緑光の球、そして私は全ての罪を知る
私の作ったそれは小さな球だった。
私は熱攻撃から脱するために、固圧を使い小さな球を宙に生成する。
固圧は彼らが遠距離に攻撃するために磨いてきた技術だ。
彼らも言葉を持たない生物とはいえ、脳は他の高次生命より発達している。
その彼らの磨いてきた固圧の技術を見せれば気を引けないだろうか?
固圧は有り体に言えば、大気中に分散している四手子をなるべく纏めてから、“縛”熱で一気に凝縮し、固体として生み出す技術だが、固有名を持つ上位個体といえど完全な球体は作れない。
私が完全な球体を作り出したのなら、少なくとも私が高度な固圧作成能力を持っていることを理解できるはず。
彼らは戦えぬ者を殺すから上手く行くかは微妙だが、これが私にできる精一杯の抵抗だ。
自身の命を狙われているからといって彼らと争ったりはしない。
私が彼らを作ったんだから、自分が死ぬからといって傷つけたりはしたくない。
敵対せずに彼らを驚かせるには技巧を見せつけるのが良い。
争うのが嫌なら味方であることを示せばいい。
「ふふふ見ろ、平和を願う緑光の球だ」
生まれ出た球体は、暴風によって流され始めるが、同時に作りだした板状の撃発固圧で球を弾いて、傾いた階段を登らせるように段と段と空に浮かばせる。
立て続けに固圧にぶつかり柔らかく跳ねながら、暴風に抗する緑の光球、その淡き円は繊細で優しい操作が必要で、……それこそがこの世界に込める私の願いを表していた。
私の世に生まれたのならば、皆幸せであってほしい。
だから彼らの言語の中では味方を示す緑光が何より好きで、それを完全に均一な球とし、過酷な暴風の中でだんだんと浮かばせることで、私の作りたかった世界を彼らに伝えたかった。
「どうだ見たか、核融合生物ども!素晴らしい緑光だろう!
私はこんな世界を望んでいたんだ。もちろん激痛は悪かったと思っている、だがなあ、私はこんな平和な世界を望んでいたんだ」
私の願いの具現である緑光球を見ても、特に彼らは行動を変えなかった。
名も無き核融合生物は尚も四手赤玉近辺の熱を上げ。
しかし、赤玉の融点が近づいてきたとき、七が素早く腕を振って、包んでいた殻固圧を破壊、赤玉を外気に晒すことで急速に熱を逃がしていく。
それで配下も七の意を察したのだろう。
赤玉の熱を上げるのをやめ、一際強い緑光を灯し、プラズマを噴かせて七の目前から去っていった。
七はそれを見送った後は、特には何もせずその場で風に浮流していた。
助かったのか?どうして七は私を助けた?
しかし、理由はわからない。
別に七は優しい個体ではない、彼らの文化は力があろうが戦えない者を殺すはずで、技術はあっても戦わなかった者を助けるには少々論拠が弱い。
それならこれは七の優しさなんだろうか。
その内心はわからずとも、私はそう想像し、それにほんの少し気を良くして、その後は黄幻の七の前にトントンと緑の光球を浮かばせてみることにした。
するとどうだろう?黄幻の七はその光球に僅かながら反応を示し、私は彼の腕に付いてから初めて彼と心を通わせられる望みを感じていた。
黄幻の七はそれから私を認識してくれたのか、白い光を二度点滅させ、意味通り食事の場所を探し始める。
移動によって視界が動いたから、私は七と対話を試みようと、さきほどの緑光球を七の前方で遊ばせてみる。
緑光球をトントンと風に飛ばされぬよう、しかし柔らかに見えるよう、暴風に抗して舞上がらせる。
七のワイス機構からは四手子の動きを読み取れても、七の気持ちを推し量ることはできない。
ただ、彼は反応してくれて、緑光球を右に跳ねさせたら右に進路を変え、左に動かしたら左に反応を示してくれる。
「なんだ七、球に興味があるのか?可愛いところもあるじゃないか、貴様と話せたらなあ」
球一つでどこまで反応を示してくれるだろう?
風に抗わせながら球を彼の行く手で跳ね続けさせると、彼はその球を追い、猛然と火孔の出力を上昇させる。
プラズマによって気体が膨張し渦と化す轟音とともに、七の速度がグンと上がったものだから、危うく緑光球に彼の手が届きかける。
指はすんでで避けたが、手のひらから棘が勢いよく伸びて逃げ跳ねる緑光球を串刺しにしようとする。
「おっと、刺すなよ!」
私は球の速度を上げるため、固圧の向きを風と垂直に近くし、風を重力の代わりに、風下に垂直に駆け上がらせていく。
それを七がしつこく追い回す。
私と七のそんな妙な遊びが終わったのは、七が食事をするからだった。
私はもっと感動的な交流をしたかったのだが、彼が飛ぶのを止めてしまったため私は不承不承食事風景を眺める。
核融合生物の食事は単純だが準備が必要だ。
まず四つばいに屈んで繊棘で体を固定。
暴風に耐える姿勢をとったところで、自分を囲むように白華を降り積もらせ、球形の殻固圧を作り、殻の内部を外界から遮断する。
その頃には火孔のプラズマによって内部が熱され、地面は溶岩になっているから、溶岩内の強い放射性物質を四手子で吸着し殻に同化、殻の内側に壁をもう一層作り、放射性物質を封じ込める。
丁寧にその作業を終えたら食事の完成だ。
残ってる岩石は彼らが体内で、吸着処理できる程度の放射能しか持たない放射性物質であるため、あとはただ顎の裏の小さな口蓋をあけ、口から伸ばした管で溶岩を啜っていく。
灼沸する溶岩スープ、紅く輝く溶岩を啜るとはなんと荘厳で美味そうな食事だろうか、彼らがこの食事を何より美味しく感じられるように数億齢前から心を砕いていた。
なんと言っても生物は食事が美味しいから生きていけるのだ。
ここを美味しくすることが、生物の幸せの秘訣だ。
私は出遅れた分、色々な生命を見て歩き、その生命を創り出した原初生命たちの師事を仰ぐことができた。
だから私は彼らの味覚を鋭敏にし、有用な成分を口に含むと快楽物質が大量に湧き出るように彼らを作ったのだ。
この星の食事は、おそらくどの星に生きる生物の食事より美味なことだろう。
結局は味覚器が美味しく感じれば、食べ物がなんであるかは関係ない。
私は一度も味わったことがないから、その極上の食事を楽しみたく、岩石が溶岩スープに変わったところで、彼との精神感応を始める。
「さあ食事だ。二手、七と繋げてくれ」
心が弛緩しフワッと七に繋がる。
まずは耐えるぞ。
彼らの身体はとてつもなく痛いからな。
「ぅぐぐ」
精神感応とともに当然のように始まった鈍い刃物でかき混ぜられるような痛み。
私には脳内麻酔がないから、耐え難い痛みにのた打って精神が悲鳴を上げたが、思考を圧迫させながら痛みに耐え、彼が食事をするのを待った。
彼が繊棘を溶岩流に突き刺すと熱が動き、無意識にぐっと内部ワイス機構を動かし、体内の癒着した冷却管と、溶岩管を引き離す。
すると皮膚が激痛とともに引き剥がされる。
痛いと、思考が鈍る、だが、食事だ。
私が苦痛に喘いでいると、ようやく食事が始まる、黄幻の七はお腹にぐっと力をいれ、繊棘から溶岩を吸い取り始める。
やっと食事が始まる。
彼が管に真空を作ると大気の圧におされ溶岩がしみあがってくる。
せり上がるは彼らの生きる糧となる極上のスープ、味、幸福、そう言った予定調和。
しかし、溶岩スープが彼の鋭敏な味覚に触れたとき、私は奇妙な違和感と共に自分の間違いを知った。
う?
「ぅわ……?ぇぐ、いや旨、いやえぐい、えぐい」
えぐぐ。
「まず……い、まずいな?うげ、は、早く吐き出せ、おうげんの七!……ぅぅっ」
解除だ解除!
精神感応を解除しても今のえぐさが脳裏に残って、私はしばらくはえづきながら精神を休める必要があった。
「げええっ、不味いのか、この世界の食事は、うぇっ」
これは意外な情報だ。
恐らく味覚を鋭敏にし過ぎたために、不要な物質にも過敏になっているんだろうが、快楽物質の生成が甘いのか、喩えようもなく不味かった。
そんなことがあり得るのか?美味しく作ったはずなんだが、ぐ。
「うぇえっ」
……黄幻の七は私が精神感応を解除した後も、そんな不味い溶岩スープを吸い続ける。
ぐっぐっとお腹に力をいれ、ただ養分を補給するためだけに、食事をする。
なんて根性だ。いやというより、空腹による飢餓感は強く作られている。
つまり不味くとも、飢餓感に耐えかねて食事をしているのか、わかってしまうとそれを見るのが心苦しい。
核融合生物は消耗が激しい分、食事を多くする必要がある。
三シシュに一回程だ。
それを守らないと尋常じゃない飢餓感に襲われるが、そのたびにこんな不味い食事をしていたのか?
もう食事について考えるのも嫌で、世界から逃げ出したくなった。
酷い痛みに、不味い食事。
ガス惑星は生命を作るに難しく、高次生命誕生に浮かれていたが、どうやら肝心の幸せを作る努力は悉く失敗していたようだった。
これで完全に納得した。
彼らは私を恨んでるに相違なく、だから二手も私を殺そうとしている。
まあ私も最もだとは思う。
正直、生きるには辛い世界だ。
ただ私が死ぬくらいならともかく、二手による滅亡まで行くのはやり過ぎではないだろうか?
この世界の自死率は大して多くない、彼らも死んでない以上は、生きていたいのだろうから、世界を滅ぼすのはどうだろう?
自死ができるのにしないということは彼らは死にたくはないのでは?
一人で落ち込んでるのも嫌で食事を終えたばかりの黄幻の七に向かって、また緑光球を跳ねさせる。
彼らとこうして戯れるのが、私の夢だった。
一応夢の一つは叶ったが、思っていたのとは少し違うな。
黄幻の七は追うのに飽きたのか。
ワイス機構に制止をかけたようで、余白の操作が乱れる。
すると板状の撃発固圧が出現しなくなり、跳ねていた緑光球は地盤を喪失して、一瞬の後には藍闇の地表に流され消えた。
平和の象徴が……、今の私にはお似合いだ。
寂寥に駆られる間もなく、黄幻の七が鋭い指先で、トントンと私の入った四手赤玉を叩き始める。
ん?なんだ?
判断に迷う行動だが、四手構造物は切断や貫通にやや弱いため、鋭い指先で叩かれると、少なからぬ恐怖がもたげる。
「私を殺すのか?」
怖くなったものの、黄幻の七は黒光りのする面を赤玉に向け、また指で赤玉を軽く小突く。
コツコツと幾度も執拗に。
何かして欲しいのか、と予想をつけて、今一度彼のワイス機構を借りて、緑光球を創り出す。
暗い大気に凝縮した白華が結合し、発光すると緑光球が現れ出る。
「ほれ、これか?」
……黄幻の七はワイス機構でそれを観察し、気に入らなかったのか、また余白を乱れさせ、緑光球は藍闇の彼方に飛んでいき、彼はもう一度私の入った四手赤玉を指で叩く。また催促か。
「よくわからん、貴様は何をしてほしいんだ?」
判断はつきかねるものの、私なりに色々な手法を試し、ある一つの行動をした時、黄幻の七は叩くのを止める。




