気づき
迫って来ている光点は、死風の時に岩翼下を去っていた七のようだ。
「ん……なるほど、これが、未来視か、七も敵として戦ってみると厄介だな」
どうにもうまく行かない。近づいて来る光点は七だろう。
現在の陣地は、八との戦いで消耗し建て直し中だ。
光点が入り込んできたのは“億齢”が左旋回中、翼は戦っていた地点より上がっていたから、つまり七はこうなることを見越して戦場を離脱し、何十シも前から低空にて岩翼が上がってくるのを待っていたようだ。
七の未来予知能力は、こうしてみると厄介だ。
とはいえ未来視は万能ではなく、弱点を見つけるのはそう難しいことではない。
未来視というのは何も便利なだけのものではない。
未来から流れてきた時軸を多く捕まえているのだから、普通の個体とは物の見え方が違うということになる。
つまり時軸が多い分だけ、他の者より得られる情報が多いわけで、それが何かしらに負荷をかけているはずなのだ。
この際大事なのは、“時軸”の中身だ。
今という時間はあくまでも“時軸”の流れの一部のため、遅すぎて本流に追いつかれたり、速すぎて後ろから追い抜いてしまう粒子も存在する。
追いつかれた粒子を捕まえれば未来視に、追い抜いてきた粒子を捕まえれば過去視となる。
七が未来視を活用していても、軍勢は全滅したし、『一』も死んだ。
そしてまた八を格闘で仕留められない辺り、細かき戦闘にも使えない。
はっきり言えば未来視は戦闘に不向きな能力なのだ。
未来視を持つと自意識に未来と現在の情報が混じって認識はぐちゃぐちゃになるし、時の流れは川のように多層性を持ち、無数の層に分かれているから、選択を違えれば別の流れ、つまりは別の未来に乗せられる。
それは非常に速い変遷だ。
ちょうど流れを泳ぐ者が、現在泳いだか、止まったか、流されたかで未来の位置が刻々と変化していくのと同じだ。
その変遷は激しいから、一瞬の逡巡も許さない。
距離で考えるとわかりやすい 爆発から逃れるためには、全力で飛び、一シで二百フォア進んでようやく生き残る未来に辿り着くとする。
現在しか見ない者は、最初から全力で爆発から逃げて助かる。
しかし未来視を持つ者は、未来に意識を向けることで、一瞬判断を遅らせたり、飛行速度を落としてしまうことが多い。
結果として、その一瞬が命取りになり、どう足掻いても二百フォアに届かず、死の選択しか残らなくなる。
未来視を持つ者は、そうして早く死ぬか、その爆発に最初から近寄らない選択をし、結果何も成せなくなることが多い。
生命は未来を見ると愚鈍になるゆえ、だから生物創生の基本としては、未来予知は感情にだけ混ぜ込み、能や自意識とは切り離し、現実に集中させる。
それは七も同じだ、未来視は能力というよりは、頭の中に複数の情報が錯綜する障害のため、七がまだ生きている以上は、未来より、現在に集中する力を養っているはず。
別の星系で未来視を行っていた者は、行動の全般はできる限り未来視を無視して動き、危害が及ぶ瞬間だけ覚えておいて回避をする方法を使っていた。
これなら未来の方は流し見でよく、現在に集中できる。
ただ七は未来視の力が強すぎるんだろう、現在に集中していても、集中しきれず、極小固圧での補助に徹するなど、攻撃に緩さが目立つ。
導き出される倒し方は、七は未来を極力無視し、致命的な危険のみを覚える方法を使っているため、その危険箇所を増やす……つまり、七の地力を下げたり、攻勢を激しくしていく、もしくはこちらが実力を高めると、覚えておく回避箇所が多くなり、破綻しやすくなる。
そんなところか?
どちらにせよ、七の現実の捉え方、この辺りを知ることが七を倒すための起点となりそうだった。
……そんなことを考えている間にも、七は紫棘の塔群を異常な速度で避け進んでくる。
八に破壊されたとはいえ、紫棘の陣地はある程度の堅固さは残っている。
中には超重力が復活した箇所もある。
しかし、未来視を使う七に侵入されたのでは、どうしようもない。
動かぬ陣地は未来視に弱い、未来は変化するものだし、彼も私も現在の“時軸”に存在する以上泳ぐしかなく、条件は同じだ。
だから動きを変えるか、攻撃の頻度、もしくは攻略難易度が高い行動を選んでいれば対抗できるが、陣地のような動かぬ物の場合は、未来視の餌食になりやすい。
逃げていた七が再び攻めて来た以上は攻略の目処が立っているはずで、今と同じ配置だったら確実に攻略されるだろう。
私はとりあえずの時間稼ぎに、薄く漂う白靄を紫棘に固着させ、空いた隙間を埋めて応急措置をする。
そうしている間にも、七は壊れた紫棘陣地内を縫い飛び、幼体を守る五柱螺旋の二十フォア下にまで突入してきていた。
思ったよりも早い、……この早さから言って、七は相当に頭が良いんだろう。
未来視は最適解を示すモノではない上に、現在に集中する力を弱めるから、元の力がよほど高くないと、何一つ成すことができない。
今の状況だって、ほとんどを修復中とはいえ、これは忘王の陣地だ。
中心部たる五柱螺旋にたどり着くまでには難所も多い、それをまるで無いかのように最短距離を通れるのだから、七というのは未来視だけの個体ではないのだろう。
「中々いい動きだ」
まあそれも当然か、奴は下位個体の頃から地表域でずっと自分を鍛えていたからな。
陣地はただでさえ未来視に弱いのに、陣地が壊れているせいか、ほとんど攻防らしい攻防もできぬまま、あっさりとたどり着かれてしまった。
もう少し時間があれば、道を完全に封じて、追い払えたのだが。
天盤に張り付き、過去を扱う幼体と、未来を見、現実に集中する首領、二者の間にあるのは、藍闇を淡く染める、折れた紫棘の柱列と、修復中の薄光の煌めき。
守りの要の五柱螺旋は、八の熱攻撃によって大部分が欠けていたが、私の応急措置で、隙間を埋めつつあった。
もう少し時間を稼げれば、超重力、その後死風が復活し、七を追い返せる。
隙間はほとんど埋めたから当面は大丈夫だろう、それよりさらに時間を稼ぐには---
戦術を立て直していると、眼下に突如として砕片が煌めいた。
大音と共に粉霧が飛び散り、構造物全体に振動が走ったから、急かされるように幼体のワイス機構の情報を確認する。
計算記憶によると、七が自らの体積を三分の一ほどに減じ、棘の隙間に突入、荷電粒子を散らして、小さき隙間に身体をねじ込んだようだった。
小径に肉体がねじ込まれる甲高い音響、紫棘によって硬質な黒皮がこそげ落ち、ある瞬間を境に、解き放たれた黒塊が、上昇し幼体に急迫する。
あ、マズい。
急進した黒塊は、二十フォアの距離を瞬く間に縮め、幼体に肉迫、激突の瞬間、幼体の発するプラズマが、黒塊に押し潰され衝撃波が広がる。
それはとてつもなく強い衝撃だった。
衝撃の破砕圧が、天盤を介して紫棘の柱に伝播し、震えにより光の燦爛が巻き起こる。
まだ抵抗できるか?
厚い蒸気が立ち込めたため視界では把握が難しく、ワイス機構に意識を向ける。
格闘戦になったら幼体では対処できないが、忘王の五柱螺旋内なら一応方法がないわけではない。
超重力の強弱で浮かぶ刃片を撃ち出し撃殺するのだ。
その操作をしてみる、……が、奇妙なことに幼体のワイス機構からの応答がない。
再試行をしてみるも接続ができない。
……仕方なく、接続を諦め、視界に意識を向ける。
先ほどまであった幼体の反応がないなら、つまりそれは。
視界に集中していると、赤玉の視界はぐんぐん降下していて、柱の間隙が迫ってくる。
落下中?いやこの感じは違うな。
視界を回せば、赤玉を幼体とは違う大きな掌が掴んでいる。 七の手……ならそうか、やはり幼体は死んだらしいな。
……周りをみると、浮かんでいた紫の刃片が、光の粒と変わっていく。
幼体の維持していた物が、“縛”熱を失い、気体になりつつあるのだ。
幼体が死んだことは理解できていたが、紫棘の五柱螺旋を越えた頃に、視野を拡大して、巨大な固圧陣地を仰ぎ見る。
幼体の死によって、鍾乳石の如き紫晶の棘々から、対宇宙の熱量が抜けていく。
縛熱は固圧陣地の根源だから、冷却によって根元に、白き輝きを帯びた物から剥落し、……その剥落の速度は、少しずつ、着実に増え、数えるのも面倒になるほどに多くなり、……ある瞬間を頂点として、閑散と落ち消えるようになる。
やがて空隙の目立ってきた紫晶の針山も、死風の残滓たる光の粒に飲まれて見えなくなる。
その光の粒が薄れると、既に全てが気化したのか、何も無き岩盤が天を覆っていた。
一瞬だけ、幼体のことに想いを馳せていると、コツコツと私の入る赤玉が指先で強めに叩かれる。
七だ。七が幼体から赤玉を奪い取ったらしい。
指で叩かれるのはなんとも鬱陶しいが、自死を選んだ者にはさしたる興味はわかず、私はワイス機構に接続し、情報をぼんやりと眺める。
なぜ七は私を拾ったんだ?
ふと見ると、七を取り囲むようにして、危険空域が広がっていた。
量から考えてこれは多分八の九億固圧だろう。
それは別にいいが、七は何のために幼体と戦ったんだろうか、一応世界を守る側だった幼体を七が殺したということは、七は世界を滅ぼす側ということになる。
だがなぜか七は赤玉を拾い上げ、私はまだここにいる。
滅ぼす行動のあとの救う行動、これは一体どちらの意味だろう?
「不思議だ。世界存亡戦の最中に、なぜ行動が相反するのか」
相反した行動は、世界の存亡すらも無価値にするのだろうか。
……結局、彼らは戦いに意味を求めていないのやもしれない。
先ほど死んだ幼体も、滅ぼそうとしていたくせに、私が力を与えるとわかると、急に赤玉を欲した。
幼体と七がそうなら、彼らは今のところ世界の存亡戦に興味を持っていないことになる。
二手が真実を伝えてない可能性も考えたが、幼体が参戦したことを考慮するとそれも考えづらい。
仕方ないから考え方を変えてみる、試しに彼らの考え方を踏襲する。
彼らの文化が力が全てなら、私も力を上に置く。
彼らと同じ思考をすることが、彼らを知る手がかりとなるからだ。
速い戦闘で養われる思考と、痛みから逃れるためもあるだろう戦闘文化。
それらを加味して、彼らの思考を繰り返し繰り返し想像し、反芻する。
そうしてしばらくすると何かが見えた。
それは思わず笑ってしまうような、とても馬鹿馬鹿しい答えだった。
「ああ、そうか、わかった……それで彼らは戦いに参加しないのか、これは二手の失態だな」
二手の失態というより、こんな試合が成り立つと考えたことが私と二手の間違いだ。
……彼らの価値観は力にあり、戦闘能力に自信がある。
それでいてこの世界に対する知識はない。
その常識を根底に置けば、世界存亡戦の人気がでない理由は明白だ。
世界を亡ぼすことができるほどの者なら……、それは当然。
「彼らより強くなければならない」




