固圧戦闘
何を警戒している……? 思うが早いか黄幻の七が関節部の靭毛全てを鮮烈な赤と、眩い白の順に輝かせる。
そして白光、私のそばの大気が震え、大気をうずめる粒子がうながりを上げ、気温が一息に二千百炉を超えると、次々と分離を始める。
“熱圏”と呼ぶ遠距離戦における固圧生成の第一準備段階だ。
この辺りの大気は、上層から降り積もった大気の圧力によって、液体のように密度が厚い。
“散”“縛”二つの高熱によって、4つの水素を手放した気化四手子たちが、特有の白光と共に大気中で四手子同士の結合を始める。
それが固圧生成の第二段階白靄。
この兆候が現れるということは、つまり現在、七は攻撃を受けつつあることを示している。
白く淡い結合は風により時に離れ吹き散らされながらも、地表や大気を白亜の光で埋め尽くし、ところどころで渦を巻き、藍闇の先の先から争うように流れてくる。
それはさながら光の奔流。
遠い個体からの熱送信により、その光の奔流は数百万ヶ所で凝縮を始め、徐々に明瞭な形を取り始める。
白靄が形となる第三準備段階、白華だ。
見渡す限りが白華と化し、白亜の暴風が吹き荒れ、行く手の全てを飲み込み逃げ場はないように思える。
しかしまだ白華の段階は殺傷力はない、白華は大気の靄を集めて形となしたモノで、その形に強い“縛”熱を加え、一気に固体化させると、固圧の弾丸となり殺傷力が生まれる。
避けろよ避けろ、黄幻の七、回避に長けた弥縫の者よ。
始まったばかりで負けたくはないからな。
攻撃を避けるためか黄幻の七の足裏の火孔が開き、下肢に輝きが溢れる。
地を蹴る爆発的な噴射、彼の間接部の靭毛全てが“敵”を示す赤光の強烈な輝きを放ち、上空に高速で駆け上がり始める。
急激な上昇に伴う重圧が爆音と衝撃波と化し、イィィインッとつんざく吸気音をあげ、ひと息に空高くにまで上昇し、私の視界が空の一点で止まる。
地平の先にまで白き靄が渦巻く地表を眼下に、一瞬の安堵、その頂点を境に視界が落下を始め、見る見るうちに敵の白華の輝きを拡大していく。
数百万もの白華の柱群に吸い込まれる間に、私はここが黄幻の七の領地じゃないことを見てとった。
七は超絶な急加速で落下し埋め尽くす地平に肉迫しつつ、連続して斜めに火孔を噴かせ噴射圧に弾き飛ばされるように、右前方に加速する。
重圧を伴う加速落下の間に、地表に数百万ばかり漂う光の奔流に変化が見えた。
恐らく白華を作った敵個体たちが、組み上げた四手結合物に輻射熱を送ったのだろう。
熱送器官から加えられた強力な『縛』の熱エネルギーによって四手子が無数に結合しさらに凝縮、瞬く間に固体と化し大気中から固圧の弾丸となって弾き出される。
気体から固体へと変わる昇華熱、そして断熱圧縮と安定化によって放出された熱エネルギー。
四手物質は、気体から固体と化した瞬間の熱によって内部の水素ガスを超高温に熱し、膨張した体積を弾丸状の囲いの一方から噴き出すことで猛烈に加速する。
その光弾は一つの房から数十生まれ出て、併せて数千万もの弾丸となって、広範囲の空中を爆ぜ進む。
私が固圧と呼ぶ、核融合生物独自の凶悪な弾丸だ。
その莫大な初速と硬度を秘めた弾丸は、硬軟含め八層ある彼らの強靭な装甲も数層は突き破る力を持ち、十フォア以内であれば、それなりの殺傷能力を持つ。
ただ彼らには綿密な計画があるわけではない。
また超臨界流体の暴風が固圧を撃ち出す間に多大な距離を流す。
だから命中精度はそこまで高くはない。
物量にモノをいわせた目暗撃ちだ。
今も黄幻の七が低空で二百八十フォアばかり移動したことで、大量に見えたその固圧の群は上空や、地表、前後斜め左右をけたたましい力で穿ち爆砕、また液体ともいえる高密度の流体に纏わりつかれて失速し、その一つがぶつかったものの、黄幻の七の強靭な表皮に弾かれる。
彼らは核融合で生み出すエネルギーの大きさから重厚な装甲を纏える上に、ワイス結合を交えた複層石墨構造はとてつもなく硬い。
だから彼らの通常の回避は完全に避けることではなく、当たっても装甲で弾ける位置まで動くことを主体に据える。
そういった意味で黄幻の七の回避は的確だった。
もう一つ弾丸が激突したものの、それは硬い一層目を破り、先端が潰れたところで、二層目の粘り気のある軟の皮膚で止まる。
七は被弾で生まれた衝撃を圧殺しつつ落下し、荷電粒子の爆ぜなりの中、背のワイス機構を強烈に発光させる。
ジジジッと短い輝き、軋みながら落下していく百二十六シーの四手子岩石金属の巨体。
近づいて来る地表、七は暴風のうねりと敵を現す赤光の軌跡を残し、なぜか私のついた左腕を真下に振る。
そして轟音。
着地と同時に待ち受けていたのは、彼の左掌の繊棘に頭を刺し貫かれる、核融合生物の光り輝く脳漿の渋きだった。
「……気分がよくない。私が殺したような気になったではないか」
黄幻の七は繊棘によって敵の頭部を潰したあと仲間と合流し、移動を続け、自分の領地に戻っているようだった。
七の間接部には赤光が灯る、灯し続ける赤光を見る限りまた戦争中のようだ、彼らの文化は戦争と戦闘しかなく、子供を産み最低限まで育てた後は、死ぬまで戦闘に暮れているような種族だ。
戦争に次ぐ戦争、殺戮に次ぐ殺戮、食も足り、男女の区別なく、領地にさえ意味のない彼らに、戦争をする理由がどこにあるのか。
二手はこの絶え間ない戦争を見て私に死ぬべきだと言ったのかもしれぬ、私も戦いは大嫌いだし、忸怩たる想いもある。
ただそれは彼らが選んだこと、それが彼らの幸福なのだと知ったら二手も考えも改めるだろう。
「ふふ、とんだ早合点だな、二手、貴様の勘違いを打ち砕いてくれる、私だって戦争は嫌いなんだ」
……とそこでえもいわれぬ感覚がする。
私の入った四手赤玉に、妙な力が宿ってるようだった。
始粒子の跡?それに気づくと二手からの言葉が送られてくる。
『げに恐ろしき雌、四手よ。
どうせ反省もしていぬだろうから、貴女の宿る四手赤玉に我の精神感応力の一部を宿らせておく、使いたくば使え』
二手の精神感応力?ああ、そういう手か、私がこの世界を嫌いになれば勝負は終わるのだから、二手としては彼らの気持ちを伝えたり、残虐な状況を私に知らせるしかない。
だが、ここはあえて乗ろう。ふふ、ありがたい話だ。
「くれるのか?」
『是なり。ここに宿す精神感応は彼らには感じられず、こちらが一方的に彼らの感覚を知れるだけのものだ。
シーフォアよ、四手赤玉に意識を向けよ、彼らの気持ちがわかる。
まあ貴女では数秒保つまい、辛くなれば意識を離せば感応は解ける。以上である、これにて伝言を終える』
秒は二手の使う単位だが、シよりはやや小刻みだ。それすら保たない?なんだそれは。
ただ黙って渡せばいいのに、さり気なく馬鹿にするとは。
まあ二手には感謝をしよう。
彼らの気持ちが見れるなら、それは私も興味がある。
なんせ創って以来一度も彼らの気持ちを教えてもらったことはないのだ。
精神を繋げたら彼らはどんなに幸せな気持ちを伝えてくれるだろう。
妄想に耽りながら、四手赤玉から飛行する黄幻の七の頭部を見上げる。
周囲はまた白華の輝きに包まれている。
戦闘中のようだが、戦争は嫌いだからどうだっていい。
どうせ装飾品が壊れたところで勝負は終わらん。
それならば彼らの気持ちを知るほうが楽しい。
さて心を覗こう、期待に心震わせながら、赤玉の壁面に波長をあわせると、ついに精神感応が遂行される。
私の期待とは違い、それは妙な感覚だった。
心が弛緩しきゅうと広がり、視界が開け、彼らの内面の感覚が繋がって、その瞬間、七の持つ、言いようのない衝撃が体内に芽生える。
それは灼熱に身を焦がされるような妙な素晴ら、いや痛烈な……。
「ん?痛……み?なんだ痛い?なんで……痛っ」気づくと神経がねじ切られるような衝撃が身の内を駆け巡り「……っ」私は声を詰まらせ、絶叫を上げる。
「……っ!!」
痛い?!なぜ痛い?!痛い痛い痛い!
「しゃしゃしゃ遮断だ遮断!痛いではないか!」
四手赤玉から意識を離すと七との精神感応が解ける。
七の感じていた痛みによって気持ちが跳ね上がり続けて、それが私には意外でしょうがない。
「なんだぁ今の痛みは、どうした黄幻の七、貴様は怪我してるのか?すごい痛みだ大怪我だぞこれは、大変なことだ。黄幻の七は大怪我だ」
心配になったものの、黄幻の七の動きを見ても特に具合悪そうに見えない。
統合視界に変えて上から見ても、高速で暴風内を飛翔するいつもの彼の動きだ。
普通……に、見えるな?ふと不安になって併走するもう一体を見、そして四手赤玉に意識を向ける。
まさかとは思うが、この者も激痛を?いやあり得まい。
さあ二手よ、もう一度だ。
今度は前をゆく、名も無き彼と私の感覚を繋げてくれ……。
そしてまた。
心がきゅうっと弛緩し。
熱い感情が
「……!ぎっ!!痛い痛いなんだこれは!いぎぎ!しゃっ遮断する!」
凄い痛みだ。また怪我してるんじゃないかと思って、今しがた意識を繋げた者を見る。
それはさきほどと同じ、まるで何事もないかのように、火孔を噴かし、黄幻の七の隣を飛空していた。
なんだ?どういうことだ?
なんで精神感応をするたび痛みが走る?なんで彼らはあんな激痛に苛まれているんだ?
傷ついてすらいないのに?
「大怪我してないのか?なのになんで精神感応すると痛いんだ?」
理由がわからない、怪我もしてないのに痛いわけがない。
いやだが一つだけ説明はつく。
彼らが怪我もなく、激痛に苛まれる理由。
飛んでるだけで大怪我のような痛みを負う理由。
そしてそれなら二手が私に向けている態度も納得がいく。
まさかとは思うが……。
「まさか私がこう作ったのか?」




