15:無垢な彼らへの願い
「くそっ……どこ行きやがったあの薄汚ぇ野良猫共は‼」
「見つけ次第ブッ殺せ‼ あのガキ……生意気にも噛みついてきやがって」
いたるところが壊され、廃墟と化した民家の外に見える、銃を持った男たちの姿を見て犬人の少年は怯えて身を縮こまらせる。
急いで虎人の友人とともに誰もいない民家の中に身を潜めたはいいものの、裏口は彼らの巡回路になっているようで通り抜けられず、元来た道にも戻れずに立往生を食らう羽目になる。
何よりも、道中で腕を撃たれたティガの傷が心配だった。
「ティ……ティガくん」
「しゃべるな、ワンツ……‼ じっとしてろ……‼」
「で、でも…怪我したままじゃ…」
「どうってことねぇって、こんなの……!」
不敵な笑みを浮かべてそう答える虎人の少年だが、額を伝う脂汗や引き攣った表情からどう見ても虚勢であることがわかる。弱気な友人に心配をかけさせまいと意地を張っているその姿は、ただただ痛々しくしか見えなかった。
不意に、彼らが身をひそめる民家の壁の向こう側から足音が聞こえ、二人して口を押さえて首をすくめる。
「おい、お前はあっち、おれはこっちを探す。見つけたら知らせろ」
「命令すんじゃねぇよ‼ おれの獲物だ‼」
「あんだと⁉」
同じ思想のもとに集った者たちとはいえ、一人一人の中はそうよくないらしい。互いに罵り合い、自分がより多くの標的を狩ることを求めて、相手を出し抜こうと虎視眈々と機会をうかがっている。
とはいえ、根本的な考えは同じようで、ひとたび見つかれば容赦なくあの銃口が向けられることは確かである。それも、複数の人間から同時に。
喧々囂々と騒がしく遠のいていく怒鳴り声が聞こえなくなると、自身の耳で様子をうかがう虎人の少年がふっと肩の力を抜いた。
「……今のうち、か。いくぞ」
すっかり怯えてしまっている犬人の少年の肩を掴むと、虎人の少年は一気に包囲を抜けてしまおうと彼の腕を引っ張って立ち上がらせる。
だが、そんな二人の頭上に一つの影が差した。
「み~つけたぁ」
ハッと二人が目を見開いた直後、ガチャリと黒く光る銃口が向けられる。
犬人の少年が恐怖に凍りついた瞬間、虎人の少年が彼を押し倒し、その体で覆いかぶさる。直後、虎人の少年の肩から夥しい量の血が噴き出した。
「ティガ君⁉」
「……っ、てぇ……‼」
自分を庇った友人が苦悶の表情を浮かべるのを、犬人の少年は絶望で顔を真っ青にしながら絶句する。
身動きの取れなくなった二人を、虎人の少年を撃った男は下卑た笑みを浮かべて見下ろす。すると同時に、扉が蹴り破られてさっき通り過ぎて行った男たちがドカドカと侵入してきた。
「てめェ……おれ達をダシにしやがったな‼」
「早い者勝ちってやつだ、運がなかったな」
口汚く罵り合い、悪態をつきながら男たちは少年たちを取り囲む。前以て作戦を立てていたわけではなく、互いが互いを利用しあい、出し抜きあったことで少年たちは見つかってしまったらしい。
険しい表情で睨む少年たちを嘲笑い、男たちは銃を弄びながらそれぞれで目配せあった。
「けっこうおもしろかったぜ? だが……やっぱりそういう恐怖に染まった表情を見るのは楽しいなぁ……もうちょっと頑張って欲しかったけどな」
吐き気を催すほど気味の悪い笑みを浮かべる男たちが、少年たちに一斉に銃口を向ける。
庇われる犬人の少年はがたがたと震えながらも、今度は自分が盾になろうとしてか虎人の少年を抱き寄せる。それは美しき友情による行為であったが、根本的な思考が下種である男たちには、道ずれを求めているようにも見えたようだ。
他人種の少年たちを冷たい侮蔑の目で見下ろし、興奮気味に頬を染めたまま引き金に指をかけていった。
「…………‼」
もう、終わりだ。
きつく瞼を閉じてその時を待つ少年たちであったが、しばらくたっても何も痛みが来ないことに気づいた。虎人の少年は自分の傷の痛みも忘れ、固まっている犬人の少年をどかして男たちを見上げた。
男たちは、まるで時間が停止したかのように固まっていた。いや、一瞬にして真っ白に凍り付いたことにより、本当に彼らの時間は止まってしまったのだ。
この現象に、彼らは見覚えがあった。いつだったか、高名な魔女と貴族の馬鹿息子が諍いを起こした時にも、これと同じ現象が起きていたことを、彼らは少しの間の後に思い出した。
座り込んだまま放心する彼らの耳に、フゥと深いため息が聞こえた。
「……案の定、ここも狙われたか」
「あ…アザミ女史⁉」
「たっ、助かった!」
相変わらずの気だるげな目を向けてくる魔女の登場に、少年たちは周囲が希望の光で照らし出されたかのような気分になり、血の気が引いていた表情に赤みを取り戻していった。まだ数人が片付いただけなのに、問題が全て解決したような反応であった。
アザミはじろりとあたりを見渡し、少年たちの他に人の姿が見えないことを確認すると、少年たちを見下ろして尋ねた。
「他の連中は?」
「せ……先生達は、変な武器を持った連中に連行されてどこかへ……」
「あいつら……見せしめって言って、抵抗した人を何人もおれ達の前で殺していったんだ。まるで…虫けらでも踏み潰し見たいに、倒れたみんなを踏みにじって…‼」
「……クラスメイトも、その中にいたのね」
沈痛な表情でうつむく少年たちに、アザミはそれ以上問い詰めることなく黙り込む。
そこで虎人の少年の腕から血があふれ出していることに気づくと、鋭く目を細めてから自身のローブを引っ張り、端から帯状に引き裂き始めた。
慌てる彼らに構うことなく、アザミは黙々と自身のローブを包帯の代用に加工する作業に没頭する。ある程度の量の代用包帯ができると、アザミは無言のままそれを虎人の少年の腕に巻き付け始めた。
流血が抑えられたことを確認すると、戦闘は終わったのかと表からひょっこりと顔を出すシオンに向けて、顎でくいっと少年たちを示した。
「……シオン、こいつらのこと頼むわ」
「え⁉ なんで⁉」
「……戦えないものを連れて行っては、的になるだけよ」
はっきりとした戦力外通告に、少年たちは苦しげな表情でうつむく。
殺された友人たちの仇も取りたいし、攫われた者たちも助けたい、しかしそれができないことに不甲斐なさを感じているようで、アザミは呆れるしかなかった。
不満げなシオンを放置し、胸の前で腕を組んでぽつりとつぶやく。
「……シェラはたぶん無事ね。あの子はまだ利用価値があるはずだから。それに、あの連中は他種族を見下していても、利用価値があればすぐには殺さないでしょう」
「ほ、本当ですか…?」
「……その代わり、死ぬよりつらい目にあわされる可能性もあるけど」
希望を見たかのようにパッと表情を明るくする彼らに、そう不穏な一言を付け加えると、面白いぐらいに気分を急降下させてまたうつむいてしまった。
お人好しなうえに純粋な彼らを、どこか眩しそうな表情で見下ろしていたアザミは、やがて珍しく真剣な様子で語りかけた。
「……忘れないで。今日のことは」
その声に、少年たちとシオンは思わず背筋を伸ばしてアザミに向き直った。講義の時にも、普段の様子からも想像もできないほど感情のこもったその声は、その場にいた者の意識を強制的に向けさせる力を秘めているように感じられた。
「……人と人が互いに異なる存在であることを、人は時に忘れてしまうもの。己と違う部分に壁を感じて、そのことに恐怖や嫌悪、相容れない感情を抱いてしまうことは、歴史が証明しているわ。どうしようもないくらい情けない話だけど、人間という種族はそう言う生き物なの」
アザミの片目に映るのは、自身が見てきたであろう人間への諦め。今日だけではない、これまで繰り返されてきた種族間の諍いや反発、それによって引き起こされてきた血みどろの歴史が、アザミの真剣な眼差しからはにじんで見えた。
失われたもう一つの目は、一体何を見て光を失ったのだろうか、少年たちは考えずにはいられなかった。
「……でも、両者の間に多少でも理解しようとする気持ちがあれば、その未来は回避できるわ。最初から否定するのではなく、受け入れる心……どんなに未来に不安を抱いたって、それだけは忘れないで」
口で言うのは簡単だが、実際に行動に起こすには難しいことをアザミは少年たちに求める。今まで何人もの人々が挑んでは、その困難さにさじを投げてきた難題を、まだ年端も行かない子供たちに求めていることに、少年たちは困惑の表情で顔を見合わせた。
それでもアザミは、無表情の眼差しの中にわずかな期待をのぞかせて、少年たちに願った。
「……あまりに遠い話で、種族と種族の間の軋轢にどんなきっかけがあったかなんて私にもわからない。でも、この連鎖を止められるのは、全ての人間を知らないあなた達だけよ」
それは少年たちへの歳上からのアドバイスというよりも、自分自身の願いのようにも聞こえた。
恐る恐るといった様子で頷く彼らに、安堵のようなため息をつくと、アザミはまた気だるげな表情に戻って立ち上がった。
「……じゃ、シオン。頼むわよ」
「あっ…師匠!」
あっけにとられていたシオンが止める間もなく、アザミは扉を開けてまた表の通りに出て行ってしまう。
追いかけようと一歩を踏み出しかけたシオンであったが、師匠に任せられた少年たちのことを思い出して立ち止まり、非常に不服そうな表情で肩を落とす。どうせなら師匠とともに、この一件の元凶か何かを退治する役目を担いたかったのに、といった様子であった。
「…………行っちゃった」
「ど…どうするんだ?」
「とりあえず、師匠の言う通りあなた達をどこかに逃がす。つかまってる人たちは……たぶん、師匠が何とかすると、思う」
「た、たぶんとか思うって……そんな曖昧な」
「だって師匠、基本的に面倒くさがりだから」
魔女にあこがれを抱いている少年たちには悪いが、普段の彼女を見てきたシオンには容易に想像できてしまう。人間に対してほとんどの興味を持たない彼女なら、敵だけを狙ってそれ以外の問題には一切手を付けることなく撤収する可能性もありえる。
つまりは、自分がやらなければならない事しか基本にやりたがらない人なのだ。
「……一人や二人なら何とかなっても、あんなに敵が多いんじゃ私だって無理。というわけで、これより作戦を開始する」
「ど、どんな作戦なんだ?」
「『なるべく人目につかない道を探して、敵に遭ったらできるだけ早く気絶させて、一直線に国外に逃げる』作戦」
「…………」
そのまんま、そのうえ聞いているだけで非常に情けなさを感じるその作戦名に、少年たちは一気に不安にさいなまれる。
アザミが任せた相手なのだからきっと相当な実力者なのだろうと思っていたのに、話せば話すほど実力に不安を覚える少女である。自分たちが生き残れる自信が、風船のように一気にしぼんでいく光景が見える気がした。
そんな感想を抱かれているとはつゆ知らず、シオンはアザミが出て行った扉をわずかに開けると、注意深く視線を巡らせ、耳を立てて敵の位置を探る。
「行くよ」
しばらくして、敵の位置が遠くへ行ったことを確認したシオンが、少年たちについてくるように促した。
もはや胡散臭そうな目を向けてくる彼らを引き連れ、シオンが表の通りを一気に走り抜けようとした時だった。
「見つけたぞ……‼ 胸糞悪いメス猫が……‼」
強烈な悪意がこもった声とともに、シオンの目前で業火が立ち上がったのだ。
とっさに後方に飛んで回避すると、炎はシオンを取り囲むようにして燃え広がり、闘技場のように円を描いて閉じ込めてしまった。
炎の包囲を逃れた少年たちは突然の事態に目を見開き、そして炎の向こう側に見える人影に表情を変えた。
「あ……あいつは……‼」
震える声で、犬人の少年が呟く。
炎に囚われたシオンも、その声に聞き覚えがあることを思い出した。
炎の壁は一瞬だけ一部が開かれ、向こう側にいた術者を通す。オレンジ色の光に包まれ、下卑た顔の影を刻するその人物―――フロイドは、じっと見据えるシオンに対して苛立ちと執着を混ぜた笑みを浮かべた。
「自ら現れるとは殊勝な覚悟だ……‼ それほどまでに私にいたぶられたかったのか? 何とも倒錯した趣味を持った雌だな……だがわざわざ私のもとにやってくるとはいい心がけだ‼」
「……あいつ、あんなにブサイクだったっけ?」
最初に遭遇したときは、血筋の良さを感じさせる整った顔立ちをしていたはずなのだが、憤怒で歪んだ今の彼にその面影はない。
シオンはこんな緊迫した状況下にありながら、素直に気色悪いという感想を抱いていた。
しかしそれが、フロイドには癪にさわったらしい。
「あれだけ教えてやったのに、まだそんな反抗的な目を向けるとはな……‼ どうやら調教が足りなかったらしい……主人の手を煩わせるなど、たかが奴隷の分際で生意気な‼」
「誰が主人で誰が奴隷だ」
「無論私こそがお前たちの主人で、お前たちが奴隷に決まっているだろう! そんなこと、この世が生まれた瞬間から決まりきったことであろうが‼」
シオンはフロイドの回答から、早々に対話による平和的な解決を放棄する。対等な立場で話す以前に、目の前のこの男の主観が固まりすぎていて、歩み寄る気にもなれなかった。
諦観の眼差しを向けるシオンを凝視していたフロイドは、シオンの背後に見える二人の他種族の少年に気づき、その笑みをさらに深く歪めた。その目には明らかに、新しいおもちゃを見つけたような執着が宿っていた。
「ついでにちょうどいい土産まで連れてきているとは……まとめて私の玩具にしてやろう……‼ 泣いて喜び、頭をこすりつけて感謝するがいい‼」
フロイドの持つ蛇の杖、その装飾の目がひと際強く光を放ち、さらなる炎を生じさせる。炎は周囲の民家をも巻き込み、自身が食らう相手を求めてさらに広く強く燃え広がっていく。
もはやこいつはテロリストでさえない、自分の不満や欲望をぶつける相手を求めて彷徨う、ただの怪物へと堕ちていた。
「好都合」
地獄へ変わっていく周囲の景色を横目に、シオンは小さくつぶやく。師から預かった杖を一瞬で展開させ、一振りの小型の斧となったそれを振りかざす。
シオンにとって、この邂逅は願ってもみない事であった。一方的に言いがかりをつけられた挙句、口汚く罵られるわ痛い目を見るわ、この男と関わるとろくなことにならなかった。そのうえシオンにとっては、この男が敬愛し大好きな師をも馬鹿にした記憶が残っていた。
ゆえに、今ここで潰さない理由はなかった。
「あいつは、私がやる」
「だ、大丈夫なのかよ⁉ あいつ、魔法の実技に関しては教師よりも優秀だった奴なんだぞ⁉」
すでにやる気満々な様子のシオンを心配し、虎人の少年が呼びかける。
性格や行為はともかく、フロイドが持っている実力は確かなものであり、自分や友人ならまず足元にも及ばない相手である。シオンが高名な魔女の弟子であろうとも、不安になる要素は充分だった。
そのうえ、フロイドの発言を聞く限りシオンは一度会いたいし、敗北とまではいかないまでも負傷する羽目になったことが伺えた。
しかしシオンはそんな心配を気にも留めず、挑戦的な目を相手に向けて身構えていた。
「かかってこい、傲慢で世間知らずな三流魔術師。一流……いや、超一流の魔術師に鍛えられた私の本当の力を見せてやる」
その目に、かつてコテンパンに負かされた相手に対する恐怖など、微塵も宿ってはいなかった。
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