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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
17/69

13:命を嘲笑う者達

 ヴィルダム大深林に足を踏み入れるのは、シオンにとってこれが三度目になる。

 最初は不規則に立ち並ぶ木々が作る迷路のような道や、張り出した木の根による歩行の妨害によって、途中からは肩で呼吸をしながら歩いていたものだが、三回目にもなるともう慣れたものであった。効率のいい歩き方や、不規則に見えてある一定の法則を持つ木々の生え方を理解し始め、手つかずの森の道に適応し始めていた。

 だが現在、シオンの表情に余裕はない。ムスッと不機嫌さを隠しもせず、荒々しい足取りで黙々と前へと進んでいくだけであった。


「……! せいっ‼︎」


 前だけを見つめていたシオンの死角から、一匹の毒々しい色をした小さな蛇が跳びかかる。三角形に近い頭の形をしたそれは猛毒を持つ証で、噛まれれば数分で死に至るという危険な種であった。

 が、その牙はシオンの柔肌を貫くことはなく、苛立ち混じりのシオンの手刀で叩き落とされ、微塵も恐れることなく首根っこを掴んだ彼女に遠くへ放り捨てられてしまった。

 年頃の女子のように騒ぎ立てることもなく、ハエでも払うかのように簡単にあしらう弟子の姿に、アザミはなぜか物悲しさを感じた。


「……あんた、妙に張り切ってるわね? …いや、ただ単に八つ当たりしてるだけか」

「止めないで師匠。体を動かしてないとやってらんないから」

「……止めないわ。やりすぎるなと言いたいのよ」


 アザミは思わず内心で、育て方を間違えたかと呟く。

 他に見る同じ年頃の、それも魔術師を志している女子たちならば、受けた試験が失格だったと言われれば教えを乞うた師に泣きつくなり、感情を「哀」の方に表すことが多いだろう。

 しかしアザミの弟子は微塵も涙を見せることはなく、怒りの炎で蒸発させている。弱みを見せること自体が恥とでも言うように唇を引き締め、悪態を腹の中に押さえ込もうとしていた。

 妙にプライドの高い黒猫娘に、アザミは呆れる他になかった。


「……そんな調子で今日一日持つのかしら。途中でバテたら置いて行くわよ」

「問題ない。それにこのほうが早く着く。もうこの道には慣れた」

「……だから気にする必要はないってのに」


 ずんずん進んで行くシオンは、頑なにアザミに顔を見せようとしない。顔向けできないとでも思っているのだろうか。


「……別に今回のはあんたの責任じゃないわよ。別に私の経歴だのなんだの、そんなのなんの意味もないんだから……気にするだけ時間の無駄よ」

「でもそれでも悔しい…」

「……しょうのない子ね」


 あまりに頑固な弟子にため息をつきつつも、アザミは周囲へ視線を巡らせていた。前回のような猛獣の縄張りの生物の痕迹(フィールドサイン)への注意や、危険な異形の気配を探るだけではない。

 今回はもっと、はっきりとした悪意を探ろうとしていた。

 どこかいつもと様子の違った師の様子には気付かず、シオンは依頼されたものがある場所へとどんどん突き進んで行く。

 すると不意に、シオンの肩がアザミにぐいっと軽く引かれた。しかし指にかかる力は意外に強く、足を止めたシオンは戸惑いながら後ろを振り返った。


「……シオン、そっちじゃないわ。今日はこっち」

「? でも依頼にあった資料はこっちの方がいっぱい生えてて……」


 ここでようやく師の態度に違和感を覚えたシオンは、訝し気に眉を寄せる。

 と、その時。シオンの耳がピクリと動いて何かの音に気づく。金属同士がこすれ合うような、もしくは軽くぶつかるような小さな音であったが、本物の猫に近い聴力を有するシオンにとっては、非常に近い位置から聞こえたようにも感じられた。


「ん? あれ、何か聞こえ……」

「シオン!」


 音の出どころと正体を探ろうと、あたりを見渡そうとしたシオン。しかしそんな彼女に突如、アザミが今までにない焦燥の表情で覆いかぶさってきた。

 予想もしない展開に目を見開き、一瞬頬を赤くして硬直してしまうシオンであったが、次いで聞こえてきたバァン!という破裂音と視界の端で飛び散る赤い飛沫に言葉を失う。それが師の肩から噴き出たものと気付いたのは、二人で抱き合ったまま地面に倒れた直後であった。


「師匠⁉」

「……この音は、やはり……」


 慌てて起き上がろうとするシオンだが、アザミがそれを制して強く抱きかかえる。

 シオンの盾になるように自分が覆いかぶさり、アザミは鋭い眼差しで周囲に視線を巡らせると、いたるところで陽光に反射する黒光りしたものに気づいた。睨まれていることに気づいたのか、すぐにそれはまた隠れてしまったが、大体の数と位置を確認し、ようやくアザミはシオンの上からどいて立ち上がった。


「……走るわよ」

「う、うん!」


 戸惑いながらも、シオンはアザミの手に引かれて走り出す。それ(・・)の音に聞き覚えのないシオンには、何が起こっているのか全く分からないでいる。しかし、どこからか漂ってくる焦げ臭いにおいやいまだに反響している破裂音の余韻、アザミの肩から流れ出す赤黒い血に危険な状況にあることだけは察した。

 夢中でアザミの後を追い、走り続けるシオンであったが、ふいにアザミがシオンの体を抱きかかえる。「あっ…!」と声を漏らした直後、何か黒光りする金属片のような物が宙を飛び、アザミの二の腕に突き刺さって親指くらいの穴を開け、再び鮮血を噴き出させた。


「師匠!」

「ヒャッハァ‼ ヒットだ‼」

「次は俺だァ! 今度はあのガキの気色悪い耳吹っ飛ばしてやる‼」


 シオンを抱えたままうずくまるアザミの周囲で草木が揺れたと思うと、そこから続々と小汚い格好の男たちが姿を現していった。

 いずれも顔に傷があったり、下卑た表情を浮かべていたりといい印象を抱く者はおらず、まともな身分の人間は一人もいないと判断できる。向けられる目は嗜虐的な快感に酔っていて、弱い立場にいる存在をいたぶろうという醜い本性が現れた不快なものであった。

 しかし何よりも目を惹くのが、男たちが全員その手に構えている黒く光る金属性の物。杖のように細長くありながら、先端は筒らしく穴が開いていて、反対側には弩のような引き金が付いている。一人の男が持っている物の先端からは煙が上がっていて、かなりの高温が発せられたことがわかる。

 シオンにとっては見た事がない代物、しかしアザミはそれをまるで親の敵でも見るような目で睨みつけていた。


「てこずらせやがって…おとなしく撃たれろってのにちょこまか逃げやがってうすぎたねぇ亜人が……‼」

「おいおい…すぐに仕留めちまったらつまんねぇだろ。追いつめて追い詰めて、みっともなく泣きべそかいて怯えるさまを見ながらぶっ殺すのが一番楽しいだろ」

「ひゃっひゃっひゃ‼ 言えてるぜ‼」


 言動からも男たちはまともな神経をしているとは言えない。いまだにガルム王国時代の思想が根付いているらしい差別的な、もはや別の生き物のような醜い様をさらしていた。

 フロイドという前例もあるために、シオンもそのような人間が一人ではないことはわかっていた。しかし面と向かって、しかも大人数で初対面の人間に見下され、罵倒されたことははじめてであり、怯えたように耳を伏せてアザミにしがみついていた。


「よォ、あんたが眼帯の魔女様だろ?」

「……何者だ」

「なにものだー……だってよ! きひひひ!」

「これから死ぬ人間が、そんなこと知っても意味ねぇだろ……なぁ?」

「ああ、冥土の土産にもなりゃしねぇしな」


 冷たい目で睨みつけるアザミの眼力もものともせず、男たちは下品な笑い声をあげて顔を見合わせる。相手が有力な魔術師であることを知っていながらも、謎の武器を持った彼らは微塵も臆した様子もなく馬鹿にし続けている。

 実際、アザミの体に傷をつけたその道具の性能は確かなもののようで、それに基づく過剰なまでの自信が男たちの態度を肥大化させていた。


「……見覚えがあるわね、あんたたち。確か安い賞金首を狩って小遣い稼ぎしている連中じゃなかったかしら。今度は何? いくらで人殺しとして雇われたの?」

「てめぇ…‼」

「おいおい……いちいちマジになるなって。そんな暇ないだろ?」


 周囲を取り囲まれながらも冷笑するアザミに男の一人が引き金を引きそうになるが、リーダーらしき年嵩の男がへらへら笑いながらそれを制する。ほかの男よりも大柄なその男は、度胸も他の者より据わっているらしく余裕のある様子だった。

 とんとんと手に持った武器で肩を叩き、姿勢を崩してアザミを見下ろす。シオンを隠すアザミの体にいやらしい視線を這わせながら、歯並びの悪い口を開いた。


「あんたの言う通り、おれ達は金で雇われた賞金稼ぎだ……だがこれはまっとうなお仕事だぜ? ある人があんたを邪魔に思った、それであんたをどうにかして消そうと考えた。おれ達はあんた以外を巻き込まないために、人気のないこの森の中で待ち構えていた。どうだ? 優しいだろ?」

「……待ち構えていた、ねぇ?」


 アザミは苦笑し、男たちが持っている武器―――マスケット銃と呼ばれるそれを睨みつける。

 日常生活にも軍事においても魔術が主流であるこの世界において、それらは本来研究されることはなく、日の目を見ないまま終わるはずの代物であった。少なくとも、アザミが知っているうちにはこれらが一般的な機関で開発されていたという情報などなく、秘密裏にされていたとしても数年程度では生み出せるはずもない。

 遥か昔からこの世界の誰かが手を出していたか、もしくは元々知っている者が持ち込んだか。アザミにとって、可能性は片方でしかなかった。


「……わかっているわよ、あんたたちが…いや、あんたたちを雇った連中が出した依頼なんでしょ? 私を待ち構えるのではなく、罠に追い込むために」

「!」


 アザミがそう言うと、リーダー格の男ははじめて余裕の表情を崩した。図星だったようで、内心の動揺が目に見える。

 浅はかな連中だと嘲笑しながら、アザミは氷のようなまなざしを男たちに向けた。


「……私はこの国では結構、名が知れていてね。どんな依頼を受けるか好むか、常連の依頼者は把握してきているのよ。特に軍部の研究所の連中とかは……私が一番嫌ってる場所だってことぐらい。依頼の内容を見てすぐに気づいたわよ? 巧妙に作られていたけど、研究員のサインも判もみんな偽物……前にひどく拒絶したところから数年ぶりに来た依頼なんて、疑わないでどうしろってことよ」


 知っていて、あえてアザミはここに来た。面倒な案件にはかかわらない、怠惰な彼女ではあるが、以来の裏に隠された陰謀に不愉快さを感じたためだ。

 自分に対して何か害意があるものがいるのなら、真正面からぶつかって叩き潰してやろう。面倒くさがりな彼女であっても、自分を釣り出そうなどという策略に対しては激しい怒りを覚えていた。

 それでも、銃を持ち出していたことは予想外であったのだが。


「…お見事だ。どうせなら知らないまま逝かせてやろうと思ってたんだが、そこまで割れてるんなら話が早ぇ」

「……そこまで労力をかけるなんて、その依頼人は随分暇なのね。呆れたわ」

「さぁね、あの方が何を考えているのかは馬鹿なおれ達じゃぁ理解しきれねぇ……だが一つ、確実に言える事がある」


 何もかもお見通しといった様子のアザミをほめながら、深い層に眉間にしわを寄せる男だが、再びその表情が下卑た笑みを浮かべる。

 元々、計画に感づかれようが魔女を始末することは決まっていたのだ。まるで自分たちが釣り出されたかのような雰囲気になったことは腹が立つが、それでも有利な立場にあることは変わりがない。納得できない部分を飲み込み、相手をいたぶれる喜びを味わっていた。

 虚勢を張る魔女の顔を、どんなふうに歪めてやろうか、そんな考えを持っていることは明らかだ。


「これから始まるゴミ掃除に……あんたは邪魔なんだよ、魔女様」


 これから始まる祭りの前菜として魔女とその弟子を嬲り殺すことを、男たちは楽しみにしていた。


「ご、ゴミ掃除……?」

「そうさ……できれば早く戻ってその光景を見てぇんだが、こっちはこっちで面白そうだからなぁ。楽しいぜぇ? ようやくうざってぇ亜人どもを片付けられる時が来たんだ……昨日までのおれ達はまるで掃き溜めにいたようだ」

「この国はイカレちまった! あんな奴隷やゴミとお友達になろうなんて考える連中がデカい顔して、主人であるはずのおれ達が暗がりを歩く羽目になってる‼」

「ふざけんな‼ 奴隷の分際でおれ達と対等なんざありえねェんだよ‼ 身の程わきまえやがれってんだ‼」


 恍惚とした、悪鬼のようにゆがんだ笑みを浮かべる男たちにシオンは怯える。自主族以外の人間を人間として、いやもはや生物として認識していないような男たちの言動に恐怖しか生まれない。言っていることは狂人の戯言以外の何物でもないのに、まるで自分たち以外の人間が間違っているとでもいうような傲慢で醜悪な主張の数々が、シオンの胸に刃となって突き刺さる。

 シオンには彼らが同じ人間には見えなかった。精巧に人間に化けた怪物が、今にもその皮を破って変貌しまいかと恐ろしい創造までしてしまう。それほどまでに、彼らのことが異質に感じられた。

 ひとしきり自分勝手な主張を撒き散らし、笑い合った男たちは銃口をアザミに向けていく。異様な雰囲気を発する、魔術ではない兵器に狙われたシオンは、ぎゅっときつく両眼を閉じてアザミに抱き着いた。


「そういうわけだ。正直あんたにゃ何の恨みもねぇし、巻き込まれたことには同情するが……黙って死んでくれ」


 男たちにはもはや、同じ人間を殺すことに対する忌避観など存在しない。姿形が似ていようとも、同族以外のものは殺していいものとしか認識しておらず、同族であるはずのアザミにも嫌悪感をぶつけている。

 大切な何かが壊れた、欠損したまま育ってしまった醜い人間たちに、アザミは氷河のごとき冷たい型目を向けるだけであった。


「雑魚共が」


 せめてもの抵抗というようにこぼれたアザミの一言に、リーダー格の男の口元が一瞬痙攣した。


「殺れ」


 男たちの指が、一斉に銃に引き金にかけられ力がこもっていく。膨れ上がった殺意にシオンは完全に戦意を失い、アザミの胸に顔面をうずめる勢いで縮こまる。

 死ぬことへの恐怖もそうだが、自分をかばっているアザミが最初の犠牲になってしまうこと、そしてそれによって師が遠いどこかへ行ってしまうこと、二度と会えなくなってしまうことへの恐怖がシオンの心を締め付ける。だからせめて、大好きな師に触れるこの手だけは離すまいと、肌が白くなるほどに握りしめる。

 一秒が永遠にも感じられるように時間の経過が遅く感じられ、走馬灯のような不思議な幻覚をシオンが見る中、ついに男たちの指が冷たい引き金を引いた。


 その直後、バンッ‼という強烈な破裂音とともに、男たちの持つ銃の円筒が半ばから弾け、真っ赤な火炎を噴き上げた。


「ぐああっ⁉」

「いでぇっ‼」


 顔面の至近距離で起きた小規模の爆発に襲われ、男たちの目が潰される。中にははじけ飛んだ金属片が刺さったのか流血する者もいて、おびただしい量の赤色があたりに撒き散らされた。それでなくとも強烈な火が彼らの顔面を焼き、黒く焦がして激痛をもたらす。

 使い物にならなくなった銃を放り捨て、男たちは痛みに悶えながらたたらを踏む。当たり所が悪かったのかそのまま倒れて動かなくなるものもいて、それを見た者の悲鳴やうめき声があたりにこだました。

 急所を外したリーダー格の男も、顔の半分に走る痛みに耐えながら後ずさり、予想だにしない事態に戸惑い怯えた表情を見せる。


「⁉ な、何だ⁉ 何が起こった⁉」

「……実は私、無駄話って嫌いなのよね。つまらない話を延々続けるのって苦痛でしかないから」


 いまだにヒシッとしがみついているシオンの頭を軽くたたき、アザミは気だるげな表情で立ち上がる。その表情は、虚勢を張るだけの取り繕ったものではない。最初から全く変わらない、男たちの包囲も銃も脅威とさえ思っていない、余裕の表情であった。


「……あんまりつまんないから、十分仕込めたわよ? 銃身を冷やして、発砲時に生じる急激な温度上昇によってひびを入れ……あとは勝手に暴発してくれる」


 アザミの説明を受けても、男たちには理解ができない。

 与えられた武器の性能に目がくらみ、詳しい構造や原理を理解しようともせずにはしゃいでいた彼らには何が起こったのか予想もつかない。能力だけに目を取られ、それを自分たちにしか使えない最も優れた能力と己惚れていた代償を支払う羽目になっていた。

 彼らには今、圧倒的優位に立っていた自分たちを一瞬で落とし入れたアザミが、見た目よりも大きく凶悪な怪物に見えていた。


「……単なる私への逆恨みか、商売敵からの妨害かと思ってたんだけど、そんなくだらない理由でこんな回りくどい方法取るなんてね。別に街中で向かってきてくれててもよかったのよ? あんた達程度の相手なら……そう時間はかからないから」


 ひんやりとした風を感じ、男たちは「ヒィ!」と悲鳴を漏らす。いつの間にか、周囲には霜が降りるほどの冷気が漂っている。木の葉が触れるだけで儚く砕け散る極寒の世界に閉じ込められ、男たちの表情も恐怖で凍り付いていく。

 がたがたと恐怖と寒さで震える体は白く染まっていき、顔から溢れる涙と鼻水が凍り付いてパキパキと音を立てる。引き攣ったその顔は先ほどまでの凶器は消え失せ、みっともなく怯えるただの矮小な人間に戻っていた。


「……命を狙われることも、うっとうしい言いがかりつけられるのも、耳障りな自論振りかざされるのも慣れてるから別にいいんだけど、あんたたちはちょっとやりすぎなのよねぇ……」

「ゆ、許してくれ…⁉ もう…もうこんなことはしない…‼ あんたたちには手を出さないから……‼」

「……あんたたちがどこでそれ(・・)を手に入れたのか、詳しく聞きたいけど正直今はそれどころじゃないのよねぇ……」


 情けない命乞いにも、アザミは微塵も耳を貸さない。死に物狂いで暴れようとする男たちの足元はすでに凍り付き、どんなに動こうとしてもピクリとも動かない。体の下半分だけが固まってしまい、しかもそれが徐々に上に広がっていく恐怖が彼らの魂魄を責める。

 彼らは今、自分たちがやってきた狩りによって命を奪われた者たちの恐怖を、無理矢理に体験させられていた。逃げることも抗うことも許されず、ただ命を奪われる痛みと苦しみを味わわされる彼らの表情は、数十年分は老け込んだかのようにくしゃくしゃになってしまっていた。

 そんな彼らを、アザミは嘲笑う。


「……私はねぇ、どっかの誰かに利用されるってのが―――いっちばん嫌いなのよね」


 その笑みは、アザミがこれまで見せたことがないほどにこやかなもので、しかしその目は異様な冷たさを孕んだものであった。

 目を見開く男の体は、みるみるうちに凍りついていく。周りにいた男達も声すら出すこともできず、恐怖の形相のまま真っ白な彫像へと化してしまった。

 アザミは微動だにしない氷の像に手を伸ばし、表面を軽く撫でる。


「……おやすみ、永遠に」


 魔女の指が氷の彫像を軽く弾くと、それは一瞬で粒子ほどの大きさにまで砕け散り、薄いガラスが割れたような軽く甲高い音が響き渡った。

 パラパラと細かい氷の破片が真下に積み重なり、風に吹かれて痕跡も残らないほどに散らされていく。一部始終を見れば身の毛もよだつほどの恐ろしい光景であったが、氷が水晶のような輝きを放つその様は、例えようもないほどに美しいものであった。

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