賢しき貴女は騙される
七と五の戦いが終わり、五が完全な自由を得たことで、六を取り巻く情勢は敗亡へと一気に傾いた。
六軍の粘りの根幹をなすのは妨害阻害に特化した中位個体上位の者たちで、彼らの周囲に中位以下の者達が群がる形で固圧を無力化している。
中位個体上位者以上を遠距離で倒すのは中々至難なのだが、五は連縮白華の遣い手であるために上位者でも回避が難しい。
つまり五の強みは中位個体上位者も遠距離で殺せることにあり、五の攻撃により、六軍の核をなす中位個体が減ってしまえば、六軍は集中砲火に耐える術を失い、なし崩し的に壊滅に向かう。
『五ツ六ツの極限域』に巻き込まれ減っていく中位個体たちを見ていると、二手の文句が聞こえてくる。
『何故だ?六は三番目に強いのではなかったのか、何故格下に近寄れもせずに敗亡の道を歩まねばならん』
ふふふ、二手め困ってるな、彼らの力関係は真に理解しているものにしかわからない。
今は無力化を得意とする八の時代であったから、首領たちの位階も八との相性に左右される。
それはそうと……。
「なあ二手、文句は好きに言って構わないが、私が勝ったら、世界だけは滅ぼさないでくれるんだろうな?」
『是。ただし前にも伝えた通り、貴女の知識、記憶は統合する、つまり貴女は死ぬ、それは変わらぬ、勝敗の如何によっては滅ぼさぬのは我からの憐憫だ』
……やはり答えは変わらず、私を食い殺すことしか興味はない……か。
二手の心象風景は、変わらぬドロドロの汚泥。
しかし、どうやら二手という者の心根はわかってきた。
彼は恐らくは『戦闘嫌いの探食者』か『欲得の誘餓者』に区分される者だ。
欲しい物に一直線なだけで、別に弱者をいたぶったり、嫌がらせが好きな訳ではない。
核融合生物なら、ずっと食事や睡眠、もしくは戦闘だけに集中するような性格だ。
目的に一心だから純粋にも思えるが、本心は強欲に支配されているために、あんなドロドロとした心象風景になる。
……まあなんにせよ、二手の目的は怖くない。
彼の目的は、私の考思を喰って吸収統合することと、もう一つはあの、超高空に落ちてきて溶解した球形の人工物だ。
それを思い出しながら二手に話しかける。
「二手、私にはわかっているぞ。貴様の目的が」
『ほう』
「貴様はこの世界を貴様の造物たちに渡したいんだ、このガス惑星にやってきた水炭素生命の調査船に」
『……』
二手が黙っていたので、少々憮然とした想いがわく。
「なんだ黙って、私の機嫌をとらんでいいのか?……言わんと、負けても協力しないぞ?私は答え合わせが大好きなんだ」
『……む』
二手の目的が確かなら、勝負自体は怖くない、私が手伝わなければいいだけだからだ。
だから私の考えた答えを告げる。
「ふふ、貴様の望みには私の協力が必須のはずだ。今、ガス惑星の外には貴様の造った生物がいるな」
『是』
「彼らは億齢の調査か、この地表の物質を入手するために来た、溶けたあれは探査機だろう?どう連絡するかは知らん、電波は届かんだろうに」
『電磁波は使わん、物質を引きあげるつもりもない、あれは使い捨てだ』
「使い捨て?ああなるほど、量子もつれを利用し通信するのか、ただ外郭が耐えられなかった以上、現状では内部を知る術を失ったということだ。
あとは技術発展を待つばかりだが、強い放射線のせいで、高度な電子機器は載せられんし、耐えられる物質だけではガス惑星の探査機は作れん。打つ手はなしだ」
『手はないことはない、量子のもつれの他にも、陽の宇宙では、素粒子が惑星内部を透過している、その粒子の流れを使ってガス惑星内部を知る方法を研究中だ』
「内部を知ったとて探査機は入れん。そこで二手、貴様が動き出した。
これよりの文明発展のためには貴様の造物に、四手子の現物を渡したい。
ただ四手子はガス惑星内に留まっているために入手はできない。
そこで貴様は私に勝負を持ちかけた。 貴様が私の力で滅ぼすことを条件にしたのは、滅亡にかこつけて私に“億齢”を宇宙空間にまで運ばせようとしたからだ。
貴様の目的は核融合生物か四手子の入手にある」
『まあ……正解だ、勝負に関しての我の目的はそうだ』
「だろう? となれば二手、貴様は私への脅しの材料を無くすな? 何を脅しに使えば私が世界を滅ぼすと思う? ちなみに私は彼ら全体を大切にしているが、個々の命に頓着はしていない、脅しのために残虐に殺しても詮なきことだ」
『それは知っている。それでどうする四手の主、勝負を止めるか? 我としては貴女を喰い、知識や始粒子を得られれば最低限の目的は達成できる。勝負の報酬は我の主たる目的ではない、だから諦めるのも問題はない。勝負で何も手にはいらないなら、すぐに貴女を喰って去るが』
……二手から申し出てくれたことだ、これさえ受ければ、滅ぼされる心配はなくなるわけか。
二手にとって勝負がどうでもいいというのは本当だろう。
二手が核融合生物の苦しみに怒っているわけがないし、かといって、勝負に勝って調査船に“億齢”を引き渡そうとも、向こうに捕まえるための設備がないんじゃ、せいぜい四手子を少量持ち帰って終わりのはずだ。
四手子程度なら、二手が自分の力でその惑星まで引っ張っていけるから、本当の狙いは核融合生物の確保だろうが、核融合生物はかなり難儀な生物のため、二手が調査船に力を貸しても確保できる確率は低いだろう。
どちらにせよ、今の時点で二手が勝負を諦めたのは事実。
今私が二手の提案にのり、承諾するだけで世界の滅びは免れる。
一瞬心が動いたが、ここで勝負を止め、私が喰われると、核融合生物に今すぐ決断を迫ることになる。
ただでさえ無関心な彼らに、戦争中に提案しても、どんな対応されるかは目に見えている。
やはり決断させるなら、世代の終わりが終わって、勝者が決まり、彼らがこの決断を吟味する時間ができてからがいい。
だから迷った末に二手の提案を断る。
ただ不躾に断ったり、二手を無駄に待たせると、最悪の場合二手の態度が強硬化し、結果によらず世界を滅ぼされる可能性もある。
勝負の定義は変えず、二手にも待つ利益を渡した方がいいだろう。
どの道、私は彼らの選択に任せるつもりだから、勝負があろうとなかろうと大して変わらない。
「いや、いい二手、私は死ぬ前に彼らに聞きたいんだ。彼らが幸せか、不幸せか、彼らが生きる世界は有りや無しやを、だから最後まで勝負を続けてほしい、彼らが嫌なら、こんな世界滅んだ方がいい。
そしてもし、滅びる際には私は二手、貴様の望みを叶えるつもりだ。
だから一応聞いておく、彼らには勝負のことを正しく伝えてあるんだろうな?その……なんだ、私と二手の立ち位置を逆に伝えたりは……」
二手は少し考えて、続ける。
『双方の立ち位置は正しく伝へた。ここが過酷な世界であることは事実、故に我は嘘を吐く必要がなかった。
嘘を吐けば、彼の者らが貴女の味方になりやすくなるばかりか、貴女の信頼を失い不利になる故。我にはこの世界の良さが微塵も理解できぬから、真実を伝へれば彼らが味方につくと思った』
それは思いっきり私の世界が最悪だと言っているようだな。
「そうか、ならいい、……あとは二手、洗脳はやめてくれ、洗脳してるのがわかったら、勝負は無しにするからな」
『是、六の情動操作を解く』
二手は通信を切り、私はまた最後となる戦場を眺める。
……これで二手からの洗脳は解けて、六も本来の性質を取り戻す、彼らが頂点を決める戦いには、何一つ邪魔は似合わない。
洗脳の解除を受けて、本来の精神状態を取り戻した六は戦術を変えた。
一瞬存亡戦へ関心が移ったのかと期待したが、やはり世界を恨む彼も、世代の終わりを重く見ているのだろう、五軍狙いは変わらない。
結局世界の存亡は、彼らの中では優先順位が低すぎる。
それより順位の重い、世代の終わりを六が勝ち抜くためのその選択は、少々私を驚かせるものだった。
……六は普段は地表しか走れぬ二を近接戦から守るべく、その周りで護衛している。
見返りに二には遠距離固圧を防いで貰うが、格闘に弱き二の周囲に居なければならない故に、進軍が遅い。
……しかし、自軍が集中砲火で破滅しつつあるのを見て、六がついに二の護衛を止めたようだ。
二の周辺から離れ、一直線に五軍の方向に速力を上げたのだ。
六より先行していた配下たちも、軍円の急進によって慌てたように速力を増し、五の勢力に接近していく。
六軍を長らく見ていたが、これは初めての事例だ。
……あまり離れすぎると、六が二を守りに戻っても間に合わない。
だから、二から離れられる最終円が決まっているのだが、六はその最終線を過ぎたにも関わらず速力をあげ、二を引き離していく。
つまり、六は……。
「見捨てたのか、二を」
二も折り込み済みだったのか、去っていく六に対しても、変わらずに『三段防御』をかけ続ける。
中核の者たちも進軍速度の遅さという不利要件さえなくなれば、持ち前の妨害や阻害の力に飛行を絡めて発揮でき、死者数が減っていった。
それから少しして、半数以下に減った六軍はようやく五の最前線にたどり着き、格闘による交戦を開始した。




