落射の格陣
進行の速度が変わっても、戦いの要点は互いに一つ、七が五までの路を切り開けるか否かだ。
一路の侵略者では五を仕留めきれず、七では五にたどり着けない。
これを達成するための動きは、五ツ檻の配置のつぶし合いを通して進められ、見てる方としては退屈この上ない。
私の見た限り、能力的に有利なのは『一路の侵略者』だ。
元々、妨害路系列の技は、敵の配置を潰して安全な路を作る技術なので、誰かに路を開いてやることは一応は可能だ、やろうと思えば路は簡単に開ける。
……しかしそれができないでいるのは、『一路の侵略者』が状況の要諦を理解していないせいだ。
言葉無きこの世界での情報把握は殊の外難しい、言葉があれば、なんらかの情報から類推も可能だろうが、言葉無きこの世界で彼我の戦力や全体像を把握し、首領のために路を開くなど、そうそう思い浮かべられるわけがない。
彼が劣勢を打開するため五殺しを考えただけでも、賞賛すべきことなのだ。
この情報の過少による戦略的定見のなさが、戦場ではいつも小さな灯火として揺らめき、根底を温めている。
その揺らめきは時として、情勢の悪化を招き、弱者が強者を滅ぼす業炎と化すこともある。
これは七たち側だけではなく、五にももたらされ、その定見のなさから、五は三の変化に気付かずにいた。
基本三は足止めに動く、黄幻の五は近接対策を含む雑事を完全に三に丸投げしているため、近接では、大部分を三だけが戦うことになる。
当然ながら今も三が独りで『追避の五ツ檻』を展開し、内部を飛空しながら、携帯する『銃筒』にて、牽制を続ける。
……ただ、今は三の動きが精彩を欠いているように感じられた。
動きが鈍いというよりは、無駄が多い。
固圧を配置する数量が増え、配置が混線、五ツ群が四ツ群になったり、生成失敗も多数出ている。
それでも充分上手いのだが、この成功率の低さは普段の三からすれば有り得ないことだ、……まあこれは仕方ない。
思えば三だけで抑えるのには過酷な状況だ。
相手にしている七は高い回避力に未来視を駆使する首領のため、普段は七単体を追い払うだけにも、かなりの細心さと長い時間をかけている。
今はそこに天敵の『一路の侵略者』が加わり、危険空域を穴だらけにしている。
この状況で七の行く手を塞ぐのは、キツい作業なのだろう。
……こういう時生物の力は不思議なほど低下する。
限界を迎えた作業量は、所々に小さな破綻と、悪化を生み出し。
悪化は焦りを、焦りは更なる破綻を生み、破綻はより大きな悪化となり、やがて思考停止と悪手が増え、なし崩し的な崩壊を迎える。
個体の限界許容量を超えた時、本来は周りからの助けが必要なのだろうが、彼らの文化にはそれは重視されていない。
それだからこそ、三の許容限界を超えた瞬間に、三の動きは精彩を欠いた。
三はまだ若い個体だ、五のワイス機構と繋がることで、使える固圧の種類自体は五と同等にはなっているが、精神はまだ練りきれておらず状況によって揺らめくし、配置もやや甘い所がある。
ただ主思考が焦っていても三つある補助思考は淡々と指示をこなし、……だから最低限の作業は続けることができていた。
主思考の焦燥によるワイス機構への伝達の乱れで、五ツ群から四ツ群に力を落とした追避の五ツ檻、それによって七は着実に速度を上げていた。
危険空域は五ツ群と四ツ群の間に高い壁があり、四ツ群までなら七は比較的早い速度を維持できる、その速度は安全な路を進む五や三を超え、目に見えて差が縮まっていく。
……それでも多少時間が掛かっているのは三の優秀さ故だろう、三は許容一杯になりながらも必死で七と『一路の侵略者』を抑えている。
三が命懸けで作り出している時間。
それによって自由を得ていた五は、ふてぶてしくも別の戦いに熱中していた。
五は『面白味にかける双岩』の片割れを仕留めた後、七との戦いに戻らず、遠距離にいる六軍に対する攻勢を強めているようだ。
なんとも守りがいのない五だが、まあ首領の戦術能力なんてこんなものだ。
今代の首領たちの采配下手な部分を軽く列挙すると、八は自軍を置き去りに、七は自軍を餌にする。
六は延々砲火に晒させて、五は周りを省みず、四は決して動かない。
五の指揮の弱点は『指揮放棄』で、これで比較的マシな采配と言えるのだから、彼らの戦術の未熟さが知れようもの。
今だって五は六を殺そうと思えば殺せる。 それなのになぜか五は六より六軍の方に攻撃を集中させている。
多分六に対しては『三段防御』を突破したことで興味を失い、今度は妨害阻害に長けた六の軍勢を殲滅する方に興味を持ったのだろう。
三と七たちには特にそれ以上の動きは見あたらないので、五の砲火に晒される六軍に目線を転じる。
五と五軍の攻撃を受け続ける六軍はなかなか見応えのある進軍をしていた、妨害阻害特化の中位個体を多数擁する六軍は、ひたすらに硬く粘り強い。
攻撃がどれほど激しくとも逃げも反撃もせず、ゆっくりと飛んで来るその行軍は不気味そのもの。
五はその軍勢を滅殺するために、五軍の砲火の渦に、五ツ六ツの極限域を混ぜ込んでいく。
にじりよる六の軍勢に対し、全周、内外から加えられる砲火、軍全体が鮮烈な白輝黒光の大河に包まれているのに、中々数が減らないのは、六軍の妨害阻害がそれほど硬いからだろう。
六軍はしぶといのだが、反撃が緩い、結果として遠距離に長けた五軍の攻勢はますます過熱となり、そこに五の『連縮白華』や『五ツ六ツの極限域』が加わったことで、中々減らなかった六軍の中位個体上位者以上が少しずつ削がれていった。
六軍と戦うのが七軍や八軍だったなら、粘っていれば攻め込んで来てくれただろうが、遠距離を主とする五軍はなかなか近寄らず、消耗が早いのに、距離が遅々として縮まらない。
損害を積もらせていく六軍を見ていると、向こう側に動きがありもう一度視点を切り替える。
三の配置が一瞬崩れた瞬間を狙い、七はものすごい速度で『追避の五ツ檻』の中を飛行していく、危険空域内は飛行速が激減するが、七の力に未来視が加味されれば、他より数段速い飛行が可能となる。
高速で五や三との間合いを詰め躍動する視界の中、ついに私にも五や三が放出するプラズマの残光が映るようになる。
七の前方からは黄白光の弾丸が一条迫り来て、七が軽く回転しながら避けていく。
黄白光は三の銃撃を示す色だ。
四手子の結合中は“縛”熱によって、電子の運動が激しくなり、電子が軌道外に弾き出される。
その結果、“縛”熱と重力子にて固体は維持されるのに、外殻には超熱の電子が回り、周囲を強く熱し、軌道に戻ろうと光を常に発するようになる。
それが白靄と化すと光る理由なのだが、“縛”熱の侵入口を変えるだけで意外と簡単に光の色は替えられる。
遠距離だと視官が働かないため、大抵固圧は白光だが、自らの視界に映る武器などでは色を変える個体も存在する。
『黄幻の三』の持つ銃の色は濃い黄光だ。
七はそんな黄光の火線を軽々と避けていく。
三の銃は三十フォア内なら大抵即死させられる優れものだが、撃発固圧に銃筒を接続して発射する構造上、連射が効かず、精度も悪く、そして妨害阻害にも弱いと、殆ど運試し武器に近い。
銃の本質は牽制力にあり、彼らは自分の実力によらぬ死を嫌がるから、即死なのにどこに飛んでいくかわからない銃の間合いに入るのをかなり嫌がる。
だからこそ、初見でない限りは、銃を持つ者が銃を向けるだけで、警戒して大回りしてくれる。
ただ未来視を使う七に対しては牽制力は無に等しい。
七の未来視は当たるかどうかが事前に読めるのだから、命中率の低い単発の武器など、当たるとわかったら避ければよく、当たらない弾なら無視して突き進めるのだ。
七は銃特有の牽制力をまるで無いかのように銃弾を回避しつつ、『一路の侵略者』を追い抜き、間近に迫った三と五の姿を猛追する。
このあたりになると『筒六輪一路』による妨害路が配置を穴だらけにしていたため、七の速度はますます増加していく。
最初に追いつかれたのは三だった、三は筒銃から火砲を放ち、一瞬距離を取ると『追避の五ツ檻』を一部生成停止し、近接用の固圧配置を生成する。
三の独自の近接配置『落射の格陣』だ。
これは逃走用の配置であるにもかかわらず、敵への攻撃力は高い、発弾固圧と房状固圧を主体とするその配置の中には、多数の『連縮白華』が含まれているからだ。
『連縮白華』はまだ避け方の確立されていない最新技術であるから、現在の回避技術で避けるのは、間違いなく賭けになる。
しかし七は五や三と何度も戦っていたから、動きに迷いはない。
落射の鶴陣に逃げた三を追って軌道を変える、その時地表である“億齢”の翼が急に下に下がり、“億齢”が右旋回、風向きの変更によって一時的に固圧配置の一部に空白ができる。
未来視でそれを知っていた七は、空白となった一部分に極小固圧を埋伏、それを行いつつ飛跡を上方、鋭い弧の軌跡を描き反転、白華配置の薄い上部から、『落射の格陣』内部に突入する。
三は頭上から迫る七に銃を一発発射しつつ、自らは七から逃げる方、つまり真下に向けて急加速、配置していた殺傷力無き撃発固圧によって、自分を何度も撃ちさらに加速して、七との距離を離していく。
『落射の格陣』はどこかに必ず攻勢の緩いところをつくり、敵の攻める位置を狭めて、反対方向に逃げる配置だ。
普通なら、攻撃が緩い所以外からも攻められるが、さすがに『連縮白華』のひしめく方向からは攻めづらい。
三の得意とする逃げの配置術だ。
それで距離の離れた、三に対しては『一路の侵略者』が後を追い、七は三を諦め、五を猛追していく。
そんな過熱してるんだか、いつも通りなのかわからない戦闘を見ながら、私は別の、もっとどうでもいいことを考えていた。




