永久の痛みと反転する大地
私がそう作ったから痛いのか?
気づいてしまうとその答えを持ちきれず、呆然と彼らを見つめる。
「そうか痛いのか、私は幸せに作ったつもりだったのだがなあ、変だなあ」
痛みの原因は何だったのだろう、溶岩管と液化ヘリウム管の癒着だろうか。
あれはワイス機構で任意に癒着を引き剥がしてやらねばならんから、脳に信号を伝達させていたはず、それが痛みとなっていた?しかし、それはたまのことだ。
となるとワイス機構の熱操作に不調があったか?
進化させていく過程で狂いができたのやもしれん。
それにしてもすごい激痛だ、精神感応と違い、実際の痛みは体内麻酔が出て痛みを和らげるからもう少しマシとはいえ、これではさぞや生きにくいことだろう。
気は沈んだものの、もう私に力はないし、今更彼らの生態は変えられず、悩んでいる意味もないので、覚悟を決めまた私は四手赤玉の外を見る。
「痛みについては謝ろう、すまなかった」
聞こえない彼にそう謝りながら、私は私のつくった世界にまた目を向ける。
自分の失態に気づいてしまうと、際立って見えていた世界はほんの少し色褪せて見えた。
黄幻の七から見える光景は白亜の乱惑に富み、私の嫌いな戦闘の衝天に満ち満ちている。
あの痛みでは私を恨む者もいるだろうし、もしかしたら、私を殺したい者もこの世界にはいるかもしれない。
だから私はどこか恐々と彼らの世界を眺める。
黄幻の七はまた戦闘を終えて、逃走中のようだった。
仲間の二個体ははぐれたか殺害されたらしく、すでに周りにはいなかった。
もう死んだのか、恐ろしき世だ。
見るのは辛くはあるが、この世界は私が生涯を注いだ世界なんだから、目は背けられない。
私が世界の良いとこ探しをしている間にも、超臨界流体の暴風が地表の岩石をこそぎとり、岩石に含まれる四手子を内包していく。
この強風のせいで、地形はなだらかな平野が多い。
ガス惑星には元々地表はない、ここより遥かに高度を落とせば、金属化した水素の層もあるにはあるが、数百万地圧の圧力下では、核融合生物でも一瞬たりとも生きられない。
だからこの地表は、そこより遥か高い一万二千地圧の空を飛んでいる、巨大な鳥の背中なのだ。
地表を生み出すため、私は今より二億齢以上前に宇宙空間で巨大衛星4つをぶつけ合って長いこと攪拌し、核融合炉と生命を芽生えさせた。
そうして生まれた巨大な岩石鳥が、一億齢前にガス惑星に突入してできたのが、ここ“億齢”だった。
“億齢”という地表の鳥はガス惑星内を周遊しているため、飛行シ速百フォアを下回ることはほとんどなく、このガス惑星に吹き続ける暴風と相まって、地表には常に竜巻より強い暴風が荒れ狂っている。
七たちにはその風は日常のものだ、今、七はその風を切り裂きながら、数多の火線の間を縫い飛び、まだ敵地からの逃避を続けている。
固圧は弾丸状だけではなく、壁だったり網だったり様々ある。
戦場から逃げるのはままあることだが、先ほど死んだ核融合生物の他は、七の周りには味方が誰もいない。
統合視界で広範囲を探しても戦いが行われてるのは七の周囲だけのようだ。
つまり七は集中砲火を受けているのか?
少し妙だな。
如何に配下が死亡したとはいっても、七が単独で戦闘するのは彼らの常識的には有り得ないことだったから、ほんの僅かに興味をひかれる。
七にしては危難にありすぎている。
七は世界を五分する首領の内の一体で、配下は必ず供にある。
敵地で苦難にあっても、大抵は七の相棒『黄幻の一』が脇を固めている。
しかし今は一もいないし、広範囲を眺めても他の戦闘も見えない。
すると敵地で首領が孤立しているわけで、七は大変な窮地にあることになる。
では今現在、七と戦っているのは誰なのだろう?これは考えるまでもない。
この世界の最上位たる首領は五体いて、七を含め、黄幻の『八』『七』『六』『五』『四の3』の五体で、火地、無養、水跡の三地を五つに割拠して戦っている、ここ無養の地は『黄幻の七』と『黄幻の五』が分割統治していたはず。
七が無養の地で逃げているということは、大方黄幻の五の勢力に追い詰められているのだろう。
ちなみに彼らが戦っている理由などは考えても無駄だ。
彼らは理由もなく戦闘し、侵略する、私が来た時がたまたま戦争中なだけだったんだろう。
そう思って周囲を見回すと、やはり攻撃を受けているようで、地上スレスレを飛行する『七』の遥か天空に、七を誅殺するがの如く巨大な白靄が広がり、空を覆い隠すほどに緻密な構成が浮かび上がっていた。
「おーデカい、やはり黄幻の五が追ってきているのか、いつみても長大精緻な白靄だな」
天に浮かぶ、幾何学的な結晶にも似た緻密で美しい白靄。
空見渡す限りに広がる縦1000フォア横200フォアにも及ぶ巨大なそれは、暴風によって流されながらも刻々と様相を変え、瞬く間に密度を増していく。
これを生成する『黄幻の五』は無養の地の半ばを支配する首領で、こと固圧に関しては他と隔絶した才能を有する。
言わば固圧戦闘の天才なのだが、彼は完璧主義すぎるあまり、白靄から白華に時間を掛ける癖があった。
長大で緻密、そして美麗なその白靄は彼の才能の空費の結果であり、また才能の清雅といってもよかった。
白光は広大な空を横たわるように覆い、暴風で流されながらも禍々しい輝きを放ち、やがて重霧の中央に独特な紋様が浮かび上がる。
空一面に現れた巨大な紋様は推力の消耗を抑える独特の流線形状、その紋様はやがて至るところに現れ、撃発の合図を待ちわびる。
普段なら私はその光景をある種の呆れを持って眺めていたが、五の白華に対する現在の感情は僅かな恐怖だった。
「まあそのなんだな、今まではデカいだけだと思っていたが、押し潰される側になると怖いなぁ、その技は」
特に意味がなくとも、なんとなくボヤいて、黄幻の七の腕から戦闘の推移を眺める。
怖がってはみたものの、自分の気持ちはまだ曖昧模糊としている。
二手との勝負に臨む自分と、彼らを傷つけ苦しめていたらしい自分。
そして七の戦闘に巻き込まれている自分
そのどれもこれもが初めて知る感情で、思考の継ぎ目がなく取り留めもない。
ただ漠然と思ったのは、やはり五の白華は美しいな、と云うこと。
彼らの戦闘風景は、何故か美しい。
自分の感情を理解しようと白華を眺めていたら、空を架ける長大な白光が瞬間明度をあげ、轟音を発し、巨大質量の塊となって、落下を始める。
初速にしてシ速百八十フォアの鈍重な超巨体が、落下の開始と同時に大気の抵抗を受けながらも、1シにつき19フォアの重力の加算と水素ガスの圧縮加速によって、速度を高めながら自由落下を続ける。
その速度の増減を計るに地表に落ちるまでは約25シの時間がかかるようだった。
「なんだ25シか、25シもある!威圧感だけだ、威圧感だけ!この技は威圧感だけだ!」
巨大であっても横幅は200フォアしかない。
25シと言わず一シも時間があれば落ち始めを見てからでも、容易く回避できる。
そう思えば、ゆとりが甦る。
この技が命中することは少なく、私は昔からこの技を『愚者の白柱』と呼んで、思い煩っていた。
「秀逸極致の愚者、黄幻の五よ、貴様は現れてから長く私を悩ませてくれたな。
その技は億齢の寿命を縮めるから、私は嫌いなんだ」
さあ逃げろよ逃げろ、黄幻の七、私の赤玉と共に。
七は迫り来る長大な構造物から逃れるべく、火孔の推力を強め加速を始める。
七の目まぐるしく動く視界は瞬く間に遠い地表を引きつけ、七は地面に着地すると同時に、勢い良く反転し地面に掌を付き、両掌、両足裏から繊棘という針山を出して身体を固定する。
背を低く伏せ、突き刺した棘により風に抗する雌伏の構え。
本来は避雷や火孔の緊急時、ワイス機構の出力をあげるために使われるその姿勢を七はこの時選択した。
次に来たのは強烈な衝撃だった。
空を埋めるほどの巨大な固体『愚者の白柱』が地面に叩きつけられ、爆裂した閃光が目を灼く。
猛烈な風とともに地表の岩塊が弾き飛び、飛んできた無数の礫が七の頑強な装甲をけたたましく打ち鳴らす、そして地面がぐらりと傾く。
元来地表は斜めになるものだ。
この世界はガス惑星を飛翔している鳥『億齢』の背面を地表としている。
その地表生物の背に白柱の巨大な質量を叩きつけたものだから、『億齢』はその衝撃を逃すため、急降下と共に広大な岩翼ごと急激に傾け、くるりと一回転する。
つまり全ての地表が横転し、逆さまになる。
傾斜がきつくなり悲鳴を上げる地表、地面とともに反転する視界、黄幻の七の頭上は今や、ガス惑星の中心部に向かい、重力に引き込まれた破砕片や、飛ぶことに慌てた幼体、そして先ほどの超巨大な白柱が惑星中心部に向けて次々に落下していく。
転がっていた白柱が長い距離を落ちる最中に泡沫と化し、超臨界流体に溶けて消えた。
『億齢』がその莫大な力をもつワイス機構で“散”の熱を与え分解を早めたのだ。
その熱で分解されなかった幼体や岩石の周りには、『億齢』の作り出す固圧の光源が無数に現れ、数多の固圧で押し潰しながら、上空つまり地表の方向に打ち上げていく。
その打ち上げられた物体を『億齢』は、身体を回転させつつ固定岩翼ですくい上げ、今度は急激に上昇する。
急上昇の風速はシ速280フォアを超え、さしもの核融合生物たちも飛ばされたり挙動を乱すようになる。
ただその天変も終わりだ。
『億齢』が高度を得ると、傾斜がもどり、風がまたシ速百フォアに落ち着いて、ようやく日常の藍闇の世界に戻った。
先ほどの爪痕として、地表のそこここに、『億齢』の血である鮮やかな溶岩が染み出し、血に寄生していた低次生命たちが外気に晒されたことで果てていく。
『億齢』は攪拌された内部機構を癒やすように、赤輝する地表の溶岩流を白靄の燐光でくるんだ。
今は問題なくとも、これでまたこの世界の寿命は縮んだだろう。
だから『愚者の白柱』なのだ。
「まったく『億齢』が可哀想だ。貴様たちの命を支えているんだから大切にしてくれ、この地表が落ちたら、貴様らは全滅するんだからな」
とそこで、再び七と私の周囲の熱がうながりをあげ、見渡す限りを白靄の光が包む。
それはすぐに白華の流線形状に巻き始めて、私は目眩を覚える、ああ、ありえん、また戦闘か。
とりあえず七が生き残るまで静かにしていよう。




