対宇宙と核融合生物の組成の話
彼らに核融合生物の組成を伝えるにはどこからがいいか、まずは表宇宙と対宇宙のことにしておくか。
表と対、双宇宙のどちらの宇宙にも元素が存在するが、共通する元素は存在しない。
表宇宙の元素は、陽子中性子の核と、それに回される電子で構成されていて、構成する粒子が増えれば増えるほど、原子は重く不安定になってゆき、やがて崩壊、形を保てなくなる。
それは表宇宙則が水素等の軽い元素を優遇しているために、重く不安定な元素は崩壊するしかないからだ。
逆に対宇宙に行くと、重い元素が優遇されているため、水素や鉛のような表宇宙にある軽い元素は崩壊してしまう。
表宇宙と対宇宙はそのように異なる法則を持ち、例えば重力一つとっても、素粒子均衡によって疑似重力を生む表宇宙則と、重力子によって重力を生む対宇宙則とではまるで挙動が違う。
四手子はそんな重い原子がうようよある、対の宇宙から私が大量に運んできて、消え去る前にエネルギーを注いで定着させた質量数556の原子だ。
表宇宙に定着させた四手子はとても面白い性質を持つが、特に強く影響を与えるのは二種の熱法則の介在だろう。
表宇宙の熱には『躍散』の性質があって、熱が高まれば高まるほど、粒子が力を得て動き回り、分子間距離が離れ、固体から液体、気体とどんどん離れていき、プラズマと化し膨張していく仕組みができている。
表宇宙は“躍散”だ
対宇宙ではそれが逆で、高速で動き回っている粒子が、熱エネルギーを得ると周囲とくっついていき、質量と熱の強さに応じて重力子を帯び、堅く結合を始めるのだ。
つまり対宇宙の熱は“束縛”といえた。
双宇宙で違う『躍散』と『束縛』の熱法則。
普通表宇宙には『躍散』のみで、『束縛』の熱法則は存在しないが、四手子のように対宇宙から無理やり運んできて定着させた物質は、定着する際に表宇宙の法則とは別に、『束縛』の対宇宙則も引き出すようになる。
その引き出された『束縛』の法則が、熱によって引き合う白手結合であり、熱の強さにより結合を強める法則だ。
四手子は表宇宙に無理やり定着したため、そこに存在するだけで対宇宙の歪みを発し、二種類の熱法則を扱う媒体となる。
私はそんな小難しい話を七に延々と聞かせながら、前方を飛ぶ他の核融合生物を見る。
彼らをガス惑星に適応させるのは大変だった。
ガス惑星は生命が生きるには難しい地だ。
強い放射線と磁場、超重の大気圧と暴風、地を飲みこむほどの巨大な落雷。
熱に弱き、水炭素生命では一瞬すら生きられぬ地。
そういった巨大なエネルギー環境の中で生きるためには、それに抗するだけの強いエネルギーがいる。
それには酸素の燃焼エネルギー程度では到底足りない。
だからこそ彼らは、ガス惑星の主要を占める水素とヘリウムを使い、体内にて莫大な熱量を生む核融合を行うことでエネルギーを得、過酷な環境に適応していた。
とはいえ、生物が核融合炉を持つことは簡単なことではない。
核融合が生み出すのは四億炉を超える強力な“散”の熱エネルギーのため、体内に抑止する仕組みを造らなければ、一瞬にして全身を溶かされる。
四手子だろうと、あっさりと蒸発させてしまうため、核融合の電離気体を物質に触れさせることはできないのだ。
だから核融合プラズマを磁力と真空で隔離し、熱が伝わらないようにして保存しておくのが基本となる。
また核融合の維持には水素を強く密集させる必要がある。そのためには磁力で押し込めるだけでは足りず、四手子の持つ縛の熱で引っ張り、より凝縮することで対処している。
その辺りは比較的解決が容易な問題なのだが、一番の問題は熱の処理の方法だ。
どれほどの強い熱を生み出しても、核融合プラズマに直接熱の処理をする機構を当てられないのでは、利用効率は著しく落ちる。
だが四億炉の激しい“散”熱に耐えられる物質はない。
そのため熱処理をする際には宇宙則の違いを利用する。
核融合プラズマに直接触れる内部ワイス機構には四手子の同位体が使われていて、通常より四手子周囲の対宇宙の歪みが深い。
歪みが深いということは、表宇宙と対宇宙の二つの則が重なっているということ。
それが鍵だ。
表宇宙と対宇宙では熱の性質が“離す”と“引き寄せる”で、ほぼ逆転しているため、その二つの法則が相半ばする位置を狙えば、熱の効果のない、無の熱となり、強力な熱エネルギーも安全に処理ができるのだ。
またこの方法だと、物質を触れさせても熱伝導が行われず、核融合プラズマが冷えない利点もある。
そうして法則の境界で処理した熱を、熱送--つまり電磁波として対宇宙に飛ばし、私が定着させた四手子の歪みを出入り口とすることで、半径十万フォア内の好きな空間に“縛”か“散”の熱を送る。
それがワイス機構の基本的な概念で、これによって核融合エネルギーの有効利用ができるわけだ。
そこまで来たら各論となる。
如何に甚大なエネルギーを持ち、それを有効に変換し送る機関があっても、耐えられるだけの肉体がなくては話にならない。
肉体を硬くするのは意外と難しい。
身体には血液に溶かして運べる物質しか主要に使えない、という基本があるため、体内の溶媒液こそが、身体の硬さ等の限界値を決めると言っても過言ではない。
血液に溶けない物質を身体に使おうとしても、当たり前だが、その物質は血液では運べず、消化器官から排出されてしまう。
だから普通、水炭素生命は血液に水を利用する。
水は物をよく溶かし、炉が二百七十三炉をこえれば液状を保ち、表宇宙に豊富に存在する。
また水は水素と酸素で出来ていて、その二つをくっつけるだけで燃焼エネルギーを得られる。
だから水炭素生命は、分解した水素と酸素を細胞たちに配って蓄えさせ、細胞が必要なときにくっつけてエネルギーを生むことで、細胞を維持し筋肉を動かしている。
それが水炭素生命の基本だ。
そして水に含まれる水素は、遺伝子の核ともなる。
遺伝子は二重螺旋状に物質を配し、化合させる順序を示しているため、閉じて開いて、また閉じてを繰り返す必要がある。
それをするのには、二種類の結合が要り、水素の場合は、通常の電子による結合を行うと同時に、水素特有の弱き水素結合で二重螺旋を結ぶことで、弱い刺激で開いては閉じる二重螺旋構造生成に重要な役割を果たす。
つまり水という物質は、生命に必要な運搬液と体内のエネルギー生成、そして遺伝子作成にと便利な物性を持つのだ、そういった便利さから水を主に据えて水炭素生命は成り立っている。
ただ水はガス惑星には向かない、三百七十三炉を超えると気化してしまうため、炉の高い場所だと溶媒として役に立たないし、ガス惑星には酸素が微少で水を得るのは難しい。
また水で運べる物質で作った細胞では、鉛等の重い物質を主に使えぬため、放射線に曝されると細胞が壊死してしまう。
だからガス惑星では水を血液には使えない。
ただ表宇宙のみならず対宇宙を見渡しても水ほど便利な溶媒は存在しない。
そこで私は考えを変えることにした。
水一つで行ってる物質の運搬と、細胞に配るエネルギー発生源を分けてしまうのだ。
物質の運搬のために溶媒が必要なのだから、熱を上げていけば何でも溶けて溶岩として流せる。
ただ溶岩は水と違い、血液としては不便この上ない、水は二百七十三炉で液体だが、溶岩は高温でなければ液状にならないため、炉が下がると冷え固まってしまう、……特に各細胞へのエネルギー供給は致命的だ。
水を溶媒とする水炭素生命なら、水素と酸素を細胞に配って蓄えさせ、燃焼エネルギーを得て生きていけばいいが。
溶岩を溶媒とすると、熱い時には周りに熱エネルギーをガンガン伝えて蓄えられんし、冷えた際は、悲惨なほどに固体化し、岩石や金属に戻り周りの熱を使わねば液体に戻らない。
溶岩が末端部分に進むにつれて冷えて硬くなり、それを溶かすためにも熱エネルギーがいるようになる、だからといって末端までが暖まるほどに熱を高めれば、熱源に近い位置が溶けることになるし、結局細胞として最低限に固めた後は冷え固まって何のエネルギーも生み出さない。
なんせ溶岩自体には熱を生み出す仕組みがないのだから、一度熱を下げたら戻らないのだ。
そして細胞を作るためには一度熱を下げる必要がある。
これが溶岩を血液に使用する際の熱勾配の問題だ。
だから、溶岩を血液にするには分業とする必要があり、エネルギーを体内各所に直送する仕組みがいる。
そこで核融合生物の場合、核融合で作った熱エネルギーを、熱送機関であるワイス機構に送り、対宇宙を介して各細胞に直接飛ばし、全ての細胞の化合、分解のための熱を直接供給している。
こうすれば溶岩自体をエネルギー源にせずにすみ、細胞単位で熱せるため末端部でも熱勾配を気にすることなく、硬い物質を再加工できる。
また四手子の持つ表・対の二種の結合は、人為的な熱操作を介せば、疑似的な遺伝子として使える。
そして四手子は体の素材としても優秀で、強力な“縛”の熱エネルギーが供給されている限りはダイヤモンドよりも数段硬く、かつ、引き合うことで強靭な粘りを持つため、これと水素を合わせれば、過酷な環境にも破壊されない身体ができる。
ある意味万能と言える四手子だが、欠点は結合の維持にエネルギーを非常に消費することと、エネルギーを失うにつれて脆くなり最終的に気化してしまうことにある。
つまり四手子の弱点である激しいエネルギー消耗を、強力な熱を生む核融合が補い、核融合の弱点の身体にかかる高負荷を、四手子の硬さと万能性が埋める。
その2つを正常に作動させるためにワイス機構はあり、核融合の余剰熱を外に逃がすことと、体内の隅々の細胞や遺伝子に二つの熱を供給し、生命活動を成り立たさせることが任となる。
核融合生物はだからこそ過酷なガス惑星で生きられて、その鍵となる排熱器官のワイス機構は私の誇りだ。
ワイス機構には外部と内部の二種類があり、形状は数十の曲線を束にして中央で纏め、中央から上下対象に広がる美しい光の紋様をしていた。
何度見てもこの生物の美しさに私は感銘を覚える。
金属とも岩石ともつかない鋭角的で滑らかな光沢、関節部は四手子と貴金属、水素が結合した靱毛が埋め、四肢や胸下、腰、肩口には四十二の開閉式の火孔、背にはワイス機構が輝く。
そんな四手岩石金属生命体がこの星にしかいない高次生命、核融合生物だ。
黄幻の七と他二体の個体は私から興味をなくし、飛翔を続け、ふと火孔のプラズマの軌跡を鋭くする。
彼らは普段何を考えてるのだろう。
私はそれを知りたいが、それは不可能に近い。
彼らは自分たちの言語さえ少ししか作っていないから会話ができない。
言葉も視力も無きに等しき彼らに、それでも何とか疎通せねば。
彼らと意思疎通すること、実は今回の二手との勝負の鍵はそこにある。
二手の力を考えれば勝負なんかせずとも私を殺せるし、滅亡させられる。
……であるなら、どのような条件があれ、今回のこれは単純に私と二手の互いの説得合戦なのだ。
二手は私の世界を残酷だと思っている。
だから私に世界の残酷さを気づかせて、滅亡を願わせてから殺す。
それが二手の勝利条件。
逆に私は自分の世界が素晴らしいと思っている。
だから二手に世界の良さを分からせ世界から手を引かせる、それが私の勝利条件。
だから本当は装飾品を壊さなくとも勝負は決し、また逆に装飾品を壊しても勝負は決さない。
私か二手が自らの主張を諦めた時に勝負が終わる。
だから何としても彼らの気持ちを知るべきなのだ。
しばらく七と意思疎通の機会を窺っていると、個体の背に断続的な光が明滅する。
ジッジッ……と背中の一部が断続的に光るこの強い発光は何かに警戒している証左だ。




