3:ヤマトの王
「冒険者免許アザミ殿、およびその弟子の魔術師シオン嬢……確認しました。では右の小さい方の門をお通り下さい。開門!」
銛と国を境の大きくそびえたつ巨大な門の前で、記入された書類に目を通した若い狼人の兵士がびしっと敬礼を見せる。生真面目な性格が現れた惚れ惚れするような礼にアザミも軽く頷いて応える。
商人や貴族が使う馬車の為の門ではなく人が通るための門に促され、アザミたちはようやく国境の内部へと入る事が出来た。警備体制が厳しいこの国では入国する者の身分証明が徹底的に行われるため、場合によっては審査に半日近くかかることもある。
しかし、そこまで厳重な警戒をするだけの価値が、この国にはあった。
門をくぐったシオンが、目の前に広がっている光景に言葉を失う。
木造建築を中心とした街並みは賽の目状に均一に整備されており、格子状に張り巡らされた太い大きな道が隅々まで伸びている。馬車も人も十分に余裕をもって通れるように設計された、生活と商業のバランスが取れた街並みである。
一定間隔で掘られた広い水路にはキラキラと輝く澄んだ水が流れ、水際で遊ぶ子供たちをよそに荷物を積んだ船が静かに渡っていく。
そしてどこにも、人の笑顔があふれている。人間の他に多様な他人種が行き交っているが、すれ違ったところで誰一人としていやそうな顔をしない。たまにいるが、それは明らかによその国から来たと思われる高貴な身なりの者だけで、国民たちは皆似たような格好をして向き合っている。
差別や偏見など、見える範囲のどこにも見当たらなかった。
「ここがヤマト……ラルフィントより活発」
「ここまで雑多…あ、いや混み合った国は初めて見るでござるよ」
「……ぼーっと突っ立ってんじゃないわよ。お上りさんじゃあるまいし」
他人種を差別する人間至上主義者がいまだ蔓延っていた国を見てきたシオンや、故郷を離れた事のないセツナがぽかんと口を開けたまま棒立ちになっていると、あとがつかえていることに気づいたアザミが肩をつついて促した。
シオンもセツナも、ここまで平和という言葉を体現している光景から目を離す事が出来ず、よそ見をしながら道の端に寄った。
「多種多様な種族がここまで隔たりなく暮らしているとは……他の国では考えられないでござるよ」
「国主が前衛的なお方ですからね。他人種に対する偏見も、歴史的な軋轢もすべて排除した万人の為の国、それが我らがヤマト国なんです。はい、どうぞ。武器をお返しする際に必要となりますので無くさないでくださいね?」
「どうも」
「承知した」
夢見心地のように覇気のない声でセツナが呟くと、門番の兵士が誇らしげに胸を張って答える。審査を通過した証である書類シオンとセツナにを渡し、にやにやと笑みを抑えきれずにいる兵士が門をゆっくりと閉じていく。
重い音を立てて小さい方の門が閉じられると、次いで馬車などの車両が通るための大きな門が開かれる。
ひどく疲れた様子で馬車に乗っている乗客たちの顔を見やると、アザミはそのあとに残された体の一部を欠損させた男たちに目を向けた。全員既に戦意はなく、怯えた様子でセツナの方を見ては体を縮こまらせていた。
「武器の類は流石に預ける必要があったか…実に心細いでござるな」
「……むしろ私は安心したわよ。何かのはずみであんたが剣を抜いたら、容赦なく潰すからね」
「わ、わかっているでござる……」
自分が引き起こした蹂躙劇を思い出し、セツナが少し恥ずかしそうに頬を染める。その様子からは、先ほどまで無慈悲に敵を斬り伏せていた鬼神のような気迫は感じられなかった。
しかし間近にそれを目撃してしまったシオンは、セツナからやや距離を取っている。戦闘の経験は彼女にもあるが、それを踏まえてもセツナの暴れっぷりは恐怖だったらしい。
「さっきの、何……?」
せっかく仲良くなった少女から向けられる怯えた眼差しに、セツナはポリポリと頬をかいてばつが悪そうな顔をする。
「……お恥ずかしい話、某はどうも刀を握ると人が変わってしまうようなのでござるよ。内なる狂気が解放されると言おうかなんと言おうか……理性が吹っ飛んで、敵と見据えたものに容赦なく襲い掛かってしまうのだそうで」
「……だそう?」
「…………暴れている間の記憶は曖昧なのでござる。なんというか、本能のままに動いているだけというか」
「……あんたがクビになった理由がよく分かったわ」
思わずジト目になったアザミが、必死に目をそらすセツナに視線を突き刺す。
見えない針で体中をつつかれているような、そんな居心地の悪そうな表情を浮かべたセツナは、どうにか話題を変えさせようと辺りを見渡し、同じように向けられる恐怖の視線に「うっ…」とうめき声をあげた。
先ほどまで一緒にいた、足止めから解放した馬車の乗客たちもセツナに対して怯えたように、あるいは嫌悪の眼差しを向けている。とても何か反論できる雰囲気ではなかった。
「……御者やほかの客たちにも迷惑をかけてしまった。某はここで別れたほうがよさそうでござるな」
「……そうみたいね」
「某はここで此奴らを見張っておくでござる。逃げ出しでもして、また狼藉を働いたらことでござろう?」
セツナは適当に座れる場所を見つけると、縛り上げた男たちが見える位置に腰を下ろす。
長い旅から解放されて一息ついていると、その隣に無言のままアザミが立ち、腕を組んで壁に背を預けてきた。
てっきり馬車とともに目的地に行くものと考えていたセツナは、驚いた様子で目を見開いた。
「? い、行かないのでござるか?」
「……あんたをほったらかしにすると、後々面倒なことになりそうだからよ。それに、ここに放置してこいつらに何かされたら、私が困るのよ」
「要するに見張り」
「うっ……返す言葉もござらん」
まるで犯罪者を見張るような口ぶりだが、似たような事態を見せたことを自覚しているためにセツナも反論できない。引き攣った顔で、隣に佇んでいるアザミから視線をそらした。
シオンは少し迷うような素振りを見せたが、意を決したようにアザミとセツナの間に入り込んで腰を下ろした。
「……そういうわけだから、あんたはもう行っちゃっていいわ。こいつらは私が連れて行くから」
「い、いいんですかい? お客さん……」
「……いいのよ。迷惑料が出せないから、代わりにね」
なかなか乗り込んでこない二人を心配して顔を出してきた御者に、アザミは気だるげに手を振って先に行くように促す。まだ料金の分乗車していないが、自分たちがこれ以上ほかの乗客と一緒にいるのも考えものと割り切ることにした。
他の乗客たちも、血なまぐさく泥臭いやり取りをしたアザミたちにはあまり好印象を抱いていないようで、先ほどからちらちらと様子をうかがうような視線を感じる。あの中に戻るのは、アザミとしても気分が悪かった。
「手間をかけて申し訳ない。……この侘びは、いつか別の形で」
同じものを見たセツナが、立ち上がってアザミに頭を下げる。
少なくとも自分があそこまで暴れなければなどと気にしているようだが、アザミにしてみればどちらにせよ同じような未来が待っていただろうと考えていた。
セツナがやらなければ、アザミが自分で適当に暴れて蹴散らしていた。セツナほど残忍にはやらなかっただろうが、それでも荒っぽいものを見せた後の貴族連中がいい顔をするとも思えなかった。
しかしそれでも、アザミはセツナを慰めるようなことはしなかった。どうせこの場で元気を取り戻したところで、この犬の正確ならばまたどこかで勝手に落ち込みそうだったからだ。
眉尻を下げてしゅんとしているセツナに、アザミに代わってシオンが慰めるように肩を叩いた。
「武器が必要な職業の人には国内に持ち込めるようになってるんだよね?」
「う、うむ。某が職に就けるまでの辛抱でござる!」
「……またやらかさなきゃいいけどね」
「もう勘弁して下され!」
せっかく少しやる気を取り戻したセツナが泣きそうになりながら、ジト目を向けるシオンとともにアザミに抗議する。
それからしばらく他愛もない話で茶を濁した三人は、やってきた国の兵士たちに賊たちを引き渡し、ようやく役目を終える事が出来たのだった。
「では某はこれで……道中、楽しかったでござるよ」
「うん、じゃあね」
ぺこりと頭を下げて去っていくセツナに、シオンは名残惜しそうに目を細めながら手を振る。
珍しく気の合う友達ができた彼女が、いつの日か再会を楽しみにしてセツナを見送る。
黒犬剣士の姿が雑踏の中に見えなくなっていくと、ようやくアザミが肩をすくめて視線を街の方に移した。
「……さてと」
さっさと歩きだした師に慌ててついていき、シオンが目的地を聞くために口を開いた。
いつものことながら、この魔女は寸前になるまで行き先を教えてくれようとはしなかった。というか面倒くさがって教えてくれなかった。
「師匠、まずはギルドに?」
「……そう、と言いたいところだけど、先に確認しておきたい事があるのよ」
そう答えたアザミの視線の先には、わいわいと騒がしい声と人だかりができている一軒の建物があった。
◇ ◆ ◇
「ん〜……」
この世のものとは思えないくらいに甘く美味なそれを頬張りながら、シオンはその顔を喜びで蕩けさせていた。
串に4つずつ刺さった、一口サイズの団子。その上には黄金色に近い輝きを放つ蜜がかけられ、じっくりと焼かれて生まれた香ばしい匂いが食欲を際限なく刺激する。団子自体も絶妙な柔らかさで、少し力を入れただけで舌に溶けそうなほど柔らかく、しかしそれでありながら確かな歯ごたえを伝えてくるという不思議な触感をもたらしてくる。
「このだんごおいひぃ」
「……口の中に食べ物入れたまま喋らないの」
「このみちゅのぜつみょうなあまひゃといひだんごのやわりゃかひゃといひまさにひょくにんのたまひいほかんひるいっひんへ……!」
「……もう何言ってるのかわかんないわよ。ほら、口の汚れ拭いて」
もっと味わいたいのに、体は次々に新しい団子を所望し、皿の上に乗っているそれらがあっという間に消えていく。そのことに寂しさを覚えながら、シオンは口の中に広がる甘味にしばし酔い続けていた。
呆れた様子で、アザミがシオンの口の端から垂れている蜜を拭いてやるが、シオンの手は一向に止まる気配がない。皿に乗っていた最後の一本を食べ終えてから、ようやく黒猫の少女はアザミに視線を戻した。
「んぐ……師匠はこの店に来たことあるの?」
「……ええ、この店を最初に開いたのが異世界漂流者の一人でね。売れるまで通っていたのよ……全く、人生のほとんどを醤油と味噌の再現に費やす馬鹿なんてあいつぐらいなもんよ」
アザミは細目で多くの客で賑わっている店内を見やり、呆れたようにため息をつく。アザミたちが来た時にはすでに多くの先客が順番を待っていたが、ある理由で一つだけ残されていた席に案内された二人は一足先に甘味を堪能できていた。
待っていたものたちの羨望と嫉妬の眼差しを完全に無視しながら、アザミはこの場にいない誰かに向けた愚痴をこぼしていた。
「ふ~ん……それで先に済ましておきたい事って?」
そっぽを向いてぶつぶつと呟いていたアザミは、やがてはたと口を閉ざした。
首をかしげるシオンは、店員の鹿人の女性が焦った様子で話しかけてきたことで視線を外した。
「お客様、よろしければ相席をお願いしてもよろしいですか?」
「ん?」
「……構わないわ。好きにして」
もう少し口の中の幸せを噛み締めたいと、頬を膨らませたままのシオンは首をかしげるが、アザミはすぐに了承する。
しばらくして二人が座っている席の反対側に何者かが腰を下ろす音がした。
「……邪魔をするぞ」
「……どうぞご自由に」
町民と同じ軽装の男性の声に、アザミは煙管を取り出して咥えながら答える。火種を取り出して火をつけると、同じように懐から煙管を取り出した男性にも火を分ける。
アザミと男性は互いに背を合わせ、静かに紫煙を燻らせて時を過ごす。店員が慌てて団子の載せられた皿を持ってくると、やっと男性は煙管から口を離した。
「この店の団子は相変わらず旨い、違うか?」
「……そうね。いつまで楽しめるかはわからないから、今のうちに堪能しておきたいと思うくらいには」
「厳しいな……だが、それくらいの厳しさが職人を育てるには必要なのかもな。とくにこの店のように、四世代まで続く老舗を生み出すには」
「……さぁ? そこまでは知らないわ」
渋い声で、近い距離感で話しかける男性に対し、アザミはいつも通りぶっきらぼうに答える。しかしやはり、他の者に対して見せていた壁のようなものを感じさせない、穏やかさを感じさせる話し方であった。
二人の関係性が非常に気になり出したシオンだったが、何故か今は口を挟んではいけないような、そんな気がして黙り込んでしまう。
しばらくしてようやく、灰皿に煙管の灰を落としたアザミが姿勢を変えて男性の方に目を向けた。
「……ところで、国主がお忍びでこんなところに来るなんて、一体どんな要件なのかしら?」
「⁉ んぐっ……げほっげほっ⁉」
アザミの口から出た言葉に、シオンは団子を飲み込み損なって激しくむせてしまう。
涙目で背中を丸めるシオンの方をさするアザミに、男性は興味深そうな笑みを浮かべている。鷹のように鋭い目は、何故か安堵を宿したような穏やかさをはらんでいた。
「顔を見に来ただけさ。……もう、人前にツラ出す気はねぇもんだと思ってたからよ」
「……気が変わっただけよ」
ようやく自然な呼吸に戻ったシオンが、親しげに語り合っている二人を凝視して言葉をなくしている。
店員からも不安げな視線を向けられていることに気づいた男性は、若干名残惜しそうに町並みを見やってから席を立った。
「じゃあな、先生。今後の道中の無事を祈るぜ」
「……あんたも気をつけなさいよ。東の魔王」
店員に預けていたらしい刀剣を受け取り、腰に佩く彼にアザミが重い声で告げる。アザミの見つめる先には、大きく発展したヤマト国の街並みが、そしてそこに住まう民の姿がある。
かつて、全種族を巻き込んで起きた大きな戦い。それを制し、世界でも有数の強大な力を有した国家を作り上げたのがここにいる男。その栄光を知らぬ者などおらず、今では歴戦の戦士でさえ震え上がるほど知れ渡っている。
しかし光が強ければ強いほど、後にできる影は大きく濃くなっていくものであった。
「……あんたは戦乱の世でただ一人の勝利を手にした豪傑……だけど要らないところから恨みを買いまくっているのも事実。暗闇で背後から背中を刺されたとしても、助けてなんてやらないわよ」
「そりゃぁ……要らねぇ世話だな」
アザミの忠告に、魔王と呼ばれた男性は獣のような獰猛な光を目に宿して返した。
ギラリと吊り上がる目、剥き出しにされた犬歯、鬼のように変貌した顔。先ほどまでとは打って変わった、すべてのものを支配する王の気迫を放つ存在へと変わっていた。
「正面から来れねぇ臆病者なんざ、俺の相手じゃねぇ」
ゴクリと息を飲み、凍りついたように動けなくなっているシオンに一瞥をくれると、男性はさっさと店を出て行ってしまう。緊張した面持ちで立ち尽くしている店員に多めに金の入った袋を押し付けると、上着の裾を翻しながら堂々と去って行った。
順番待ちの客の中には、男性が何者なのか察したらしく青い顔でアザミたちの方を凝視している者の姿もある。
そんな中で、アザミだけが平気な顔で煙管を薫せ、気だるそうに足を組み合わせていた。
「…………師匠、さっき言ってたのって本当?」
「……行くわよ」
「あの人がほんとに王様なら……ちょっとフットワーク軽すぎない?」
腰が抜けかけているのか、覚束ない足取りで立ち上がろうとするシオンを置いて、アザミは男性とは反対の方向に歩き始める。
並んでいた客たちがざざっと道を開けていき、その後をシオンが慌てて追っていく。
今だに信じられないような顔で見上げてくるシオンを放置し、アザミは深いため息をついて天を仰いだ。
「……学校一手が付けられなかった暴れん坊の不良が、よくもまぁ出世したものよね」
記憶の果てにある、王になる前の男性のことをぼんやりと思い出しながら、アザミは皮肉げな笑みをこぼすのだった。
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