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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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エピローグ:人間を見続けてきた者

 ラルフィント共和国を襲った未曽有の大人災が収束してはや一週間。

 異世界の兵器による暴力の傷跡が街のあちこちに残り、貿易都市として栄えたかつての面影は衰えているが、人々の表情は比較的明るいと言えた。

 破壊された家屋や建物を修復する木槌の音や掛け声が響き渡り、資材を持った屈強な男たちが走り回る。女性たちは日用品や食料の確保に奔走し、その邪魔にならないように子供たちも手伝いに駆け回る。

 とはいえ、人々の表情にはまだまだ翳りが見える。一週間以上前まではともに笑い、日々を過ごしていた友人や知人が何人も犠牲となり、帰らぬ人となった心の傷跡はそう簡単には癒えたりはしない。せめて今を必死に生きようと、復興作業に没頭することで一時的に痛みを忘れようとしているようだった。


 そんな彼らを尻目に、眼帯の魔女と黒猫の少女は大通りを歩く。

 懸命に働く彼らに目もくれず、開いたままの国の門に向かって歩き続ける。人々は彼女たちの姿が目に入ると一瞬だけ手を止めて振り向くが、すぐに作業に戻った。

 やがて二人が門をくぐって国外に出かけたとき、背後からかけられる声があった。


「……もう行くのかい、先生」


 そう名残惜しそうに問いかけるのは、全身に包帯を巻いた痛々しい姿の大柄な男性。騎士団の鎧を外したイワオが、松葉杖をついて入り口の端からアザミたちを見つめていた。傍らにいる甲司が心配そうにイワオを見ていたが、視線を向けることなくアザミとシオンの元へ近づいて行った。

 アザミは面倒な奴に見つかったというようにため息をつき、それでも足を止めてイワオに向き直った。


「……あとはあんた達だけでどうとでもなるでしょう? これ以上厄介事は御免なのよ」

「そりゃそうだが……国を救った英雄に仕事させるような恩知らずはさすがに」

「……いたらいたで、今後も厄介事が回ってくるじゃないの。もう面倒くさいのよ」


 鬱陶しそうに目をそらすアザミに、イワオは以前の変わらない豪快な笑い声をこぼすが、すぐに顔をしかめて咳き込み始めた。まだ傷も言えていないのに、無茶をしてここまで歩いてきたツケが来たらしい。

 そんな彼にシオンや甲司が向けているのは、あきれ果てた冷ややかな眼差しであった。


「……死んだと思ったら気絶しただけだったとか、やめてくれませんかね」

「バカ言え。お前が勝手に勘違いしただけだろうが」

「紛らわしいことすんなって言ってんだよ!」


 思いっきり人前で涙をさらしてしまった甲司は、特に激しい怒りを感じている様子でイワオに詰め寄っている。

 イワオは苦笑しているが、実際彼自身も危ない状態であったことは変わらないのだ。やっぱり無事でした、などという反応を返されれば怒りがこみあげてくるのも仕方がない事であろう。

 人騒がせな、とシオンは内心で毒づいた。

 二人の冷たい視線にのんきに笑い声をあげていたイワオであったが、やがてどこか切なげな表情を浮かべると、気だるげに佇んでいるアザミを見つめ始めた。


「……寂しくなるな、もうこの国には来ないんだろう?」

「……ええ、今までは弟子の都合で来ていたけど、正直この街の暮らしは合わないわ。いつまでたっても差別主義者は闊歩していたし、改善される様子もなかったし……何より私に雑用を押し付けすぎなのよ」

「テロリストの拿捕が雑用なんて言うのは、あんた以外にはそうそういないだろうな」


 仕事の前も後も全く変わらない、心底面倒くさそうなアザミの表情を見ているイワオは思わず苦笑する。この余裕そうな態度が、仕事に対する信用度を上げてしまっているのではないだろうかとは、口が裂けても言えなかった。


「だが先生……この国はこれから変わるぜ。何年先になるかはわからねぇが、今回の騒ぎで亜人差別は問題視されるだろう。……世界にまた戦乱が広がることを防いだんだ。本当なら表彰ものだぜ?」


 この際、暴動に関わったとされる者たちの洗い出しが国を挙げて行われた。かつて王国の貴族であった者たちを中心に、普段から他人種蔑視の兆候があった者たちへの取り調べが執拗に行われ、そのほとんどに関与があったことが明らかとなった。女子供も関係なく、復興と同時進行で行われたその調査は国内に決して小さくない衝撃を及ぼした。

 共和国の上層部はこれを深く受け止め、他人種に対する偏見を取り払うための政策や、次世代の子供たちへの教育に力を入れていくことを決定し、同時に不穏因子に対する監視を強めた。平和という名の化粧で表面ばかりを整え、目をそらし続けてきた問題に着手し始めたのだ。

 時間はかかるが、かつての悪夢を再体験したラルフィント王国は再び生まれ変わろうとしていた。


「……興味ないわ」

「だろうな、そういうと思った」


 最初から最後まで一貫したそっけない態度は、彼女をよく知らないものがいれば反感を覚えることだろうが、イワオは最初に出会った時からずっと深い感謝の意を抱いていた。

 彼女が示す態度のように本当に他人に無関心で冷血な人物であれば、わざわざ危険な場所に人助けに現れたりはしないだろう。弟子のことがあったから来ただけだと言っていたが、そもそもそこまで言うほど人間が嫌いなら弟子も取るまい。態度と行動がかみ合っていないのだ。

 イワオはなかなか素直ではない魔女に苦笑しながら、もう一人、この場にいなければならない存在がないことを気にかけていた。


「…慎二のことなんだがよ、ありゃあ気にする必要はねぇぜ? 教え子があんなことに関与してたことも、そのあとどこかに消えちまったこともショックではあるが……この世界じゃそんな甘いことは言ってられねぇ」

「……気にしちゃいないわよ。そもそも赤の他人に対してそんな責任ないもの」

「赤の他人、か……」


 冷たく告げるアザミに、イワオは内心複雑そうな目を向ける。

 本当はわかっている。突然と言っていいほど前触れもなく、あの世界の武器を持ち出して暴挙に及んだ集団、その行動のきっかけについては。

 魔術という物語の中でしか登場しない力が文明の主流となっているこの世界にあの兵器が存在しているのは他でもない同郷の者、それも姿を見せなくなった自分の元教え子がもたらしたためだなど、想像するに難くなかった。

 そしてそんな彼に、保護した本人がどういう処分を下そうと思うかなど、考えるまでもなかった。


「……そうだな、あいつはやっちゃいけないことをしちまった。それだけのことだもんな」


 責めることはできない。自分は元教師ではあるが、保護者ではない。

 当面の住処の保証や仕事の斡旋などをしたが、あくまでそれは同じ境遇に陥った同郷の輩に対する同情のようなもの。慎二以上に苦労を重ねてきたイワオにとっては、死ぬまで見守り続ける義務などあるはずもなかった。

 だがそれでも、何かできたのではないかと思うのはおごりであろうか、そう思わずにはいられなかった。


「師匠~」

「……じゃあ、行くわ。せいぜい養生しなさいよ?」

「おお、元気でな先生」


 自分にほとんど関係のない話を聞くのに飽きたのか、シオンが先へ進みながら師を呼ぶ。その胸には試験に合格した魔術師の証、シオンのものであることを示す猫の紋章(シンボル)が刻まれたアメジストを飾ったネックレスが下がっていた。

 アザミもそろそろ切り上げようと思っていたのか、それっきりイワオの方を見ることなく弟子の後を追って歩き始めた。

 二人が向かう先は、はるか遠くまで続いていく街道の先。あまり国から出たことがないイワオや甲司にとっては、まさに未知の世界。

 見る見るうちに遠くへ消えていく魔女の背中を、大きく手を振る甲司とともに見送っていたイワオは、感慨深げな笑みを浮かべて嘆息した。


「……じゃあな、ホウジョウ」


 いつの間にか離れてしまった距離を寂しく思いながら、イワオはいまだ自由の利かない体に鞭を入れ、復興の音が響き渡る国内へと足先を向けたのだった。


     ◇ ◆ ◇


「やはり、嫌われてしまったかしらね…?」


 立て直しの進められる魔術学校の理事長室から、シェラは国外へと続く街道を進む黒い二つの影を見やる。

 師は、今の弟子に急遽用意された免許(ライセンス)を受け取ると、理事長であるシェラに挨拶もなくさっさと学校を後にしてしまった。かつての弟子に対する態度としてはあまりに冷たく思われたが、シェラにしてみればそれも仕方のない事であった。


「そりゃそうよね、散々迷惑をかけられてきた相手にいいように操られるなんて、あの人にしてみれば我慢がならないでしょうし……まぁ、それでも断らないのがあの人なんですけど」


 それをわかって利用する私も私だけど、とシェラは笑みを浮かべたまま内心でため息をつく。

 教えを請いていた時とは、自分は大きく変わってしまったと自覚している。それは立場であり、理想であり、信念であり、長く生きてきたことで知ってしまった世の中の厳しさや醜さから自分を守るため、受け入れざるを得なかった変化であった。

 師がそう簡単に元は弟子であった存在を見限ったりはしないと辺りをつけ、特別講師として招き入れたのだ。師を巻き込むことを承知の上で。


「私がまだ小娘だった時代から……人は全く変わっていません。相変わらず、醜い争いを続けるばかり……それでもあなたが人を見捨てようとしないのは、あなた自身がそれを贖罪と思っているからなんでしょうけど」


 シェラはそれを利用した。非常になりきれない師の本分を理解したうえで、回りくどく縋り付いた。数百年もの時間を過ごした老獪なエルフの魔術師が、たかだか数十年を生きた人間たちを相手にした問題を解決するために。

 おそらく師はそれを分かったうえで、問題を見事に力技で解決し、国を後にした。

 もう二度と、力は貸さないという意味も込めて。


「その不死の体を引きずり、あなたはどこへ行くのでしょうね……?」


 何百年もかけて培った年の功があっても、エルフの老婆にはその答えを見出せそうになかった。

これにて第Ⅰ章は終わりです。お楽しみいただけましたでしょうか?

自分で一から世界観を作った小説を書いてみて、これを何年も続けていらっしゃる先輩方には尊敬の念を抱くばかりであります。

比べることもおこがましいとは思いますが、拙い文や無理な文法ばかりでまだまだ文章としては未熟ではありますが、読んでいただけた方に楽しんでいただける内容になっていれば幸いです。

よろしければこの『創世の賢者』に、完結までお付き合いいただければと思います。

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