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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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*:這い寄る影

「以上で報告は終わりです」


 魔術学校の理事長室、その一室の窓際のデスクに腰掛けるシェラに報告を終え、職員が姿勢を正して立つ。

 この学校において最も知識と経験、実力に優れた彼女は、ここで起きるあらゆる事態を把握・対処する責務があり、特別な任務を負った職員からの報告を毎日のように受けていた。小さいものは生徒同士のいざこざから親からの苦情の対処、大きいものになれば生徒が犯罪に加担した場合に処罰を与え、同時にその後処理を行うことまでと幅広く、休み暇はほとんどない。

 しかし今、シェラのになっている問題は根が深く、小さないざこざを解決したところで終わるほど簡単なものではなかった。


「……ご苦労様、もう休んでいいわ」


 眉間のしわをもみほぐしながら職員に退出を命じ、彼が退出すると、シェラは背もたれに全体重を預ける。

 以前から浮上していたある生徒に関する事柄が治まる気配を見せず、ここ最近のシェラの仕事は過酷を極めていた。何度注意しても彼の生徒、フロイドは他の生徒を見下し、暴言を吐いたり暴力を働くばかりの態度を改めることをせず、自らに媚を売る生徒を集めて徒党を組んでは、教師にまで逆らうようになっている。報告にあった中では、美人で有名な女子生徒に身分を笠に着た態度で迫り、退学や近しい者へ危害を与えかねないという発言で関係を強要したりと目に余るものまであった。

 一度この場所へ呼び出して多数の教師たちとともに、行動を改め反省するように忠告したものの、その場を渋々頷いてしのいだだけで変わった様子はなく、むしろ逆恨みして悪化しているように見える。

 問題が大きくなる前は、叱責した教師がフロイドの親の権力によって強制的に解雇されるという事件もあったため、何をしでかすかわからない爆弾の相手をするように慎重に動かざるを得なかった。


「次から次へと……問題が山積みになってイヤになっちゃうわ。……でも、あのバカ息子の件よりも……やはりこっちを優先させるべきよね」


 シェラが抱えている問題は、むろんそれだけではない。

 フロイドの件ももちろん無視はできない内容ではあるが、彼より重要視せねばならない事態が起きている。国家代表から持ち込まれた報告の中に、気になる情報があったのだ。


「硝石やら木炭やら硫黄やら……何に使うんでしょうねぇ」


 送り先を秘匿されながら国外から輸入されている、用途不明の荷物。

 他の荷物の中に紛れ込ませながら運び込まれたそれらは偶然発見され、詳しい話を搬送業者に問いただしている最中である。しかしただ雇われているだけだという彼らからは詳しい情報は得られそうにはなく、捜査はあまり進んでいなかった。

 一度国境で中身を検めた荷物は一度商業ギルドの倉庫で仕分けされ、それぞれの運送先に送られるため、運び込まれた先を特定するのは可能ではある。しかし仕分けされた荷物の行き先が多く、どの荷物に硝石などが隠されてどこに運び込まれたのかまでは把握しきれていない。完全に後手に回ってしまっていた。

 シェラが思うに、おそらくこれらは持ち込まれている貨物全体の一部でしかなく、以前からすでに相当な量が目的地に運び込まれているはずである。国境の門番を騙しきれるほどの量ならば一度に運べる量は限られているため、数十回にわたってこれまで同じ方法が使われてきたのだろう。

 それほどまでの年月と費用をかけるような事態が起こりつつあり、そしてそれを成せる人物がこの国のどこかにいるという事が、シェラに不安を抱かせていた。


「戦争が終わって、やっと静かになってきたというのに……どうしてみんなすぐ喧嘩ばかりするのかしら。みんなで積み重ねてきた者を一瞬で壊すなんて、ひどい人たちがいたものだわ


 理事長室の天井を見上げ、椅子の支柱を回して背後の窓の外を見つめる。

 美しい夜空の下、いまだ街は明るさを保っている。豊かな暮らしを謳歌する人々の顔には喜びも悲しみも怒りも、様々な感情が浮かんでいている。それらは終戦から20年、あらゆる者たちの努力と犠牲、そして人々が耐え抜いてきたが故に与えられているものだ。

 その栄光の陰で蠢く昏い欲望、目には見えない、姿を見せないそれらがこの国を蝕もうとしている。

 人々の努力を踏みにじるその遺志に、シェラは怒りよりも先に悲しみを覚えるのだった。


「あなたの言う通りですね、先生。いつまでたっても、人という生き物は学ぼうとはしない」


 学校一、ラルフィント共和国一の英知を誇る彼女に様々なことを教えてくれた魔女も、進歩を見せない種族の性根を叩き直す方法までは知ってはいないのではないだろうか。

 静かな、それでいて今にも何かが飛び出してきてもおかしくない大きな闇を抱えた国を見下ろしながら、シェラはそう思ってしまうのだった。


     ◇ ◆ ◇


 とっぷりと日もくれた、就業間近のギルドの裏口。

 ランプの光だけが照らす薄暗いそこで、慎二は汗だくになりながら思いゴミ袋を運んでいた。運動不足のうえ、森の中を一日中歩き続け、そして死にかけた彼の疲労はピークに達し、思いゴミ袋を一つ引きずりながら運ぶだけで精一杯になっていた。

 フラフラの彼に、甲司に代わって彼の教育係となった巨漢のギルド職員がにらみを利かせる。


「おら、ちんたらやってるんじゃねぇよ、サボり魔が」

「……すんません」

「さっさとそれ、運んじまえ。ったく…給料泥棒が……」


 か細い、今にも死にそうなほど弱った声を聞いても、巨漢は気を遣う様子はない。業務をこなすことなく、勝手に冒険者の後をついて行って仕事の邪魔をするような新入りに優しさなど必要ないと、過剰なほどに厳しい態度をとっていた。

 口こそ悪いが、彼は彼で自分の仕事に誇りを持っている人格のできた人間であり、雑な仕事や中途半端な結果を好まない硬派な人間として知られている。世間知らずで、いまだに現実を見ようとしていない青年の性根を叩き直すには最もふさわしい人物として、今後の慎二の身を預かっていた。

 彼がどすどすと荒々しく歩き去っていくのを見送ってから、慎二はその表情を憤怒に歪めてゴミ袋を放り捨てた。


「クソが……いつか絶対痛い目に遭わせてやるから覚えてろよ……‼」


 やってられない、制服の上着も脱ぎ捨て、慎二は裏口のわきに腰を下ろす。

 人気のない、暗い道をぼんやりと眺め、慎二は自分勝手な鬱屈した感情をこぼし始めた。


「ちょっと仕事ができるからって見下しやがって……経験があるのがそんなに偉いのかよ。勝手におれを無能扱いしやがって……いつかアイツにもおれの真の力を見せつけて、あのすまし顔地面にこすりつけさせてやる……‼」


 思い出すのは、あの眼帯の魔女のこと。

 目当ての猫耳美少女に近づこうとしても彼女が常に近くにいて、まともに話しかける事さえもできなかった。好感度を上げようとしても接触すらままならないため、念願の美少女とのイチャラブが一向に近づいてこない。

 一方的に自分を足手まといと決めつけて置いて行くわ、危険な目に遭うまで放置するわ、情けない姿を意中のあの少女にさらさせるわ、あの魔女が関わってからろくな目に遭っていない。

 自分の見通しの甘さを棚に上げ、慎二はそんな勝手な被害妄想ばかり膨らませる。危険に身を投じた自業自得などとは考えもせず、ご都合主義も起きない、空気を読まない連中だと自分以外のすべてを憎んでいる。

 ぶつぶつと誰にともなく憎悪を口にする姿は気味が悪く、誰もいない路地裏で異様な様をさらし続けていた。


「何なんだよ……くそっ、こんなのおれが望んでる展開じゃないっての……なんで俺以外にもいるんだよ。異世界人なんて一人で十分だろ……お前ら何かお呼びじゃねェんだよ。教師が異世界で騎士やってるってどこに需要あるってんだよ……」


 そのくらい感情は、イワオやほかの同郷の者にまで向かう。自分一人ならもっと活躍の場があったはずなのに、先を越されたために活躍の場を取られたのだと逆恨みばかりをし、慎二の表情は醜く歪んでいた。

 この世界に来た当初はまだまともだったというのに、元の世界で抑え込んでいた欲望が爆発し、自分の思うようにいかない現実に鬱憤を募らせ、他の誰かにぶつけることなくため込み続けた結果、普通の学生であったはずの彼の心は醜悪なものに変貌しようとしていた。


「……もうヤダ……元の世界に帰りたい……」


 思う通りにいかないなら、いっそこんな世界からおさらばしたい。

 神がいるのならさっさともとの場所に返してほしい、死んで蘇ったというのならさっさと死にたい、かなうはずもない願望を口にするしかない青年は、抱えた膝に顔をうずめて黙り込んだ。

 小さく丸まる慎二の前を一台の馬車が通り過ぎても、彼は動かない。その馬車が途中で止まり、御者が地面に降りて馬車のカーテンを開いても、慎二は視線を向けようとはしなかった。


「……少し、尋ねたい。いいかな? 少年…」

「……あ?」


 小さな馬車の窓からかけられた声に、慎二は少しの間をおいてからようやく不機嫌そうに答えた。

 最悪な気分の時に、能天気そうな老人の声を聞かされてさらに苛立ちが募る。しかし真っ向から文句を言う気にはならず、面倒くさそうに少し顔を上げてきつい視線を向けるだけになる。

 しかしそれが御者の機嫌を損ねたのか、ずんずんと勢いよく近づいてきた御者が思い切り慎二の横腹を蹴りつけ、地面に転がした。無防備なわき腹に難い爪先が食い込み、慎二は悶絶して倒れこむと、涙目でせき込んだ。


「無礼だぞ貴様! この方を誰と心得る⁉ この国でも有数の名家の党首様であるぞ‼」

「いっ……てぇ」

「これこれやめなさい。お前は少し血の気が多くてかなわん…」


 怒りをあらわにする、というか慎二を見下す御者の暴言を、馬車の中の老人が穏やかに諫める。叱責された御者は深く頭を下げるとわきにより、老人が慎二を見られるように立つ。

 慎二はしばらく鈍い痛みに唸りながら、どこぞのお偉いさんらしき老人のいる方に濁った眼を向ける。なんだか知らないが、用があるのなら聞いてやるぐらいの気力はある。それにそんなに偉いなら、逆らってもろくな目には合わないだろうと判断し、何とか真正面から向き直った。


「うちの従者が失礼をしたね。少し張り切りすぎるくせがあるんだ」

「……別にいいっす」

「貴様…‼ まだそんな生意気な口調で……‼」

「やめなさいというに……気にすることはないよ。多少砕けた話し方で構わんから、このジジイめの戯言につきあってはくれんかね?」


 老人の声は優しいが、どこか冷たいものを感じる。慎二を見下すようなものではなく、何か強い執着心を感じさせる声音だった。

 異様な雰囲気を感じて、慎二は思わず警戒する。まだ自分は冒険者として華々しい活躍を遂げたわけでも、画期的な発明をして有名になったわけではないのに、こんなふうに地位の高そうな老人に求められるようなことがあるのか。ましてや自分がほかのキャラクターとは違う特別な、異世界人だという事はそんなに広まっているわけではないのにと、そんな疑惑が宿っていた。

 素直に、真剣に聞く体勢になった慎二に、老人は馬車の中から鷹のように鋭い視線を向けながら口を開いた。


「もしや君は……、こことは異なる世界から来たんじゃないかな?」


 すべて見透かされているような気がして、慎二の背筋を冷や汗が伝う。

 どうしてそんなことを知っている、そう尋ねようとしても、口の中が渇くような、異様な緊張を感じて声が出ない。下手なことを言うと危険だ、とさすがの彼も感じ始めていた。


「相当な苦労をしたんだろう……誰かに頼まれたわけでも、ましてや自ら望んだわけでもないのに、見知らぬ世界にたった一人。辛い気持ちも誰かにぶつけることもできず、さぞ大変だっただろう……違うかな?」

「あ、あんたは……?」

「私はただのお人好しの老人さ。……ただ、もし君が本当に異世界から来たものならば、どうしても確かめたい事がある」


 ギィ、と馬車の扉が開き、蛇の装飾が施された杖が先端を地面につける。それを支えに、白いひげを蓄えた、豪奢な格好の老人が降り立ち、慎二に真っ向から向き合った。知識がなくとも、想像もできないほど金をかけているとわかるその装いと、老人には思えない迫力のようなものに慎二は言葉を失い、その場に縫い付けられたように膝をついたまま動けなくなる。

 逃げられない、というよりも、望んでいた展開を前にして動く気が起こらない、という方が正しい気がした。


「私はこれでも学者気質でね……興味を抱いたことがあると何でも追及せずにはいられないんだ。特に……異世界の知識などにはね」


 コツコツと杖と靴を鳴らし、老人は慎二の方へと一歩ずつ近づいてくる。

 月の光が照らしだす、異様な雰囲気を放つ老人が、慎二に己の節くれだった手を伸ばす。

 妙に現実感のない奇妙な時間の中、慎二にはその手が悪魔の誘惑に見えてしまった。伸ばせばもう後戻りはできない、しかし掴めば自分の願った未来が待っている、そんな抗いがたい魅力を、その手は持っているように見えた。

 ごくりと慎二がつばを飲み込むのを、老人は見逃さなかった。


「……どうだ、このおいぼれに教えてはくれないか? 君の持つすべてを。君がこれまで手にしてきた、あらゆる知識を……君はまだ、この世界でそれを持て余しているんじゃないのか? この世界を根本から変えうる力を、君は持っているんじゃないのか?」


 老人の手に、青年の手が重ねられる。

 二人の表情が、悪鬼のように醜く歪められるのを、月光だけが見ていた。


「どうだね、少年―――私と一緒に、この世界に変革をもたらさないか?」

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