目的?
二手がなぜか言葉を切ったから、そこを聞く。
「どうした?二手、言葉を切るな、みなまで言え」
ややあて、返信がくる。
それは波紋のようなモノだから、解読するとこんな感じだ。
『……貴女は、自らの造った高次生命に働きかけたことはあるか?』
高次生命への干渉。
それは原初生命の間では、あまり褒められない行為だ。
「愚かな質問だな。今回の勝負で働きかけたじゃないか」
『前にはどうだ?』
「私は、“億齢”の精神だ。“億齢”には常に働きかけている、この世界は不安定なんだ。せめてガス惑星に地表さえあれば、手出しせずにすんだのだが」
『核融合生物には?』
やけにしつこいな。
「進化の過程で干渉した。一番干渉したのが、“億齢”の核融合炉から株分けをするときだ、それにより地層の内部に核融合生物の祖先を作って、その後は地表擬態細菌や、火孔寄生型低次生命の遺伝子等の書き換え他、色々やった」
『必要最低限か、過酷なガス惑星に高次生命を作ったのは貴女が初だ。
その程度なら周りの賞賛もうけよう、……そうではなく、賞賛無き者、作るに易しき、標準的な水炭素生命を作ってなお、文明に働きかけた原初生命を如何に考える?』
こうもしつこく聞く当たり、これは二手自身の話だろう。
どうやら二手もどこかに生命を作っていたらしい。
水炭素生命も別に卑下するようなモノでもないが、水炭素生命は先駆者が多過ぎて、平凡な印象を与えることは否めない。
それに対し、私のように邪道な者、対宇宙物質を使い、表宇宙の範疇からは誤りとなる生命を造る者は、類例無き故に罪深く、邪道であるが故に孤立し、賞賛より軽侮を多く受ける。
ただそれでも邪道に生きる者は、独創性や技術力の高さから賞賛を受けることもある。
そういった意味で、原初生命で最下層に位置するのは、主流となる水炭素生命を作った上で干渉した者だ。
特に文明の発展に対して干渉したものは、その軽重に関わらず周りから誹りをうける。
まあ、ガス惑星のせいで初めから孤立を余儀なくされた私としては、どうだって良い話ではある。
何をしたところで、別段罰則等があるわけではなく、原初生命の交流の輪から弾かれるだけだからだ。
まああまりに嫌われすぎれば、少々面白くないことになるが。
私が考えたことは二手には筒抜けだったようだ。
重厚な言葉が返ってくる。
『我も文明に干渉した故、批判は多く受けた。
煩わしいことこの上なく、貴女との勝負が終了した後は我も彼の者等から孤立する思案である……、貴女と我は似ているのだ』
いや似てはないだろう。
そうも思ったが、二手が言葉を切り、代わりに送ってきた言葉無き波長を受け取った時、なんとなくだが、失敗したな、という感情が湧く。
多分情動による危険予知だろう、大事な機会を逸した気がしたのだ。
今か、もしくは既に。
『四手の主、我の心を見るか?』
……わけのわからん申し出だが。それがかえって既に手遅れであることを知らせている。
「……見よう」
私はその不安を拭い去りたくて、赤玉の精神感応を使って、言われるまま二手の心を覗いた。
あまり興味はなかったが、二手の見せた二手自身の心象風景は、澱んだ汚泥としか言えなかった。
濁ってドロドロのその汚泥が四角い枠に嵌められ、きっちりと区分けされている。
心象風景の印象はそのまま、心の美しさに直結する。
綺麗な印象なら綺麗な心を、逆に汚い印象なら、濁った心を現している。
つまり二手の内心は、この汚泥が示すように濁っているようだ。
二手はなぜかそれを見せながら、『我は約束は守る』と言う。
約束を守る、この考えは、汚泥の入る枠の部分だろう、汚泥を区分けする枠は精緻で強固な作りをしていて、彼の理性の強固さを物語っていた。
約束を守る、嘘を吐かない、それは美点だ、そんな美点があるのに、彼の心は汚泥のように濁っている。
枠以外がどれほど腐ってるんだ。
少々呆れてしまい、だから私は約束の定義を確認する。
「……二手、もう一度、約束の確認をしていいか?」
『是なり、細かき事項を除けば、以下の二点である、貴女が勝負に勝てば、我はこの世界から手を引く』
「私が勝負に負ければ?」
『我は世界を滅ぼすが、貴女自身に世界を滅ぼしてもらう』
先ほどまでと同じ特に問題のない条件だ。
二手の力なら、私の許可なく滅ぼすこともできるから、そう考えれば破格ですらある。
……では彼はなぜ勝負が終わってないのに、己の醜い心内を見せたのだろう?
負けた場合の条件、私が世界を滅ぼすは、私の意思によってのみ行われる、原初生命に対してはいかに二手と言えども洗脳はできず、強制力もない。
二手が勝負の報酬を欲するなら、私の歓心を得たいはず、汚い心根を見せることには何の益もない。
ここには私以外誰もおらず、少なくとも状況的には見せる意味がない。
なのになぜ?
……そうやって色々と想い巡らす内に、……おぼろげに思考が繋がった、もしや、この約束には二手の欲しいモノが入ってないのではないか?
二手は少なくとも、力づくでできることに関しては、無理やり押し通すことができる。
なんせ原初生命間には法はない、もし破っても周りに嫌われるだけだ。
そして私に頼んでできることは現在は無に近い、つまり本質的に、私に勝負を仕掛けること自体無意味なのだ。
であるなら、勝負で決まるのは二手にとって、どうでもいい事柄、と考える方が自然だ。
そういう想定で条件を見てみれば、勝負の規定には世界の滅亡に関することしか定められていない。
ということは二手にとっては世界の滅亡は関心が低い事柄だ。
ぐだぐだな試合内容をみても、二手は特に勝つ気がないように思えるから、論理の補強になるだろう。
つまり二手の思惑は世界の滅亡とは別にある。
そう考えれば答えは簡単だ。
力無き私に対し、二手が力尽くで手に入れられ、欲しがりそうなものとなれば一つくらいしかない。
それは私の知識と知能だ。
他者の知識の収得方法は二つ、私のように他の原初生命に師事するか。
それとも力任せに奪い取るか。
こと原初生命の場合、教わるより奪い取った方が知識の吸収は早い。
原初生命はエネルギーの塊で、同じ始粒子生命体たる原初生命同士なら相手を喰い殺し、知識を取り込むことも可能だ。
……つまり、二手はこれから原初生命喰いという大罪を犯す気なのだ。
二手の心は腐ってはいたが、規則に従順そうではあった。
そんな者が、同族喰いという最大の罪を犯すとなれば、さすがに覚悟がいるのだろう。
「二手、まさか私を喰べる気か?まあ、確かに私は孤立していて、力も消耗しきっているから喰いやすいが、……いやまさか、な」
『是なり』
どう聞いても……肯定する意味だ。
いやまあ勝負が始まった時点で、滅亡のついでに私を殺すかもしれないとは思っていた。
しかしまさか、目的は私にあって、勝敗に関わらず私を食い殺すとは。
それはさすがに嫌だ。なんとか説得しなければ。
「正気か?同族喰いはやめておけ二手、罰する者こそいないが、あまり良いことにはならないと思うが」
言ってみたが、これには二手からの返信はなかった。
仕方なく言葉を続ける。
「同族殺しをすると、原初生命の輪から永久に外される。場合によっては狙われる。いいのか?二手、弱い者を喰うのはよくないと思うが、せっかく理性の枠が強いんだ、少しは理性を働かせよう」
無駄な説得とわかってはいるが、……しばらく待っても反論はなく、もう少し言い募る。
「まあ待て、私はそういうやり方が好きではない……、私だって知識は欲しかったが、色んな原初生命の師事を仰いだ。……誰も喰わずにここまで来たんだぞ?それを最初から食べるなど、あの時の私を見習ってほしい」
切なくなってそれからも、泣き言を続けたが、無視される内に諦めもついた。
二手は勝負がどうなろうと私を喰い殺す。どうやらこれは確定のようだ。
……原初生命同士の戦いに、裁定者はいない、周りの原初生命と交信をとっている人気な者なら別だが、私のように孤立している者は誰も助けない。
原初生命同士の食い合いは厳密にいえば互いに混ざり合うだけだから死ぬわけではないが、力の大小がそのまま結果になる。
二手も高次生命を作り力を減らしている。
しかし私は核融合生物を作る際、“億齢”という超大な地表の鳥生誕と四手子の定着も行っているから、消えかける寸前まで力を使ってしまった。
水炭素生命を作っただけの二手に吸収されれば、意識なぞ塵も残るまい。
これに対処法は存在しない。
私自身の力は微少だし、“億齢”の力も原初生命と比べれば同じように塵のようなものだ。
あとは二手が覚悟を決めるだけだが、私に自身の心象風景を見せた時にそれは終わったはずだ。
「そうか、二手は私を殺すのか」
この言葉にも返信はなく、決意の固さが見て取れた。
もしかしたら死ぬとしても私は特に悲しくはなかった。
……いや悲しくはあったが、前向きな気持ちも残っていた。
私を吸収するのが狙いなら、二手は世界の滅亡をオマケ程度に考えているということになる。
だからきっと約束を守る。
……先ほどまでは勝負に勝っても、滅ぼすのを止めてくれるかは半信半疑であったが、私を喰うことに罪悪感を持っている以上は、少なくとも勝負に勝てば、世界を存続させてくれるはずだ。
世界が残せるなら、私はそれでいい。
こういう時、私は目線を上に置く。いかに理不尽でも、同族喰いができるように原初生命ができている以上、これも私がいつも見ている核融合生物の営みと変わらない。
生命はいつか消える。彼らの命も私の命も共にどうでもいい理由で終わる、だからこそ命であり、だからこそ世界は続く。
その営みはよく知っていて、私が死ぬ時も……遠くからみれば私の見慣れたものなのだろう。
悲嘆の黎明から覚めた私は、ワイス機構に意識を向け、八が嵐の中で死んだことを確認する。
「さあ、七、可哀想だが八は死んだ。そしてようやく二手の魂胆はわかった。勝つぞ私は、勝てば世界は守られる。私には世界が全てだ。願ってもない幸せな条件じゃないか」
七は八の死を確認した後も岩翼下に留まり、嵐が収まるのを待った。
……私は七の余白に打ち込んでいた、私の力に気づかせるための固圧を打ち込むのを止める。
……そして余白操作の一切をやめ、七に全てを任せることにした。
ここは彼らの世界だ、私がなけなしの力で存亡戦に関わるより、滅亡も存続も、運も含めて彼らの判断に委ねよう。
八の死が契機となって……これから最後の戦いが始まる。
八はその圧倒的な力量によって、勢力間の安定を図っている。
その八が死んだら、当然争いを止める者がいなくなり、いなくなった八の座を巡って、総力戦が始まる。
これから起きる戦いは七の起こせる最大の戦いにして、恐らくは私の見る最後の戦い。
七は岩翼下から後縁の崖を飛翔して、地表に姿を現す。
『世代の終わり』と私が名付ける、盛大なるも儚い、終焉の戦いがすぐに始まる。




