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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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9:冒険者の仕事

 サクサクと落ち葉を踏む小気味良い音とともに、黒衣の魔女と黒猫の少女が森の中の獣道を進む。

 獣道は草木が多少踏み固められただけで、あとは全くの手つかずの森は少しでも気を抜けばもと来た道を見失うほどに深く、ありのままの自然の姿を見せている。ラルフィント共和国を覆うように広がるヴィルダム大森林は奥に行けば行くほど木々も強く高く育ち、そこに住まう獣たちも力を増していくために素人ならまず足を踏み入れない危険な場所だ。

 そんな道をアザミはすいすいと、勝手知ったる我が家の庭のように進んでいき、ためらうことなくより深い森の中へと潜っていく。その後を追うシオンも迷うことなく師の後を追い、ひょいひょいと軽い足取りで進んでいく。

 アザミは時折立ち止まり、周囲の木々や草木の様子を見渡しながら何かを確認すると、また再び前へと進んでいく。その間、踏んでいるのは枯れ葉や地面だけで、大樹の根や草木には全く触れていない。踏まないように苦戦しているシオンとは全く真逆で、森の歩き方を熟知し、慣れているようだった。


「師匠、ヴィルダムフウセン……なんとかっ、て、どんな草? まだ教えて、もらってない」

「……ヴィルダムフウセンカズラ。名前の通りヴィルダム大森林にしか生えない特殊な植物で、風船の形をした果実を成す、蔓科の植物よ。観賞用として人気だけど、種から微量にとれる成分が薬に使えるのよ」


 師の真似をして、森の歩き方を習得しようとしているシオンが、額に汗を垂らしながら尋ねる。年季の差か、同じ距離を歩いているのにアザミに疲れた様子は微塵もない。涼しい顔をしている市に対し、息の上がったシオンは一度立ち止まって肩を上下させる。

 アザミはシオンの呼吸が落ち着くのを待つように立ち止まり、次いでのように周囲の様子に気を配り始めた。


「……不安緩解物質については教えたわね? 名の通り不安や、それに連なる心理的・身体的症状の治療に使われるわ」

「じゃ、なんで、そんなもの、集める、依頼が、学校から?」

「……例のあいつのせいよ。いや、あいつら、って言ったほうがいいかしらね?」

「……っ、納得した。私以外にも被害者がいるんだね」


 昨日ひどい目にあわされた男の高慢な顔を思い出し、シオンは眉間にしわを寄せる。公衆の面前で自分や師をバカにしていたが、あの調子だと他の連中にも同じような高圧的な態度をとっていたのだろう。どこぞの貴族だとか偉い人間の息子だとは聞いていたが、あんな差別主義者が堂々と往来を歩いているのに放置するとはこの国は大丈夫なのだろうか、とシオンは強く思う。


「……手遅れなんじゃないかしらね? 少なくとも私は、用事が終わればこの国にはもう二度と来るつもりはないわ」


 口に出ていたのか、それとも表情を読んだのか、シオンの疑問に対して心底どうでもよさそうにアザミはつぶやく。

 シオンは微妙そうな目でアザミを見つめる。師の性格は理解しているつもりだが、仮にも知り合いがいる国にそこまで興味を抱かないのはいかがなものだろうか、しかも弟子が試験を受ける会場がある国に対して。


「……ま、あんたの成績なら躓くこともないわ。それまで旅費を稼げるだけ稼いでおくわよ」

「ん、了解」


 少しして呼吸が落ち着いたのか、楽そうになったシオンがうなずく。

 それを確認したアザミは、また道なき道を歩き始めた、が。

 しばらくすると、静かに歩き続ける二人の表情が険しいものになり始めた。何か、いやなものを耳にしたような、面倒な問題に直面したような表情になり、二人の歩く速度が落ち始めた。

 その原因は、二人の背後から聞こえてくる騒がしい足音にあった。がさがさと乱暴に草木を押しのけ、花を踏みつぶし、枝を折り、獣道に目立つ後をつけながら二人の後を追ってくる何者かの気配に、二人の表情はどんどん険しくなっていく。


「……シオン、少し走るわよ」

「ん」


 短く告げるとアザミは歩く速度を上げ、シオンもそれを追って走り出した。

 歩きづらい獣道を軽々と進んでいくうちに、二人を追う者との距離が徐々に離れ始めた。追跡者は森の歩きに慣れていないのだろう、ぐんぐん進んでいく二人を追う内に息が上がって速度が衰えていく。しかし、フラフラと足がおぼつかなくなり、今にももつれさせて転びそうになるも、離れていく二人を追うことを諦めはしなかった。

 それでも、木々が輪のように並び、少しだけ視界が開けた場所に到達したときには、アザミとシオンの姿はどこにも見えなくなっていた。


「あ、あれ? あの二人、どこ行ったんだ?」


 これまで必死にアザミとシオンを追いかけてきていた者、ギルドの制服の袖を腰に巻いただけの軽装の慎二が、見失った二人を探して辺りを見渡した。

 ギルドを出る二人を追いかけるため、ろくな準備もせずに着の身着のままで飛び出したようだが、はっきり言って無謀というほかにない。激しい運動に剥かないシャツは乱れてぐしゃぐしゃだし、汗を吸って重くなっている。もとはなかなか奇麗だったはずの制服も枝や葉に引っかかれて傷だらけになっているし、地面の泥やつぶれた種子の知るなどで思い切り汚れている。

 そんな恰好で危険な森に入ろうなど、素人でも考えない愚行のはずなのに、と大樹の陰に隠れていたシオンは思うほかになかった。


「お、おいふざけんなよ‼ こんなところで勝手に消えるんじゃねぇよ‼ 後をつければそのうちどっかにつくだろうと思ってたのに、途中でどっかいっちまったら意味ねぇだろうが‼」


 勝手に許可もなくついてきただけだというのに、いなくなったアザミとシオンに向けて言いたい放題の慎二に、シオンは呆れて言葉もない。

 へたくそな尾行をしているのが誰なのか見届けてやろうと思ったら、まさかこんなしょうもない奴だったとは。以前森から保護してやったことを激しく後悔するほどだった。


「おい…! マジで俺、ここに放置かよ⁉ こんなところで魔物とかモンスターに襲われたらどうすりゃいいんだよ⁉」


 ようやく自分が危険な状況にあることを理解したのか、高慢にぼやいていた慎二の声が徐々に弱々しいものになっていく。きょろきょろと忙しなくあたりを見渡し、時折聞こえてくる物音に過剰に反応して体を震わせるようになっている。

 情緒不安定というか、精神的に随分危ない印象を覚え、シオンはため息をつく。

 外へ案内ぐらいはしてやろうか、そう思って一歩踏み出そうとすると、すでに慎二の背後に立っている師の姿に気が付いた。


「……で、何の用かしら?」


 背後から突然話しかけられ、ビクゥッとその場で跳ね上がる慎二。

 距離を取ろうとしてか、勢いよく後ずさって背中からこけながらも、相手がアザミであると数秒かかって理解すると再び悪態をつき始めた。心底安堵したようだが。


「ぅおお⁉ い、いきなり話しかけんじゃねぇよ‼ 勝手にいなくなるしよ‼」

「……勝手について来てたあんたに言われたくないわよ」


 面倒くさそうなジト目を向けるアザミに、本音が出ていたことに気づいて目をそらす。すでに手遅れのようだが、慎二は必死に平静を取り繕い、先ほど暴言を吐いていたことなど忘れたように身なりを整え始めた。衣服も手遅れの状態だが。


「……で、誰だっけ?」

「慎二だって! 小早川慎二! …ってあんたの前で一回も名乗らせてもらえてねぇじゃねぇか」


 そういえば一回も名前を言っていない、というか名乗るタイミングも与えてもらっていないことを思い出し、慎二は内心で舌打ちをする。


(クソッ……てことはシオンちゃんも俺の名前を知らないってことじゃねぇか。ヒロインに名前呼ばれないとか最悪じゃねぇか……‼)


 名前を覚えるどころか、興味すら持たれていないというのに、いまだシオンをヒロインにほしいなどと都合のいいことを考えている慎二は、頭上から冷ややかな目で見つめてくるアザミに気づいていない。

 傍から見れば、慎二のコロコロ変わる態度と感情は滑稽でしかなかった。

 さっきから仕事の邪魔をされているのに、一向に目的を離さない慎二にしびれを切らしたのか、組んだ腕をとんとんと指で叩いていたアザミが口を開いた。


「……で、何の用?」

「あ、あの、えっと……お、俺! 冒険者になりたくて、でもなんかギルドは認めてくれなくって、それであんたについていって、いろいろ見て覚えればいいんじゃないかなって思って‼」


 話しかけられる前から内容を考えていたのだろうか、自分の意志ばかりを矢継ぎ早に言うだけで、相手の都合を考えない慎二の願望に思わず内心で頭を抱える。

 しかも、話している間に感情が先行してしまうのだろう。自己アピールとして文法も文章もまるでなっていない。ただただ自分の要求をまくしたてているだけで、教えを乞う相手に対する態度になっていなかった。


「……帰りなさい」

「……は?」


 我慢の限界に達したアザミがそう告げると、いまだ話しかけ続けていた慎二はぽかんと呆けた様子で固まった。

 その様子に、アザミの眉間にさらにしわが寄った。


「……足手まといを連れていくほど、こっちも暇じゃないのよ。怪我しないうちに早く帰りなさい」

「あ、足手まといって……勝手に決めつけんじゃねぇよ‼ そ、そうだ! 何とかフウセンカズラっての探してるんだろ⁉ 俺、フウセンカズラの形知ってるからすぐ見つけられるぜ‼ な? 役に立つからさ‼」

「…………」


 やはり、目上の相手に対する礼儀がまるでなっていない。

 アザミはもはや会話を諦め、慎二に背を向けるとそのまま颯爽と歩きだし始めた。


「お、おい! おいていくなよ‼」


 慌てて追いかける慎二だが、苔に足を取られたのか何度かこけかけ、追いつくことができない。

 そのすきにアザミは木々の間に紛れ、待っていたシオンに目配せをするととみに歩き始めた。


「師匠、あれ、本気でついてくる気?」

「……シオン、取りあえずあいつは無視する方向で。いいわね?」

「ん」


 是非もない、とシオンは頷き、振り返ることもなく師の後を追う。

 再び一人取り残された慎二はさんざん悪態をつきながらも消えていくアザミの後を追い、完全に姿が見えなくなると苛立ちを周りの草木にぶつけ始めた。


「クッソ……舐めやがってあの女。今に見てろよ? 絶対いつか痛い目みせてやっからな……!」


 勝手な怒りを覚えた慎二は、八つ当たり気味に近くにあった木の枝を折り、地面に叩きつけて踏みつける。それでも怒りが収まらないのか、手当たり次第に草木を踏みつぶしながら、アザミが歩いて行った方向へ無茶苦茶に進んでいった。


「チッ……‼ 歩きづらいったらねぇな、この森はよ‼ 整備とかしねぇのかよ……うわっ、汚ねっ⁉ なんか変なもん踏んじまった‼」


 アザミやシオン、そしてベテランの冒険者たちができるだけ傷つけないようにしてきた道を我が物顔で汚し、慎二はぐちぐちと不満をこぼしながら歩き続ける。

 森の探索は冒険者のお約束だが、慎二は所詮、自分で探検などしたことがない典型的な引きこもりのオタク。空想の中の自分が活躍する姿によっているだけで、それに近づこうと努力したことなど微塵もないために、ただ歩くだけで苛立ちや不満が募ってくる。

 普段はあらわにしないだけで、常に自分より成功している他者や上からものを言ってくる大人に対する不満ばかりを持っている彼も、この世界で苦労を重ねるたびにその殻がはがれ始めているらしい。しかし自分自身のだめな部分をさらしていることを自覚せず、いまだに都合のいい妄想ばかり繰り返していた。

 ギルドの事務としての仕事で圧迫されていた欲望が爆発し、衝動が体を支配しているのだろう。すぐには矯正が効かないほど、醜い姿をさらしていることに彼は気が付いていなかった。


「師匠……あいつ、さっきから私たちの邪魔ばっかりしてる」

「……いいから」


 アザミは木々の陰から慎二を監視しつつも、手を出さないことをシオンに伝える。

 偶然にも慎二は、アザミたちの目的であるフウセンカズラの群生地に向かっていた。多少咆哮がずれることはあるだろうが、あの調子であればおのずとその場所にたどり着くであろう。

 しかし、そこが正しい場所であるとは限らないのだが。


     ◇ ◆ ◇


「……あった?」


 進むたびに深く、険しくなっていく獣道を小一時間は進み続けていた慎二。葉は鋭く尖っていたり棘が生えていたり、地面はぬかるんでいたリト歩きづらいことこの上なかったが、妙な執念を見せてついには開けた場所へたどり着いて見せた慎二の目の前に現れたのは、無数のオレンジ色の身を付けた植物だった。

 地球でも何度か見た覚えのある植物、異世界版フウセンカズラだ。

 しかもそれがプール並みの広さまで群生しているという光景に、慎二は盛大なガッツポーズをとった。


「は、はははは‼ どうだ見たかよ⁉ 俺にもちゃんとやれたじゃねぇかよ‼ なにが帰れだふざけんな‼ 自分の手柄とられたくないだけだろうが‼」


 姿の見えないアザミに向けて口汚く誇りながら、フウセンカズラの群生地にどんどん近づいていく慎二。

 しかし、どんなに叫んでも返事がないうえに、姿も一向に見えないことで徐々に調子に乗り始めた。


「おいおい、もしかして俺の方が先についちゃった感じ⁉ はっ、だっせぇな‼ 大口叩いといて素人に負けてんじゃねぇか‼」


 すでに仕事を終えて帰った可能性や、別の場所にいるという可能性を全く考えられないほどに、慎二の脳内は勝手な対抗意識でいっぱいになっていたようで、唾を吐き散らしながら醜く誇り続けている。少し冷静になればわかるはずだろうが、強い他者への劣等感やアザミに無碍にされた憎悪などが転じた結果、他のことを考える余裕が全くと言っていいほどなくなっているようだった。

 そんなことには全く気付かず、慎二はフウセンカズラの実を掴むと、次々に摘み取って制服のポケットに詰め込み始めた。ぱりぱりと袋がつぶれ、一緒に引きちぎられた葉っぱがひらひらと落下していく。


「これを持って帰れば……俺は冒険者になれる……そうだ、なんでさっさとこうしなかったんだ。へへ、へへへへへ」


 すでに頭の中では、冒険者として称賛される自分の姿が思い浮かんでいるらしい。だらしのない顔で、目の前にあるフウセンカズラをすべて摘み取ろうと必死になっている。

 だから、気づかなかった。

 ゆっくりと近づいてくる、自身をすっぽりと覆い隠すほどの巨体を持つ獣の存在に。


「……へ?」


 背後から聞こえてくる、ふいごのような息遣いを耳にし、ようやく気付いて振り返る慎二。顔は見る見るうちに青く染まっていき、その目は大きく見開かれ、涎を垂らしていた口はだらしなく開かれる。

 目と鼻の先で立ち上がっている、夕日に照らされる毛皮に包まれた小屋ほどもある巨体。以上に大きく発達した両腕から生えた、包丁のように大きく鋭い爪。つぶらな瞳の奥に見える、獲物をいたぶろうという嗜虐心に満ちた光。

 彼は忘れていた。この森こそ彼が最初に現れた場所であり、このフウセンカズラの群生地はそのほど近くにあるという事を。

 そしてそこには、危うく自分を食い殺しかけたこの巨熊がいたことを。


「グオオオオオオオ‼」


 言葉もなく立ち尽くす慎二に向けて大きく咆哮を放った彼の熊は。

 自身の縄張りに入った矮小の存在を叩き潰そうと、自慢の爪を振り下ろした。

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