、今の時代も己の立つべき戦場があると自信を納得させて今を生きている。実際に平穏を享受できず、戦えない者たちを争いに巻き込もうとしている輩がいるのだから、その気概は必要なものだった。


「この際、質は無視して人員を増やすことに集中しませんか? あまりにも人手が足りなさすぎますよ」

「馬鹿が……そうやってろくでもない奴を雇って、国の内部が腐っていった国を忘れたわけじゃねぇだろ。同じ轍を二度も踏む気か?」

「それはそうですか…」


 差別と偏見により、国を追われた者や無慈悲に無惨に家族を奪われた者、復讐心に取り憑かれた者、ヤマト国には当時の心の傷を負ったままの者が大勢いる。

 少なくとも、国を守る者には人種で区別するような考えの持ち主や、人の尊厳を踏みにじるような輩はふさわしくない。しかしそれではあまりにも人の数が少なく、国の治安を保てないほどにこの国は大きくなってしまった。

 質を取るか量を取るか、少数の精鋭でギリギリの方針を取るか、大勢のならず者を雇って治安を悪化させるのか、決断するには難しすぎる二択であった。


「志願者が有り余っているんですよ。質を無視するのは言い過ぎにしても、もう少し審査の基準を下げるとか、いろいろやりようはあるでしょうに」

「志願者……か」


 悲壮感を抱かせるため息をこぼすトモエをよそに、友長はある一枚の書類を目の前に掲げる。

 そこに書かれていた内容に目を通し、友長はやがてにやりと不敵な笑みを浮かべた。


「ならこいつは、そいつらを見極めるのに最適だな」


     ◇ ◆ ◇


「……え? 仕事……ないの?」


 入国前の騒ぎから一晩経った翌朝。

 ヤマト国の冒険者ギルドの受付で、職員からの説明を受けたシオンが呆然とした様子で固まった。

 以前来ていたローブから、動きやすく裾にスリットが入った着物を身に纏った黒猫の少女は、説明された内容を頭の中で何度も反芻し、理解を追いつかせようとした。

 アザミはさして気にした様子ではなかったが、職員のエルフの女性は緊張した面持ちで頭を下げ、心底申し訳ないという様子であった。


「申し訳ありません……礼の催しでほかの国々の冒険者の方々も集まって、依頼の受注が飽和状態にあるんです」

「……ああ、そういえばそんな時期だったわね」

「アザミ様には何度もお世話になっているのに、こちらからのご連絡が遅くなってしまったこと、大変申し訳ありません」


 アザミはまわりに視線を巡らせ、様々な格好をした同業者たちを見渡して妙に納得した表情を浮かべる。叱責という名の雷が落ちてこないことに不思議そうに薄眼を開ける職員の片手を上げて応え、アザミは小さくため息をついてその場を離れた。

 立ち尽くしていたシオンはすぐにその後を追い、困惑した様子でアザミのローブの裾を引っ張った。


「師匠……どうしよう。残ったお金、宿に使っちゃったから明日食べるものないよ?」

「……久々に森にこもろうかしらね」

「ちくしょう!」


 せっかく屋根のあるところで布団にくるまって休めると思ったのに、また野宿をせねばならないのかと絶望したシオンが地面に拳を打ち付ける。師は全く苦痛に感じていないようだが、シオン自身は年頃の娘として硬い寝袋よりも柔らかい布団の上で寝転がりたいし、微妙な味の保存食よりも温かい食事を楽しみたかった。

 しかし意外とケチなアザミのことだ、嬉々としてサバイバル生活に臨むに違いない。

 がっくりと項垂れていたシオンは、ギルドの外で自分と同じように項垂れている人影に気づいた。


「? セツナ?」


 未知の端で顔を伏せている奇妙な女のまわりには、関わることを避けた人々によって空間ができていて、それが一層セツナの悲壮さを際立たせている。

 何事かと思ったシオンが近くに寄っても、セツナは全く顔を上げる事なく地面を見つめたままだ。


「……何やってるの?」

「……採用試験に、落ち申した」


 半ば予想していたのか、アザミは深いため息をついて肩をすくめ、シオンは本気で同情するように眉尻を下げた。

 セツナはようやく知り合いに会えたことで少し余裕を取り戻したのか、その場でガツガツと拳を叩きつけて悔しさと不満をまくしたて始めた。


「くぅ…! 何ゆえ徴兵の試験に筆記など混じっているのでござるか⁉ 兵の仕事と言えば荒事でござろう⁉ 悪漢を捕らえることでござろう⁉ 困っている人々を助ける事でござろう⁉ その身で国を守ることでござろう⁉ なのになぜ計算能力や語彙が必要なのでござるか⁉」

「え…⁉ そうだったの……?」

「……私はあんた達二人ともここまで阿保だとは思ってなかったわ」


 信じられないといった様子で凝視してくる脳筋二人に、アザミは心底呆れた目を向ける。

 片やこれまで都会に出てくる機会のなかった根っからの剣士と、片や魔術の勉強だけでマナーや人とのかかわりをおろそかにしてきた世間知らず。常識知らずな部分があるのはわかっていたが、人の中で生きていくには少しばかり深刻な考えであった。

 正直これ以上会話することも面倒な気がしてきたが、放置するとしつこく付きまとわれる様な気がしたために、少しばかり授業をしてやることに決めた。


「……この国での兵士の仕事ってね、幅広いの。警備や巡回の仕事はもちろんあるけど、部署によっては事務能力が必要な役職もあるし、人を捕らえるという権利を持っている以上法律について深く学んでいる必要のある役職もある。雇用された後どこに配属されても問題ないぐらいには、頭の方も鍛えてないといけないのよ」


 無論兵士に限ったことではない。商人であろうと職人であろうと、ある特定の分野に特化したものであっても別の分野の教養が必要とされることはある。

 自分にできる事が多いというのはただ仕事の幅を広げるだけではなく、他者との作業の協力において潤滑剤のような役割を果たすことがあるのだ。


「……何より勉強ができるっていうのはね、『できる』っていうことの証明でもあるの。自分の苦手な分野を克服できるか、逆境に耐え続ける事が出来るか、自分自身の有用性を表すわかりやすい目印でもあるの」


 雇う側の人間は、その部分を評価して採用か不採用かを判断する。学ぶ生き物として最低限の知識を有しているのか、あるいはそれを習得するに至る努力を惜しまない者か、大切な指針となる。

 己が持つ手札が多い者はそれ自体が武器ともなるし、逆にないものは自分自身を見直すきっかけともなる。学ぶという行為は人と人の信頼関係を構築するために必要不可欠のものであり、できないことを言い訳に放置する者は信頼を得ることは難しくなる。


「……ただ暴れる事しか能のない脳筋なんて、誰も雇ってはくれないと思うわよ?」

「ごふっ…!」


 気にしていた一言を言われたセツナは、見えない吐血をこぼしてまた顔を伏せる。

 散々精神がボロボロになるまでこき下ろされた、哀れな剣士に切なげな目を向けていたシオンであったが、アザミの咎めるような視線は弟子の方にも向けられていた。


「……シオン、あんたも関係ないって顔してるけど、この間の魔術師免許の試験。不通に面接受けてたらだいぶギリギリだったと思うわよ?」

「え……」


 矛先が向くとは全く予知していなかったとばかりに、大きく目を見開いて硬直したシオンがアザミを凝視する。

 やっぱり、というように肩を落としたアザミは前回の試験前にシオンが見せていた緊張や、普段の言葉足らずな態度を思い起こして冷たい視線を向けた。


「……質問の答えに迷う、沈黙が続く、説明がうまくできない。最後の喚問で大胡消してたら、結果がどうなるかなんて火を見るよりも明らかよ」

「ごふっ…!」


 鋭い指摘に心を貫かれたシオンは、セツナと同じように吐血してその場に崩れ落ちた。

 性格や人種も違えば、共にいた時間など数えるほどもない二人であるが、仲良く並んで膝をついている姿はもはや姉妹の様にしか見えない。

 改めて二人が似た者同士であることを認識したアザミが困ったような天を仰いでいると、セツナがすすり泣きをしながらアザミを凝視し始めた。


「一体どうすればいいのでござるかぁ……このままでは某は寒空の下で宿もなく、飢え死にしてしまう」

「……今はこの国は初夏だから平気よ。しかも山に囲まれてるから涼しいし」


 知ったことかとばかりに縋りつくような目を振り払うアザミに、セツナはまたがっくりと顔を伏せる。

 何か別の策はないものかと、当てもなく通りに視線を巡らせていたセツナはふと、一軒の店の壁に張り出されている紙に気づいた。


「……あれは何でござるか?」


 言われてアザミは、セツナが見つめている方向に目をやって「……あぁ」と声を漏らした。

 何やら武装した戦士たちの似顔絵に、勇ましい文体で挑戦者を募る文言がしたためられている広告である。セツナは腹の虫が騒ぐのも気にせず広告に近づき、べりっと誰に断ることもなくそれを引きはがしてアザミの前に戻ってきた。


「なんか祭りでもあるの?」

「……ああ、これね」


 じっと真剣な様子で覗き込んでいるセツナから広告を奪い取り、アザミはもとの位置に貼りなおす。

 端が少し破けてしまったことを咎めるように睨みながら、気だるげに口を開いた。


「……毎年今の季節になると、兵士の志願推進や人寄せのために武力を競わせる大会を開くのよ。優勝者にはかなりの額の賞金が入るし、勝ち抜けなくても実力を見せられれば国の人間に召し上げられる機会も得られるのよ」

「武芸大会……まさに某にうってつけの催しではござらぬか‼ さ、参加条件は如何様なもので⁉」

「……詳しいことは大会の開催場所で教えてもらえるだろうけど、どこそこの大会で入賞しただの、こいつはこういう経歴だと誰かに推薦状をかいてもらっただの、まぁ厳しめだったんじゃないかしら?」

「なるほど……くっ! しかし今の某には手に入らないものばかり……はっ!」


 せっかく起死回生の手を見つけたと思ったのに、と悔し気に顔をしかめるセツナだったが、ふいに何か思いついたのか大きく目を見開いて硬直する。

 すぐに嫌な予感がしたアザミは冷たくセツナを睨みつけるが、黒犬の剣士は構うことなくアザミに向き直ると、その場で勢いよく土下座をかまして見せた。


「恥を忍んで―――」

「……他あたりなさい」

「にべも無しでござるか⁉」


 まさか言い切る前に拒否されるとは、と信じられない様子で凝視してくるセツナにアザミは盛大なため息をついて視線を外す。さすがに楽観的過ぎて、説明するのも贈鵜になるほどであった。

 だがここできっぱり断らねばしつこく頼み込んできそうだと自分を納得させ、腰に手を当てて縋るように上目遣いを送るセツナを見下ろす。


「……あのねぇ、昨日会ったばかりでろくに知らない奴のためにそんなもの書けるわけないでしょ。世の中甘く見るんじゃないわよ」

「そ、それはそうでござるが……某はこの国の者とは縁もないし、今さらどこかよその大会など参加している余裕はないし……」

「……私はいやよ。いいから他をあたりなさい」


 身分証明とは非常に重要なものである。それは推薦されるものの信用度を左右するだけではなく、推薦したものの審美眼も問われるからだ。

 もし高名な人格者が推薦した者が、後に看過できないほどの犯罪や事故を起こしたとき、その罪を問われるのは当人だけではなく信用を与えた推薦者である。これは社会全体の信頼に対する裏切りであり、地位や名誉が一瞬にして地に落ちる可能性もある重要な事柄である。

 魔女として世界中に知れ渡っているアザミも同様であり、ゆえに弟子として日々共に過ごしているシオンに対しては充分以上の信頼を置いているのだ。


 加えて言えば、セツナには『前科』がある。剣を握ると性格が変わるという危険な面を目の当たりにしたアザミからしてみれば、信頼などもとから持ちあわせてはいない。

 つまりは不可能だ、と言外に告げるアザミであったが、視界の端に入ったですが持っているものに引くひくと頬を痙攣させた。


「……で、あんたは何やってんの?」

「…参加します。セツナと一緒に」


 アザミの唯一の弟子は、どこからか調達してきた武芸大会の応募用紙を二枚掲げ、誇らしげに師に見せつけている。すでに自分の名前を書いてあるあたり、なんと気が早い事なのであろうか。

 額にわずかに血管を浮き立たせているアザミは、何とか平静を保ちながらシオンに視線を向ける。


「……話、聞いてた?」

「大丈夫。セツナはいい人。私が保証する」


 お前の保証が何の役に立つ、という返しを何とか飲み込み、アザミがシオンに目を向ける。不機嫌さが全面に現れた険しい表情であったが、シオンは臆することなくアザミに用紙を突き出している。

 保証人の部分に書け、ということなのだろうか。だとしたら何と身の程知らずなのだろうか。


「……言っておくけど、向かい合ってよーいはじめ、なんていうお奇麗な大会じゃないのよ。戦略を先読みしあう、何が何でも勝ちを獲りに行く、えげつない戦いの場なのよ。わかってる?」

「師匠と一緒の旅で修羅場は潜り抜けてきた。賞金を貰えば私達も助かる、セツナも大会に出られて助かる。ウィンウィンな関係」

「……それはウィンウィンな関係とは言えないわよ」

「それに困っている人を助けるのが魔術師で、冒険者のあるべき姿だと私は思ってる。違う?」


 ぴくぴくとアザミの額に浮き出た血管が痙攣する。つつけば容易に破られそうなほどに張り詰めた危ない状況であるが、何がそこまで駆り立てるのかシオンは全く臆した様子もなく、自信満々な様子で鼻息荒く立ちはだかっている。

 何が何でも是という答えを貰うまで動かないという意思表示であろうか。しばらく師と見つめ合っていたシオンは、ハラハラと様子をうかがっているセツナに振り向くとフッと不敵な笑み浮かべた。


「なによりセツナは……私の友達。友達を助けない理由は、ない」

「お、おお……シオン殿! この御恩は……きっと返して見せますぞ‼」


 何やら感動した様子でシオンの手を取り、うるんだ瞳で見つめ合う黒犬剣士と黒猫魔女。

 傍から見れば美しい友情で結ばれた少女たちの絵面であるが、実際は出会って一日も経っていないことを知っているアザミからすれば馬鹿同士の会話である。

 本気でどうしようかと考えこんだアザミは、何かを期待するように見つめてくる二人に気づき、カクッと天に顔を向けて沈黙した。


「……畜生め」


 どうやら自分も馬鹿だったらしい、と。

 弟子の願いにはとことん弱いアザミは用紙を受け取ってしまうのだった。

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