計画と狙い
『狙え』だ。
つまり七は私に八を狙えと指示しているらしい。
繊棘で叩いて来た所を見ると、脅しか、もしくは未来視の結果、それをすれば私が動くと判断したか?
……脅されるのは好きではないし、強制されるのは気に食わない。
滅びる可能性も高いのだから、脅しなど不快なだけだが、仕方なく不満を殺し、七の思惑を考える。
八との戦いにも格闘補助を任せるとなると、これは今までと意味合いが大きく変わってくる。
というのは普通の個体と違い、八は固圧を無力化する個体だ、八との交戦での格闘補助なぞ誰にも……七自身にも行えない。
せいぜいが静止固圧の槍を降らせることくらいだ。
そんな敵に対してまで、固圧での助力を願うなら、七は、私なら固圧無力化を破れると判断していることになる。
そうなると一つ疑問が出る。なぜ七は、私なら八に対抗できると考えたのだろう?
未来視の力も考えたが未来視は同層、つまり因果的に最も関係深き未来しかわからないため、この場合は除外していい。
そして私を『一』だと誤解しているとしても、『一』は固圧が苦手だから、これも除外する。
……ということは私は、どこかの時点で七を感心させていたことになる。
時期的に思い当たるとしたら、七に緑光球を見せたときくらいか。
緑光球は完全な球を成す、私にしか生成できない精密な造形物だ。
八との抗戦が多い七は、八の周囲では、固圧が作り難くなることを察しているはずで、精度こそが、八に抗する術になると考えてもおかしくはない。
まあ実際は、習熟の関係であって、精度はさして関係ないんだが、それを知らぬ七は、私の生成の的確さなら無力化に対抗できる、と考えた。
それなら七の不可解な行動も理解できる。
七は八との戦いを見据えていたからこそ、格闘補助を私に任せ、自身の固圧を封印して『落伍した英雄』や黒呼の3と戦ったのだろう。
『黒呼の3』戦で黒霧を使ったことだけは解せないが、少なくとも私が外れるまでは固圧を封印していたから、私がいなくなったことで計画が狂った結果と見ていい。
つまり、これは……そう『計画』これは明確な計画だった。 ただ何も考えず戦うだけとは違う、先の先を見通す知性の輝き。
「ふふ、そうか核融合生物も計画を練ったか」
言語が一向に拡充しないのを見て、もしや私は戦闘に長けるだけの、中次生命を生み出してしまったんじゃあ……となんとなく不安だったが、今の七のように、全く別の事柄から長い計画を建てられるなら、その心配はなさそうだ。
知能が大丈夫だとすると、文明が発展しないのは、やはり個体間の意思伝達の難しさに因があるのだろう。
それはそれとして……、私が七に力を貸すかどうかだ。
脅されたことを勘案すると貸す気力は減少するが、七は八と戦うために計画を練り、相応の努力をしてきたらしい。
私は常々、準備をし、努力をする者にはそれ相応の結果を渡したいと考えていた。
そうであるなら、殺戮とか戦争とか、その行為の善悪に関係なく努力の対価は払われるべき。
そういう公平なやり方を、私は望む。
まあ望んでも、これっぽっちも履行はできなかったが。
私が関われる今回は手伝ってもいいだろう。
勢力を強めた大嵐によって、動的な静寂が広がり、視界は横転、暗転の煽りをうけ揺らいでいく。
七のような重い質量の飛翔体ですら、気流の強圧とダイヤモンドの直撃に弄ばれている。
大質量ののたくる轟きの中。微かに生成された白靄は、気流のあまりの速さに平時より薄く引き伸ばされ、その燐光の層をダイヤモンドの雨粒が貫く度に、透明な光の反射が見える。
七への助力は一度だけだ。
なんとなくだが、この努力に対しては一度でいいだろう、とそんな結論になった。
七は身に降りかかるダイヤモンドの衝撃を、未来視を駆使することで低減し、八を懸命に追随していく。
七には必勝の戦法がない、未来視によって現実の認識に欠陥を抱える彼は、ただひたすらに、高い能力で攻撃をしかけ、不利な時は距離をとって持久戦に引き込むだけだ。
それでも七なりに、よく使う配置も存在する。
それに使われる極小固圧は百万発以上、私の余白操作だと、発弾固圧で七万発、極小固圧については十万発ほどが限度だろうから、完全再現は不可能だ。
一度きりでは多分やっても意味はないが、七の努力に対価を払えれば充分だ。
七がある程度八に接近するのを待って、固圧を生成する。
私の計算能力をもってすれば、大嵐程度さしたる問題はなく、数シほどで七の配置が、八の全周囲に形成される。
八は大嵐中には“散”熱による固圧無力化を極力使わないから、今のところ問題となるのは嵐と含有されるダイヤモンドだけだ。
ダイヤモンドの雨のせいでせっかく作っても生成成功率は落ちているものの、極小固圧は小さいため半数ほどの生成は成功した。
私が縛熱を順次込めていくと宙の各所に散らばる五万の固圧が連続して発射される。
これを三回繰り返す予定だが、その猛射に八はどのような恐怖を抱いただろう?
それはわからぬながら、私が想定していたよりも八は回避が下手だった。
長い齢を固圧無力化の恩恵の中で生きてきた八は、回避に慣れておらず、面白いように極小固圧に速度を落とされていく。
弱い減速も重なれば、強い制動に変わる。それだけで停止とまではさすがに行かなかったが、火孔操作失敗と合わさることで数瞬の間、八の身動きが取れなくなる。
とはいえ物事は思惑通りにはいかない、一番の問題は七が八の元までたどり着けなかったことだ。
直線距離にして百フォア離れた位置での足止めとなったため、私の助力は大した効果を見せなかった。
極小固圧は殺傷力がなく、減速の間に隙をつかないことには無意味なのだ。
私からの褒賞が三シほどで終わり、固圧の猛射が途絶える前に、百フォアほど離れた七を見る。
七はダイヤモンドの巨塊を回避するのに時間がかかって、加速をあげるための対策か先ほどまで持っていた槍が無くなっていた。
武器を無くせば、飛速は伸びるが、やはり間に合わなさそうだ。
間もなくして猛射はやみ、とりあえず褒賞は無駄になった。
嵐が去るまでは戦闘はお流れだな。
そして、また八を見て、ふとした違和感を覚え……八の背中を二度見する。
先ほどと違い、背から何かが生えている。
よくよく見れば八の背中に、八の身長より長い、紅暗の長槍が突き刺さっていた。
「暗紅槍、七の……槍?」
形状といい、地合といい、この暗紅の長槍は七の武器だ。
それがなぜ百フォア離れた八の背中に刺さっているんだ?
七と八の距離を計ると、未だに直線距離で九十七フォアと二十三シーの開きがある。
普通の天候なら、一シもかからぬ距離とはいえ、彼らの身長が一フォアと少し、槍も二フォアに届かない長さだから、百フォアの遠きには届かない。
その距離を埋めるとしたら……ああ。
「投擲か」
確かに投擲と七の未来視は相性がいい。
未来視の弱さは、現在と未来を同時に処理しなければならないことに起因する、私という他者が妨害をし、嵐によって七に余裕と長い試行時間が与えられた今の状況は、未来視が最も得意とする状況だったのだろう。
才覚にそれを掛け合わせることで、遠投の弱点たる命中率の悪さを埋めた。
ただ、当たりづらい投擲が例え当てられても、嵐中の長距離の投擲は必殺とも言い難い。
槍が百フォア以上の距離を進むうちに、“縛”熱によってダイヤモンドや四手子の粒が刀身に張り付き、身を貫通する際に強い摩擦抵抗を引き起こすためだ。
そのためにか槍は勢いと硬さの割に貫通しきるには至らず、八の黒皮の七層目で止まっていた。
ただ槍が身体に突き立ったことで、八の重量が増加、それに重心の変化が加わって動きは鈍り、今の間なら格闘で殺せるだろう状況になる。
それを嫌って、固圧で妨害しつつ距離をとる八、動きが明敏じゃないので、追えば追いつけたかもしれんが、七はそれを追うでもなく、顎を上げ、何かを見つめる。
瞬間、天盤、超巨大翼が頭上から落ちてきて、七は顔面から岩盤の超圧に激突する。
衝撃に強い核融合生物はこんなものでは死にはしない。
直撃した岩翼に数百フォア以上引き落とされながらも、繊棘を突き刺し、身体を固定するとまるで私に囁くように関節に光言語を発する。
白、緑、赤。
『雷』だ。
雷の意を持つその言葉を見、七はその意味に対策するために、避雷発光を始め、……そう幾ばくもしない内に、巨雷が天を裂き“億齢”を併呑し、稲光が走ると、消し飛んだ世界が音も光も無くす。
彼らの身体は一応巨雷の直撃にも耐えられるようにできている。
ただ、火孔の開閉状況が悪かったり、変な流れ方をすると死ぬこともあるので、繊棘を刺してから、避雷発光をし安全を確保する。
避雷発光につかう固圧は、水素の混じった少々特殊な組成だが、ワイス機構の遺伝子に初めから刻んであるために、習熟の必要がない。
これと食事の時の固圧操作の練習が、彼らの戦闘固圧の雛型となったのだろう。
それはそれとして……金属化した水素が発する強大な磁気流の生み出す巨雷。 その絶えなき雷流の直撃によって、視界は使い物にならず、ワイス機構から情報を入手する。
こうなってしまえば、核融合生物も戦闘を行えない。
……熱殺くらいはできるのかもしれんが、そういう事例は見たことがないから、避雷発光中はできないのだろう。
ワイス機構上では“億齢”の巨大な岩翼に張り付く七と八、高速で流れる四手子が映っていた。
視官に映る雷光と、稲光……その内に不思議なことが起きる。
十三度目の巨雷のあと、八が避雷発光を消し繊棘を外し、岩翼から離れて行ったのだ。
これはどうにも解せない。八は巨雷の中なぜ離れる?……一瞬理解ができなかったものの、すぐに理解する。
八の背には今もまだ槍が刺さっている。
恐らくそれが避雷の邪魔になったんだろう、避雷発光はあまり対応力は広くない、傷くらいならともかく、自らの身長より長い得物が刺さっていたのでは、効果は十全に発揮しえない。
避雷は、固圧によって身体の周囲に電流の通り道を形成し受け流すために、それとは別に体表に直通する路ができたのでは、大した意味はなくなる。
その結果……巨雷の幾度もの直撃に、身体が耐え切れなくなり、意識を放したんだろう。
……嵐と巨雷の中に意識不明で放り出されて、果たして生き残れるかどうか。
最強の個体たる八も、宇宙の営みから見れば、矮小な力しか持たない。
それはきっと私のような原初生命も同じ、多分、いつかは死ぬようにできている。
もしかしたらこの戦いでかもしれない。
……私がなんとなく物憂いに耽っていると、その物憂いの遠因となった者が語りかけてくる。
『四手の主……ふと思ったんだが』




