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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
16/69

12:愚者は学ばない

 戦争終結から20周年を迎えるという、歴史的にも喜ばしい日を翌日に待つラルフィント共和国。

 この日の『翼獅子の瞳(グリフォン・アイズ)』は、いつもとはどこか異なる様子を見せていた。

 以来の受注を行う冒険者やギルド職員たちがある方向に向けてちらちらと視線を受け、訝しげな表情を浮かべては出入りしていくのだ。

 その視線が集まる先には、テーブル席に座っているアザミがやや不機嫌そうな様子で頬杖をついていた。煙管を咥えてはいるが火はつけておらず、唇でくいくいと動かして弄んでいる様子から相当イライラしていることがわかる。ちなみにギルドロビー内は禁煙だ。

 一緒に席についているイワオもどこか居心地が悪そうで、注文した飲み物をちびちびと口に運んで乾く喉を潤している。妙な緊張感のせいで飲むペースが速くなってしまうぐらいだ。


「……お、お茶です。どうぞ……」

「ああ……すまんな」


 冷や汗を流したまま動けずにいるイワオの元に、甲司が空気を読んで追加のカップを持ってくる。自分の分と合わせて机におくと、湯気を立てるそれをなるべく静かにすすって、緊張感の大元となっている方へと視線を向けた。


「…………で、何があったんですか?」

「ああ、それがなぁ……あの空気だろ? なんか気が引けてよ」


 二人の男が見る先にいるのは、あざみ野隣で机の上に突っ伏している黒猫の少女。陰鬱な気持ちが背中から漏れ出しているように、無言のままうつ伏せになっていた。

 いつもの彼女は明るいわけではないが、常にまっすぐに前を向いた意志の強さを感じさせる瞳をよく見せている。しかしその瞳は今は垂れた前髪の奥に隠れ、どんよりとした雰囲気に覆われてしまっている。

 何があったのかは知らないが、ここまで彼女が落ち込む姿は、少なくともこのギルドの人間は誰も見たことがなかった。


「あの、アザミさん……? お嬢さん、どうなさったんですか?」

「おっそろしく落ち込んでるようじゃねぇか」

「……んー」


 聞いてはみたものの、シオンがこうなった理由には一応心当たりがあった。たったひと月前に起きた一件は、いまでもギルドや国内のあちこちで噂になっているからだ。

 アザミは不機嫌そうに頬杖をついたまま、何から説明すべきかとまず考え、シオンの様子を見てから簡潔に説明することを選ぶ。


「……見ての通り、受験に落ちたのよ」

「無念……」


 アザミの言葉に傷口をえぐられたように、呻き声のような声が返ってくる。漏れ出すくらい感情が濃さを増したようで、イワオたちの気分にも影響が出始めた気がした。

 なるほど、とイワオは納得する。試験に落ちたこと自体もシオンにとってはショックなのであろうが、普段の彼女の様子を見るあたり理由はそれだけではないのだろう。

 高名な魔術師であるアザミのもとで学び続けてきたという実績がありながら、魔術師の最初の関門である試験を突破できなかったことに最も落ち込んでいるのだろう。師と弟子という関係にしては強すぎるアプローチをよく目撃しているイワオや甲司には、シオンの内心が手に取るようにわかる。

 しかしイワオと甲司はアザミの言うことに違和感を感じ、訝しげに眉を寄せて詳しい説明を求めた。


「落ちたって……嬢ちゃんって、魔力の量とかはともかく実力とか知識は申し分ないとか言ってなかったか? あ、あれか。最後の面接で噛みまくっちまったのか?」

「……それとはまた別の問題よ」


 イワオの問いに、アザミは不機嫌さをさらに強める。氷のように冷たくも、猛々しく怒りを燃やす瞳や眉間に寄った皴からは彼女が必死に抑え込んでいる激情が透けて見え、圧となってイワオたちにとばっちりが及ぶ。

 この魔女も、普段は面倒ごとには極力関わらないようにしているが、弟子のこととなるといつもの気だるげな様子がウソのように感情をあらわにし、自ら事態に介入することが多々あった。

 アザミは苛立たしげに虚空を睨みつけながら、頬を引きつらせているイワオたちに気づくと、ここで怒りを漏らしても意味がないとすぐに元の無表情に戻る。


「……あの後、ほかの受験者の精神的なケアを理由に面接が見送られてね。後日開催日を決めるってことになったはずなんだけど……」

「ああ。あの貴族のバカ息子が起こした騒ぎのことか。俺のところにも噂が伝わってきたぜ? 一方的に言いがかりつけてきて、ほかの受験者の妨害しようとしたとか、尋常じゃないくらいの差別的発言を繰り返してたとか…………まさか、その受験者って」

「……そ。うちの馬鹿弟子よ」


 心底うっとうしい、という感情を隠すことなく、盛大なため息をついたアザミがうなずくと、イワオはシオンに同情の眼差しを送った。


「……再面接日程も伝えられないまま、私のところに不合格って通知が来てね。なんかあの事件、シオンが起こしたことになってたのよ」

「…マジかよ」

「酷ぇな」

「……ま、理由は明らかよね。さんざんシオンと私に馬鹿にされたとかいう逆恨みでしょうよ」


 イワオも甲司も、本気でこの国の先行きに不安を覚える。差別発言を平然と行う貴族もそうだが、それをいまだに放置して地位を与えたままにしていることにもだ。

 20年前の戦争を起こす引き金となったという極端な人間至上主義者や自主族以外を迫害するような連中は、戦争以降に新たに成立した政府によって一斉に粛清されているが、表面上は友好を謳いながら裏では見下し続けているという者も少なくない。そして何よりそんな連中に育てられた、戦争以降に生まれたその者の子供たちの意識にも差別意識が刷り込まれているのだ。


 人間の人格や将来を決定するのは子供のうちの教育環境にあるというが、20年以上前のラルフィント共和国―――旧き名であるガルム王国は、上層部のほとんどがそこまで歪んだ思想を持った人間で埋まるほどひどい状態であった。

 人間(現在でいうところの猿人(シーミア・サピエンス))以外の種族は家畜と同じであり、例外なく人間に奉仕するために存在している、そういった極端な思想が主流であり、富裕層・上流階級の人間における常識であった。

 国内にいる人間以外の種族は皆奴隷か他国から来た者であり、自由に外を歩くこともできず肩身の狭い暮らしを決定されていた。

 無論、全員が全員そのような差別意識を持っていたわけではないが、国の有力者のほぼ全員がそう言った思想に染まっていて、弱者の立場の意見は何の意味も持っていなかった。堂々と友好的な態度や交流を行おうとするものは皆白い目で見られ、中には迫害を受ける者もいたという。ひどいのはこういった問題がガルム王国だけのものではなく、あらゆる国で怒っていたという事であった。

 そんな差別と迫害による不満が募りに募った結果、起こったのが世界中を巻き込んだ大戦である。種族間の軋轢がない国や一つの種族の身で構成された国、迫害によって国を追われた種族が手を組み、一つの命として当たり前の自由を求めた大きな戦争が、火蓋を切って落とされたのだ。

 結果は、痛ましい数の犠牲を出しながらも人間主力の勢力を破った、混成種族側の勝利。内乱や勢力の離反、最後には圧倒的な数の差で退くこととなった人間至上主義者は、緩やかにその力をそがれていった。

 戦争終結当時ほどはひどくはないものの、再び表面化し始めた人種間の問題はイワオにとってもギルド職員にとっても悩みの種であった。


「……目撃者は大勢いたはずなんだけどね。大方、何か弱みでも握られてるんでしょ。余計なことしてくれやがってあのゴミクズが……」

「先生、先生! 口調口調‼」

「……失礼」


 鬼のような形相になりつつあるアザミをイワオが必死になだめる。愚痴にはいくらでもつきあう覚悟はあるが、というか一緒になって愚痴をこぼしたいものだが、ただ一方的に怒りのぶつけ先に選ばれることは勘弁願いたい。

 戦々恐々となりながら冷や汗を流すイワオに、少しだけ気力を持ち直したシオンが上目遣いで視線を向けた。


「いい加減目に余る、あのバカ息子……ディスクリム家の嫡男だか何だか知らないけど、そんなに大きい家なの?」

「……200年も前からこのあたりで大きな権力を保っているという貴族よ。優秀な魔術師を多く輩出していることから軍部での発言権も大きく、周囲の有力貴族もそれにあやかって増長しているらしいわ」

「人間と亜人に確執があるっていうのはラノベの流行だったけど……実際に聞くとなんかいやだよな」

「……だから亜人は蔑称なんだって」


 なかなか覚えない甲司にぎろりとアザミが視線を向け、へらへらとだらけた笑みを返す彼に呆れてすぐにやめる。幸い、他の冒険者たちには聞こえていないようなので良しとしたらしい。

 煙管を唇で弄んでいたアザミはしばらくぼんやりとしていたが、いつまでたっても机に突っ伏したまま動こうとしない弟子にしびれを切らせ、やや厳しい目で睨みつけた。


「……シオン、いい加減に顔上げなさい。時期が来ればまた旅に出るんだから、他の国で試験を受ければいいじゃないの」

「それじゃダメ……魔術師なのに魔術師と認めてもらえないとか、ヤダ。師匠同伴じゃないと魔術使えないとか、なにその羞恥ぷれい」

「……どこで覚えてくるのよそんなセリフ」


 一度この娘の交友関係を洗いなおした方がいいのではないかと考えるアザミだが、すぐに面倒くさくなって諦める。これでも幾多の国を旅してきたのだ、その交友関係を全て洗いなおそうと思うと恐ろしく手間がかかることに気づいた。

 そこで、アザミの言葉からここ数日で学校の授業に多大な成果を上げている眼帯の魔女が、近いうちにこの国を離れると察したイワオが、詳しい話を聞こうとアザミの方に身を寄せた。


「次に出るのはいつですか、魔女殿」

「……なるべく早い方がいいかしらね。いい加減この国にも興味がなくなってきたし、そのうえきな臭くなってきたし……余計なことに巻き込まれる前にさっさとおさらばするわ」

「そっすかァ…。なんか寂しくなりますね」


 最初は命を救われ、次に生活を救われた甲司がアザミを惜しそうに見やる。

 恩人として付き合っては来たものの、眼帯を除けば非常に整った顔立ちをしている彼女とまた逢えなくなるというのはやはり思うことがあり、甲司は不満げに唇を尖らせる。

 最初から最後までそっけなく、親しくなった来はしなかったが、せめて一回ぐらい笑顔の一つを見たり、楽しく会話や食事を共にしたいと思うのは男として当然であった。一度もそれらしいアプローチをしなかったわけではないが、どうにも壁を作られていずれも失敗に終わっていた。


「ほとぼりが冷めたら、また来るとかないっすか?」

「……ないわね。少なくとも、あんたたちが生きている間はもう来るつもりはないから、これが最後の会話かもね」

「悲しいこと言わんでくださいよぉ~……じゃ、せめて一回ぐらいお食事でも」

「……鏡見て出直しなさい」

「ククク……‼」


 これで最後ならば、と覚悟を決めた甲司が誘うも、アザミは視線を向けることさえなくあっさり断る。

 がっくりと項垂れる甲司に、イワオがゲラゲラと下品な笑い声をこぼした。

 アザミは咥えていた煙管を手に取ると、専用の袋の中に入れて懐にしまう。ちらりと視線を向け、いまだにうーうー唸っているシオンの肩をたたいて起立を促した。


「……いつまであんたも落ち込んでるのよ。とりあえず、稼ぎに行くわよ」

「おー……」


 やる気のない返事に呆れながら、アザミはギルドの受付へと向かう。

 いつも通り混雑する受付前の列に並び、シオンが追い付くのを待ちながら自分の番を待っていると、ぱたぱたと受付嬢の一人が駆け寄ってくるのが見えた。以前受付にいたものとは異なる、セミロングの赤髪を左右でまとめた新人らしい若い娘だ。

 ベテラン冒険者の相手をする緊張か興奮か、頬を赤くして向かってくるその娘の手にある茶封筒に、アザミは若干嫌な予感を覚えた。


「アザミ様! 依頼のご指名が入っていますよ!」

「……指名なんて久しぶりね……どんなの?」

「はっ、はい。研究機関から、資料に必要な素材を採集してきてほしいと!」

「……そりゃまた珍しい」


 実力の高い、名の知れた冒険者のもとには個人を指定した依頼が舞い込むことがある。依頼の達成率が高いと、「この相手は確実に仕事をこなしてくれる」という評価がつき、信頼性の高い冒険者として需要が高まるのだ。

 魔女として名高く、その上長く冒険者稼業で生き延びているアザミの知名度(ネームバリュー)は周辺各国でも広まっていて、ときには連日依頼が舞い込むこともあった。基本的にはアザミの気分によって優先度は変わるが、達成率の高さと成果の高さで依頼する顧客は後を絶たなかった。

 しかし、旅を始めてからは一か所に長くとどまることのないアザミに依頼が届くことが少なくなると、アザミを指名する依頼は減るようになった。今回依頼が来たのは、実に十数か月ぶりのことだった。

 しかし列から離れ、新人受付嬢から茶封筒を受け取ったアザミは、確認した依頼の内容に違和感を覚えた。先ほど感じた自分のいやな予感が、ますます大きくなる。


「……妙ね? この素材ならギルドに依頼しなくても、中心街の店で売ってそうなものなのに」

「あ、それなんですけど……何でも取り扱っている店で火事があったらしくて、その時にいくつか消失してしまったそうなんです。早急に必要なものだそうで、他の冒険者に任せるよりはアザミ様個人に依頼したい、と……上からもそう」

「……火事、ね。そう、わかったわ」


 茶封筒の中身を確認し、アザミは裏に何かしらの意図があるように思って眉をひそめる。狼狽する新人受付嬢に意味深な視線を向けるが、叱られるように首をすくめている受付嬢の様子にため息をつき、何も言わずに天を仰いだ。


「……あんたたちも大変ね。上のお守りもしなきゃならないんだもの」

「あ、いえ、その……」

「……素直に答えなくていいわよ、どこで聞いてるか分かったものじゃないから」


 言いづらそうに虚空に目を向ける新人受付嬢の隣を通り過ぎ、すれ違いざまにポンと肩を叩く。

 この様子では、彼女もただ依頼を伝えるように言われただけであろう。愚痴を聞かせるのも理不尽だろうと、さっさと受けてやることにする。

 ギルドの入り口に向かいながら、アザミは頼りない足取りでのろのろとついてくるシオンにきつく一喝した。


「……シオン! いくわよ」

「あ―い……」

「お気をつけて‼」


 気だるげなアザミと、トボトボと思い足取りで向かっていくシオンに深々と頭を下げ、新人受付嬢は冒険者たちでごった返す受付に戻る。報酬のいい、なるべく楽な依頼を取り合ってもみくちゃになっている惨状に顔を引きつらせ、パンパンと頬を叩いて気合いを入れ直す。

 戦場に自ら向かう勇ましい新人の背中を離れた場所から同情を帯びた目で見送ったイワオは、ずずっと残りの飲み物を飲み干して息をつく。

 しばらくぼんやりとしていたイワオはカップを置くと、勢いをつけて椅子から立ち上がった。


「んじゃ、俺も戻るわ。伊藤、お前もさっさと仕事に戻れよ」

「え―……おれまだ休憩時間残ってるんすけど……」


 ぶーたれる甲司だが、確かに残った休憩時間はそれほど多くはいない。遅れたらその分給料を減らされるとわかっているために早めに席を立った。

 何年たっても、面倒くさがりで手間のかかる教え子の変わらない様子に苦笑しながら、イワオは節々の痛みと戦いながら自分の職場に向かう。

 50をすぎた頃から体力があまり保たなくなってきて、いい加減後身に任せて引退しようとも考えていたが、これではまだまだ安心して引っ込めない。甲司や慎二が落ち着くまではもう少し頑張らねば、と肩を鳴らす。


「……そういやぁ、慎二のやつどこ行った? 今日はまだ顔見てねぇな」

「まぁ〜た無断欠勤っす。あれ以来くるにはくるけど途中でいなくなったり勝手に帰ったりで迷惑してるんすよ。ほんっといい加減にしてほしいっすわ」


 甲司の愚痴に、イワオはやれやれと頭を抱える。

 もう一人の教え子はどうやら、今だにこの世界を現実と認識できていないようである。働き口でも満足にやるべきことをできないというのなら、自分の生活がかかっているイワオにも面倒が見切れない。

 その時ふと、虫の知らせめいた嫌な感覚がイワオの中に走った。


「……気のせいか? なんか妙な胸騒ぎがするな」


 その感覚に、イワオは覚えがあった。

 本当の意味での戦いというものを経験するようになって十数年を経て、戦場で予想だにしない自体が起きた時に走るようになった、己の生命線ともいうべき感覚に。

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