反転
無理すれば格闘に引き込めるが、三の本格攻勢下で筒六輪から出ることは、勝つも負けるも即座の決着を意味する。
近接戦闘の苦手な五を仕留めるのが先か、それとも三の攻勢下で、『一路の侵略者』が固圧に飲まれ屠られるのが先か。
一瞬の運の傾きでどちらかが死に、それがわかっているからこそ、『一路の侵略者』は踏み出せないようだった。
まあ、よくよく考えれば生涯を『筒六輪一路』にこだわり続けた彼に、最後の最期にそれを捨てて、格闘を挑んで決着しろ、というのは少々酷な話だったのだろう。
そして、この三者と遠距離にいる七や『面白みにかける双岩』の援護射撃を交えた戦いは、戦場の片隅を小さく彩るに過ぎず、視点をあげれば、主戦場が『相剋の軍勢』の全滅を契機に本格的な戦いに移行していた。
その号砲となったのが、『黄幻の五』の使う攻勢固圧『愚者の白柱』だ。
空域に流麗な紋様が浮かび、流線型の形状が現れると、縦1000フォア、横200フォアにも及ぶ、長大な静止固圧がその姿を顕現させる。
その巨大な建造物に与えられた。百八十フォアの初速が重力と固圧の加速補助にて速力を高め、近づくにつれ空が迫って来るような圧迫感を生じさせる。
……巨大ではあっても、これ自体は殺傷力はない、彼らは衝撃に強いから直撃しようが耐えられる。
『愚者の白柱』は長大な攻勢固圧だが、その長さより、もたらされる効果で攻勢固圧に分類されている。
中空にて避けていく六の軍勢の間を、巨大な構造物が通り抜け、地表に向けての落下を続ける。
大気の膜が巨大な構造物に張って、強い強い風鳴りを発し、地表に激突した瞬間、その風音が大轟に消し飛ばされる。
そして広域に巻き上がる土砂の飛礫が衝撃にのって、地表にて吹き荒れる。
近くで見れば大迫力でも、一万フォアの高みから見下ろせば地味なものだ。
『愚者の白柱』が地表に与えた衝撃は、“億齢”に負荷をかけ、それを受け流す際に、地表がくるりと反転する。
この反転はどちらかといえば“億齢”の不満の発露だが、反転に伴う戦場の変遷は劇的だ。
反対側の翼が、中空に浮いていた者を下方に追いやるほどに高く跳ね上がり、反り立った翼頂が、そのまま直上から振り下ろされる。
飛行していた核融合生物が次々に岩盤に激突し、落下の圧力に抗しながら、勢いを殺し、繊棘を使ってぶら下がる。
しかし、これに慌てたのは撃った『黄幻の五』自身だろう。
黄幻の五は熱中し過ぎるあまり、『一路の侵略者』が近くにいたことを忘れていたようだ。
“億齢”回転の最中は、撃発固圧全般が無力化されるが、格闘戦では『一路の侵略者』に分がある。
つまり、地盤回転中に敵が近くにいた場合、五の利点がほとんど生かせないまま殺されることになりかねない。
『一路の侵略者』は岩翼の強い質量に叩きつけられるも、下降する岩盤を削り取りながら急進し、土流をはね飛ばしながら『黄幻の五』を強襲する。
『一路の侵略者』の格闘能力は、速度その他で五を上回るが、今は彼我に80フォアの距離がある。
普段なら1~2シで縮まる距離も、岩翼に圧される最中では容易には縮まらんが、火孔制御が上手いなら別だ。
一路の侵略者は、裏、面、側、径の火孔を巧妙に制御し、爆発的な加速をもって『黄幻の五』との距離を詰めていく。
『黄幻の五』は後退するも、彼我の速力と火孔制御能力の差に気づき、後退を止める。
五は宙で一転し、上にあった地盤に足をつけ、まるで風圧を重力のように使い、追ってきた『一路の侵略者』と対峙する。
全てを巻き込む逆さまの地表、五は濃厚な膜を作る四手子を固めて静止固圧とし、迫る『一路の侵略者』にぶつけていく。
翼反転の最中には、撃発固圧は無力化されるが、大気が四手子の厚い膜を張るため、静止固圧ならば生成可能だ。
筒六輪に全てを費やした『一路の侵略者』は静止固圧に関しては未熟で、習熟がさしてなされていないため、この場では使えない。
彼らの技は全ては習熟との兼ね合いのため、高度な撃発固圧戦闘能力を持つ者でも、簡単な静止固圧を使えぬこともある。
状況によってはそれが生死を分ける。
反転する岩盤、五は厚い大気を静止固圧の塊として次々に具現化させ、それが大きくは『一路の侵略者』の路を阻み、小さきは身体の節々に付着して速力を奪う。
この辺りは眼前が真白になるほど四手子濃度が濃いため、静止固圧は超短縮生成かつ、強力な固圧になる。
『一路の侵略者』が黄幻の五にたどり着いた頃には、粒子の嵐により、減速が過大になり、速力が逆転、それでも『一路の侵略者』は粒子の瓦礫の中を、高速で腕を振るい、弾き飛ばしつつ攻撃を仕掛け続ける。
身体能力、火孔制御力、格闘技術に勝る『一路の侵略者』の攻撃を、『黄幻の五』は辛うじて残った利点である静止固圧でいなそうとする。
鋭い腕の振りに対し、五は壁状静止固圧を出現させ、攻撃の軌道を制限、慣れない繊棘で牽制し、攻撃を防ぎ、しかし粘ることで、着実に敵の身体と武器に静止固圧を固着させていく。
武器が直撃した際は付着した固圧で貫通を防ぎ、地面から伸ばした紐を巻きつけ、内部に応力を生み出し動きを遅くするのも止静期に使われた懐かしき高度技術だ。
九打を終え十、十一打を数え付着した粒子で動きの鈍った一路の侵略者は、使えなくなった針状武器を大気に返し、不利を打開すべく速筋内の二手子を化合爆発、生み出した莫大なエネルギーによってそれまでの数倍の速さで攻撃を繰り出した。
彼らの動きは遅筋と火孔が主で、ほとんど使わない速筋は使用回数が数回程度、そしてまた速筋を使える態勢を作らねばならないから不意打ちには向かない。
だから皆できる限り温存するのが普通だが、一路の侵略者はそれをここで一気に使い果たすつもりらしい。
反転する岩盤を踏み場とすることで二手子の力の伝達手段を得た彼の脚力は、猛烈な速度で回し蹴りを放ち、五の側頭部付近の静止固圧の防御ごと、後頭部を繊棘で引っ掛け岩盤に叩き伏せる。
倒れる寸前黄幻の五は一路の侵略者の脚に掌底を放つも、掠った程度で、致命には至らない。
これは回し蹴りを受けた五も同じだ。彼は厚い静止固圧の壁によって致命傷を免れた、しかし、一撃によって引き倒され岩盤にめり込んだ黄幻の五に一路の侵略者が、幾度も腕を振り抜き、繊棘を叩き込む。
執拗に打ち振るわれる猛打に、黄幻の五は動けぬながらも更に厚い静止固圧の層を作って身を守った。
繊棘は最も硬い物質だ。
しかしその長さには限界があり、黒皮の最も厚い場所に当たれば、長さが足りずに殺せない場合もある。
今回のように厚い静止固圧を間に挟まれると、繊棘の殺傷力は著しく落ち、厚さによっては殺傷不可能となる。
武器を硬くする時間はない。
地盤に埋まった五に打撃は幾らでも叩き込めるものの、厚い殻に籠もった五には繊棘は効かない、仕方なく一路の侵略者は打撃を加えるのを止め、熱殺を開始。
しかしながら、私は『一路の侵略者』が機会を逸したのを知る。
……億齢の回転が終わり、通常運行に戻ったことで地盤が止まり、撃発固圧が使用可能になったのだ。
熱殺は時間がかかる、“億齢”が通常運航に戻ると、三と五の撃発固圧が展開されたため『一路の侵略者』は急ぎ『筒六輪一路』を展開。
『筒六輪一路』は思考容量を食うから、展開すると散熱を送るのがやっとになる。
散熱だけでは熱対流を防ぐための殻の維持ができず、それを放棄したが、五が熱殺できることに気づいた『面白みにかける双岩』の片割れがあとを引き継いだ。
熱殺は得てして地味だ。
五は熱殺に身を焼かれつつも、熱殺を維持している者の逆探知をし、二万フォアほど遠方にいる『面白みにかける双岩』の状況を確認。
片割れは五軍の真っ只中で孤立し、集中砲火を浴びていたから、手早く五ツの危険空域に巻き込むことで、熱殺に割ける思考を無くさせる。
その効果がでるのは早い、少ししたら五を包んでいた熱殺が止んだようで、殻を崩して、地盤に埋まった体を暴風に晒し、身体を冷やしていく。
うーん、今のは五の窮地だったが、ほんの僅かの差で生き残ったようだ。
『相剋の軍勢』が全滅していなければ、今の熱殺が解除されるのは有り得なかったが。
個人的には五が生きていてくれて嬉しくもあり、二手との勝負を考えれば悲しくもある、複雑なものだ。
……私は統合視界を閉じて、赤玉に映る七を見た。
七は集団戦のただ中で生存のための力を振るっていたが、……そういえば七なら今、黄幻の五を殺せたんじゃなかろうか。
一路の侵略者は五を完全に追い詰めていた。
熱殺こそ維持はできなかったものの、『面白味にかける双岩』が後を継いだんだから完璧だ。
熱殺されつつあった五の動きからして、『面白味なき双岩』の片割れを止めるのがやっとだったろうと思う。
熱殺はあそこまでになれば、解除はまずできない。
だから回避に長けた七があそこで熱殺に力を貸せば、五を仕留められたのは確かだ。
だが七は見逃し、五は生き残った、その理由はなんだろうか。
そうして五と三、そして五軍の多勢と、七軍生き残りは戦いを続けたが、七は五を時折狙いつつも、それから僅か遠い、最も激戦の空に身を置いたまま、攻撃の手を緩めじっと趨勢を眺めていた。
七は最前線にいても戦いに混ざらない、戦っているのに戦っていない、不思議とそんな印象を受ける。
……七は私と同じ観察者だ。
危険に身を浸しているのに、現実の意識が薄く、遠い未来を見続ける。
……現実から遠い私と、未来を見つめてしまう彼、彼の見る景色は私とどれだけ違うのだろう?
彼の眼には、最後の戦いはどんな意味を持つのだろうか。
戦場は状況を進めていく、七も五も、六に本気で向かい合っていなかったから、ある意味六は戦いの相手を選べる状態であった。
二手もいるから、六は比較的近い位置にいる七に向かって来るだろう、と思っていたが、……何故か遠い五の方に向かっていく。
なぜ五を狙う?二手が勝負に勝ちたいなら七を攻めるべきだろう。
……私が疑問を覚えていると、それには二手も慌てたようだ、二手から嘆きの思念がはいる。
『四手の主、貴女の造った生物はなんだ?精神に波統を使っていないのか?』
あ、さてはこいつ精神支配したな。
「あきれ果てた奴だなあ、二手、貴様公正な勝負をうたっておいて、精神支配をしたのか?それも弾かれるとは、恥ずかしい奴だ」
『いや、少なくとも六の精神操作はできているはずだが、……思うような効果が出ない、後学のためにご教授願いたい、核融合生物は精神支配が効かない?』
支配は成功した上で失敗している。
となると、二手の精神支配の仕組みは私の予想通り、“波統”という情動を支配した上で、言葉による洗脳を行うものだろう。
簡単にいえば、精神支配で怒り、憎しみの奔流を生み出し、それで自意識を責め立ててから、思念通話によって、意識を誘導していくやり方だ。
それが核融合生物に効かなかったのは、言葉が発達していないことと後天的な理由だ。
その理由はわかるが教えてやらん、どうだ?二手。どうせ私の思考を読んでるんだろう?
『……』
「ふふ、まあ、気を落とすな、どうせ彼らは私たちの意には染まらん。私も彼らを誘導するのは諦めたんだ」
二手は答えなかったが、精神支配に失敗したのなら、二手もやれることがないだろう。
『ふん』
「そう拗ねるな、思ったより幼稚な奴だなぁ、さあ、二手最後を見よう、私が大嫌いな文化を作った彼らの……世代の終わりを眺めよう、それが終わったら私を食うんだろう?」
二手は答えなかったから、私は独りきりで最後の戦いを眺める。
戦いが終われば私は死ぬが……私の死も、彼らの死もそういった生物の営みの一つだから、巨視的に見れば大したことはない。
それより、二手は六の精神支配を完了している、と言っていた。
それなら六にも普段とは違う変化があるのではないか?
そう思い、私は六に視界を合わせる。




