世代の終わり
少なくとも勝負における二手の目的は、ある種の微笑ましさすら感じる程度のもので、特に害はなさそうだ。
探査機を飛ばしてきた水炭素生命がこの惑星近くにいて、二手が私に滅亡の方法を指定したんだから、答えは考えるまでもない。
二手もそれは重視していないようだから、とにかく勝負に勝って、世界を存続させればいい。
今後の展望に気を良くし、超臨界の重霧を飛行する黒形に話しかける。
「もし選択をする時が来たら、世界を残せよ……七、やっぱり私はこの世界が好きなんだ」
音の聞こえぬ七は長く飛行を続け、“億齢”の各所を巡り、著しく減った『相剋の軍勢』と共に、五の領地に入り決戦の空にたどり着く。
五の領地に来る前に六の領地も通り過ぎたから、直に六軍もここにやってくるだろう、だから恐らくはここが決戦の空になる。
たくさんの成体が死ぬ、私にとっては見慣れた『世代の終わり』だ。
これが終わり私が勝てば、生き残った者が、この世界を滅ぼすか残すかを決めることになる。
どんな結末になろうと痛苦を科した私には、なんら反論できるモノではないが、やはり彼らには世界を残す選択をしてほしいものであった。
ここ左岩翼は『秀逸極致の愚者』にして固圧の天才である『黄幻の五』の勢力下にある。
左岩翼とはいっても、実際に五が支配してるのは翼そのものではなく、根元から胴体の付近であり、地形としては無養の地となっている。
乱流の少ない無養の地の特徴は固圧生成に最も適していて、実力を発揮しやすいことだ。
だからこそ撃発固圧に秀でた五は、この空域を支配下におく。
勢力は首領への憧憬から集まるのが基本のため、五の勢力には撃発固圧戦闘に秀でた個体が多数参戦し、四の領空ほどではないが、攻勢が過酷な空となる。
翻って近距離戦闘が苦手な個体が多いため、遠距離の間は五の勢力が優勢、接近されるにつれて劣勢となり、消耗が始まったところで終戦、大抵そんな経緯を辿る。
今回はどんな経過となるかはわからんが、両軍の戦闘可能距離に入る個体が増えるにつれ、固圧攻撃の兆候が現れる。
暴風は幾重にもとぐろを巻き、熱圏特有の炉の高い大気が流れこみ始める。
風速は、大型竜巻より速い程度のシ速百フォア、この星では平常な速度であるから、慣れているため固圧をつくりやすい。
霧流を滑空し、裂き飛ぶ七の後方を、核融合生物の軍勢が追飛する。
敵からはまだ十万フォアも離れている超遠距離なれど、二つの軍勢の接近によって、赤光が味方の関節部に灯り、『世代の終わり』の戦端が開かれる。
『世代の終わり』は、生き残った首領同士の潰し合いで、単純にどこかの勢力が勝つまで続く。
今残っている首領は七、六、五、その三勢力で争い、首領が独りを除き全滅した時点で戦いは終わりだ。
三つ巴の戦いは当然、最後に参戦した者が有利となるが、七はそれを特には気にしていないようだ。
七は自らの軍の損耗を気にせず、五軍に相剋の軍勢をぶつけ時間を稼いでいる間に、追ってきた六軍が七軍という餌を背後から強襲、相剋の軍勢は壊滅するが、そのまま六軍と五軍の全面戦争に引き込むつもりだろう。
七の求めるのは味方ではなく乱戦だ。
七は回避を最も得意とする首領だから、乱戦になれば生き延びる公算も高い。
七の指揮の悪癖は“自軍を死地に追い込む”こと、昔からそんな戦法をしていた上に、四本拠地戦でも同じ戦法だったから、さすがによくわかる。
……ある意味全滅必至な七軍を見渡すと、七の軍勢の中に意外な者を見つけ、私は気を良くする。
死んだと思っていた七の腹臣『麾下の四兵』の二体『一路の侵略者』と『熱礎の忙殺者』が『相剋の軍勢』に加わっていた。
二体が七の麾下になってからは長いが、こういう勢力戦においては特に『熱礎の忙殺者』ほど役に立つ者はいない。
『軍勢は軍円によって纏まり、熱圏によって采配をとる』
そんな集団戦において、軍勢のための大規模な熱圏を担当する『熱礎の忙殺者』こそが影の指揮官といえ、戦術の核を握る存在だ。
麾下の四兵は4体とも、中位個体最上位であることを考えても、彼らの内二体が生きていたことはとても大きい。
その二者には何ら言葉をかけることなく、七は速力を上げていく。
死はどこまでも冷厳なものだ、特に戦争ともなると、弱者と強者、怜悧な力と力の爆ぜ鳴り合いに、運を混ぜることで時物生命の浪費が積み上がる。
そういった酷烈な戦場に入ったことで、生存本能が刺激され脳内麻薬が分泌、集中力が増し時間感覚が伸び、鎮痛作用が身体にもたらされる。
遠距離における戦場の趨勢は基本として密と疎で決まる、数の多い密側の攻撃は激しくなるために、結果として、少なき疎側は防御に回らざるえず、密側はより一層攻撃に注力できる。
今回はそれはより顕著に現れた。
疎である『相剋の軍勢』のいる空域に光が走り、大量の固圧による光の爆鎖に呑まれたことで、見るからに反攻が緩んだ。
すると密である五軍がここぞとばかりに、思考の全てを攻撃に回して、それまでよりも多数の白華を顕現し、相剋の軍勢の進む空域のほとんどを白輝の明滅に染めていく。
攻撃の集中によって、空域の炉全体が過熱化し、その攻勢の激しさに皆が散り散りに飛路を乱れさせ、直進できている個体の方が稀となる。
七軍が劣勢だが、反攻はまばらなので立て直しは無理そうだ。まあこの数の差で五の軍相手じゃしょうがない。
状況としては過酷だが、七は生き延びるだろうし、結果は目に見えてるから特に今は私の興味をひかない。
ただそれはもちろん私が傍観者だからで、当事者はそういうわけには行かず、『熱礎の忙殺者』などはいじましくも反攻を開始しているようだ。
『熱礎の忙殺者』のような熱圏生成の役割を持つ者は普通一つの軍勢に五から十体ほどいる。
熱圏を生成をするのを主とする『熱礎の挺身者』という区分の者たちだが、その中でも最も力をつけた彼を、私は『熱礎の忙殺者』と名付けている。
この区分の者たちは、戦争の間中延々と熱圏だけを作り続け、味方の固圧生成を助け続ける。
固圧の生成の行程は、熱圏、白靄、白華、固圧発射の4つだが、意外と時間が掛かるのが熱圏生成のため、誰かが広域に熱圏生成をしておくと、周りの固圧生成の時短と、下位個体の遠距離攻撃参加の手助けとなる。
それを行うのが忙殺者に代表される熱礎の区分の者たちだ。
一見献身的に熱圏を作り続ける彼らだが、実際は彼らの熱圏の差配こそが戦場の趨勢を決めるので、それが彼らの楽しみとなっているようだ。
というのも、熱圏を生成した場所は固圧を造りやすくなる、これが真理であるなら、彼らが熱圏を作った場所には、当然味方の攻撃が集中することになる。
そして固圧戦というのは低威力低命中の砲火による包囲戦であり、固圧を多数集中させないことには、到底敵を仕留めきれない。
つまり味方の攻勢を集中させられる彼らこそが、全体の趨勢を決められる立場にある。
膨大な熱圏生成量を誇る『熱礎の忙殺者』はそういった差配にかけては、他の追随を許さぬ個体といえる。
彼の差配の上手さを構成する要素は三つ。
一つは『熱圏の譲渡の巧みさ』
熱圏による指揮を行う際、最も重要な資質となるのが、この熱圏譲渡だ。
味方の熱圏も、ワイス機構上でみれば他者の生成物と変わらず、干渉中に干渉すると忌避反応がおきる。
熱圏を生成しても、いつまでも干渉し続けていたら、時短をしにきた味方に、阻害と同じ悪影響を発生させてしまう。
阻害が発生すると、両者の習熟深化度と生成物の相似度によって、生成失敗や、遅延の程度が決まるから、時短のために熱圏生成するのなら、阻害が発生する時間はできる限り短くせねばならない。
そこで熱圏生成者は、熱圏を生成完了した段階で電磁波による干渉を解いて、味方に譲渡する。
それによって時短を行うわけだが、ただ干渉を解くのが早いと、敵の阻害嗜好者に熱圏を乗っ取られたり、熱圏の構成条件が壊れ、下位個体が生成出来なくなったりする。
だから譲渡の上手さによって『熱礎の挺身者』の質が決まるのだが、『熱礎の忙殺者』はそれが非常に高い所にある。
彼の強みの第2は、『状況や天候を見極める判断力』
第3が、『味方に対しての記憶力』で、七の軍勢、自軍個々の癖を覚えておくことで、効率的な差配を行っていた。
采配に置いて本質的に大事なのは、配置の質などより、天候状況を読み敵の誰を、どの瞬間に狙うか、そしてどれだけ味方の攻撃効率をよくできるかにある。
そういった所をきっちり押さえている所が彼の采配の天才性に繋がるんだが、今回率いるのが初見の『相剋の軍勢』であるために、効率は減じられた状態となった。
そのことが軍勢采配の巧みな普段の彼に、どのくらい影響を与えるか、それを仄かな楽しみにして戦況を眺める。
--そうして、眺めている内に気づいたのだが、さすがに采配の天才と言っても、ここまで彼我の数に差があるとどうしようもないようだった。
……それでもなんとか、局所的に攻撃を集め、小さいながら反撃を行っていた。
攻撃を集中させねば殺傷力を持たせられないから、あまり広くない範囲とはいえ、殺傷力を持たせられたことが、彼の差配の天才性を表し、……うーん、どうだろうか、これは天才性ではなく、やはり自軍を把握してないからこの範囲止まりという気もする。
普段の彼なら、もう少し広くできるだろうし、影響力の算出は難しそうだ。
……そうやって、彼の熱圏差配の対象となった敵を見た時、おおっ、と思う。
やはり劣勢だと、彼なりに戦法を変えているらしい。
それに気づくと嬉しくなり、少々深くその周囲の戦況を調べる。




