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【初期版】創世の賢者【連載凍結】  作者: 春風駘蕩
第Ⅰ章 怠惰な魔女と異世界漂流者
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*:闇は光とともにある

 共和国の中心街、貴族や裕福な商人などの特権階級が住まう地域の一角。

 広大な土地に大きな屋敷、飾られている芸術品や使用人の多さから他よりも凄まじい権力の強さをうかがわせる豪邸にて、ある者たちが応接間のソファに座って会談を行っていた。

 一人は昼間、魔術学校にて魔術を使用した乱闘騒ぎを起こした問題児であるフロイド。隣に座るのはフロイドの担任教師であるフェムト。

 その向かい、長ソファの奥の席に座っているのは非常に恰幅のいい、というよりはブクブクと醜く肥え太った初老の男。フロイドと同じ髪と瞳の色で、フロイド以上に傲慢な光を目の奥に宿している彼の父親。有力貴族であると同時に軍の指揮官である、オーフェン・ディスクリム伯爵だった。


「……亜人に手ひどくしてやられたようだな」


 オーフェンが詰問したのは、魔術学校で問題を起こしたことではなく返り討ちにあったことだった。

 彼の目に息子を気遣う様子はなく、使えない飼い犬にどう躾を施そうかと考えているような、そんな冷たい目だった。

 嫡男であるはずのフロイドを、二番目の位が座る自分の隣ではなく向かいのソファに座らせている点を見るに、彼の中では自分以外の扱いはその程度のものなのだろう。さすがのフロイドもそれには気づいているのか、憤怒と恥辱に満ちた顔を赤く染めている。


「ディスクリム家の一員としての誇りを失ったか、愚息が。このような失態を演じさせるために至高の魔杖を与えたわけではないぞ」

「……面目次第もございません。ですが……」

「言い訳など聞きたくはない。貴様は愚民どもに比べれば成績もよく、軍を率いるにふさわしき器と思っていたが、認識を改める必要があるやもしれんな」


 チッ、とあからさまに舌打ちをしたオーフェンは自らワインをグラスに注ぎ、がぶりと下品に飲み干していく。高級そうなワインを若干口の端にこぼし、唸るように息を吐いてからグラスをガチャンと乱暴に置く。

 散々な評価を受けたフロイドは表情を歪めるも、父親にその感情を向けるのではなく、今回の失敗の原因であるシオンのことを思い浮かべた。何度も地に転がしてやっても光を失わなかった、下から見上げてくるあの腹立たしい目を。


(たかが亜人が……この僕にここまでの恥辱を与えるなど……! ただでは済まさんぞ……!)


 理不尽な怒りを募らせるフロイドだが、このままでは本当に父親から見放されることも考えられるために内心焦っていた。何か汚名を返上できる証拠を示さなければ、自分の父は使えない駒を切り捨てるだろう。


「まぁまぁ……オーフェン殿もその辺で。あの場合は眼帯の魔女の介入があったせいですし、そうでなければご子息が醜態をさらすことなどなかったはずですから」

「だが愚息が我が家名に泥を塗ったことは事実……相応の処罰を与えねば私が先祖に恨まれます」

「しかし今回はせいぜい野良猫に噛まれた程度のこと、ご先祖様もそのくらいのことで目くじらを立てることはないのでは?」

「……それもまた真理。されどわが家が恥をかかされたこともまた事実」


 フェムトがオーフェンをなだめるが、傲慢な貴族は認識を改めない。

 フェムト自身も生徒のフォローなど面倒くさいとは思っているようだが、今後も違和感なくこの男との取引を続けるためには、教師と生徒という関係を保つ必要がある。そのために、フロイドはまだ必要だった。

 オーフェンは息子に一瞥もくれることなく、グラスの中のワインを揺らしながら眉間に深いしわを寄せる。


「いい加減あの女は邪魔だな。魔術の権威だか何だか知らんが、あまりにも大きな顔をしすぎているのではないか?」

「確かに……我々にとっては目の上のたんこぶ。向こうから敵対してくることはないものの、薄汚い亜人の味方をするあの女がこちら側に与する可能性は限りなく低いですし……しかし排除するには慎重にならざるを得ません。各方面への影響力が大きすぎますから」

「腹立たしい……女の身で男の世界を邪魔するとは。女は男に媚び、世継ぎを生んで大人しくしておればいいものを。何が魔女だ」

「全くです。最近の世の中はおかしな考えでいっぱいですよ」


 忌々し気に顔を歪めるオーフェンと同じようにフェムトも目を細める。


「大戦が終結して20年、世間がやれ平和だ反戦だと騒ぎ立てるせいで軍部は縮小を始め、兵器開発も先行きが怪しくなり始めています。……一体この国をだれが支えているのかも理解せずに、身勝手なことばかり」

「愚かな民衆どもめ……それで? 掃除を始めるにはあとどのくらいかかる?」


 ぎろりと向けたオーフェンの目が昏く光る。明確な悪意を瞳の奥に宿らせ、共犯者であるフェムトに状況を確認する。

 共犯者はにやりと笑みを浮かべ、自信満々な様子でオーフェンを見つめ返した。


「予定より少し遅れていますが、かの日には間に合うはずです。万全の準備を整えていますし、そのうえ新たに掴んだ情報によると……例の者の居場所をつかんだと」

「ほう……」


 オーフェンの目により凶悪な光が灯る。まるで飢えた獣が長期間追い続けていた獲物を見つけたような、あるいは探し続けた財宝を目の前に見つけ出したかのような、恐るべき執着心を感じさせる光であった。


「でかしたぞ。あの者たちの知識があれば計画の質も上がるというものだ。で、今はどこに?」

「ギルドに雇われているようです。愚かにも連中はその価値に気づいていないようで、比較的ぞんざいに扱っているとか……」

「それはそうだろうな。豚に真珠を送ってやるようなものだ。……閣下が焦れる前に、なるべく早く迎えに行くとしよう。お前は準備を頼むぞ」

「承知しています」


 着々と準備が整いつつあることにオーフェンは満足げにうなずき、くつくつと笑い声を漏らす。

 これでいい。平和だ安寧だと浮かれ、功労者であるはずの自分たちの功績を忘れ去り、追いやろうとしている連中を掃除することができる。愚かにも人権などを主張し、支配から逃れた奉仕者であるはずの亜人どもにもう一度格の差というものを教え、都合のいい便利な道具として使える、その未来がようやく戻ってくる。待ち遠しくて仕方がなかった。

 そのために、身元の知れぬ教師などという低俗な輩を囲うのは気が引けたが、フェムトというこの男はなかなか使える人間だった。予想以上の結果を見せているのだから、いい拾い物をしたというものだ。


「お前を雇ったのは正解だったな……閣下もお喜びになるだろう。成功の暁には、閣下にお目通りを願うことも検討してやる。望みがあるならその時に言えばいい」

「……ありがたき幸せ」


 オーフェンに深く首を垂れ、オーフェンは内心でほくそ笑む。検討するだけで約束はしていないのだから、成功しようがしまいが後のことは保証するつもりはなかった。何かしらの問題が生じたときには、実行犯の一人であるこの男に責任を押し付けて、自分の被害を最小限に抑えることも考えていた。

 向こうも自らの欲望のために接触し、こちらを利用しているのだ。文句はあるまい。


「……あの魔女が介入する可能性は?」


 その時、魔物のような醜悪さを感じさせる笑みを浮かべる父と教師を前に、フロイドがおずおずといった様子で割って入った。オーフェンは割り込まれてやや不機嫌な様子になるが、息子の言うことも一理あるようで眉を寄せて考え込んだ。


「計画自体に関わってくる可能性は低いだろう。あの女は自分以外のことに対してはまず動かん。怠惰で利己的な女だ。障害になることはあるまい。……だが、例のやつらのことになると別かもしれんな」

「つくづく面倒な女ですな……さっさと葬ってやりたいものです」

「まさかとは思いますが、あの女が計画を聞ぎつけて動く可能性も視野に入れておいたほうがいいかもしれなせんね」

「まぁ、そうだな。しかしもしそのようなことがあっても、こちらには切り札がある」


 自信にあふれた笑みを浮かべ、オーフェンはフェムトの懸念を一蹴する。オーフェンの言うことに心当たりがあったようで、フェムトは一瞬驚いたように目を見開くもすぐに笑みを返した。

 フロイドは一度自分の意見が通ったことで安堵したのか、先ほどよりも胸を張っていた。ふと、父に向けて挑戦的な眼差しを向け始めた。


「……もしなんでしたら、あの女の弟子を捕えてしまえばいいのではないでしょうか? かの魔女は随分と弟子のことを気にかけているようですし、有効打にはなるでしょう」

「ん? ああ、その手もあるな。……亜人ごときに手間をかけるのも気が引ける気もするが」

「……でしたら、その役目はどうぞ私に」


 父と同じ強い執着を感じさせる瞳の奥に、あの少女の姿が浮かび上がる。

 この度こそあの澄ました生意気な顔を恥辱と悔しさで染め上げ、自分の気が済むまで痛めつけてやる。いや、師匠には及ばないもののなかなか柔らかそうな体つきをしていたことだし、計画が成功した暁には全裸に剥いた後首輪でもつけて街中を引きずり回したり、ペットとして飼ってやるのもいいかもしれない。

 なにより、自分が何もしなくとも手に入るであろうおこぼれを得るよりも、自分で多少苦労して得た玩具で遊びたい、そんな思いもあった。


「あの野良猫めをいたぶってやらねば先祖に顔向けできませんし、私自身も気が済みません。どうか、今一度私に雪辱を晴らす機会をいただけませんでしょうか……?」

「…………」


 父親は自分の子供の利用価値を計算し、無言で見つめ合う。若干余計な理由がくっついていることはわかってはいたが、それが原動力になっているのなら今後役には立つかもしれない。先のことを考えるなら、ここで自分の失敗を清算させて、成功経験を得させることで多少の自信をつけさせるのも有効かもしれない。

 やがてオーフェンは、にやりと醜悪な笑みを浮かべてフロイドを見つめた。


「いいだろう。ただし、ただ痛めつけるだけでは足らん。そのものの精神が屈服するまで、たっぷりと躾けてやるがいい。……二度と逆らう気が起こらぬほどにな」

「御意」


 自分の意志が通ったことで余計にやる気が漲ってきたのか、フロイドは好色な光を揉瞳に宿し始めた。もうすでに頭の中では、憎い亜人の少女を捉えて好き勝手している妄想でもしているのだろう。だらしなく口元を歪め、涎を垂れるまでに浮かれていた。

 その様に嫌悪感を抱くように顔を歪めるも、フェムトはすぐに二人の方に笑みを浮かべた。その手にワイングラスを掲げ、オーフェンとフロイドにもそうするように促す。


「では、各々の望みが恙なく果たされることを願って。そしてわれらが閣下に捧げ……乾杯」


 フェムトの音頭で三人は一斉にグラスを掲げ、血のように透明で真っ赤な液体を揺らす。妖しいきらめきを返すそれをグイッとあおると、カッと喉奥を熱が走って活力となっていく。

 グラスの中のワイン越しに、窓の外の景色を眺めながら、オーフェンは醜悪な笑い声をこぼした。


「ああ……楽しみだ。愉しみだ。早く奴らが這いつくばる様を見たいものだな……」


 その目はまさに、人間らしい強欲さと残酷さを表した恐ろしさを宿していた。

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