三段防御
二手の精神支配の影響か、六の身体からは黒光がほのかに染み出していた。
精神というのは曖昧模糊とした情動だから、二手は生物の感情を支配できる。
しかし、それほど強い感情に呑まれているのに、六が二手の命令を拒絶するのだから面白い。
核融合生物の場合、心身を練り上げる習熟によって理性が発達し、波統が考思の下に置かれているから、情動が荒れ狂おうと、理性によってちゃんと自制できているようだ。
ただわからんのが、そもそも六が五に向かった理由だ。
『黄幻の六』は遠距離戦は苦手だ。
六は早生の巨躯特有の低温の核融合炉が枷となり、十万ほどしか固圧生成ができない。六の遠距離戦闘力は並みの中位個体にも劣る。
八との相性で順位こそ五の上だが、実際には五の方が強いだろう。
だから、こんな遠距離から、五を狙う意味がわからない。
近い位置にいる七から狙えばいいと思うんだが
とも思ったが、六の軍円の狭さを考えれば、七も五も索敵範囲外にいるから、気づいてないだけやもしれない。
軍勢を率いる六のワイス機構が激しく明滅すると、遠い空域に発弾固圧より二回り大きな巨弾が十万ほど姿を現した。
この巨弾こそが『虚仮威しの巨弾』と私が呼ぶ、六の主要遠距離攻撃だ。
弾が巨大になると、威力が増すように思えるが、実際は推力の低下と、先端の広角化で、貫通力が落ちるために、殺傷力がほぼなくなる。
それでいて、発数も減り、生成に時間が掛かりと、ほとんど良いとこがない。
唯一の利点らしい利点は慣性質量の増大により、同じ速度の時に、相手をふっ飛ばす力が高いことくらいだ。
あとは、使用者が少なく敵が回避に慣れていないことだろうか。
巨弾は減速値が高いため、初見の者や、臨機の才が少ない者を巨弾で囲むと、回避に迷って無駄に直撃、窮地に陥ることもある。
物珍しいから引っかかる者はいるが、大して強くはない、それが巨砲型の撃発固圧だ。
六軍は首領がそんな体たらくだから、軍団戦は弱い。
軍勢の数はまあまあだが、遠距離が苦手な個体も多いし、早生の巨躯のもつ低温の核融合炉のせいで、生み出せる軍円の範囲が四万フォアと狭く、どうしても軍勢が密集する。
さらに飛翔できない『黄幻の二』の歩調に合わせるため、進軍速度が遅々としている。
ただでさえ遠距離が苦手なのに、軍の行動可能円が狭く、行軍が遅いせいで、敵との距離を詰められないという、正直発固期を舐めているとしか思えない首領だ。
……それでも全滅しない理由は、六軍全体では『黄幻の二』を含め、妨害阻害に特化している者が多く、意外と遠距離戦での損耗率が低いことがあげられる。
それに今の時代は戦術が徹底されていないため、粘っていれば、向こうから近寄ってきてくれるのも大きい。
もし敵軍が徹底して距離をとってきていたら、六の軍勢はとうに滅びていただろう。
そんな六の軍勢と五の軍勢の戦いは今のところ一方的だった。
六の軍勢の空域には固圧攻撃が集中し白熱を帯び、炉を高めた大気によって、空域が真白に染まっていた。
苛烈化した砲火攻勢の中では当然、抗する力も激しくなる、白輝の渦に抗する、強烈な阻害による雷や強風が各所で吹き荒れ、白華の塊が散らされる。
むろん阻害だけでなく、妨害固圧もおびただしい量だ。
これほどに攻撃と妨害固圧が空域に集中すると、四手子の偏りにより固圧飽和が生まれ、空域間の四手子の取り合いが激しくなる。
下位個体は回避が下手だ。
しかし、空域間の粗密の偏りが、下位個体の生存圏を作り出し、また下位個体は妨害や阻害特化個体の近くにいることで、攻勢の激化した空域でも辛うじて命脈を保てていた。
思えば六の軍勢が全力で戦うのはこれが二度目だ。
六の軍はどうしても首領到着に時間がかかり、普段は小競り合いが多い。
普段戦っていた四の軍勢の遠征軍相手ならともかく、今回のように遠距離戦が上手い軍勢と真っ向から戦うのは、正直キツい状態だろう。
六と二で、こういう時に活躍するのは、防御を担当している二だ。
二の防御法は、『三段防御』という阻害に妨害を混ぜた方法で、降雨と、縮擬、対密からなっている。
基本的には静止固圧を利用した防御法なのだが、効果範囲が広く、固圧が過ぎ去った瞬間の空白を利用するために、ワイス機構の忌避反応を働かせることなく、固圧を防げるのが特徴だ。
忌避反応が起きると妨害の失敗が増え、敵の攻撃がそのまま保たれてしまう箇所が増える、これが妨害や阻害の弱点となっているのだが。
それを引き起こさない二の防御方法は、敵の固圧の大部分を生成失敗に追い込むので、非常に有用だ。
そんな二の妨害固圧を浴びせかけると、習熟の低い固圧はほぼ無力化し、習熟が高い固圧も九割程度は防げる。
九割防げれば、配置は穴だらけにでき、回避は容易だ。
だからこそ五軍の苛烈な砲火の中でも、二の防御法は揺らがず、それに守られた六は、鈍重な進軍を続けていく。
そんな二の防御法に興味を持ったのは『秀逸極致の愚者』、固圧戦闘の先駆者である『黄幻の五』だった。
普通、黄幻の五は自分の創る固圧配置に熱中する。
しかし、どうにも今回は様相が違い、二の『三段防御』にちょこちょことちょっかいをかけているようだ。
一路の侵略者もしつこく周囲を飛び回っていたが黄幻の五は自らの危険より、三段防御への興味が勝ったらしい。
まず、五は観察を終えるとすぐに、降雨の段階を崩しにかかった。
降雨の段階は高空より高い位置に静止固圧を生成するために、敵の生成に干渉せずにすみ、ワイス機構の忌避反応が働かない。
これはその次の段階である縮擬の取っ掛かりとなるから、ここを封じられれば、二の防御法の主要を潰せることとなる。
それを理解し五は崩しにかかったようだが、しかし、こと固圧戦闘においては対策がわかったところで何もできない。
というのは、固圧戦闘で使える固圧は長い長い時を掛けて習熟し、ワイス機構に覚え込ませた物だけであるため、それ対策用の固圧を今この瞬間に開発はできない。
できるのは配置を変えての対応くらいである。
黄幻の五も固圧戦闘の天才だが、やはりワイス機構を使う以上、その制約は受けている。
そこで五は、『愚者の白柱』と固圧飽和現象を利用することにしたようだ。
二の降雨は、重力によって静止固圧を降らせる仕組みだから、進行上の空域に前もって降雨の固圧を生成しておく必要がある。
その生成位置は一定間隔で進んでいくから、五はそれが辿り着く前に、高空の上に『愚者の白柱』の生成を開始する。
『愚者の白柱』は、攻勢固圧に分類される。
長さ千フォア、横幅二百フォアしかないといっても、そのほとんどが空洞の少なき固体となるなら、周辺大気の四手子濃度は枯渇する。
それが固圧飽和現象で、その近辺の大気を利用し作る固圧は、生成量が格段に落ちる。
五が敢えて『愚者の白柱』を完成させずに、生成を繰り返したことで、二の降雨の生成量には、如実に翳りが出た。
これは二の長い戦歴に置いても、経験のない出来事だろう。
領空の位置関係と二の行動範囲の狭さで、五とはほとんど戦闘経験がなく、こういう対策をしてくるものは居なかったのだ。
降雨と縮擬は邪魔しづらい妨害固圧だが、その分邪魔された際の対応力が育っておらず、固圧飽和現象を使えば簡単に無力化できる。
残るは三段階目の対密だが、これは降雨とは関係がないため、この対密の防御法に、二と六は命を預けることになりそうだ。
降雨や縮擬が機能しない今は無数とも言える固圧の盾が空域に現れ、砲火を防いでいた。
巨体を囲って瞬くように出現する無数の盾の中央に六は存在し、盾で防ぎ損ねた砲弾によって、時折黒皮を穿たれながらも、極力同じ速度を守り通していた。
この行軍は忍耐の一語に尽きる。
六も回避ができないわけではない、普段から二の防御中に回避を試行錯誤しているらしく、一応、瞬間的には悪くない回避力をもっている。
それに先ほどようやく彼は短い軍円内に五や七を補足したことで、強襲が可能となった。
ただ、六はいまでも進む速度を一定に保ち、遅々とした進軍を続け二の周辺から離れないようにしている。
六が遠距離攻撃を苦手とするように、二は格闘戦を苦手としている。
だから、六は二の護衛としての側面を持ち、二に格闘を仕掛けに来た者を近接戦にて殺害するべく距離を保つ。
そうしなくてはあっさりと二が殺され、三段防御を失った六も遠距離攻撃で仕留められることになるからだ。
六と二はそういった『片にして無き、双にして満つる』関係にある首領で、だから敵を補足できた今も、飛べない二の速力に合わせ、進む速度を緩やかにしている。
欠点の目立つ二体組だが、ただ別の見方をすれば、こんな非効率的な戦術でも、首領の座を勝ち取れたこと、それが六の格闘の才覚の異様さを物語っている。
耐えて耐えて、格闘を挑む。
突き詰めていえば、それが六と二の戦術だから、この撃発固圧が権勢を誇る発固の時代に格闘一つでのし上がった稀有な首領と言える。
しかしながら、それが五より強いかと言われれば私は否定するだろう。
強さの順は、八という固圧無力化個体が決めた席次だから、本当の力を表していないと言える。
仮に私が決めるならば、上から八、四、五、七、六の順だろうか、四は一勢力を相手にする限りは無敵であったし、五と七は互角だったが、五が七の合一個体を殺した以上、やはり五が上でいいだろう。
色んなことを加味してみると、六が最弱に思えるのだ。
気になっていたのが、二の最高位の防御法『三段防御』を五が打ち崩せるかどうかくらいだったが、それを崩せた以上、六には勝ち目はない。
そんな私の予想を裏付けるように、六と二の鈍重な行軍はしばらくして破綻した。
破綻した理由は、単純に五が『愚者の白柱』生成を行いながらも“連縮白華”で六を狙ったことだった。
今六と二が縋っている、“対密の防御法”は、撃発固圧が完成する瞬間を予測し、それを防ぐ位置に静止固圧を発現させることで防御する高度技術、だから、あらかじめ予測した時間に静止固圧を生成しておく必要がある。
この予測は未来予知とは違い、あくまでも経験によって、完成時間を予測するに過ぎない。
そんな経験予測を主体とする“対密”に対し“連縮白華”は完成までを一気に短縮する最新技術。
これは二の経験にはない最先端技法であるから予測ができず、“対密”の防御が間に合わなくなるのだ。
結果として六の盾が破綻し、危機を迎えるのはそれは余りにも当然のことだったろう。




