嵐
--戦闘種族は強き者に従う。
世界を滅ぼすものが、彼らより弱いなど、あり得はしないからだ。
……ということは、この戦いはそもそも前提から崩壊していることになる。
彼らを信じさせるには、強い力を見せつけねばならない。
しかし私と二手は、彼らの力を借りて戦闘を行おうとしている。
それでは、彼らが本気になりようがない。
つまり世界をめぐる攻防は、最初からぐだぐだになるようになっていたのだ。
どうでもよくなった私は、ある意味で、最も投げやりな手法を思いつく。
“億齢”の力を借りて、核融合生物全体に攻撃を仕掛け、注目させたら止めさせる。
そうすれば私に世界を滅ぼす力があるとわかってくれるはず。
それを試すため、一応、“億齢”に“波統”で情感に働きかけてみたが、忘王の陣地のような核がないから、特に効果はなかった。
うーんやっぱり無理か。
“億齢”は今、航路の外に興味を持ってるから滅ぼすだけなら、好奇心と決意を強めれば簡単だが、攻撃させるとなると、核融合生物への慈愛の記憶が邪魔となって敵視させるのが難しい。
無理すればできなくはないが……それは本当の意味で核融合生物と“億齢”の仲を破壊してしまうからやめておきたい。
……だから、私はせめても七に計算式を打ち込んでいく、七は『数遊びの死火』ではないから、余白領域に書き込まれた計算式は扱えない。
ただ余白領域操作を繰り返すと、固圧の習熟が早くなる利点がある。
いま打ち込むのは私しか使えない色々な種別の固圧で、それに気づかれることで、ちょっとは気を引こうと考えたのだ。
その計算式を延々と打ち込み、そして私は七に囁く。
「私はなあ、世界に無関心でいられるのが一番嫌いらしいんだ。恨んでもいい、憎んでもいい。だから、自分の判断で世界を滅ぼすか残せよ、七、無関心なまま滅ぼされるのは一番ヤだからな」
それから、ひたすらに同じ作業を繰り返し、ふと意識を持ち上げると、七と八の戦いは既に始まっていて、膠着の様相を見せていた。
というより、八の攻勢に対し七が逃げ回ってる様子がうかがえる。
七の目論見はわかりやすい、八の固圧無力化は、“散”熱を放出するものだ。
熱の上昇に時間をかけさせられれば、固圧無力化までに多少の猶予ができる場合がある。
つまりこの岩翼下のように、大気の炉が低い場所では、散熱の上昇により、固圧阻害の熱範囲に行くまでに僅かな時間がかかる。
うまくやれば極小撃発固圧を一回は埋伏させられるため、七は接近しては去りながら、その隙を窺っているようだった。
八の強さはどこにあるのだろう?
半径三百フォア範囲の固圧無力化は確かに強力だが、無力化自体は、格闘戦に対しては利点にならない。
そして、八の格闘能力は実は七や六よりも数段劣る。
そんな八の強さの要は、固圧無力化で他者の固圧を排除し、そこに自らの固圧を大量に生成できることにある。
普通、格闘戦中に両者の白華が入り混じると、破壊し合ってしまい、固圧の大部分は狙った力を発揮しない。
その点、八は敵の固圧を無力化することで常に自分の固圧のみを展開できるため、敵の固圧を気にする必要がない。
空域の占有率が九:一の場合と十:零では、完と絶の開きとなりて、数以上に大きな違いがでる。
敵の固圧を考慮から外せるため、無駄な警戒をしなくてよくなるのだ。
逆に敵側は全てが攻撃の中を突き進まねばならなくなる。
近距離はそういった『完絶の利』で制し、遠距離は『九億固圧』と『固圧無力化』で制するのが、今代の八の必勝の型と言えた。
七はそんな八を前によく生き延びていた、しかし致命的に攻め手に欠けていた。
身体能力で勝りつつも、八を格闘で仕留め切れない所に“未来視”の弱みがある。
例えば、敵と最初のぶつかり合いの際、敵の右下方に隙ができるとする。
こちらは未来視によって、それを覚え、右下方の隙を狙うことを決める。
ただその瞬間に、こちらの腕の振る位置の変更がおき、敵の動きも変化、未来視に映る最初の隙がやや上に変わってしまう。
それでは隙をつけないので、またこちらは動きを変えることに決め、敵もまた動きが……。
そうしている間にも現実は動いている、戦いは始まり、あっという間に対策をしていた初手は過去になった。
そこからは未来と現在の同時進行だ、格闘に集中しなければならない時に、未来の光景が何十シ分も同時進行して見え、それも一瞬ごとに変わっていったらどんな気分だろう?
気が散るばかりでまるで役に立たないに違いない。
つまりは結局、未来視は不意打ちに対処したり、時間がある内に未来の状況を予習するだけのもので、戦闘向きの能力ではないのだ。
そんな二体の戦いは不毛ながらも躍動には富んでいた。
白光の雲海に一つ二つ火花が落ちると、次の瞬間に白色が連鎖して弾け、雲海の広域に光が蚕食していく。
広がっていく白き火花は『九億固圧』の閃きで、外からは綺麗だが、中から見てみると、幾千万を超える火線が次々に迫りきて、黒皮に直撃しては打火を散らしていく。
戦場のほとんどが危険空域となったようなものだが、七にとっては低段位にあたる三ツや四ツの危険空域などさしたる障害にはならない。
とはいえ、その後に八に格闘戦を仕掛けるとなると話は変わる。
八は危険空域の出口を誘導し、危険空域の密度の薄い位置が、必ず格闘の補助固圧が最も熾烈な位置になるように誘導していた。
七が未来視で試行錯誤しても、隙が見えないらしく、危険空域の中軽く接近しては、八の有効打を食らわない位置に高速で後退し、それで長期戦となっていた。
ただ、実はこの戦いはここで一旦中断するだろうと思う。
天候からして、そろそろ嵐が来る頃で、嵐が来てしまえば、戦闘にならなくなる。
……そういえば七は、四の領地での戦闘中『雷』と私に伝えた。
あれはどれほど先の未来を見ながら呟いたのだろう?
あの瞬間の雷の兆候か、それとももう少し未来の私への助言か、七はどれほど先の未来までをその手中に収めるのだろう?
とはいえ未来は確定していない、変わり続ける未来を掴むには、細かき変化を修正し続ける力がいる。
それはとても難しく、それが七にできるかはわからぬながら、今のところは嵐で止まる試合、……雷は関係なさそうだ。
嵐を気にしていたら、しばらくは戦う気もおきず、接続していたワイス機構を切り、視界にて七の飛行光と、九億の固圧の輝きを見続けた。
九億の光は雲海の果てから果てまで続き、“億齢”という地表鳥の流麗な超巨体のほんの一部を淡く照らしている。
その時、霧を裂いて進んでいた“億齢”が大きく鳴動をする。
その巨体は惑星を数個飲み込むほどに大きく、鳴動の音圧だけでも雲が砕けて乱流に変わる。
その超大な“億齢”の固圧操作によって、翼下の空域のそこかしこに白き朧な輝きが現れ、それはやがて地表の上にまで広がり、巨体の横腹や、下腹までも覆い隠した。
光輝の鳥と化した“億齢”のほぼ全ての光が灯り、プラズマの出力を増していく。
雲海の流れる速度がぐんをこえて上がり、その風景の急変で嵐に入ったことを知った。
嵐の到来とともに激しさを増す風、シ速百フォアから、さらに二百フォアほど風速が強くなり、シ速三百フォアの急流となる。
“億齢”を軋ませるほどの大嵐は、星核から舞い上がったダイヤモンドの飛礫を多分に含んでいる。
そのダイヤモンドのつぶては直径一シーフほどの小さきものから、十フォアほどの巨塊まで様々だ。
“億齢”は身内の酸素を利用し、燃焼によってダイヤモンドに対処する器官を備えるものの、そういった器官を持たない核融合生物は、ダイヤモンドに衝突するたび速度が減衰し、いいように弄ばれる。
避けたり壊そうにもワイス機構は四手子のみを感知するため、四手子の含まれていないダイヤモンドは、近づくまで存在を認識できないのだ。
ダイヤモンドに直撃しても戦闘中でないならなんら問題ないが、戦闘中にそれにぶつかってしまえばシ速は急速に落ち、それも不意打ちとなるので、とても戦闘機動はとれなくなる。
また普段の三倍ほど激しい風と、縦横無尽の変化は、通常の習熟による固圧の生成を不能とし、格闘以外の戦闘手段を失わせる。
平均シ速三百フォアを三十フォアばかり越す七はともかく、二百代半ばしかない八は、大嵐中は、繊棘を地表に刺して置かないと、地表に帰還できぬことにも成りかねない。
……それで八は大嵐の到来の前に岩翼下の天盤に向かい飛行を開始していたのだが、七が追ってきているのに気づき、一転、攻勢を仕掛けてくる。
八はこう見えてかなり高齢の個体だ。
老化によって火孔流通路が劣化し多少飛行速は落ちるが、高齢の個体は習熟にかける時間が長き故に、固圧戦闘力は上がる傾向にある。
八は若い時に現在の戦法を確立していたので、残りの期間は習熟の深化に当てていた。
その際八が注力したのは、天候対応力だ。
八の得意は無力化だから、天候によって、互いが固圧を使えぬようになったのでは、固圧を無力化する利点がなくなる。 八は格闘戦はそれほど得意な個体ではない故に、固圧無しの近接戦では負けかねない。
そのため若い頃は嵐になると、配下たちの奥に引っ込んで身を守っていたが、長い齢を重ね、地道に悪天候対策の修練を繰り返した結果、この大嵐下でも、平時の百分の一程度、つまり九百万の固圧を生成可能としている。
まあそのせいで八の危険空域は習熟が低く、雑な作りなのだが、自らの弱点から先に埋める辺り、慎重な個体なんだろう。
とはいえ大嵐下の固圧は、正常に機能はしづらい。
風の強さはもちろん風に含まれるダイヤモンドの塊が、生成された白華を破壊してしまうから生成数が少ない上に、生成成功率も十個中一個ほどになってしまう。
また風向きの移り変わりも激しいため、風向きの読みが殊の外大切になる。
八は九百万の白華を広域全周囲の空域に分散生成し、風の移り変わりによって多数を無駄にしながらも、自分の周囲には常に二千ほどの白華を辛うじて展開している状況だった。
その二千の内、発射に至れるのは僅か二百ほどだが、それでも敵は固圧を生成不能なため、八の近接戦の助けにはなる。
身動きのとれない大嵐の最中では、その二百の発弾固圧による妨害でさえ、影響力が強い。
シ速三百フォアの大嵐、含まれるダイヤモンドに飛行は妨害され、そして上から潰しにかかる“億齢”の超巨大翼、……最高位の者同士の戦いだというのに、まるで戦に不慣れな下位個体が戦っているかのような有り様だ。
それでも戦いになっているのは八と七が優秀だからで、その切れ切れの戦いが何時まで続くのかを、私は見守っていた。
すると戦っている七が突然、私の入る赤玉を叩く、コツコツからゴツゴツと強く、それも繊棘で叩いたから、……赤玉にはひびが入り、私は縛熱で頑張って塞ぐ。
脅しか?これは、しかしなぜ叩くんだ?……意味を解しかねてると、……七がすっと赤玉を振り、赤、赤、緑の光を灯す。
赤光、赤光、緑光、の光言語の意味は--。




