仇なす者
待ち構える三に対し、六は『角の足場』を形成しようとしたが。
近い空域の四手子は、習熟に勝る三の干渉下にあって生成できた量が少ない、仕方なく大部分を遥か高所に生成したために落下してくるまでは時間がかかる。
つまり初撃は三が有利だ。
急速に距離を詰める六の行く先には網状固圧が舞い散り、六はそのことごとくを常識外れの加速力と猛烈な身体の振りで越えてくる、 ……普通の個体と違うのは、加速の急勾配が生む、異様なまでの動きのキレだろう。
彼の残光を見ていくと、他の方向に曲がる際、それまでの飛跡から直角に近い軌道を描いて曲がる。
加速が速い個体でも飛跡は円を描くのが常で、直角にも似た鋭き曲線の六の超加速は、彼の巨躯をして、消えたかの如き印象を残す。
六の刻む荷電粒子の飛跡が、落ちゆく網の隙間を閃断する。
六は決して固圧の回避が得意な個体ではないが、静止固圧に関しては回避が上手い。
超加速が静止固圧に相性が良いのもあるが、三段防御は静止固圧を無効化できないから、静止固圧の回避に関しては経験が豊富なのだ。
六と相対した者は唯一正常に作動する静止固圧に縋り、大した効力を生むことなく六に撃殺される、これが大抵の者の辿る末路だ。
そういった意味では三も同じ状況に陥っている。
彼の頼った無数の網状固圧は、静止固圧故に六を止めるに至らず、網に掛かった獰猛な巨躯が鮮烈に飛び迫ってくるのをただ見つめる他ない。
一瞬、一瞬、残光が空に引かれる度に距離が縮み、三にあった時間的猶予が無くなっていく。
獰猛に峻烈に圧倒的速度で獲物を狩る巨躯を前にして、三は冷静だった、後退で時間を引き伸ばし、網状固圧を避ける六の動きの流れを確認。
三は慌てない、彼は単体に対しては冷静で、慌てるのは強力な二体以上が入り込んだ時だけだ。
少なくとも単体には冷静な彼が、今はなぜか上を見た、私もつられて上を見ると、高空から降り来る降雨が、流麗な光を発し吹きすさんでいた。
『三段防御』を見ているんだろうか?その光の流れが広域の撃発固圧の大部分に穴をあけ、その穴に縮擬が増殖することで、撃発固圧の多数が無力化される。
これは三の戦闘法ほとんどすべてを否定する、無情の雨だ。
その雨をなぜ今見たんだろう?それとも別の何かだろうか。
三の持つ銃は強くはない、むしろ弱い武器だ。
有効射程は三十フォア、撃発固圧を動力とし、連射は効かない。
一度外せば、敵があっさりと間合いに飛び込んでくる。
しかも今は『降雨・縮擬』で、肝心の撃発固圧がほとんど無力化される。
これでは銃の発射の機会は限られるだろう。
過去に一度戦った無力化個体、黄幻の八との戦闘もきつかったが、あの時は五の『愚者の白柱』を見て去っていった。
彼が守る五は、さっきまで六軍に集中していたが、五も六軍との戦いに飽きてきたらしく、六軍への攻撃をやめていた。
それなら六に攻撃を開始したのかとも思ったが、七のワイス機構で調べても特に攻撃の兆候はない。
なぜか五は三を助けないことを選んだようだ。
三と六との間に広がっていた舞い落ちる網状固圧、それを六は圧倒的速度で抜け、三が少し前から張り始めた撃発固圧帯に移ると、六の周囲の白華が急速に凝縮、昇華熱で膨張した水素ガスにより光が幾条も放たれ、六に吸い込まれては轟きを奏でる。
『連縮白華』が対密の計算の上を行き、多数の発弾固圧が六の体表に撃ち込まれたのだ。
……とはいえ数発の直撃弾くらいでは死ぬ可能性は低い、急迫してくる六の獰猛な動きは変わらず、距離がさらに縮められるが、その間にも『連縮白華』による発弾固圧が連続して六の巨体に直撃する。
「んー、不思議だな、三段防御の中でなんでこんなに当てられる?レンズ状配置等の火力超過系の配置を使うわけでもないし」
どうやら三の対応力を私は甘く見ていたようだ。
ここ数回の『連縮白華』の成功率をみる分に、三はこの僅かな時間に三段防御『降雨・縮擬』に対応する配置をみつけたらしい。破壊される固圧と残る固圧の気象的な差違を見極めたようだった。
習熟練度は変えられなくとも、配置は一応は自由に変えられる。
しかし本来は配置の緻密さがいるために、事前に練習して、試行錯誤をする必要がある。
だから個体個体で得意とする配置の型がある。
そういった配置を即座に変え、その上で高い効力値を維持できること。
それこそを才とする三は、空域の生成可能箇所を的確に見定め、近距離での砲火を開始、『連縮白華』含みのその弾幕の圧力によって一度だけ六の突進を避けた。
その六が進んだ向こうには、次の砲火が渦を巻く。
その砲火の次にはまた次、また次と、そのための白華が続々と完成に向かっている。
それは白獄の入り口だ。脇をすり抜けた六は、渦巻く白華に入り込む寸前に、逆推力側の火孔を開放、空を圧する荷電粒子の強烈な加速により、普通の個体より遥か短い距離で反転開始、それは、三の白獄の入り口の僅か手前だった。
三の目論見としては、あまり近くに作ると警戒されるために、シ速三百フォアで止まりきれない範囲に薄く広げて危険空域を作ったようだが、六は加減速の超特化個体、それが裏目に出る。
逆推進に使われていた強烈なエネルギーは反転した瞬間に、推進力に変わり、致命の力を帯びて猛然と距離を縮めてくる。
既に三の周囲には数十の白華が凝縮し、火線が殺傷の矢となって伸びていく。
しかし、私の目には六の動きも、三の動きも速すぎる。
遠い視点でなければ、状況が視認できない。
面射撃となった三の砲撃を前に、六の飛跡がさらに鮮烈にかき消える。
私が残光を追う内に、三は後退しつつ、斜め後背の白華に銃をつけ、冷静に発砲した。
その硬き銃弾は、残滓をひいて現れた六の胴体に吸い込まれ、光の粒子を散らしつつ何層かの黒皮を貫通。
この近距離なら黒皮を全て貫通していてもおかしくないが、角度が悪かったのか、左脇腹から銃弾が抜けていくのが見える。
こればかりは運だ。六は少なくとも即死はすることなく、それまでの超加速の勢いのままに巨爪で三の硬き腹から後背までを貫いた。
腰の奥深くには角速度計と平衡感覚を司る器官がある。
さらに、その直近に下肢火孔への荷電粒子の大流通路があるために、ここを同時に貫かれると、飛行の正体を無くし、前後不覚に陥いて落下する。
黒皮を貫き通すだけだと、死は確定するものの、その後も動けるために相討ちになりやすい、だから、格闘巧者の場合、トドメの刺し方に工夫をする。
頭、首の神経、あとは今回のように大流通路と平衡感覚器を同時破壊するのだ
三は貫かれた下肢と上半身の間に開いた大穴から荷電粒子を吹き散らしていたから、さしたる時間もかからぬ内に死ぬだろう。
六は三の身体を中空から投げ落としつつ、『汝の死を讃える』という光言語を投げかけ、五に向かって飛行速をあげる。
『世代の終わり』の前は首領はほぼ死ぬことはない、戦争の時間が短く、首領同士ではこういった本気の激突をあまりしないからだ。
三は去りゆく六を見ながら死に際に言葉を発した。
内容は弱々しくてわかりづらいが赤二回の発光、意味は『攻撃』だ。
攻撃……?
これには疑問を覚える、なんで最期の言葉が攻撃なんだ?
……その言葉がもたらす意味、そしてふと途中で三が上空を眺めていたことを思い出し、私も何となく上を見る。
……上からは今も三段防御により『降雨』の光が降り注ぐ、核融合生物の目は良くないし、視力では十フォア先も見通せない、多分三はワイス機構でなにかを見たんだろう。
試しに七のワイス機構を見たが何も映ってない、となると距離の差だろうか、七は三から四万フォアほど離れている上、彼らの索敵範囲は球形だ。
七のワイス機構では索敵範囲外でも、三のワイス機構には何かが上に映っている可能性が高い。
試しに視点を切り替え、三段防御の生成高度よりさらに上空を映す。
多分五の後ろの空……場所は超高空、この辺りは、“境界の極華”と言って“億齢”が物質を地表に叩き落とし始める境界があり、その境界に近づくと厚い白華が膜を作る。
ここを過ぎると“億齢”の固圧に撃ち殺されるために、核融合生物はここよりもっと低い空で戦う。
燐光を放つ膜の下は固圧一つない、薄暗い空となっているが、今はそこに白く輝く超大な静止固圧が生成されていた。
一瞬、五の攻勢固圧『愚者の白柱』のようにも思えたが、どうも形が違う、それは縦に四百フォアの長さを持つ、超大な円錐だった。
円錐でも先が異様に尖り、間に風の通り道を作ることで暴風の中でも鋭利な先端を下にして落ちるように、工夫が施されている。
私が見つけるより前に落ち始めていたようだが、かなり精密な造りの上に『連縮白華』で時短をしているから、作ったのは五だろう。
しかし、見たことのない固圧だな、習熟の仕組みから言えば修練してないなど有り得ないことだから、今までも超高空で練習しては解いていたに違いない。
作りは悪くない、しかしまるで用途がわからん。
巨大なのは凄いが、当然先端は一つ、核融合生物たちは不意打ちなど食らわんし、あの巨大さで先端部にぶつかるアホはいない。
しかも下には味方しかいない。
……しかし、円錐はぐんぐんと地表に近づいている。
地表にぶつかる頃には異常な速度になり“億齢”の体表の硬さを超えているから、ほうっておけば“億齢”の奥深くに突き刺さるだろう。
……また“億齢”か、そういえば『愚者の白柱』も“億齢”に対してだったな、五の作っていた白柱も核融合生物にはぶつかる可能性がほとんど無い、戦闘に不向きだが、“億齢”には痛手を与える技だ。
衝撃で“億齢”が反転するのが楽しくて多用してるのかとも思ったが、今回の白錐を考えると、五の目論見は私の予想と違うのではないか?
……核融合生物は、基本的には強くなろうとする。
地表である“億齢”が生物であると理解している者はほとんどいないだろうが、もし仮に五が気づいているとしたらどうだろう?
強くなろうとする者が、地表という、とてつもない強者を見つけたのだ。
……普通は何もしない、“億齢”は巨大すぎるし、飛んでる地表を落とすなど、自殺行為をするわけがない。
普通はしない、普通はしない……が、もし五がそれほどの馬鹿ものなのだとしたら?
巨大な白錐は“億齢”の身体に深く刺さり、『愚者の白柱』よりも深い痛手を与えるだろう。
死にはしないが、それが億齢にどう影響を与えるかはわからない。
五は威力不足だというように背にある紋様を発光させ、白錐の速度を高めるために、推力増強用の撃発固圧を多数生成している。
まだ破壊力を増そうとしているらしい。
「となれば間違いなく、狙いは億齢殺害か。
ここまでくると馬鹿では生ぬるい、もうコイツは愚者じゃない、……もっと、世界を窮地に追いやる何か。……名付けるならそう」
--仇なす者
技を『仇なす者の白錐』そう命名してやりながら、暗惨たる気持ちで、それが億齢を穿つまでを観察する。
私の赤玉を壊せば世界は終わるのに、五はそれより『億齢』を殺して勝ちたいらしい。
……妙な気分だ。
同じように滅ぼす行動ではあるが、動機が世界への恨みではなく、“億齢”と戦うため、世界に無関心なのは気にくわないが、ここまで無関心を貫かれると悩む気もなくす。
彼らは最後まで、私の意に叶う行動をとる気はないようだ。
「ふふ、まあいいか、恨まれて殺されるより、気分的にはマシだろうからな、それに億齢なら耐えられる。とはいえ……五のような仇者は今後出ないといいが」




