近接に執着する者
六軍が五軍の格闘の間合いに入れば、戦闘力は逆転する。
最高シ速が二百五十フォアを超える者が多い六軍に対し、五軍の配下たちは最高シ速百六十フォア付近の者が多い。
核融合生物にこれほどの速度の差が出る理由は、当然、身体能力の差ではない。
主たるは火孔操作の繁雑さに対応できないせいなのだ。
火孔操作の全てはあくまでも感覚的に行うものであるため、理屈を理解したところで行えるものではない。
特に電離気体の瞬間的な総量は決まっているために、開閉の状況や使い方によって出力が著しく変わる
どの個体も四百五十フォアくらいが身体的な限界飛行速で、これはあまり変わらない。
病気や遺伝子異常を除けば、せいぜい上下に十フォア程度の差だ。
これを最低限使えるようにするだけで幼少期のほとんどを費やすので、速力をあげるのは、あくまでも操作の才能と努力次第なのだ。
ちなみに私の使っているシ速はまるで当てにならない指標だ。
もっと詳しい指標にするなら、瞬間最高シ速に、各種シ速、例えば直線だけではなく曲がったり、斜め飛行、上昇、下降を含めて算出し、各個ごとの癖を割り出す。
四十二ある火孔個々の性能に、加減速や、天候や戦闘などの外部条件、電離気体充填量や、心理的要因による変化を加えれば、ある程度は詳しい数値が出る。
だが私はそれを使わず、最高シ速だけで適当に済ませている、最高シ速は距離での算出だからかなり大ざっぱだ。
一万フォアを飛んだ際にかかる時間を百回ほど算出し、それを割って一シ辺りの速度平均を導き出したのが私のいう最高シ速や平均シ速となる。
だから、天候や経路による変化が加味されておらず、最高シ速は速力以外の影響を強く受けてしまう、大ざっぱな数値に過ぎない。
こんな指標とても役に立たず、もっと細かい分け方もすぐに作れるのだが、私は敢えて大ざっぱな指標を使っている。
……私が大嫌いな戦争を行う彼らには、大ざっぱな数値で充分なのだ。
その最高シ速での差を考えるまでもなく、半数になった六軍が、五軍の最前線を軽く蹴散らして進む様子が映る。
五軍の下位個体は弱い。
五軍の下位個体は固圧の覚えが早いから、中位個体になるまでが早いのだが、下位個体の時は、戦闘能力がほとんどない。
本来格闘で戦う下位個体たちが格闘下手な上、格闘を忌避するので、その結果、格闘戦が起きるとすぐに前線が瓦解することになる。
……五軍の最前線とは、逃げ回る下位個体たちが駆逐される場所であり、せめてもの対策なのか、防具をつけない文化が主の核融合生物の中で、五軍の下位個体たちは防具をつける割合が異様に高い。
形を考えず、熱殺にやられる個体もいれば、出すのが遅すぎて敵の武器に防具ごと貫通されてしまう者、防具でシ速が下がったため、逃げ切れなくなる者などもいた。
ただ防具はしっかりと使えれば命を長らえられるのも事実だ。
五軍は大体三陣に分かれているが、さして時間もかからぬ内に、五軍の最前線は壊滅的な打撃を受け潰走、その次の第二陣でようやく、六軍を食い止め始める。
五軍の格闘戦は二陣に入ってからが本番だ。
五軍の第二集団は、格闘に使える固圧配置を覚え、近接戦闘も可能となった中位個体が多い。
他勢力の格闘強者との違いは、元が格闘下手な個体たちであるために、最高シ速があまり高くなく、代わりに近接の固圧配置でそれを補う者が多い。
覚えたての者、試す段階の者、円熟を迎えた者様々いるが、固圧での格闘補助を中心にした五軍の第二陣に対し、六軍は妨害阻害能力が高くシ速の速い個体たちが多い。
どちらも一長一短あるが、やはり相性はある。
いくら固圧配置が巧みでも、妨害等での無効化で近接配置がある程度崩れれば、火孔の速度や操作力の差が如実に現れるから、六軍が優位に格闘戦を進めているようだ。
そんな中で、優勢な六軍の格闘強者たちを押し返す、五軍の強者がいた。
五配下の中位個体の中での近接戦最高峰『近接に執着する、区分不明者』だ。
半齢ほど前に野良から五軍に入って来た強者で、正直、いくら見ても心理がよくわからんために、私はそう呼んでいる。
……強い者から逃げ回り、弱い者からも逃げ続けることもあれば、近接得意な個体三体に勝負を仕掛け辛勝することもある。
近接に異様に執着していることを除けば、行動の変遷が激しく心理が理解ができない。
しかも、戦闘中に軍円から出たり、黄幻の五に服従の礼をとった後、騙し討ちのような形で五に殺し合いを仕掛けたこともあり……文化をあまり理解してない節がある。
当時は彼が今ほど強くはなかったために五と三との二体がかりで退けたが、近接が苦手な五にとっては苦い記憶となったようで、それからは配下からさえ必ず一定の距離を開けるようになった。
区分不明者の性格はよくわからんが、彼の最高シ速は三百二十とかなり高い、その上で近接の固圧配置の卓抜さや習熟度でも群を抜いた存在であり、五軍の中で、いや核融合生物の中でも屈指の近接戦闘能力を誇る。
彼の得物はかなり独創的だ。
分離剣とも言うべき代物で、振りながら、散熱を注ぎ込むと剣を纏めていた芯棒が柔らかくなり、剣身が勢い良く分散、刃片となって前方に広がる仕組みを持つ。
その破片は紐状になった芯棒が纏めているために、振り回すこともできれば、幾つかの手順を踏み、また纏めることもできる。
弱点と言えば、敵の“散”熱や“縛”熱でも可変を制御されてしまうことだが、他者の生成物に干渉する際に忌避反応は発生するため、熱操作に長けた個体でない限りは、強い操作干渉はできない。
またこういう複雑な機構の武器は、他者から見れば仕組みが謎であるため、熱操作によって妨害するという発想自体が出てきづらい。
そういった条件から妨げる者はほとんどおらず、思う様に分離剣を振るっていた。
転瞬変容、剣を鞭のようにしならせ不意を付かれた下位個体を即死させ、続けて迫ってきた中位個体には固めて合し、激しくぶつかり合った後、脇をすり抜けあい、出力をあげ高速で距離を取る。
二者の間には無数の白華が流れ込み、『近接に執着する区分不明者』に有利な大気・白華状況が形成される。
区分不明者の白華の配置は、発弾固圧をレンズ状に配する面白き型だ。
対する六軍中位個体は、房状固圧主体の単純な近接配置で、シ速二百九十フォアの熱放射型の阻害特化個体だ。
妨害は固圧の爆発等で無理やり無力化させるが、阻害の場合は、熱操作や雷撃、磁場、風操作などで、敵が固圧を作り辛い環境を作って無効化する手法のため、敵の習熟の状況に左右される。
阻害の利点は近接にあり、敵の配置を無効化しながらも、自分はその環境でも固圧を普通に使えることで優位に立てる。
つまり阻害は固圧を防ぐ能力こそ低いが、敵の生成難易度を上げながらも、自分は固圧を普通に利用できること、ここに利点がある。
阻害は近接に強い。
逆に妨害型は固圧を使って直接白華を破壊するために、効力は強いのだが、自分の配置も破壊してしまい、近接戦闘ではあまり旨味がない。
妨害は遠距離戦に強い。
そういった阻害の有利さを加味しても、力としては『区分不明者』が上だろう。
区分不明者は速力の利を生かして、目の前の中位個体との戦闘を開始する。
レンズ状の配置の利点は少ないが、もしあげるとするなら火線が集中する箇所がはっきりしているために、敵の動きを誘導し易いことにある。
『区分不明者』はレンズ状配置を数十配し、中位個体の移動先の選択を狭め、さらに中位個体の動きから、火孔操作の苦手な部分や癖を観察していく。
レンズ状の固圧配置の場合、相手の自由度が高くなる分、自然相手が得意とする方向に良く逃げるから、癖の見極めが比較的簡単なのだ。
さらにレンズ状配置は、基本的に狙いを無駄に一カ所に集中させている。
その結果、無駄弾が多くなるが、幾つかが無力化されても狙った効果を発揮できる、つまりは阻害や妨害に強いという利点がある。
区分不明者は速力の差とレンズ状配置の少なき利点を利用し……入念に中位個体の動きを観察。
敵の火孔操作の苦手とする方位を見極めたのか、その苦手な方位、右上方に回り込み、中位個体の速力を削りつつ、分離剣を射出解放。
鎖状に飛び散る刃片が黒皮を削り取っていき、敵の死が決まった時には、区分不明者は既に下方に滑り切り、戦闘を過去に追いやっていた。
中位個体をやすやすと撃破した『区分不明者』は、普段ならそろそろ戦いを止めている頃合いだ。
しかし、今は全力で戦う気持ちらしく、そのまま二体の下位個体相手と戦い、戦線に突出した形となった。
彼の戦いは見ていて気持ちがいい、一体は分離剣の放出で、もう一体はレンズ状に配した発弾固圧で撃ち抜き仕留め、下位個体二体を軽々と撃破したあと、遂にあの個体が現れる。
いや、その個体を見つけるやいなや、戦場を縫って『区分不明者』自らが突撃していく。
『早世の巨躯』にして近接最強、近接だけで首領の座を勝ち取った巨魁、『闘迅の覇者』黄幻の六だ。




