八の力を得るには
『静止固圧陣地作成』及び『過熱波』だ。
忘王のように八に位置した個体は、他の個体とは別格の能力を持つ、今代の八は、九億の固圧生成と、“散”熱の放射により、固圧を一方的に封じる戦法を得意とするが。
忘王の特技は『過熱波』となっている。
過熱波と言っても、電磁波は電磁波のため、特に新しい技術というわけではない。
ただ他の核融合生物が発するものより、熱量が多いことから、私は過熱波と呼んでいる。
過熱波によって、強力な“縛”熱を加えられた四手子は歪みを深くし、対宇宙の則をさらに強く引き出すようになる。
その時に性質を強めるのが重力子だ。
表宇宙の引力は、無数の素粒子の流れに押されることで生じる紛い物のため、力が弱い。
対宇宙の引力は、重力子による本格的なもので、表宇宙の重力に比べると十の三十八乗ほど強い。
霧の一滴程度でもこの惑星の放出する重力を軽く超えてしまうくらいだ。
そのように対宇宙では重力、表宇宙では電磁気力が強く、反対に表宇宙では重力が紛い物、対宇宙では電磁気力、つまり光子が白子という紛い物となり、ほぼ無いも同然となる。
そのため彼らの出す電磁波も対宇宙では白子という弱い力となるが、その分、力を外部に放出せず、表宇宙に回帰した際には力の殆どを残した状態で戻ってくるために、強力な熱量を加えられる。
重力子についても、表宇宙では対宇宙則が微小にしか引き出されないため、それなりの力しか持たないがそれでも則を強めれば圧倒的な違いを見せるようになる。
そういった則を強める力を持つ『過熱波』を使うのが『岩翼下の忘王』だ。
ただ、幼体の力だけでは忘王の静止固圧陣地は再現できない。
というのも、『岩翼下の忘王』は当時の八に位置する個体で、その力は核融合生物のそれを逸脱しているために、八以外の者は真似ができない。
……つまり、どれほど配置を似せようとも、この幼体が忘王の得意とする『過熱波』を使えぬ限り、模倣は不可能だ。
それでもなお私が忘王を選んだのは、私ならこの幼体に八の力を与えられると思ったからだ。
八はなぜ強いのか?
そのことへの確証は持っていないが、推論くらいなら立てている。
八の力の強さから考えて……恐らく八は、地表の鳥“億齢”と合一を成す者なのだろう。
“億齢”は地表を形作る巨大な核融合生物で、核融合炉の数や規模が大きく、炉が高い。
また核融合生物たちより遥かに、生体の限界も高い。
忘王の『過熱波』にしても、“億齢”の核融合炉は炉を高めるために過熱波を使っているから、普通に扱える。
そしてそれなら、八の複雑怪奇な行動形態にも説明がつく。
八に代々継承されている行動規範は、周りには伝播せず、なのに前代の八に会わなくとも八に伝わっていく。
八の他にそこまで複雑な行動をとる者はいないから、この規範が言葉や文字に依らず伝わったとは考えづらい。
恐らく文字のようなものを“億齢”の中に残し、それを次代の八が読み解くことで行動規範の継承が行われているのだろう。
というように、推論では八が“億齢”と合一していると決着しているのだが、私の設計上では、“億齢”は余白操作のみで他者との合一は不可能なはずであった。
それでもなお八が“億齢”と合一しているとなると、私の設計に綻びがあることになる。
それに気づくのが嫌だったから、長いこと確証を得るのを避けて、わからないフリを続けて来たのだ。
ただそれをわかっても“億齢”の力は引き出せない、合一は波長の合う合わないであるから、波長の違う幼体は“億齢”と合一を結べない。
だから私は幼体を介さず直接“億齢”の力を借りることにする。
“億齢”は特殊な生命だ。
肉体と脳と考思や初雨の始粒子は揃っていても、普通の生命体にはあるはずの精神が無い。
もちろん、本当に無くては高次生命は成り立たないので、精神には私の“波統”の始粒子をそのまま流用しているのだ。
“波統”という精神を形作る始粒子は、生命の方向性を定める物質だ。
例えば、同じ航路を飛ぶことで“億齢”の脳や自意識に負荷がかかっていても、精神がそれを続けるように働きかけていれば、脳や細胞は逃げるのをやめ、長い時をかけて内部を整えて、やがて負荷を感じなくなる。
逆に、“波統”が航路から大きく外れるよう働きかけると、“億齢”は航路を外れ、行った先で順応しようとする。
“波統”は促すモノであり、方向性を定めるモノ。
全身に広がり、故に“初雨”の性質に絡まり、種の保存や生命維持のために動くことが多い。
精神が不安定だと大変なことになるので、“億齢”は私の“波統”を流用することで、何億齢だろうと、心を膿むことなく、むしろ喜びを持って、変わらぬ使命を続けることができる。
そして“波統”のもたらす副産物、……それが習熟だ。
本来“波統”は素粒子の塊である脳より立場が強いため、脳からは精神に働きかける力はない。
脳は精神より下位にあるが、精神は基本的には権力を行使せず、ぼんやりとして脳を自由にさせている。
その間に脳が精神を動かそうとすれば、浮流していた“波統”は脳からの弱い働きかけに反応し、徐々に流れを作っていく。
そうして脳から絶えず働き掛けられた“波統”は、やがて流れを強めて活発になり、脳にあった自意識の総体“考思”にぶつかり削っていき、“考思”の始粒子が“波統”の中に拡散。
すると、“波統”は散らばった“考思”の制御下に置かれ、種の保存や本能等の情動に流されることなく、その本人の自意識に添って動くようになる。
それが理性の発達だ。
核融合生物はそのように制御下に置いた“波統”を使い、長くワイス機構に働きかけることで、本来は独立しているワイス機構を下部におき、固圧生成を可能とした。
であるなら、私も“波統”を使って習熟すれば、“億齢”に固圧を使わせることができるんじゃないかと思ったのだ。
問題は習熟は時間がかかりすぎる上“億齢”の脳等は、私の制御下にないことだ。
“波統”で働きかけられると言っても、精神は方向性や情動を司るだけで、“考思”や脳のように具体性を持たない。
今私が“億齢”の精神を操っても、“億齢”に感情の揺らぎを生むだけで、“億齢”は動いてくれないのだ。
そこで核となるのが、歴代の八と“億齢”の絆だ。
“億齢”には、八との合一の記憶はきっちりと残っている。
私が“波統”の働きかけで懐旧の情動を覚えさせ、その上で忘王の固圧配置を再現、それによって“億齢”が忘王を想い出してくれれば、何かしてくれるんじゃないか。
それを期待している。
単純ではあるが思いついたら即実行だ。
私が幼体に送った計算式を幼体がなぞることで、岩翼下に忘王の固圧配置が再現される。
白光が徐々に紫の輝きを帯び、天磐からまるで鍾乳石のごとくに真逆に棘が生え伸びていく。
『棘類八方刀刃』。棘類型の静止固圧だが、8つの刃が合わさった形をしていて、刀身全てが別方向、八方を見据えている。この棘の特徴はどの方位から触れても敵の皮膚を裂けることにある。
そんな無数の棘一本一本が、長く長く真下に伸び、逆さまの棘城となして、雲海を切り裂くように、群を成して伸びていく。
私は幼体に計算式を渡す傍ら、億齢内を流れる私自身の“波統”の始粒子に意識を向け、その配列を動かし、“億齢”の超巨体に懐旧の情動を生じさせる。
私の計画通りなら、不意な懐かしさに驚いた“億齢”は原因を探し、そして見つけるのだ、かつて、岩翼下で趨勢を誇った盟友の固圧を、……それから“億齢”がどうするのかは、“億齢”の自意識次第だ。
しばらく待つ内に、“億齢”は懐かしき固圧を手伝うことに決めたらしい。
“億齢”の補助思考の戦慄きと共に、無尽に続く棘山に“過熱波”の超縛熱が注ぎ込まれる。
瞬間、紫の輝きが勢力を増して雲海を灼き、止静期最強の首領『岩翼下の忘王』の技が忘却の淵より顕現する。
千四百フォアほど目下で戦っていた、八、七含む五体の核融合生物は、最初気にした素振りを見せなかった。
いや、一体だけ反応を示した者がいる、七の最上位の配下である“麾下の四兵”の一体『熱礎の忙殺者』だ。
どうやら彼は今回の大規模な固圧群を見て、幼体の本気を感じ取ったらしく、目先の戦闘から大きく距離をとった。
とはいえ『熱礎の忙殺者』は、遥か頭上の静止固圧群を特に脅威と思ってはいないだろう。
撃発固圧使用者は、基本的に静止固圧を下に見ている。
静止固圧など近寄らねば意味はない、また止まっている者は、簡単に灼き殺せる。
そんな感情の現れか、幼体が具現化させる紫棘の巨大陣地を潰すように、『熱礎の忙殺者』が攻撃を開始、数千万の白華が顕現し、棘の群と幼体に向け、激しい砲火を轟かせる。




