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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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17:怠惰な魔女が自ら動く

 じっとりと湿気を含んだ、暗い石造りの牢が並ぶ地下の空間。

 元々王宮であった場所を改造・増築を重ねて作られた魔術学校には、今も地下牢が残されていた。とはいえ、逃亡防止のために入り組んだ作りになっていて、遥か深くまで掘られたその場所は生徒が迷い込む危険性を考慮して封鎖されていた。

 そのはずなのだが、現在そのほとんどの部屋には学校の関係者や共和国の要人がいっぱいになるまで押し込められていた。


「理事長……これから我々はどうなるのでしょうか」


 ある一つの牢屋に押し込められているエルフの教師が、同じ部屋に収監されているシェラに不安げに尋ねる。人間よりも寿命が短いとはいえ、争いごとにはあまり関わらず平穏に生きてきた彼は、このような大事件に巻き込まれてどうしたらいいのかわからなくなっていた。

 そんな彼に、シェラは平然としたまま困ったようにため息をついた。


「ずいぶん弱気ですね。殿方ならもっとしゃんとなさったらいかがですか?」

「理事長が落ち着きすぎなのです……‼ 見たでしょう⁉ あいつらは人間をまるで遊戯の的かなにかのように追い立て、情け容赦なく惨殺していったのですよ⁉ 見た目のいい女性や反抗する前に降伏した者……理事長のように各界に影響力があって利用価値がある者などはまだ無事ですが、いつあいつらにとって不要となって処分されるか……‼」

「そんないつ来るともしれない時を恐れるだなんて、情けないですよ」

「ですが……‼」


 自分や理事の命の危険を説くエルフの教師だが、シェラの目は牢の外に向けられている。見張りとして巡回している、銃を持った男たちの足音が再び近づいてきたのだ。

 思わずエルフの教師が口を閉じると、その目の前を暇そうにあくびをこぼしている男が通り過ぎていった。その足音が遠く離れていくと、エルフの教師はようやく安堵の息を吐いて肩を落とす。ただ嘆くだけでも命の危機にあるということが思い出され、エルフの教師はより一層重圧を感じてしまっていた。


「そう心配なさらずとも、それは少なくとも今ではありません。各国と交易でつながっているこの国が機能を停止すれば、周辺の国々にも多大な影響が生じます。そのうえ他種族に対して高圧的な態度をとるものが取り仕切る国を相手にする事態になれば、さすがに動かざるを得ません。そう遠くないうちに、問題を解決するための手段が講じられるでしょう」

「……それまで待つと?」

「いいえ。その間にさらに被害が増えてしまえば目も当てられません。我々は我々にできる手段を講じなければなりません」


 いつになるともわからない助け、それもはっきり来るかもわからない希望に縋ることなどできず、エルフの教師は今度こそ諦観の表情を浮かべる。エルフとして生まれて約200年、教師を志して100年、人間でいうところの齢20歳にして死を覚悟する羽目になろうとは、若い彼は思いもよらなかった。

 しかし、彼の希望をぽっきりと折った張本人であるシェラは、依然平気そうな顔をして背筋を伸ばしている。絶望など微塵も抱いていない、そのあまりにも堂々とした理事長の態度に、顔を上げたエルフの教師は訝し気な眼差しを向けた。


「しかし……理事も私も、魔術師は皆杖を奪われておりますし。講じられる手段がいったいどこにあるというのですか?」

「だからあなたは未熟者なのです。杖はあくまで触媒、魔術を最も効率よく使用するための道具でしかありません。魔術、とくに魔力に対する理解を深めれば……」


 シェラが少し身じろぎすると、彼女の手元からカチリと小さな金属音が鳴る。それが手首から外れ、地面に落ちる直前にシェラは自由になった己の手で受け取る。

 悪戯を成功させた子供のような笑みを浮かべたシェラは、片手で外れた手錠を持ち、ぶらぶらと目の前で振ってみせた。


「ほらこの通り」


 エルフの教師や、同じ部屋に入れられていた者たちが目を見開き、すぐ後には感嘆の声を上げかけ、すぐに我に返って口を手で塞いだ。

 魔術の行使には道具が必要、魔力というエネルギーがいくらあっても、それを現象として発現させるための器具がなければ意味がないというのは、あまりに当たり前の常識である。しかしシェラは、何ら不思議な事ではないような顔でその非常識な神業をやってのけたのだ。

 例えるならば、手を触れずに強固な鍵を開ける奇術師のような、一目見ただけでは理解もできず、説明されてもそう簡単には再現など叶わない業だ。

 尊敬や憧れよりも先に、驚愕や畏怖が先に表れてしまうのも、仕方がなかった。


「り、理事長……!」

「さて、枷は外せたもののまだここは檻の中……鍵を解錠することはできますが、外の見張りをどうにかしなければいけませんねぇ」

「で、でしたら私が……」


 エルフの教師たちの引き攣った表情などまるで見ず、頬に手を当てて困り顔で首をかしげるシェラに、羊人の女性教師が興奮気味に手を上げた。先ほどの媒介なしの魔術を目にし、エルフの教師たちとは異なり尊敬の念だけが先走ったのだろう。

 自分も何かシェラの役に立ちたいと、気持ちを先走らせているようであった。


「わ、私は魔術師としてはまだまだ未熟者ですが、一人暮らしを心配した両親から護身術を叩きこまれてきました! さすがに何人も相手にしたりするのは無理ですけど、他の見張りに気づかれずに気絶させるぐらいのことは……」

「おやめなさい。そんな不確かな実力では作戦とは呼べませんよ。何よりもあなた一人に危険な任務を負わせるつもりなどありません」

「じゃ、じゃあどうしたら……」


 せっかくの提案も、女性教師の身を案じたシェラによって却下されてしまい、女性教師はがっくりと肩を落とす。耳をぺたりと落とし、やや涙目になっている彼女の肩をポンと叩くと、シェラはまたいたずらっ子のような笑みを浮かべた。


「そう心配せずとも……ほら、迎えが来たようですよ」


 微笑みながらシェラが視線を向ける先、牢の扉の角、そこにはある小さな影があった。

 一見すれば縄か何かにしか見えない、黒く細長い物体。艶のあるその表面には複雑な模様があり、わずかに脈動して生命の反応を示している。にゅるりと鎌首をもたげたそれを目にし、扉側に座っていた教師の一人が「ヒィッ!」と悲鳴をこぼして飛び上がった。

 手のひらに収まりそうなほどに小さい、三角形の頭を持つ小さな黒い蛇が、口先からチロチロと舌を出しながら牢の中を睨みつけていたのだ。血のように真っ赤なその目はじっとシェラだけを見据えており、その視線を受けているシェラは微塵も臆することなく、牢の外で待っている蛇に手を伸ばした。


「……あんたは一体、何をやっていたのかしら」


 蛇はシェラの掌の上に乗ると、器用に蛇の顔で呆れた表情を作りながら呟いた。

 小さくも危険な毒蛇の口から聞こえてきた、聞き覚えのある声に牢の中にいた者たちからは驚嘆の声が上がり、蛇は鬱陶しそうに視線をそらした。

 毒蛇の頭を撫でるシェラは彼女の不機嫌そうな雰囲気を気にすることなく、どこか楽し気に微笑みを浮かべていた。


「先生、今日は随分とかわいらしいお姿ですのね」

「……あんた達のお陰で、こっちはまた無駄に仕事をさせられる羽目になったわよ」

「そう言いながら助けに来て下さる先生にまた頼る形になってしまい、恥ずかしい限りですわ」

「……よく言うわ。こっちとしては弟子の免許(ライセンス)がかかってなかったらさっさとおさらばするつもりだったのに、女狐が」


 一体どこに発声器官を有しているのか、普通の人間の声の大きさと変わらない音量で饒舌に毒蛇は喋る。人間と蛇が話しているだけでも異様な光景に見えるのに、その様子を見ていた者たちにはなぜか、シェラがもう一人の魔女と語っている姿が幻視できた。

 忘れもしない。それは以前聞いた声の主と同じ、魔術師の中では知らぬ者のいない才媛の姿であった。


「お弟子さんのことが本当に大切なのね……私がご一緒していた時には考えられませんわ。少し、羨ましいですね」

「……ただのお荷物なら、さっさと放り捨てていきたかったわよ」

「あ、あの……理事長?」


 そのまま長々と世間話が始まりそうだったので、意を決して教師の一人がそれを遮った。その声は驚愕のあまり震え、脳裏に浮かんだ可能性に信じられないといった様子で目を見開いている。

 シェラは不満そうに唇を尖らせていたが、アザミは忘れていたとばかりににょろりと首を回して視線をシェラから外した。


「さ、先ほどから会話されているその蛇はもしや……」

「そう、あなたの察したとおり、あなたたちが心の底から尊敬している眼帯の魔女アザミよ? かわいいでしょう? この人、時々お茶目なのよね」

「……黙りなさい。いいからさっさと出なさい。全く……余計な手間をかけさせて」


 忌々し気に舌打ちし、アザミはシェラの掌の上から降りて牢の外に出る。格子の外でくいっと扉を引っ張れば、いつの間にか解錠されていたそれがきしんだ音を立てて開かれた。

 そのまま何処かへ進んでいくアザミに、エルフの教師が慌てた様子で檻にしがみつき呼び止めた。


「で、ですが外の見張りが……!」

「……見張り?」


 闇に姿をけしかけたアザミが、面倒臭そうに振り返ってエルフの教師を見やる。

 はなから気にしていなかったとでもいうようなアザミの態度に眉を寄せるエルフの教師であったが、不意に視界の端に映ったものに注目し、後ずさった。

 アザミはにょろにょろと体を動かし、通路の端でうつ伏せに倒れている男の上に乗った。


「……この生ごみのこと?」


 彼は今先ほど、巡回のために暇そうに牢の前を通り過ぎた者であった。白目を剥いた彼は呼吸こそしているものの、その体はビクンビクンと痙攣を繰り返し、泡を吹きながら微かなうめき声をあげている。

 視線を上げれば、倒れているのが一人だけではないことに気づく。牢の巡回を行っていたテロリストたちは皆同じような状態で倒れ伏し、悪夢でも見ているかのように体を震わせていた。

 銃器で武装した男が外傷一つなく無力化されていることに、シェラを覗いた教師たちは愕然となるばかりであった。


「こ……これはまさか……‼」

「……死んではいないわよ。ただ身動きが出来なくなっているのと、解毒しない限り幻覚と幻聴に悩まされるようにしてあるだけ……死んだ方がマシだと思わせるくらいのね」

「い、一体どんな……」

「……死んだ者達の恐怖の追体験、と言ったらわかる?」


 面倒臭そうにそう説明するアザミの冷淡さに、教師たちはゴクリと唾を飲み込む。

 男たちは今、自分たちが行ってきた所業を自ら受けているという。己がただ殺戮を楽しむために引き金を引いた相手、その痛みと恐怖を全て余すことなく体験させられているというのだ。

 しかもそれは、自分で目覚めることの許されない、延々と続く地獄のような罰。その恐怖と苦痛は、当事者以外の者達には計り知れなかった。


「……今まで散々誰かを苦しめてきたんだもの、これぐらいの罰はあってしかるべきでしょう」

「本当に先生ったら……怒らせて本気を出させると恐いんですから」


 困り顔でシェラが感想をこぼすが、教師たちにはそれどころではない。

 眼帯の魔女が、その名が世に知らしめられている理由が、決して彼女の功績のみを称えてのことではないのだと気付かされたからだ。

 怯えた様子で凝視してくる教師たちにうんざりしたような目を向けると、アザミは今度こそ体をくねらせてその場を離れていく。


「……取りあえず、あんたへの義理は果たした。私の用事が終わったらもう手は出さないから、勝手にやりなさい」

「ええ、わかっておりますとも。もう少しお手数をお掛けします」


 シェラがそれに頷き、未だ動けずにいる教師たちの先頭に立って歩き出した。

 ハッと我に返った教師たちは、このまま魔女に従ってついて行くことにやや拒否感を覚え始める。高名な彼女といえど、今しがた見せた悪人への制裁の惨さに信頼が揺らいでいた。


「あ……あの!」


 だがそんな中で、率先してアザミに近づく者がいた。先ほど勇ましく囮を申し出た羊人の女性教師だ。

 アザミは億劫そうに鎌首をもたげ、発言した女性教師をやや強目に睨みつけた。


「……何?」

「お、お嬢様は……お弟子さんのあの黒猫の女の子は大丈夫なのですか? お姿が見えないようですけど……」

「……ああ、いいのよ。あれは放っておいて」

「ほ、放っておくって……あなたのお弟子さんでしょう⁉ 心配ではないのですか⁉」


 薄情にもそのまま去ろうとしているアザミに、女性教師は思わず反論をぶつける。他の教師が羽交い締めにしなければ、そのままアザミに掴みかかっていたほどの勢いであった。

 そんな彼女にアザミが返したのは、先ほどまでの怠惰を感じさせる声ではなく。


「……問題なら何一つないわよ。なんせ―――」


 本気で呆れているような、苦笑気味の声であった。


「あの子は私以上に非常識だもの」

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