表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
11/69

8:現実を生きる

 自由が売りで時間にルーズなイメージがある冒険者だが、翼獅子の瞳(グリフォン・アイズ)を含む国立の冒険者支援機関は意外と時間にタイトである。なぜなら決まった時間にクエストボードに依頼が貼り出されるうえ、その日出向した冒険者の人数もきっちりと管理されているからだ。

 貼り出される依頼は街の雑用から国の研究機関まで多くの場所から集まり、素材採集から要人護衛まで幅広いため、割のいい依頼は早い者勝ちでしばしば争奪戦も起こる。もちろん冒険者のランクによって受けられる依頼は決まっているが、一つのランクの中でも様々な種類の依頼がある。Cランク冒険者でも受けられるBランクの依頼もあれば、Sでも困難なAランクの依頼もあったりする。

 冒険者の出入が管理されているのも、受けた依頼が実際は出向いた冒険者のランクに見合わないものであったりして、依頼に失敗して命を落とす場合があるため、正確な情報に修正する必要があるのだ。冒険者の失敗はそれを仲介したギルドの信用問題にもかかわるため、情報の管理は徹底される必要があった。


 これは冒険者という職業が国に非常に重要なものであるためだ。騎士団や軍のように国に関わる事態でなければ気軽に動かせない力とは異なり、依頼によって個人の裁量で動かすことのできる存在。金銭というわかりやすいつながりであるため、よく言えば私兵、悪く言えばつかいっぱしり程度の扱いで置いておける。

 実力の高い冒険者にもなれば本人に直接依頼がいくこともあり、他国の重役や大手の企業からも依頼が来るという。これはその冒険者の確かな能力と信用によるものであり、冒険者の努力の証ともいえる。

 そのため、冒険者たちに依頼を斡旋するギルド職員たちは責任重大、日々激務に追われているのである。


「……お、終わり、ました」

「はい、お疲れさま。じゃあ、いったん休憩に入っていいよ」


 依頼を受けようとごった返すギルドの受付カウンターの奥を見やれば、薬草の葉がぎゅうぎゅうに詰め込まれた木箱を運び終えた少年、慎二がふらふらしながらギルドの先輩職員に報告する姿が見える。

 細い線の顔立ちに、大渕の眼鏡をかけた好青年の職員はそれを受け取り、医療所からの依頼を受けて冒険者の手で採集されてきた薬草の重量を確かめる。午前中の仕事がようやく終わった慎二は盛大にため息をつき、ギルド職員の証であるネームプレートを外してカウンターを後にする。

 そしてまっすぐに食堂の席に向かい、糸が切れたように腰を下ろした。先に座っていた先輩職員がそんな姿に呆れたような目を向けて目をそらした。営業スマイルを保つ余裕もないようで、世に憂いたおっさんのような覇気のなさを感じさせた。


「……こんなの俺が求めてるファンタジーじゃない……」

「だから現実だっつの。未経験者がいきなり就職できるわけねーだろ」

「でもだからってバイトって……」


 慎二が持っているネームプレートには、慎二には読めない文字で「アルバイト」と書いてある。縁も後ろ盾もない慎二の身分をイワオが保証し、ギルドに雇ってもらえるように頼んだのだ。

 しかし、もともとオタクで運動などあまりせず、人とのコミュニケーション能力も乏しい、知識も何もかもが足りていない慎二が職員の仕事をこなせられるわけもなく、今は研修生として雑用などを与えられているのだ。チート能力を持った主人公が公務員になる話は聞いたことがあっても、慎二は残念ながら平凡な一般人であった。


「我慢しろ。俺たちはお前の家は用意してやったが食費とかの経費になると話は別だ。働かざるもの食うべからず、ってのは、こっちでも通じるらしいぞ」

「クッソ……! 何でこんなことになったんだよ……」

「おーおー、今のうちに愚痴っとけ。そんな暇なくなるからな」


 ぶつぶつと口を開けば文句ばかりが漏れ出てくる慎二。あの世界では子供は常に保護される立場にあり、一定年齢までは働く必要がなかったために当然といえば当然だ。

 しかし、この世界に彼の両親はおらず、身寄りのない彼を養う義務は誰にもない。イワオが彼を保護しているのは同郷のものに対する同情と日本人としての気質によるものゆえ、それ以上の甘えは許すつもりはなかった。


「安心しろよ。そのうちこっちの生活にも慣れるって。見た目や文字が違うだけで、こっちも向こうと同じクソみたいな現実だからさ」

「そうやって、諦めちまったんですね。……甲司君」


 だらぁ、と椅子の背もたれに思い切り体を預ける先輩職員、かつての慎二の同級生であった伊藤甲司(こうじ)(36)は濁った泥のような眼を天井に向ける。彼もまた慎二と同じレベルのオタクであり、冒険者ギルドで地球の知識(出典:ラノベ・ネット小説)を使って成り上がってやるぜと挑み、そのあまりの過酷さにかなり早い段階で心折られた、慎二の同志であった。


「甘かった……ギルドがこんなブラックだなんて思いもしなかった……自分が社畜になるとか思いもしなかった……チート能力なしにこんなの乗り切れるわけなかった……マジでいつか過労死するかもしれない……」

「異世界で社畜とか過労死とか聞きたくなかった……」

「……地球とどっちがましなんだろうな……」


 なぜ社会人は自分の命を削ってでも働くことをやめない人ばかりなのだろう、最低限の勉強だけをして、ラノベやネット小説ばかり読み漁って遊んでばかりでバイトもしたことなかった甲司は、そんな学生の時に芽生えた疑問をの答えをこの世界に来て悟った。その心中は彼にしかわかるまい。


「もっとさー、かわいい受付の女の子とかさー、美人の冒険者のお姉さまとかのさー、出会いをさー、期待するじゃない? ……んなことやってる場合じゃねーよ」


 光の消えた目で受付カウンターを見つめる甲司だが、その目に彼が期待していたような相手は映らない。確かに受付嬢は女性が主流で、見た目も整った者が多い。しかし全員業務に追われているから余計な口出しはできず、気が付けばどんどん年を取って40代目前のおっさん。同期にいたかわいい新人の女の子は寿退社、残っているのは仕事に人生をささげたキャリアウーマンか一回り以上年下の新人。

 冒険者も女性はいないことはないがこのギルドでは少数派で、しかもたいてい相手がいるというのが現実だった。夢も希望も砕け散り、甲司の時間だけが過ぎ去っていく。

 甲司は完全に、売れ残っていた。


「何で職員やろうと思ったんだよ。冒険者になろう、とかは思わなかったの?」

「無理無理。バトルとかマジで無理だって。近所の不良の前通り過ぎるのだって命がけだったんだぞ? お前だってそうだったじゃねぇか」

「それは……都合よくチート能力とか、かわいいヒロインと出会ってうまいこといかないかなー……って」

「うわー、痛いわー」


 まるで自分自身のことのように甲司は顔を覆って机に突っ伏す。自分と同じような考えの相手を、しかもその全盛期であった十代のクラスメイトを相手にして、平静を保っていられるほどに心は麻痺してはいなかった。むしろ再会したことで、かつての記憶が生々しくよみがえってくるほどだった。

 数回話したことのある程度の相手が自分と同じことを考えていたと知り、そしてその相手がただの社畜に成り下がっている現状を知り、慎二は幻滅したような表情で視線を逸らす。これがいずれ、お前がなる未来だ、そういわれているような複雑な気持ちになっていた。

 そこでふと、死んだ魚のような目になっていた甲司ががバッと顔を上げ、慎二の耳元に顔を寄せてきた。


「んで? お前の方にはかわいいヒロインいたの?」


 社畜になり果てようとも、いい年したおっさんになろうとも、男は死ぬまで男か。ファンタジー世界ではお約束の美少女との邂逅はなかったのか、と異常なほどの目力で問いかける甲司の姿は、はっきり言って非常に気持ち悪かった。

 いつの間にかギラギラと活力が戻ってきている甲司の目に引きながら、慎二は初めてこの世界で出会った少女のことを思い浮かべる。

 まだまだあどけなさは残っているが、美少女と呼ぶにふさわしい大きな目を持った顔に萌えの象徴たる猫耳と尻尾、さらには分厚い服の下に隠されたなかなか豊満な膨らみ、そして何よりミステリアスな雰囲気。会話はほぼ不発に終わったが、このまま捨て置くには惜しいと思えるほどの相手だったのは確かだ。


「いたにはいたな……ちょっと不愛想だし、何考えてるのかわかんないし、なんか生意気そうだけど……みたいな」

「あー、お前そもそも女の子と話したりもしてたことなかったしなぁ」

「ああ、ちょうどあんな感じの……あ」


 口では文句を言いながら、慎二は少女シオンのことを思い出して、思わず口元をにやつかせる。

 情けない姿を見られたり声を荒げたりとファーストコンタクトでは失敗したが、まだこれで縁が切れたわけではない。向こうから関わるつもりがなくとも、この先自分が活躍を始めればまた出会うこともあるだろうし、ともに行動する機会もあるかもしれない。最初は最悪の出会いであっても、後々いい関係に転じる展開だってあり得るかもしれない、そんな都合のいいことを考えていた慎二だったが、あくび交じりにギルドの中へ入ってきた黒猫の少女の姿を目にし、その表情が固まった。

 様子の変わった元クラスメイトに訝しげな表情を向ける甲司は、すぐにその理由を察する。


「あ? なんだ、噂をすればってやつか? どの娘だ?」

「ほ、ほらあれ! あの背の高い黒ずくめの女の後ろの……」

「……ほほう? ありゃあ確かにいい女……って」


 異様な集中力で目的の少女の姿を捉えた甲司は、若干の助平さを感じさせる目でじろりとシオンの姿をねめつける。そもそも受付以外に女性の比率が少ない職場だ、見つけるのは簡単だった。

 確かにあれは上玉だ。顔立ちはやや幼げなのに服の上からでもわかる凹凸のはっきりした身体つきは、少女の放つ雰囲気と相まってアンバランスな色気を放っているし、やや気だるげながらツリ目がちな目は見下すような冷たさを感じさせ、男心にグッとくるものがある。なんというか、躾けて従順に馴らしてみたいという欲求を覚えさせるのだ。

 甲司も思わず口説きたくなる相手だと思ったが、そのあとを寄り添って歩く黒ずくめの魔女の姿を目にしてその表情が固まった。


「…………ああ、シオンちゃんか。ありゃ確かにダメだ。歯牙にもかけられんだろうさ」

「んだよ! ハナから無理とか決めつけんなよ‼ まだ挽回するチャンスが……」

「いやぁ、そうじゃなくて……ほらあの、あの子の後ろにいる師匠って呼ばれてる人? あの人が問題なんだよ」


 慎二は魔女アザミのほうを見て、どういうことかと眉を寄せる。

 確かにあっちはあっちで美人でいい体をしている。男性の平均身長を軽く超えてそうな長身や、顔の半分を覆う眼帯が気にならないわけではないが、冒険者のキャラならああいったものはよく見るから問題ない。胸は両手でも抱えられないほど大きいし形もよく、つばが出てくるほど実った尻にもつい目が行ってしまう。なのに腰は折れそうなほど細く、男が求める女性像を完璧に再現したような身体だ。それは認めよう。

 だが慎二としては性格がいただけない。窮地を救われたことは確かだが、そのあとはギルドに連れてくるだけでほったらかしだし、抗議しても心底面倒くさそうにするだけで話にならない。元教師は恩義を感じているようだが、慎二としてはあまりいい印象を抱くことはできなかった。


「お前、あの人になんか失礼なこととか言わなかった? もしくはなんかごねたとか」

「……それがどうかしたのか」

「やっちゃったのかー……いやあの人はさー、なんつーか、人を人と思ってないっつーかさぁ……あの人さ、ものすごい人間嫌いなんだよ」


 苦笑しながら、甲司はアザミと出会った当時のことでも思い出しているのか頬を痙攣させている。

 経緯は慎二とほぼ同じだった。気が付けば見知らぬ場所、小汚い路地裏のごみ箱の上に埋もれていて、現状が理解できず呆然とするばかり。その時来ていた制服が珍しい素材であったのか興味をひかれ、物取りやごろつきに追い回される羽目になった時、突如現れた魔女が庇ってくれたのだ。しかし双方に向けるまなざしはまったく同じ、近づきたくない関わりたくもないという感情がありありと現れていたものだった。

 慎二は態度に不満があるようだが、比較すれば今の方がマシな態度だった。


「昔何があったのかは知らねーし、聞いたところで教えてくれそうにもねぇんだけどさ、とにかく話すことも嫌なんだそうだ。俺を保護してくれた時だって、仕事だから仕方ないとか、さっさと終わらせたいって言ってぐらいだからな。……俺の目の前で」


 遠い目で当時の彼女を語る甲司だが、慎二のような不満げな様子はあまり見受けられなかった。そういう人だと割り切っているような、それでありながら受け入れているような様子に、慎二は徐々に苛立ちを感じ始めていた。


「だからまー、シオンちゃんはあの人が唯一そばに置くことを認めてる子だからなぁ。そんな子に異世界人なんて得体のしれない連中を近づけたくはないんじゃないか?」

「……だったら、なんで俺たちの保護なんかやってんだよ」

「さーね? 俺が知るかよ。俺たちより付き合いが長い先生だって知らねぇっつってたろ?」


 アザミの矛盾に対してぼやく慎二の肩をたたき、シオンとは脈がなかったのだと示唆する甲司の手を振り払う。せっかく気に入った女の子が近くにいるのに、第三者であるあの不愛想な女に邪魔されるなど癪で仕方がない、そんな勝手な苛立ちを感じる慎二の表情は、不機嫌さで険しくなっていた。

 甲司はその様子に呆れたように肩をすくめる。


「ま、お前があの人のこと嫌うのは勝手だが、妙な事すんじゃねーぞ。仕事はきついが、それでも生きてられんのはあの人のおかげだ。恩義は感じても、変な気は起こしたりすんなよ」

「そんなことしねぇよ……」


 そっぽを向きながら応える慎二にため息をつき、甲司は立ち上がる。そろそろ戻らないと、他の職員にどやされてしまう。


「さて、そろそろ休憩も終わりだ。さっさと仕事終わらせて今日は定時に帰るぞー」


 そう促され、慎二はいやいやながら立ち上がった。だがその時、受付で作業を行っているアザミとシオンの方に目が行った。

 受付嬢に営業スマイルだけではなく、本気の笑顔を向けられているアザミはいつも通りの無表情で、愛想笑いの一つも返さない。淡々と書類に目を通し、確認事項に頷くばかりで親しみも何もない。

 シオンに対しても同じようで、しきりに話しかけられても気だるげに返答するだけで視線すら向けない。

 14歳くらいのシオンが冒険者をやっているあたり、よくある胸糞設定のように両親とは死別したか棄てられたのだろう。察するにアザミがシオンの保護者の立場にあるようだが、あの冷たい雑な態度を見るに軽い育児放棄をしているようにしか慎二には思えなかった。

 一言二言躱したアザミとシオンが受付カウンターのもとを離れ、ギルドの正面玄関の扉をくぐっていくのを見たとき、慎二の足は勝手に動いていた。


「おい、何してんだよ。さっさと行くぞー……」


 呼んだはずの慎二が付いてきていないことに気づいた甲司が振り向いた時には、慎二の姿はギルドのどこにも見当たらなかった。引かれたままの椅子だけが彼がそこにいたということを示していて、半開きになった玄関の扉が妙に記憶に残った。


「……あり?」


 忽然と姿を消した元同級生兼後輩を探し、甲司は頬を引きつらせながら間抜けな声を漏らした。

気に入っていただけたなら、感想・登録などをお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ